5主人公×ルセリナ 著者:辻きり様
まあそんなこんなで太陽宮を抜け出し、ファレナ市街をマッハで駆け抜けて逃げ出したファルーシュ。その双腕にかかえられているのは、ルセリナ嬢である。その明晰な頭脳をもってしても何が起こったかはさっぱりわかってないようであった。
彼女のその思考を鈍らせているのは、想い人にこうして抱え上げられている――世に言うお姫様抱っこをされている――からであろう。ほんのりと朱に染まった頬がそれを物語っている。天下の才媛も、ここでは恋する一人の乙女であった。
「ふう、ここまで来れば大丈夫…だよね。多分」
キョロキョロと回りに人影が無いことを確認してから、ようやく一つため息をついて、気を若干抜く。ゴキブリダッシュは役に立つなあ。そんな呟きから、これはどうやら二週目以降の後日談であることが推測できる。まあどうでもいいことだ。
「あ、あの…殿下、下ろしてください…」
か細い声がルセリナから漏れる。腕の中できゅ、と小さくなっていたルセリナを、ゆっくりと地面の芝に下ろしていく。半分だけ残念な気持ちを抱えながらも、ファルーシュにありがとうございます、と一礼をして、トントン、と着物を調える。
ファルーシュにはだけさせられ、そしてその上からシーツを羽織っただけの姿のままだったので、いやがおうでもあの時の行為を思い起こしてしまう。
何も気づいていないかのように自分の表情をのぞき見るファルーシュの視線からつい、と目をそらして、
「あ、と、ところでここは何処でしょう…」
くるくると回りを見渡すが、元々内務処理を請け負うルセリナには土地勘というものは余り備わっていない。
「ん、どうやら…もうルナスまできちゃったみたいだね」
「ル…ルナス?…」
驚いて声を張り上げるルセリナ。ちょっと見上げた先に、それらしきものが確かに映った。普通、ファレナからルナスまでは数日かかるはずの距離なのである。なのに朝方にファレナを出てまだ日が傾くかどうかの時間に…恐るべし、真神行法。恐るべし、キャザリー。恐るべし二週目。少々くどかった。
「す、凄いですね。確かに早いとは感じていましたけど…」
「そうだね。こんな凄い技、ひょっとしてキャザリーさん以外も北国の人は皆身につけてたりするのかな」
こんな速度で猛突進してくる人々の群れをルセリナはぼんやりと思い浮かべる。当然の如く構えは皆王子と一緒である。一列に並んで、ダッシュ、ダッシュ。頭の中がカサコソ、カサコソといやな音で埋め尽くされる前になんとかその妄想は振り払うことが出来た。才媛も危うくトリップ寸前である。
「ははは、そんなわけないよね。ゲオルグだって出来なかったんだし…紋章のお陰だよね」
「ふ、ふふふ、そうですよ。殿下。変なこと言っては失礼ですよ」
乾いた声で返答をして、顔をひきつらせながらルセリナは例のダッシュをしてチーズケーキに一目散のミスターGを目撃していたことを必死に記憶の奥へと仕舞い込んでいた。
「ルセリナ、どうしたの?」
「へ?ああ、いや、チーズケーキが…」
「ゲオルグがどうかしたの?」
どうやら例の男はイコールチーズケーキで間違いなさそうである。ルセリナは王子にいえ、なんでも、とはぐらかす。
てくてくと二人で肩を並べて手を繋いで――ルセリナのほうがちょっとファルーシュに寄りかかるようにして――歩いていくと、ルセリナにも見覚えがある場所についた。
始まりの地へ赴く時に通ったルナスへの表通りである。王子が敢えてショートカットをして険道をいったためにルセリナとしてはわけがわからなくなっただけのことだった。王子は一般人と違ってタフであるから、ダンジョンにならない森くらいなら全くものともしない。いちいち道を通るなど鬱陶しくてやってられないのだ。流石である。
ここまで来ればもう間もなく。そうしてちょっときつい坂を上ると、もうルナスの入り口であった。一応回りに気を配りながら、久方ぶりのルナスの澄んだ空気を味わいながら。
ここ最近は平和になっているせいで、入り口の架け橋で番をしている兵もあくびをかみ殺していたが、流石にファルーシュの姿を確認すると、びしっと居住まいを正す。
