5主人公×ルセリナ 著者:9_932様
ファレナを奪還してから早2年…今日もまたガレオンや女王騎士見習いとなったトーマと手合わせをしたり、リオンやルセリナと共に書類の整理、マリノとハヅキの挟み撃ちを喰らっているベルクートを観察日記をつけたり、リムと喋り終わった後にミアキスからのナイフの洗礼を受けたり、訪れた昔の仲間達との談笑をしていた。
「ふぅ〜、今日も疲れたなぁ…」
夕刻。時間さえ忘れ一日中走り回っていたファルーシュ。気がつけば太陽宮の床に反射する夕日の光に照らされていた。夕方の太陽宮内は人の割には静かになる、五月蝿いと言えば皆の夕食を作る厨房くらいだろう。
そんな静かな太陽宮がファルーシュはとても好きだった、この時間は一人になれるし情けなくも父や母の事も思い出す事が出来る。
そうやって感傷に浸っていると1階の廊下でファルーシュと同じ様に落ち込んでいる一人の男性を見つける。
「あれ…おーい!ユーラム!」
「で、殿下?」
その男性とはユーラム。ルセリナの兄で最初はどうしようも無いほど情けなくファルーシュの邪魔ばかりしていたのだが…父を失い、ファルーシュの自分を許してくれる広大な心に惹かれて、自分がしている事が間違っている事に気づき罪を償おうとファルーシュに尽力してくれた人物である。
「丁度良かった…実は殿下にお話があって」
「僕に?」
「はい、ですので申し訳ありませんが少々お時間を頂けないでしょうか?今そちらに向かいますので…」
「べ、別に良いけど…」
ファルーシュが了承するとユーラムはフラフラと歩いて太陽宮の階段を昇ってくる、そして彼の前に衰弱しきった様子で対面した。
「ユーラム…目の下に凄いクマがあるんだけど大丈夫…?」
「ご心配頂き有難う御座います…少々寝不足でして…」
少々なのかと疑いたいくらい酷い顔だった、目の焦点ははっきりとしておらず立っているのもやっとな感じで今にも死にそうだった。
「本当に大丈夫?」
「は、はい…そ、それよりも本題に移っても構わないでしょうか…」
「う、うん」
「実は…私の妹のルセリナの件で殿下にお願いがあるのです!」
何故か妹のルセリナの名前が出てきた途端、ユーラムがキリッとした表情でファルーシュに一歩近づいてきた、その勇ましい姿にファルーシュは後ろに退いてしまう。
「ル、ルセリナがどうしたの…?」
「はい、最近何を考えているのか…うわの空でして…元気が無いのです」
ユ―ラムがどうして寝不足なのか分かった気がする。多分、今聞いた状態であるの妹が心配で夜も眠れないほど悩んでいたのだろう。
「ユーラムにも原因が分からないの?」
「はい…そこで殿下にお願いがあるのです!」
「な、何?」
又もくわっ!と喰って掛かって来るユーラムから一歩下がるファルーシュ。妹の危機とまではいかないが気落ちしている姿を見たくない兄の拙劣な願いを聞いてあげる事にした。
「ルセリナの相談に乗って欲しいのです…」
「え、ルセリナの?でもそれなら兄のユーラムが…」
「そうしましたが…私には話してくれませんでした…多分家族の私には言いにくい事なのでしょう…」
逆に家族だからこそ言いにくい…現にファルーシュも立派な父と母に弱音を吐く事が出来なかった。
「でも、何で僕に」
「ルセリナが殿下を信頼…いや好意を抱いてるようなのです」
「まさか…第一どうしてそう思うのさ?」
「ルセリナが私に一度だけ言ったのです。殿下との約束が忘れられないと…」
ユーラムの言葉にスッと幼少の頃の記憶が蘇った、それはファルーシュがバロウズ邸の庭でルセリナと遊んでいる時の記憶…まだルセリナも今のように芯がしっかりしている少女ではなく内気であった。
