王子の迷い、ルセリナの決意(5主人公×ルセリナ) 著者:10_334様

湖の城は重苦しい空気に包まれていました。
ゲオルグ様が陛下殺しの犯人だと言うゴドウィンのでまかせだと信じきっていた話を、
ミアキス様の口からまぎれもない真実であると告げられたこと、
一言の弁明すらせずにゲオルグ様がいずこかへ姿を消してしまったこと。
そして先日の姫様自らが戦場へと赴いてくる絶好の好機を利用しての作戦…それが成功していれば、
戦は終わるはずでした。しかし九分九厘まで成功していたその作戦は、あってはならないこと…
誰よりも殿下が信頼し、信頼されていたはずのサイアリーズ様の裏切りによって失敗に終わりました。
姫様は殿下の目の前でソルファレナへと連れ戻され、そればかりかリオンさんまでが
瀕死の重傷を負わされてしまったのです。

殿下の心痛はいかほどのものであったでしょう。傍で見ていただけにすぎない私にすら、
殿下の苦しみ、悲しみは痛いほどに伝わってきました。
もともと殿下は温厚な方で、望んで戦場に立たれるような方ではありません。
たとえ戦の度に軍神のごとき戦いぶりを見せ、並外れた戦才を誇ろうとも、
そのお心は繊細すぎるほどに繊細な方なのです。
それでも姫様をお助けしたい一心で今日まで戦い続け、やっとそれが叶うかと思われたのに…。
今まで殿下は弱音一つ吐いたことがありませんでした。
しかしさすがに今度ばかりはそうもいかなかったのでしょう。
黎明の紋章の力で一命は取り留めたものの、一向に意識を取り戻さず眠り続けるリオンさんの傍らで、
殿下は初めて涙を見せました。
リオンさんの手を握りしめ、なんでこんなことになってしまったんだ、なんで…
そう繰り返す殿下の姿はあまりに痛々しかった…。

見張りの者を残して既にほとんどの住人が寝静まった夜の城で、私は一人テラスに立ち、物思いにふけっていました。
湖の上に立つこの城は風も冷たく、夜になるとかなり冷え込みましたが今の私には気になりません。
城の人たちの多くは、殿下の心中を察して心を痛めるとともに、サイアリーズ様に対して怒りを露にしています。
けれど、あの方は本当に裏切ったのでしょうか…。
レインウォールにいた頃から、私はサイアリーズ様を見続けてきました。
あの方が殿下に向けていた愛情が偽りのものだったとはどうしても思えないのです。
しかし、サイアリーズ様の様子が最近おかしかったことも確か。
ドラート戦の後から…でしょうか。あの方は思いつめたような顔を見せることが多くなっていました。
そして殿下やルクレティア様の言葉に、異を唱えるような言葉を口にすることも。
こうして冷静に思い返してみると、サイアリーズ様がそういう態度をおとりになっていたのは、
姫様を助け、戦いを終わらせる…私たちの信念を口にする時ではなかったでしょうか。
それで本当にいいのか…そんなことを言っていた記憶があります。

