●劇場版テニスの王子様_ノベライズ補完計画





大人気青春スポーツ映画「テニスの王子様」ですが、残念なことにジャンプジェイブックスから発売されているノベライズではあの素晴らしい試合シーンが映画に忠実に描かれていません。
もちろん、映画版と小説版が同様の表現をしなければならないということもありませんが、しかし、映画版に強い感銘を受けた僕のような人間からすれば、これは甚だ残念なことです。

そこで、大変差し出がましいことではありますが、僕の筆にて、劇場版により忠実な試合シーンを描いてみようと思いました。
劇場版に忠実なノベライズを読みたい人は、ジャンプジェイブックスの指定のページまで来たところで下記のテキストに目を移して頂ければと思います。
なお、僕は小説を書いた経験がないため、拙い文章ではあると思いますが、その点はご了承下さい。


※あらすじ
桜吹雪彦麿という大富豪から誘われ、豪華客船でテニスの試合をすることになった青学レギュラー陣一同。
だが、桜吹雪は詐欺師で、テニスの試合は賭け試合だった。
青学メンバーに八百長試合をするよう脅す桜吹雪。
だが、青学メンバーはそれを断り、桃城・乾・海堂・菊丸・大石・河村は試合に勝ってしまう。
それに怒った桜吹雪は彼らを監禁し、不二・手塚・越前に八百長で負けるよう強要するのだった。
周りには刃物を持ったおじさんや、銃を手にした手下がいっぱいだ!
さあどうする、青学テニス部の中学生たち!


●P89〜101(不二周助vsアルベルト・シュバイツ)

午後の部の試合が始まった。
だが、人質を取られている以上、午前の部のように簡単に勝ってしまう訳にはいかない。
「勝ちも負けもせず、とりあえず時間を稼ぐことにするよ」
不二はいつものしょんぼりとした表情で、とぼとぼとコートへ向かった。
その不二の様子をみて、桜吹雪が高台からほくそえむ。
「午後の部の3人は今までとはレベルが違う精鋭ばかりだ。今度は午前の部のようにはいかんぞ…」

不二とアルベルト・シュバイツの試合が始まった。
バシュッ!
アルベルトの強烈なスマッシュが不二を襲う。
それを難なく打ち返す不二。
二人の激しいラリーが続く。
「ウォオオオオッ!」
すると、突然アルベルトが叫び出した!
アルベルトのラケットから火花が放出され、炎に包まれたボールが不二を襲う。
アルベルトの渾身のスマッシュだ!
さしもの不二もこのスマッシュは簡単に返すことはできない。
球威に弾き飛ばされそうになる身体を必死に押さえ、何とかボールを返すので精一杯だ。
「不二先輩の相手、相当手強いっすね……」
青学ベンチサイドから不二を見守っていた越前が呟く。
だが、心配はしていないようだ。
ラケットから火花を散らし、ボールを炎に包む程度のプレイヤーなら中学テニス界にはごまんといる。
その程度の相手に、天才と謳われた不二が負けるはずはないと確信しているのだ。
「あぁ……」
生返事を返す手塚も、おそらく心配はしていないだろう。
ただ、問題は人質の存在だ……。

不二が不用意に上げたボールにアルベルトが飛びかかった。
(スマッシュだ……!)
不二は腰を落とし、両腕を目の前で交差させ、体からオーラを発した。
羆落としの構えだ。
しかし――
(ダメだ……)
羆落としは発動することなく、アルベルトのスマッシュがコートに深々と突き刺さった。
「不二先輩、いま、わざと羆落とし出さなかったっすよね」
越前が怪訝な表情で手塚に尋ねる。
「ああ、時間を稼ぐために巧くゲームコントロールをしているのだろう。だが、それもいつまでもつか……」
能面のような手塚の表情にも、心なしか不安の色が見えた。

その頃、人質となっていた残りの青学メンバーは、見張りの手下が船酔いしていることに気付き、乾汁を酔い止めと偽り飲ませることで無事に脱出していた。
桃城が手を振ってみなの無事を知らせ、越前たちはそれに気付いた。
その知らせに柔らかな表情を見せる不二。
「桃…脱出したんだ……」
ついに反撃の時が来た!