「お、王子殿下。いかがなさいましたか?」
やさしそうに微笑みながらもどこか回りの様子を気にするファルーシュ。ルセリナはなんと説明していいやらわからず曖昧な顔をするしかない。殿下に恥ずかしい思いをさせたくない。そういう思いがあるから。
まあ、ファルーシュの恥ずかしい思いはどう贔屓目に見たって自業自得だが、こんなのが知れ渡ったらルセリナのほうがよっぽど恥ずかしい思いをしてしまうだろう。
ひとまずそれは置いておこう。ファルーシュは、門番のその問いを受けて、さらりと
「ああ、ハスた…、もといハスワール叔母上の顔が見たくてね」
門番とルセリナにはどこかその言葉に悲しみが残されているように見えた。かつて叔母と慕っていたサイアリーズはもう居ない。だからきっと――と、まあ相当に都合よく二人は解釈した。実際ファルーシュはそんなつもりは別にないのだが。ルセリナのファルーシュを慮る気持ちが、きゅ、と手を握り返す力を強くする。
だが、ファルーシュはちょっと心ここにあらずな状態であった。逃亡経路?として水路を選ばずにこちらを選んだ理由。それは――
「は、はっ、お入り下さい!斎主様もきっとお喜びになられます」
そうしてささ、こちらへ、と丁重にもてなすようにハスワールの居る館へと案内をする。なんとなく何かにうずうずしているような気がするが、一体何なのだろう。
「斎主様、ファルーシュ様とルセリナ様をお連れいたしました」
「え?嘘?ホントに?遠慮せずに入ってきていいわよ〜」
扉越しの驚き混じりの声ながら、はしゃぐ様子が伝わる。王子はそわそわしながらその扉を開ける。そこには若々しい母と同じ色の髪の叔母と、太陽拳と金髪のツンツン娘のエルフ二人が居た。
相変わらずイサトは無表情である。ウルダも前と変わらずのツンツン。ハスワールもいつものようにニコニコ微笑んで、しゅた、とファルーシュのほうに駆け寄ってくる。
段々と近づいてくるハスワールに対して露出に関しては母上やもう一人の叔母上を見習ってくれたらもっといい光景が見れたのに、なんて失礼なことを思うのはファルーシュだけで十分である。これはこれでいいものだということが分かるにはまだまだ若い。フェリドやゲオルグへの道は遠く険しい。
しかしそうは言ってもあの服の上から揺れる胸の動きを察知出来るファルーシュはやはり只者では無い。彼を持ってしても無理だったのは、身近な人間では護衛の最近見習いから昇格した女王騎士(本人の名誉のため名前は伏せる)ぐらいのものであった。
「ファルちゃ〜ん。良く来てくれたわ〜」
若干スライディングしぎみにファルーシュにアタック。そしてハグ、さらにぎゅー。ついでにほっぺですりすり。ハスワールの得意技である。前からしっかりいくのが彼女の流儀であり、後ろからゆっくりと抱きつくのがアルシュタート流である。胸があたるのは仕様、もとい「わざとあててるのです」ということらしい。
ファルーシュは傍目からみると照れて恥ずかしそうに、しかし内心至福の感触を味わう。谷間に顔をうずめる形となったが、誰もそれを不審に思わない。ハゲが苦々しい顔をしているのはいつものことだ。全く羨ましい、いや、恥知らずな王子である。頬に胸の感触を服越しながらふにふにと味わいながら、ファルーシュはこちらを選んで正解だったと心より思う。これだけの為に疲れる陸路を選んだのだ。最もこれを読んでいるかも知れないここの猛者達にとってみれば、ひょっとしたらこの選択は当然のことと言えるのかもしれないが。
(ああ、ちょ、ちょっとくらいいいよね。勢いあまってってことにしておけば)
こずるいことを考えながら、ちょっと苦しそうな顔の演技をして、
「伯母上、ちょっと苦しい…」
掌を胸に当てようと近づけようとする。軽く引き離すような振りをして、掌に味わおう(あわよくば揉んでしまえ)というどうしようも無い策である。が、その手はすか、と空を切るだけだった。心地よい感触から解き放たれたファルーシュがあたりを見回すと、ハスワールは今度はルセリナのほうをしっかりと愛でているのであった。
「ハスワール様、止めてください。は、恥ずかしいし苦しいです…」
「ルセリナちゃんもかわい〜」