「ねぇ、ファルーシュさま…」
「なに?」
ファルーシュも今と違って落ち着きも無くはしゃいでいてルセリナの言葉を聞いているのかも疑う程のやんちゃっぷりだった。
「あのね、そのね…お、おとなになったら…ルセリナのこと…およめさんにしてくれる?」
「うん、いいよ!」
「ほ、ほんと?ほんとにほんと?」
「ほんとうだよ!ルセリナをぼくのおよめさんにしてあげる」
まだ遊ぶ事が大好きだった幼いファルーシュはよく意味が分からなかったが適当に返事をしたのだが、言ったルセリナは大いに喜んでくれた為に嬉しくなって調子に乗ってそんな約束をしてしまった。
「じゃ、じゃあ…キ、キスして…」
「キス?なにそれ?」
「し、しらないの?」
悲しそうな顔でファルーシュは頷くと、ちょっとだけ恥ずかしそうにルセリナは顔を近づけて優しくこう言った。
「ルセリナがおしえてあげるから」
「え?いいの?」
今度は明るい表情でルセリナを見るファルーシュ、その笑顔が好きなルセリナはさっきのファルーシュの様に嬉しくなった。
「うん、だってこれをしないと、ファルーシュさまのおよめさんになれないもん」
「おしえて!おしえて!」
「やくそくね、ぜったいルセリナをおよめさんにするって…そうしたらおしえてあげる」
「うんうん!するよ、なにがあってもぼくはルセリナをおよめさんにする!」
好奇心で知りたい欲求が溢れかえるファルーシュは兎に角早く知りたい為に興奮状態であった、そんな彼の顔にルセリナが手を添える。
「目、つぶってて…」
「うん…」
ここからファルーシュには記憶が無い…だが感覚は覚えている。その後の記憶はファレナに帰る日ルセリナがファルーシュに抱きついて泣いていた事だけだった。
「ああ…」
「どうかしましたか?」
「した…約束…でも、あれは子供の頃にした約束で!」
「殿下…ルセリナには沢山の見合い話が来ていました…」
慌てるファルーシュに対し冷静な心情のユーラム。何を突然言い出すかと思えばルセリナの見合い話の事だった。
「しかし、ルセリナは全て断ったのです…私にはある人との約束があります…と父に言って…」
「約束…」
「その時のルセリナの眼に迷いはありませんでした、私の思い込みかもしれませんが」
「…ルセリナが僕の事を…」
「やがてその意志の強さに父も折れて、以後見合いを持ち込む事は無かったのです。私は嫉妬しました、妹をこれほどまで惹きつけた殿下に対して…」
淡々と話を続けるユーラムだが、頭が一杯になっているファルーシュには全く聞こえていなかった。
「けど、分かりました…何故妹が惹かれたのか。殿下の元に就いて、この人にならルセリナの未来を託してもいいと!」
「…ルセリナが」
「誠に勝手ですがどうかお願いします!妹を…ルセリナをどうか」
「あ、う、うん分かった…早速相談に乗るよ」
「ほ、本当ですか!お任せしても宜しいのですか!」
責任の無い発言をしてしまった、しかしこのユーラムを見て今更無理と言うわけにもいかず覚悟を決めた。
「任せて、ルセリナをちゃんと元気づけてあげるから」
「殿下…有難う御座います、有難う御座います…ぅ…」
「ユ、ユーラム?…ね、寝てる」
ファルーシュの手を掴んだままいきなり床に倒れ込むとユーラムは寝息を起てていた、安心して気が抜けて今までの疲れがドッと出たのだろう。
「おーい!」
このまま寝せておくのも可哀想だと思ったファルーシュは、近くにいた兵士にユーラムを部屋に連れて行って寝せてあげてと頼む。
「(…まだ書類が残ってるから明日でもいいかな)」