そこまで考えて、私はふと顔を上げ、遥か遠くソルファレナの方角へ視線を向けました。
サイアリーズ様は戦争を終わらせることに疑問を持っていた?
戦争を長引かせることを望んでいた?
でもなぜ…姫様をソルファレナへ連れ戻し、リオンさんを害し、殿下を傷つけてまで
そんなことをしなければならないのでしょう。
今の私にはどうしてもわかりません。
「ルセリナ――」
「…えっ」
不意にかけられた声に振り向くと、いつの間にいらしたのか近くに殿下が立っていました。
しかし…なんというお姿でしょう。
いつもの優しい笑顔も、溌剌とした身のこなしも、今の殿下にはありません。
憔悴しきった顔で、がっくりと肩を落とし、なのに目だけはぎらぎらと輝いています。
不信、悲哀、疑惑、疑念、怒り――。
全てが殿下には不似合いな感情に埋め尽くされた、そんな瞳の色をしていました。
「殿下…もうお休みになられた方が…」
「眠れるわけがあるもんかっ!」
私の声を遮っての怒号――それもまた、今まで見たことのない殿下の姿でした。
およそ声を荒げるということを知らないかのように、いつも優しい声音で話す方なのに…。
「こんな…こんなに苦しくて、辛いのに…眠れるわけがっ!」
「殿下!」
殿下の声はさらに大きくなり、ほとんど叫びださんばかりでした。
でももう夜も更け、昼間の戦で疲れきった兵たちが休んでいるのです。
彼らの眠りを妨げるようなことがあってはと、今度は逆に私が殿下の声を遮りました。
「殿下…私の部屋へいらしてください。お心を落ち着けるお茶をお出ししますから…」
「そんなもので…そんなもので落ち着くなら、こんなに…」
「殿下…どうか、お願いします…」
必死でお願いすると、殿下は不承不承ながらも頷いてくださいました。
今の殿下を放っておいてはいけない…咄嗟に浮かんだ考えは、私の中ですぐに確信に変わりました。
今日のことがきっかけで、殿下のお心を支えていた何かが折れてしまった…私はそう感じました。
誰かが代わりに支えとならなければ、殿下は二度と立ち上がれなくなってしまうかもしれないと。
「こちらへ…殿下…」
私の部屋へと案内しようとそっと殿下の手をとり、テラスを離れる間際、殿下がぽつりと呟きました。
「手…冷たい、な…」

「どうぞ…」
部屋に迎え入れた殿下の前に暖かい紅茶のカップを置き、自分も紅茶を一口啜りました。
長い間夜風に当たっていた身体が温まっていくのを感じました。でも、今の殿下のお心を癒すことはできないでしょう。
それを知りながらも、私は手をつけようとしない殿下にもう一度勧めました。
「どうぞ、お飲みになってください…」
それでも殿下は口をつけようとはせず、ただ呟き続けました。
「なぜ…どうして叔母さんはあんなことを…ゲオルグは母上を…」
今自分がどこにいるのか、それどころか目の前に私がいることさえわかっていらっしゃらないのでは…。
そう疑いたくなるほど、殿下は憔悴しきっていました。
サイアリーズ様を、ゲオルグ様を、本当に信頼しきっていたからこそ、裏切られたというただ一つの思いにとらわれ
そこには何かの理由があるのではと考える余裕すら失ってしまったのでしょう。
リオンさんが傍にいらっしゃればここまでひどいことにはならなかったでしょうが、一命をとりとめたとはいえ
負った傷はあまりにも深く、当分殿下のお傍に戻れはしないでしょう。
そして殿下の心がリオンさんの傷が癒えるまで無事でいられるとはとても思えませんでした。

「なんで。なんでだ…なんで裏切るんだ! 僕は、僕はただ戦を終わらせて、静かに暮らしたいと思っているだけなのにっ!」
「殿下!」
「次は誰だ。次は誰が裏切る。そうして最後は誰もいなくなるのか…」
「殿下っ!」
「ルセリナ…」
悲鳴のような声で叫ぶと、やっと殿下が顔を上げて私の顔を見てくださいました。
「私は、私は裏切りません! 何があっても私は、殿下の味方ですから…」
「裏切らない…?」
「裏切りません。私は、私だけは絶対に…」
殿下の魂に届けと、短い言葉にありったけの思いを込めて伝えました。
多少なりともわかっていただけたのか、殿下は肩をふるわせて激しい感情をこらえているように見えました。
「お願いします、殿下…悲しいことはおっしゃらないで。私だけじゃありません。ルクレティア様も、ラージャ様も、ミアキス様も、
皆本気で殿下をお助けしたいと思っているんです。それに、サイアリーズ様やゲオルグ様も…きっと何か理由が」
「どんな理由があればあんなことができるって言うんだ…理由があればあんなことをしてもいいって言うのか…」
「それは…」
そう言われてしまえば、私は口を閉ざすしかありません。
私はサイアリーズ様もゲオルグ様も、結果として殿下を裏切るような行動をしたことは事実として、
そこには何か事情があると思っています。
そしてそれがどんな理由にせよ、お二人が殿下を思う気持ちに偽りはないとも。
でも私はお二人の心を本当に理解しているわけじゃない。だから殿下の心を癒してさしあげることもできない…。