不二の雰囲気は、それまでとは明かに違っていた。
「ハァッ!」
誘うように甘いロブを上げる不二。
アルベルトは誘いに乗り、ジャンプスマッシュを撃つべく身を空に躍らせた。
掛かった! 羆落としの発動条件が整ったのだ。
例の如く、腰を落として羆返しの構えを取り、オーラを練り上げる不二。
そこへ、アルベルトのスマッシュが放たれる。
不二の目がカッと見開かれ、「ウラォァ!」の奇声と共に、全身のオーラが全て放出された。
不二の身体から放たれたオーラは円柱状に伸び上がり、周囲に激しい衝撃波を巻き起こす。
空中のアルベルトには避けるすべもない。
衝撃波をまともに食らったアルベルトは、叫び声を上げながらコートに叩きつけられた。
その後、テニスボールがポトンとコートに落ちた。
無論、コートに激しく叩きつけられたアルベルトには取れるはずもなかった。
痛む身体を起き上がらせようとするアルベルトに、不二が冷酷に言い放つ。
「悪いけど、勝たせてもらうよ」
恐怖に怯えたアルベルトに最早勝機はなかった。


●P106〜109(手塚国光vsジャン・ジャック・マルソー)

手塚とジャン、この二人の試合は一方的なものだった。
右に、左に、走らされるジャン。
その一方、手塚はコートの中央からほとんど動いていない。
「手塚ゾーン、か……」
青学ベンチサイドでは、不二が相変わらずの仏頂面で試合を眺めている。
「相手のどんな球も、全て自分の周囲に戻ってくるよう回転をかける手塚の奥義。ジャンにできることは、もう、何もない…」

右へ左へボールを追いかけるジャン。
ぜえぜえと肩で息をし、顔色にも困憊が見て取れる。
試合前の自信に満ちた彼の表情とは全く別人のようだ。
(なんだ、どうなっているんだ……)
ジャンには分からなかった。
(どうして、オレの撃った球は全てヤツの周囲に……。クソッ!オレが東洋のイエローモンキー、それもジュニアハイスクールなんかに負けてたまるかッ!)
必死の執念でボールに食らいつくジャン。
だが、ジャンの体力は手塚ゾーンにより、確実に削られていった。
手塚ゾーンによる体力の消費、そして、どんな球も手塚の周囲に返ってしまうという不可思議な現象。
これらの相互作用が絶望感を引き起こし、ジャンの精神を蝕んでいった。
ジャンの意識は朦朧とし、自分は何のためにボールを追いかけているのか、このことに一体何の意味があるのか、もはやジャンには何も分からなくなっていた。
絶望感と疲労はジャンの視界から色を奪っていった。
目の前が真っ暗に……。
全てが暗黒に満ちていく――
だが、そこでジャンは目撃したのである。
我らの母なる星、地球が、6500万年前に体験したあの未曾有の惨劇を――

ジャンの視界は暗闇に包まれていた。
いや、だが、黒いだけではない。ちらちらと光るものも見える。
あの光はなんだ。もしや、星なのか――?
そう、ジャンは宇宙に放り出されていたのだ。
ジャンの目には、はじめ、それはテニスボールのように見えた。
だが、それは惑星だった。
地球、火星、木星……
様々な星々が太陽へと吸い込まれていくように見えた。
いや、違う。太陽へ吸いこまれているのではない。
逆だ。ジャンが太陽から遠ざかっているのだ。

宇宙を旅するジャンの身体は加速度的にそのスピードを増した。
土星の円環を目撃した後は、彼の視界はその高速度ゆえか、宇宙の暗黒と金色のもやしか捉えることはできなかった。
これがほんの数秒の出来事だったのか、それとも何時間も宇宙を旅していたのか彼には分からない。
気付いた時には、彼の目の前に美しい楕円を描いた星々の集まりが現れた。
(銀河系だ……)
そのとき、不意に銀河系よりも巨大な人影が現れた!
(あれは……神なのか!?)
敬虔なクリスチャンであるジャンは、宇宙を背景に現れたその神秘的な人影を、瞬時に神と判断した。
だが、違う。
神というには生々し過ぎる。
それに……テニスウェア!
あれは……あれは手塚国光だ!