ファルーシュは自分の書斎に向かっていき残っている仕事を今日中に片付けようとした。明日はルセリナを元気つける為に…そう思いながらファルーシュは書斎に向かって歩き出した。
しかしそこで全てが解決するなんてファルーシュは思ってもみなかった――――。
書斎で…。
ファルーシュがユーラムとの会話を済ませて書斎の前まで来ると、ドアの前で薄栗毛色の髪をした少女が壁に寄りかかって立っていた。
「あれ、ルセリナ」
「あ、殿下…お待ちしてました」
声をかけるとファルーシュに気づき笑顔で見つめてくる、その姿にファルーシュは先ほどの話でしていたルセリナの話を思い出して少しドキッとしてしまった。
「ぼ、僕を?」
「殿下の事ですからまだ仕事をなさっているのではないかと…」
「心配してくれたの?」
「最近の殿下は多忙で見ているこちらが疲れてしまうほどの働きようですから…」
俯き加減で話すルセリナを見て、ユーラムがあそこまで衰弱しきったのが分かるような気がした。
「じゃあ、お願いするよ」
「はい」
ただ小さな微笑を浮かべ彼の後に続いてルセリナは書斎に入っていった。そして薄暗い部屋にランプを灯すとファルーシュはいつも仕事をしている机の椅子に腰を下ろすと、ルセリナは横にある書類をファルーシュに一枚一枚手渡していく。
内容は実に豊富だ。妹であり女王でもあるリムスレーアの見合い話、ガレオンからトーマの女王騎士推薦状…見てて飽きないくらいだが決定してサインするのは身体が訛り退屈極まりない。
「はぁ…別に僕が決めなくても」
「殿下はそれほど信頼なされているのですよ」
「そうかな、確かに戦術や武術には自身があるけど、政だけは嫌いだね」
護衛ではなく女王騎士となったリオンの前では大して愚痴を零さないファルーシュだが、変わりに毎日一緒に仕事をするルセリナに対してはチラチラと言葉が出てくる。
「ふふ、殿下でも嫌な事はあるのですね」
「それは、僕だって普通の人間だから嫌な事は沢山あるよ、例えばリムのわがままなんか」
「リムスレーア女王に聞かれたらきっと泣いてしまわれるでしょう」
そんな談笑をしながら処理をしていく二人、だがそんなに早く減るわけでもなく1時間で5〜10枚くらいがやっとだったがルセリナが一緒だったのでそれが別に苦でもなかった。
(ルセリナが殿下を信頼…いや好意を抱いてるようなのです)
いや違う…ファルーシュは思った、ルセリナを好いているのは自分のほうではないのかと…。
「ルセリナ」
「何でしょうか?」
「約束って…片方が憶えていても、もう片方が憶えてなければ守れないものなのかな…」
「え…?」
「僕はね、昔ある人と約束をしたんだ…」
何故今こんな話をしているのだろう…そう思いながらも意志とは違う何かが言葉を勝手に吐き出していく。
「その娘はね…大人になったら僕のお嫁さんになるとか言ってさ…まだ子供だった僕はよく意味が分からなかったから勝手に返事しちゃったけど…」
「…そう…なんですか」
「でもね、ようやく分かったよ…本当は僕もその娘が好きだったんだ…だからあんな返事をしたんだよ」
「……」
「あ、ごめん、一人で盛り上がって変な話しちゃって…」
今思えば馬鹿みたいだった…ルセリナはそんな思い出はとっくに心から切り離しているだろうと。ファルーシュは恥ずかしくなって椅子から立ち上がると、机の上のランプを消して窓の外にある月を眺めていた。
「今日は終わりにしよう…ありがとう、手伝ってくれて」
ルセリナからは何も返事が無く何だか急に空しくなる、心がすっぽりと取り除かれた気分だ。ファルーシュはもう一度月を見ると後ろに振り返った。
「…帰ったのか」