「頼むよ…」
「えっ…?」
「信じたい…信じたいんだ。ルセリナにまで裏切られたら、僕は本当におかしくなってしまう。
でも、絶対裏切らないって思っていた二人が裏切った。だから信じられない。自分で自分が嫌になる…
でも、そうなんだ。もうわからないんだ。誰が味方だ。誰を信じて戦えばいい!?」
もう言葉だけでは伝わらない。
心に受けた傷が深すぎて。
「殿下」
「うう…」
「殿下。私にはあなたの心の痛みや苦しみ、悲しみを消してさしあげることはできません。
でも、軽くすることはできるはずです」
言葉を切り、心の中で息をつく。もう引き返せない。でも、きっと後悔はしない。
「すべて私にぶつけてください。殿下が抱えているもののすべてを…私は殿下のすべてを受け入れますから…」
「それは…それは、ルセリナがバロウズの娘だから? 償わなければならないと思っているから?」
「いいえ…」
私は殿下の瞳をじっと見つめて、緩やかに首を振りました。
「私が…ルセリナが、そうしたいと思うからです…」
「ル、セ、リ、ナ…」
ゆらり、と殿下が立ち上がりました。冷め始めていた紅茶が零れて…床を、濡らしていきました…。

窓から差し込む月の光だけが明かりのすべて。
薄暗い部屋の中で、私は殿下に組み敷かれていました。
ドレスは引き裂かれるように脱がされ、胸を爪を食い込ませるかのような勢いで揉みしだかれ、荒々しく唇を奪われました。
そこに相手を思いやる気持ちはありません。ただひたすらに感情の高ぶりのままに動くだけ。
それでも、今はそれが殿下に必要なことなのでしょう。
「くうっ…う、あああっ、あああああっ!!」
細い喉から獣のような雄叫びを上げて、殿下はさらに激しい責めを繰り返しました。
下着を脱がせる間も惜しいのか、片足の途中に引っかかったまま止まった不自然な格好のまま秘所に指を差しこみ、
激しく出し入れを繰り返します。
「……っ!!」
まるで濡れていないそこをめちゃくちゃにかき回される痛みに思わず顔が引きつりますが、それでも決して声は上げません。
殿下の痛みはこんなものではないのですから。私が殿下の痛みを受け止めなければならないのですから…。
連続して与えられる激しい痛みに自分を守ろうと秘所が愛液を生み出し始めました。
過去の秘め事の記憶がふと脳裏に浮かびます。もしも殿下と…そう思いながらした時は
自分でも恥ずかしいくらいになったけれど、今は痛みをやわらげるため以外の意味はありません。
でも、それを悲しく思う気持ちは浮かびませんでした。今はなにより殿下が少しでも安らかな気持ちになれますように…。
それだけが今の私のすべてでした。
やがて指が引き抜かれ、代わりに熱くたぎった肉の塊が当てられるのが感じられました。
ぐっ、と目を閉じて痛みに耐えようとしましたが、いつまで待ってもその時は来ませんでした。

そっと目を開けると、月明かりに照らし出され、幻想的な美しさを醸し出している殿下の顔がそこにありました。
「……」
殿下の唇が動きました。言葉を発することはありませんでしたが、「本当にいいの?」そう言ったのでしょう。
「どうぞ…」
私はもう目を閉じませんでした。殿下の首に巻きつけるように両腕を伸ばし、その瞬間を待ちます。
「!!」
「あっ…!!」
ぐっ、と一気に殿下の腰が突き出されたかと思うと、それは襲いかかってきました。
(痛いっ…)
十分に濡れていないそこに突き刺さった肉の凶器は、焼けた鉄の棒を差し込まれたかのような熱さと痛さを訴えてきます。
でも、それ以上の強さで伝わってくるものがありました。それは殿下の心――。
合わせた肌を通して、殿下の悲しみが、苦しみが流れ込んでくるような感覚。
こんな…これほどの思いをこんな小さな身体に抱え込んで…。
見上げれば、殿下は泣きながら私を抱いていました。
(どんなにか辛かったでしょう…)
愛し、愛された両親を一夜にして失い、最愛の妹と引き離され、同じファレナの民と戦わなければならず。
両親の死をともに悼んだ叔母は去り、信頼を寄せていた男は何も語らず姿を消した。
それでも戦いをやめることは許されない。
まだ年端もいかない少年の身で。
それが運命(さだめ)と言うのなら、運命とはなんと残酷なものなのでしょう。
「殿下…殿下っ…!」
いつしか私の目からも涙が零れていました。
きつく殿下の身体を抱きしめて、殿下から与えられるすべてを自分の中に刻んでいきます。
「ルセリナっ…もう…!」
「どうぞ、どうぞ、出してっ…!」
紬送の速度がさらに速まり、殿下が限界が近いことを伝えてきます。
中に出されることも気にはなりませんでした。私は殿下のすべてを受け入れると決めたのですから。
「うあああああっ…!!」
魂の底から絞り出るような声とともに、私の中に殿下の思いが流れ込んでくる感覚がありました。
「殿下…お慕い、申し上げております…」
私の無意識の中の囁きは、殿下の耳に届いたでしょうか…。