ムツゴロウさんも真っ青な愛でっぷりに思わず羨ましいなぁと思ってしまうファルーシュ。じっとそれを見ている当たりイサトも羨ましいのであろう。ウルダはすっかり幼馴染に無視されて不機嫌である。
「ファ、ファルーシュ様、たすけ…」
顔が照れ以外のもので真っ赤にそまってピクピクしているのを見て、ようやくハスワールも抱擁を止めて、
「ご、ごめんね。ついつい」
やっちゃった、えへ、みたいに舌を出してそんなことを言うが、ついついでそこまで強くやられたら(一部の人間以外)たまったものでは無い。
けほ、けほ、と咳き込むのを見ると流石にしゅん、としたが、王族のこれに弱いルセリナがすぐにそれをなだめたので、ハスワールも態度を元のものに戻した。ここらへんの立ち直りの良さはファルーシュに似ている。
「あ、ファルちゃん、折角来たなら泊まっていかない?ルセリナちゃんもちょっとお清めしましょうか」
「え?お清めですか?…ですが」
「おばさんと一緒じゃ恥ずかしい?」
「そ、そんなわけは無いですけど…」
「じゃ、決まりね?ウルダちゃんもどう?」
得意技でさっさとルセリナを陥落して、ハスワールはスレンダーなツンツン娘も誘う。ウルダは悪くないけど、と呟いた後、イサトとファルーシュにこういう場合のお決まりの台詞を吐く。
「覗かないでよね」
ファルーシュは勿論そんなことはしない、と綺麗な笑顔をウルダに向ける。さしものツンツンもこれには弱いらしく、思わずその視線から目をそらす。イサトはいかにも興味は無い、と言ったところだ。ストイックな僧侶といった風格である。
れっつご〜といった感じで向かっていくハスワールと、戸惑い気味のルセリナ、ぷんすかしているウルダの三人組を見送った後、ニヤリと影武者ばりに顔を歪めて足早にどこかへ向かっていった。
ささ、っさ。ゴキブリより早く、かつすばしっこく。そうでなければこのミッションを成功させることは不可能だった。いち早く例の場所にいかなければ――
彼の右手に握られているのは、とある場所を示す地図のようなものだった。かつて彼の父がここに来たとき、とっさに記したメモ――それが今、時を越えて彼の手の中にある。
コンコン、と岩を叩いて、回りに反応が無いか確認する。OK。ほふく前進をして、その場所を目掛けて。勿論服は回りに合わせた迷彩仕様。通信機が無いのは残念だったが、時代が時代だからしょうがない。
(父上…あなたの遺志は無駄にはしません)
このメモが発見されたのは、先の闘いで死闘を演じたゴドウィン家の息子のポケットの中であった。いつかこれを有効利用しようと思って、落ちていたこれを拾って大事にとってあったのだろう。ではなぜこれがフェリド氏のしたためた物だと分かったのか。
それは、父と子の絆のなせる業であったようだ。ここに関しては突っ込みはいらない。岩場の影からこっそりとそこをうかがう。そう、ここはみそぎの泉をのぞく絶好のポイントであった。息を殺して、きゃぴきゃぴと黄色い声が近づいてくるのを待つ。
「いっちばん〜♪」
「ふぅん…この水なら私も大丈夫そうね」
「きゃ…つ、つめたいです」
三人が入ってくるのをクワッと目を見開いて確認する。が…
(父上…なんでこの三人はバスタオルを巻いているのですか――)
人生の敗北者のようにその場でOTLとなるファルーシュ。こんなことがあっていい筈が無い。だってそうじゃないか。こんな秘境?にはバスタオルなんて野暮なものがあっちゃいけないんだ。心の中で血を流す彼だが、それでもそこから目を離す様子は無い。もらえる物は貰っておくハングリー精神はまだ生きている。
「えい♪…」
ハスワールは年甲斐も無く…じゃない、どこか幼さを残したその様子で、金髪のエルフに向かって水しぶきをぶつける。パシャ、と雫がかかり、エルフの美しい金髪に水がしたたる。沸点の低いエルフは、反撃とばかりに、
「やったわね!この…」
と、水を脚で思い切り蹴り上げ、しぶきをさらに巻き上げる。きゃ、と腕でガードを試みるハスワール。だが、それもたいした意味を成さず、全身にしぶきを浴びてしまう形となる。その時、ファルーシュは大いなる発見をした。
(き、キターー!)