書斎には先ほどまでいた筈のルセリナが居なくなっていた。普通はそうだ…過去の話をいきなり持ち出されて勝手に一人盛り上がって彼女も呆れたのだろう。そう思うと溜息ばかりが出てきたのだが…
「殿下…」
「ル、ルセリナ?」
ふと横から声が掛けられる、それは紛れも無く先ほどまで書類の整理を手伝ってくれていたルセリナであった。
「どうして…」
「私は殿下がお仕事をお止めになるまで手伝うと決めてましたので…」
月明かりだけが部屋を照らす中、ファルーシュはルセリナの顔を見ると少しだけ頬が紅くなっている事に気づいた。
「……」
少しの静粛…それをルセリナが打ち破るように口を開いた、その内容とは…
「私も…昔…同じ様な約束をしました…」
「…」
「貴族の娘だった私は…一般の市民の子とは遊べず…いつもお兄様達と遊んでいたのです」
「…うん」
「でもある時…お父様のお客様としてアルシュタート女王様が我が屋敷に訪ねて来ました」
ルセリナは相変わらず小さな声で話すが、静かな室内には大きくファルーシュの耳に入ってきた。
「その時一緒にいました…銀色の髪の…その男の子が私に友達になろうって言ってくれたのです」
「…それでその子は、内気だったルセリナの手を引っ張って街中を走り回った」
「はい…最初は戸惑いました…でも直ぐに打ち解けて…屋敷に帰った時には一緒に笑ってました」
「……」
「もう屋敷に滞在している間は常に一緒でなくては嫌でした…お食事も…あ、お、お風呂も…」
「…ぶっ!」
「で、殿下!あ、あのその…!」
「気にしないで続けて…」
一瞬変な想像をしてしまったファルーシュは顔を真っ赤にして横に逸らした。
「そして女王様が帰る日の前の日の事です…私とその子は…裏の庭で約束をしたのです…」
「ルセリナを僕のお嫁さんにしてあげる…って言ったんだよね」
「はい…でも…私は…その男の子の妻にはなれません…」
「どうして…?もう好きじゃないから?」
「違います!好きです!…この身が張り裂けそうなほど好きで堪りません!…愛という言葉を使っても宜しいならば…愛してさえもいます…」
ルセリナは堰を切った様に目からポタポタと大粒の涙を零しながらファルーシュに訴えかける。
「なら…どうして?」
「だって…私はバロウズの…んっ!…ん…」
言葉を発しようとした時に口を何かで塞がれたルセリナは何が起きたのか理解出来なかった、しかし目の前には話を聞いてもらっていたファルーシュの姿が至近距離に映っていたのだ。そこでやっと分かった…今自分がファルーシュと口付けを交わしているという事を。
「ん…あ…な、何をなさるのですか!」
「何って…約束を守るんだよ」
「そ、そんな…先ほどもいった様に私は…」
「ルセリナだ!」
「殿下…」
胸が熱くなる、バロウズとしてはなく一人のルセリナと言う女性として見てくれるファルーシュ…それが嬉しくてもう自分が抑え切れなかった。
「だから…あの時のように僕を呼んで…僕は君が好きだよ…ルセリナ」
「ファルーシュ様…んっ」
今まで我慢していたファルーシュへの感情を全て吐き出すように、今度はルセリナがファルーシュの唇に自分の唇をあてがった。
自分を縛っている物は何もない、全てをファルーシュに託そう…溢れ出す涙を堪える事も無くルセリナは喜びを感じていた。
「んぁ…」
「…ルセリナ…いきなり積極的になったね」
「あ、その…」
「いいよ…僕はどんなルセリナでも好きだから」
ファルーシュは今自分がした事を恥ずかしがっているルセリナの肩に腕を回す、ちょっと強引だったかなと思ったがルセリナの嬉恥ずかしそうな顔を見てそんな事も直ぐに忘れた――――。