「ごめん…ごめん、ルセリナ…」
行為が終わった後、今までの荒々しさが嘘のように、殿下は寝台の上で膝を抱え、泣きながら私に謝り続けていました。
「いいんですよ、私が望んだことなんですから」
お互いに一糸纏わぬ姿のまま、子供のように泣きじゃくる殿下の髪をそっと撫でます。
赤子をあやす母親のように、精一杯の愛情を込めて。
「僕はこんな、こんなことをして…ルセリナになんてことを…」
「おっしゃらないでください。私は後悔していません。そして殿下にも後悔してほしくありません」
柔らかな髪を優しく撫で続けながら、諭すように言葉を続けます。涙に濡れた目で見返す殿下の瞳は、
まだ少し悲しみの色を残しているけれど、私の大好きないつもの殿下の目に戻っていました。
「少しは…楽になりましたか?」
「…うん。ルセリナのおかげで」
「でしたら、嬉しいです」
にこっ、と自然に笑みがこぼれました。
「あ…」
すると殿下が目を少し大きく開いて、私の顔を吸い寄せられるように見つめました。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや…」
少し照れたように頬を掻きながら、殿下はやっと笑顔を見せてくださいました。
「やっぱり僕は…ルセリナの笑った顔が好きなんだ」
「殿下…」
(じゃあ、笑ってくれる?)
頭の中にセーブルの偽者事件を解決して戻ってきた時の殿下の言葉が蘇りました。
「殿下が元気でいてくだされば、私も笑っていられます」
それは心からの言葉。
「…そっか」
かすかに瞑目して、心を落ち着けている殿下の横顔は穏やかさを取り戻しています。
「じゃあ、元気でいないとね」
「はい」
お互い心からの笑顔を見せ合うと、また殿下の心と触れあったような感覚が訪れました。
「これからも殿下はきっと、辛いことや苦しいことに何度もぶつかるのでしょう…
でもどうかお一人で悩まないでください。私も一緒に苦しませてください。
私はいつでも殿下のお傍におりますから。ずっとずっと…ルセリナは殿下にお仕えいたします」
「ルセリナは暖かいね…」
どんな頑なの人の心さえも溶かしてしまうような微笑み。
ああ、こんな風に笑える人だからこそ、人々はこの方を信じて戦うのでしょう。
そして私も支えになりたいと思うのでしょう――。
「ルセリナがいてくれれば…僕はまだ戦えるよ…」

「ルセリナ…甘えついでに、今日はここで眠らせてもらってもいいかな?」
「今日だけ…ですよ」
「ありがとう…」
よほど疲れていらしたのでしょう。殿下は毛布にくるまるとすぐに規則正しい寝息を立て始めました。
その寝顔を見つめて、私は窓の外に見える月に目をやりました。
(サイアリーズ様…)
あなたもこの月を見ているのでしょうか。何を思っているのでしょうか。
あなたの代わりなどと、おこがましいことは言いません。
でも、殿下には近くで見守る誰かがきっと必要なのだと思います。
過ごした年月は短いけれど、罪深きバロウズの血を持つ娘であるけれど、殿下を想う気持ちは誰にも負けないと思っています。
だから…だから私が殿下の傍にいることを、どうかお許しください。

殿下を愛していくことを…どうかお許しください――。

(終)

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