手塚は金色の光に包まれていた。
この人影が神ならぬ対戦相手だと知っても、なおその姿は神々しかった。
星々がテニスボールとなって手塚の周囲に集まっていく。
まるで星々を従える星界の神のようだ……。
(そうか――)
ジャンは理解した。
なぜ、自分の撃ったボールがことごとく手塚の周囲に集まってしまうのか。
それは回転などというチャチなものではない。
火星や地球が太陽の周りを回るように、現人神である手塚を中心にテニスは行われていたのだと。
手塚がラケットを揮い、向かっていく星々がそれに撃たれた。
手塚の一挙一動がジャンには限りなく神聖なものに思われた。

手塚がラケットを揮った瞬間。
宇宙に、光が現れた。
ビッグバンである。
(『光あれ――』このことだったのか――)
もはやジャンは手塚が神であることを確信していた。
手塚に撃たれた惑星の一部は地球へと向かい落ちていった。

ふと気付くと、ジャンは地球の上にいた。
(立っている。オレは地球の上に立っている――!)
だが、見回して見ても、それはジャンの知る地球の姿ではなかった。
その地球には、まだ恐竜たちが生息していたのだ。
ブラキオサウルス、ティラノサウルス、トリケラトプス……
星々は細かく砕かれながらも、彼らの頭上へと降り注いでゆく。
恐竜たちは逃げ惑った。
肉食恐竜も草食恐竜も、この時ばかりは共に逃げ、走った。
だが、どれだけ逃げ惑っても無駄なことである。
それが手塚、いや神の意志であるならば。
(オレも逃げなきゃ……でも、足が、動かない…………)
逃げ切れぬ恐竜たちは、隕石の衝突が起こした光の渦に溶けていった。
ジャンは逃げ惑う恐竜と降り注ぐ隕石に向かい、ただ、神の起こしたこの恐るべき惨劇に畏怖し、立ちすくむしかなかった。
恐竜たちが火に包まれ吹き飛ばされていく――
大爆発が起こり、地球が震える。
カタストロフィに飲みこまれ、全ての生物が死滅していく中、ジャンもまた光の中に溶けていった。
うわああああああぁぁぁ――
ジャンの叫びも、また光の中へと消えていった――

「ゲームアンドマッチ! 青春学園、手塚!」
審判の声が響き、ジャンの視界に色彩が戻った。
(これは……テニスコート?? オレは…帰ってきたのか……)
安堵に全身の力が抜けたのだろうか。
ジャンは力なく膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
全ては白昼の夢だったのかもしれない。
幻だと笑われるかもしれない。
だが、ジャンにとって彼の体験した神事は紛れもない真実だったのだ――


●P116〜156(越前リョーマvs越前リョーガ)

ついに試合は、リョーマとリョーガのシングルスを残すだけとなった。
ファーストサーブはリョーガからだ。
「いくぜ!」
リョーガが強烈なサーブを放った。
強烈なサーブに負けじと、思いきり振りぬいたリョーマのラケットを避けるようにボールは跳ね上がった。
(……ツイストサーブ!)
驚くリョーマに対し、リョーガは平然と言い放つ。
「これがサムライ南次郎直伝の本家ツイストサーブだぜ!」
「あっそう」
リョーマはその言葉には取り合わず、すぐに構えを直した。

「ほら、もういっちょう!」
ポアッ! という奇声と共に、リョーガのサーブが放たれる。
しかし、リョーマは今度はサーブの正面に回りこんだ。
「確かに。バウンドするコースさえ分かってしまえば、越前に返せない球ではない」
ベンチサイドの手塚は相変わらずの無表情でコメントする。
だが、リョーガのサーブは今度はあさってへ跳ね飛ぶことはなく、真っ直ぐにリョーマへと飛びあがった。
普通のサーブだ!
寸前で身体を引いたリョーマはサーブの直撃を避けることはできたが、態勢を崩して背中からコートに倒れた。
「フッ、バーカ」
普通のサーブを撃っただけなのに自分から直撃コースへ身を乗り出した弟に対し、リョーガが正直な感想を漏らした。
「やな感じ」
だが、リョーマはその言葉が自分を馬鹿にするものだと受け取ったようだ。