ファルーシュは父の威徳を疑ったことをすぐさま後悔した。そう、バスタオルと思っていた布は存外薄く、軽く水に濡れただけで肌に密着して、そのラインを浮き上がらせ、そして肌の色すらも透けて見れる素敵仕様であった。豊満なハスワールの肉体にぴっちりと張り付いたそれはエロスを加速させる。
ハスワールはじゃれあうようにウルダを水浸しにするくらいに激しく水を掻き揚げる。ウルダも当然の如くそれに応戦。互いの闘いは激しさを増す。当然、布が透ける面積も雨粒のようなものから侵食するが如く次第に拡大し、ハスワールのふくよかで大きなそれと、ウルダの形の良い双乳の先にある桃色すらも透けてしまうようになる。まるでそれが布を押し上げているようで、妄想は更に膨れ上がる。いわばピチピチのスケスケである。
二人の真っ白な肌はそれでもこうしてみると肉感的でかつ情欲を煽る素晴らしさをかねていることが十二分に分かる。
(クク…全ては予測通り…!)
さんざハァハァしながらガッツポーツで大層なことを思うファルーシュ。父への感謝もあらたなものとして二人の肢体をなめまわすかのように覗くが、そこから見える光景の中で、ただ一つ彼を満足させえぬものがあった。
端のほうでどこか二人のじゃれあいを避けるようにして佇む蜂蜜色の髪の少女である。
大人しいルセリナには、どう割って入っていいかわからない状況だっただろう。すみっこのほうでちっちゃくなっているさまがなんとも可愛らしいのだが、ファルーシュは、
(ああ、もう、そうじゃないんだよ…!ルセリナ、もっとこの僕にアピールしてくれなきゃ!)
…随分とまあ勝手なことを考えていたようである。そもそも何のアピールだ。審査員にでもなったつもりだろうか。だとするならばこの場合は黄色い人なのかも知れない。
ともかく、中々その肌を自分の目に晒そうとしてくれないことにやきもきして足踏みしながらルセリナを注視する。なぜか無意識のうちにそれぞれの魅力を持つ二人の女性の肉体より、ルセリナに気がいってしまっていることにはファルーシュ自身はまだ気づいていないようだった。
うう、と聞こえないくらいにうなりながらのぞいていると、ついつい腕が動いてしまったらしい。こつん。
(…痛いですね)
そうやら隣に人がいたようである。慌ててファルーシュはそちらへペコリと頭を下げる。するとぴかっという眩しい光に一瞬くらまされそうになる。ひょっとしてこれは母が自分に与えた天罰なのか。――そんなばかばかしいことが頭を過ぎったが、まあそんなわけもなく。
結局眩暈からさめたファルーシュが見たのは例のお方である。皆まで言わずともわかろう。
(…っていうかさ、何で普通にここに居るのさ、イサト)
(それは私の台詞です。王子殿下ともあろうお方が何をしていらっしゃるのですか)
相変わらずの無表情で、ぶつくさとファルーシュに向かって言うイサト。目線は泉に向かって一直線。どうやら相当のつわもののようである。
(何、ってそれはさ…王子も色々と大変なんだよ。それよりイサト、覗きなんかして人間として、もといエルフとして恥ずかしくないのか?)