一方、無事脱出した青学人質メンバーであったが、今度は桜吹雪の手下どもに追われていた。
ボイラー室に逃げ込んだ彼らに追っ手が迫り、そこで銃撃戦が繰り広げられた。
その時、追っ手が放った銃弾の一発が冷却パイプに命中していたことを、この時点では誰も知る由もなかった。

リョーマとリョーガの試合は続く。
リョーマのレシーブに対し、リョーガが華麗なジャンピングスマッシュを決めた。
試合の流れはリョーガにあり、点差も一方的に開くばかりだ。
「グハッ!」
ボールの直撃を食らったのか、それとも衝撃波か、コートに倒れこむ越前。
ついに最初のゲームをリョーガに取られてしまった。
「やる気あるのかよ、チビスケ……」
弟分の不甲斐なさにリョーガも幾分不満そうな表情をしている。
(だが、これでいい。このままチビスケを倒せば、こいつらは無事日本に帰れる……)
リョーマの本当の力を見てみたい気持ちと、このままリョーマを倒して彼らを無事日本に返したい気持ちの板ばさみで、リョーガの心境は複雑だった。

「あの越前が手も足も出ない…」
「あの強さ、全盛期のサムライ南次郎に近いのかもしれん」
リョーマの思わぬ苦戦に、手塚と不二も不安そうに見守っていた。
「張り合いないぜ、チビスケ!」
リョーガは相変わらずリョーマを挑発しながらプレイを続けている。
二人の激しいラリーの最中、「フッ」と笑ったリョーガは強烈なリターンを返した。
これで決まったと思ったのだろう。
だが、その時、リョーマのコートでは異変が起こっていた。

リョーマのコートから強烈な竜巻が巻き起こったのだ。
その竜巻に弾き出されるように、金色に輝くリョーマとテニスボールが飛び出てきた。
空中20メートルほどに飛びあがったリョーマは周囲に雷を走らせながらスマッシュした。
それもただのスマッシュではない。
1つのボールに対し、三度スマッシュを行うというものだ。
三度スマッシュを受けたテニスボールは当然ながら三倍のスピードを得る。
さらに、このテニスボールは今や竜巻と雷の加護を受けている。
その破壊力たるや、壮絶なものである。
テニスボールは紅蓮の炎に包まれ、まるでレーザービームのようにリョーガの胸に突き刺さった。
「ぬぅあぁぁぁぁっ!」
コート外まで弾き飛ばされ、全身を強打するリョーガ。
「30 - 50!」
苦しそうに喘ぐリョーガにお構いなく審判のコールが響き渡った。
「出た―!サイクロンスマッシュー!!」
桃城も久しぶりに見るリョーマの殺人スマッシュに興奮し、思わず歓声を上げる。
痛む胸を押さえながら、何とか身を起こすリョーガ。
(幸いアバラは……イッちゃいねえな……)
引き攣る顔を無理に笑わせて、リョーガが精一杯強がる。
「なんだよ、いいの持ってんじゃねえか」
だが、根拠のない強がりではない。
リョーガには確信があった。
強烈なスマッシュではある。だが、自分に返せない球ではない、と。

再度竜巻を呼び起こし、サイクロンスマッシュを放つリョーマ。
今度はボールだけではなく、竜巻それ自体をも武器としてリョーガに放った。
この一撃でリョーガの息の根を完全に止める気なのだろう。
荒れ狂う大竜巻を前にしても、動ぜず「フッ」と笑い飛ばすリョーガ。
「ハッ!」
気合一閃、なんとリョーガは自分からその竜巻の中に飛び込んでいった。
観客の誰もが自殺行為だと思っただろう。
だが、信じがたいことにリョーガは竜巻の中でボールを撃ち返し、さらに自らのオーラで竜巻をも弾き飛ばしたのだった。
「返した!」
「この短時間で、見切ったというのか!」
さしもの手塚、不二もこれには驚きを隠せず叫んだ。
「悪いなチビスケ、まだまだだぜ!」
リョーマの最強の技を破ったリョーガは勝利を確信していた。
だが、これで終わるリョーマではなかった。
リョーマは空中で全身を高速きりもみ回転させることで、横方向への竜巻を発生させたのだ。
竜巻の中心へとテニスボールは吸いこまれ、その刹那、逆に強烈なスピードでリョーガへ撃ち返したのだ。
その威力たるや、まるでビームライフルである。
ビームライフルはリョーガのコートに深々と突き刺さった。
だが、ポイントは取られたものの、リョーガが直撃を避けられたのは幸運というしかないだろう。
この攻撃を直撃していれば、リョーガといえど無事で済むはずがないからだ。

リョーマに1ゲームを取られ、桜吹雪は狼狽した。
これでリョーガが負けてしまえば桜吹雪は破産してしまうのだ。
だが、その時、部下から報告が入った。
その報告は桜吹雪にとっては待望の報せだった。
「やはり越前リョーマにはわざと負けてもらおうか」

「正直驚いたぜ、最後のスマッシュ」
ビームライフルのようなスマッシュを見て、リョーガでさえも強がりつづけることはできなかったのだろう。
今度は素直にリョーマを認めた。
「ねえ、結局オレ、あんたと一度もまともに試合したことなかったよね」
越前がいつも通りの無愛想な表情で語りかける。
彼らはアメリカで共にサムライ南次郎の指導を受けていた頃、時には試合をすることもあった。
だが、その時はリョーマの実力がリョーガに比べて格段に低く、1試合を最後までまともに相手してもらったことはなかったのだ。
リョーガに1ゲームを取った今、ついにリョーガの本気を引き出し、兄貴分との「まともな試合」ができると思ったのだろう。
リョーマが挑戦的に語りかける。
「そろそろ、決着つけようよ」
「いいぜ、チビスケ!」
リョーマの挑戦にリョーガが応え、ついに二人が本気の試合を始めようとした、その時だった。

「タイム!」
会場に桜吹雪の声が響き渡った。
桜吹雪の後ろから、後ろ手に縛られた大石たち人質軍団の姿が現れた。
桜吹雪はニヤニヤと笑いながら
「試合中にすみません。青学のみなさんが迷子になられていたので、私達で保護しました」
とアナウンスした。そして、
「越前リョーマくん、これがどういう意味か、分かっているだろうね?」
と付け加えた。
もちろん分からないはずがない。
桜吹雪は二人の真剣な戦いに水を差そうとしているのだ。
越前の八百長での敗北。
それが桜吹雪の望むところである。

「ッてワケだ。残念だが八百長よろしく」
軽い感じでリョーマに言い放つリョーガ。
彼には真剣な勝負を邪魔された怒りなどは見えなかった。
「ちょっと見直しかけてたのに……最低だよ、あんた!」
リョーマは怒りに任せてサーブを放つ。
しかし、そのサーブを軽くいなして、リョーガが叫んだ。
「おい、チビスケ! オレがお前のオレンジを取った時のこと、覚えているだろ! 忘れちまったのか!」

リョーマの脳裏に昔の記憶が甦った。
(確か……オレが取ろうとしたオレンジを、リョーガがテニスボールで弾いて横取りしたんだっけな……。そうか、そういうことか……!)
リョーマは気付いた。いや、思い出した。
リョーガに教わったこと。
そう、テニスはただの遊び道具ではない。
高いところに実った果実を採ったりする、狩猟採集の道具でもあることを。
宙高くロブを上げた越前。
リョーガへのアシストだ。
リョーガはサイクロンスマッシュのように三度スマッシュを行い、三倍の威力でスマッシュを放った。
狙いはもちろんリョーガではない。
高台にいる桜吹雪一味だ。

桜吹雪一味の一人、料理包丁を持っていた男はリョーガのスマッシュに倒れた。
その一瞬の隙を青学人質軍団は見逃さなかった。
彼らは後ろ手に縛られたまま、拳銃を所持している手下を自力で倒した。
そして、人質の暴動に驚いている桜吹雪の額に、今度はリョーマのスマッシュが命中したのだった。
人質たちの安全が確保されたことを確認したリョーマ。
「これで邪魔者もいなくなったし。試合、始めるよ」
「フンッ、本気でいくぜ!」

人質が解放され、二人がようやく「まともな試合」ができるようになったにも関わらず、黒い大きな雨雲が空を覆い始めていた。
それだけではない、船自体が奇妙な震動を起こし始めていたのだ。
これが冷却パイプに命中した一発の弾丸のせいだとはこの時誰も気付いていなかっただろう。
だが、他の乗客たちは皆異変を感じていたが、リョーマとリョーガの二人はこれから始まる「本気の勝負」に集中していた。

ついに二人の本気の勝負が始まった。
リョーガが渾身のサーブを放つ。
すると、それに呼応するように左舷部が大爆発を起こした。
温度の上昇に耐え切れなくなったボイラー室がついに爆発を起こしたのだ。
リョーマは金色のオーラに身を包み、サーブを撃ち返した。
さらに、それに呼応する如くの大爆発。
観客席は阿鼻叫喚の地獄絵図を示し、乗客は我先にと逃げ惑った。
だが、勝負に集中しきっている二人が、船の爆発事故ごときに動じるはずもない。

手塚たち青学メンバーの必死の救命活動により、乗客は全員無事に救命ボートに避難できた。
救命活動の途中で桃城と菊丸が海に落ちるというハプニングが生じ、彼らの生存は絶望視されたが、何事もなかったようにひょっこり生き返ったのは後の話である。
話をリョーマとリョーガの試合に戻そう。
あれだけの爆発にも動じずテニスを続けていた二人。
観客は全員避難しており、既に誰もいない。
ただ、慌てた観客が残していったバッグや片方だけの靴などが散乱しているだけである。

パカッ、パコッ。
降り出した雨の中でも、彼らのラリーは続いていた。
(ついてこいよ、チビスケ――)
「だあっ!」
「ぬぉあ!」
「でゃあ!」
「ンガー!」
二人のラリーはヒートアップし、ボールに少しずつオーラが纏われていく。
この一見普通に見えるラリーだが、その実、この後に控える「本気の勝負」のために、二人がテニスボールにオーラを吹きこんでいたことは言うまでもない。

パンッ!パンッ!パンッ!
ボールに纏わせたオーラが一定量を超えたのか。
リョーガの撃ったボールが三度の破裂音を出した。
まるでそれを待っていたかのように、リョーマがサイクロンスマッシュの構えを取る。
オーラはみなぎり、機は熟したのだ。
リョーマのサイクロンスマッシュが巨大な竜巻を作り上げた。

だが、どれだけオーラを高めようと、所詮は一度見切った技である。
「その技はもう見飽きたぜ!」
リョーガは余裕の表情でネット際へと詰めていく。
しかし、この竜巻はただのサイクロンスマッシュではなかった。
大竜巻を覆うかのように巨大な火柱が現れたのだ。
「なにっ!?」
まさか竜巻が火柱に変わるとは思わなかったのだろう。
さすがのリョーガも狼狽し、思わず火柱を見上げた。
火柱は時間と共に、少しずつその本数を増していく。
2本、3本……火柱は5本まで増えた。
眼前で唸りを上げる5本の巨大な火柱。
その中心で佇むリョーマの姿。
恐ろしくもあり美しくもある、弟分の本気のテニスにリョーガは一時自失呆然とし、その光景に見入った。
(こんな巨大な火柱を5本も……リョーマ、これがお前の本当の力なのか)

だが、リョーガはただ恐れたわけではない。
リョーマの力を認めつつも、その力と全力でぶつかり、そして勝利する。
それが兄貴分たる自分の勤めと考えたのだろう。
「そうこなくっちゃ……やっぱそうこなくっちゃなぁ!!!!!!」
リョーガは絶叫し、紫色のオーラ全身から発した。
そのリョーガのオーラに応え、大津波が現れて船を襲った。
大津波は巨大な照明塔を呑み込み薙ぎ倒して、コートに溢れた。
リョーガの火柱に対抗するためには、それ以上の力を持った津波を起こすしかないと考えたのだ。
「うおおおおおっっっ!!!!!」
「うおおおおおァァァ!!!!!」
二人の絶叫と共に、大津波と大火炎はコートの中央でぶつかった。
リョーガの大津波はリョーマの火炎を全て呑み込んだ。
テニスコートは水中に没した。
しかし、火対水の戦いではリョーガが勝利したが、これだけでリョーガが完全勝利できるわけもない。
二人の戦いは水中に引き継がれたのである。

水中でラリーを続ける二人。
(ぐッ……重い。やっぱり水中はキツイぜ。だが、リョーマもそれは同じ)
口からポコポコと気泡を発しながら、リョーガがラリーを返す。
その時、完全に津波に呑まれたと思ったリョーマの火柱が、津波を破って天高くそびえたった。
火柱の中へ入るリョーマ、そして、それを追いかけるリョーガ。
どこまでも伸び続ける火柱の中で、二人はより高みを目指して飛んでいく。
戦いの舞台は海中から空中へと移されたのだ。

火柱の中央で飛んでいくテニスボールに向かい、二人が同時にラケットをふるった。
だが、二人の強烈なラリーによりオーラを限界まで溜めこんだテニスボールが、安易に撃たれるはずがない。
テニスボールは自身の周囲に強烈なオーラを張り巡らせることで、どちらにも撃たれまいと構えた。
テニスボール自体も、まるで意志をもつ生命であるかのように高みに向かい飛翔を続けようとしているのである。
リョーマとリョーガ、二人のテニスプレイヤーをより高みへと至らしめるため、テニスボール自身も高みを目指して飛んでいくのだ。

二人のラケットが同時に一つのテニスボールを直撃した。
だが、先にも述べた通り、テニスボールはオーラに護られている。
リョーマとリョーガ、二人のテニスを持ってしても、このオーラを一撃で破ることはできなかった。
逆に圧縮されたテニスボールのオーラは二人を火柱ごと弾き飛ばし、テニスボールはただ一人、更なる高みを目指して飛び上がっていったのだ。

もちろん、二人がこれを黙って見過ごすはずがない。
テニスボールに弾かれた二人は空中で態勢を整え、リョーマは火柱に、リョーガは水柱に乗って、二人とも上昇を続けた。
だが、やがては火柱水柱の加護も消え失せてしまう。
その先、二人は自分たちの力だけでテニスボールを追って飛んでいかねばならないのだ。

雲を突き抜け、赤と青のオーラをまとい、どこまでも高く飛んでいく二人のテニスプレイヤー。
そんな中、ふとリョーガの心に去来する映像があった。
幼い頃の自分とリョーマ……オレはリョーマを認めていた……。
(強くなったじゃないか、チビスケ……)
リョーマの心にも、一つの映像が浮かぶ。
それは自分を認める、兄リョーガの姿だった。

「うおォォ!」
「うっ、くッ……」
どこまでも飛びあがる二人。
だが、彼らほどのテニスプレイヤーをもってしても、これだけの高度まで飛びあがるには限界ギリギリのオーラを必要とした。
リョーガの口から辛そうな呻き声が漏れた。
「うッ、くぅ、がああぁああ〜〜〜〜」
リョーガが態勢を崩した一瞬、彼はバランスを失い地上へと落下していった。
その一方、ついにリョーマはテニスボールへと追いついた。
渾身の力を込めて、テニスボールを叩く。
だが、重い――!
二人の勝負を決める一球である。
軽いはずがない。
その時、リョーマの全身は七色の光に包まれた。
キャップが、テニスウェアが――
リョーマの身を包むあらゆる物が七色の光に消されていく。
そして、生まれたままの姿になったリョーマは、「ウオオオオオッ」と絶叫を発しながら、ついにテニスボールを撃ち抜いたのである。
テニスボールは巨大な光の塊と化し、リョーマを包みこんでいった。

試合は終わった。
二人はテニスコートの上に倒れていた。
コートは何とか原型を留めてはいたが、完全に破壊されていた。
雨は既に止んでいた。
暗い空が晴れていき、二人に光が差し込む――
「ハアッ!ハアッ!」
苦しそうに肩で息をするリョーマの姿が二人の激闘を物語っていた。
そして、リョーガがゆっくりと口を開く。
「ゲームアンドマッチ。お前の……勝ちだ」
弟分との初めてのまともな勝負に、リョーガは敗北したのだった。
だが、その表情には一点の曇りもなかった。
お互いが全力を出しきった上での勝敗だ。
彼らには、最早何のわだかまりもなかったことだろう。
「楽しかったぜ――」
そういって、リョーガは微笑んだ。


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