色々と大変なのは全部自分のせいなのだが、そこらへんは置いておいてジト目で睨む。イサトは自分の行為を覗きと言われて、さぞ心外そうな顔をする。ヒソヒソ話はまだ続く。
(覗き?同じにしてもらっては困ります。私には斎主様をお守りするという崇高な義務があるのですよ。お清めのときといえど、目を離すわけには参りませんから)
流石お付の官の鑑。これから察するにマクシミリアン騎士団のほうも、平気でこういうことがまかり通っているのかもしれない。まあ、あの二人の場合なら合意かも知れないのでいいか。一応、ファルーシュは太陽拳使いのエルフに尋ねる。
(あの、さ、じゃあこれってハスワールおば様も承知の上?)
だとしたら自分の立場はやばいことになる。いざとなったら媚びに媚びて逃げる準備は万端だが、それは最後の手段にしておきたい。それに対してエルフは何を言っているんです、と苦みばしった顔をしてこう告げた。
(斎主様に余計な心労をかけるに及びません。そんなことをしては私の名折れです)
一見クールな斎官である。大したものだ。いくら理屈をこねようとやっていることは同じである。だが、それでも忠節の男という仮面を崩さずただただミッションを遂行するかのように見えるこのエルフに、同じ男として王子は尊敬の念を抱かずにはおれなかった。何か根本的におかしい気もするが。まあ良い。とりあえずお互いが邪魔をせぬなら、ということで本来の目的に立ち返る二人。片方は見張り、片方は覗きである。
さて皆さんは類は類を呼ぶといった言葉はご存知であろう。そう、いつのまにかここに新たな影が侵入していたのである。間抜けなことに二人は気づかなかった。筆者も気づかなかった。
それは元女王騎士、そしてここに立ち寄られることを禁ぜられたかの男の影であった。黙っていれば女が寄ってくるといわれるくらいのあの男――
(いやぁ、いい眺めですねぇ。王子も成長されたんですねぇ…こうして社会勉強も人並みにされて)
その男は感涙にひたすらむせび泣いていた。彼がとことん王族を愛する男だからこそであった。
(ちょ…ば…カイル!なにやってんのさ)
(覗きとはいい度胸ですね…死にたいですか?)
非難がましい目で文句の一つでも言おうとするファルーシュ。イサトのほうは弓をキリキリと引き絞って煌く矢の先端をカイルの鼻先につきつける。零距離戦法というやつだ。(ちょっと違う)カイルはそれにも同ずることなくもういやだなぁ、と鼻の下を擦りながらなんでもないことかのごとく振舞う。まあ少なくともこの二人にカイルを攻める資格など一つもありはしないことは明白ではある。
(ね。ここで騒ぎ起こしたらね。折角あの三人が楽しんでるところに水をさしちゃいますよ。そうでしょ?)
(う…確かに…)
(…そうですね。貴方に危険は…無いとは言い切れないですが。斎主様におかしなことををしたら…)
(わかってるって。僕たちはここで見守るだけ、でしょ?女性陣はお清めを楽しむ。僕たちはそれを変なことがおきないようにちゃんと見守る。ね?王子、いいですよね?)
(ん…そうだね。いさかいを起こしてる場合じゃないんだね)
(そうそう…見つかったら駄目ですからね。われ等三人、死すべきときは同じ!ってとこですか。女王騎士の本懐ってやつですよ)
どこぞの三兄弟のようなことをいいつつ、変な誓いを結んだ三人はウォッチングに精を出す。変なことは十分におきている、というより自分たちが起こしているという自覚はこいつらには零である。早速目ざとく変化を発見したのは新参の金髪の男であった。
(お…ハスワール様がルセリナちゃんに近づいていってますよ〜。なんだかルセリナちゃん気がついてないみたいですね)
(ルセリナは何か上の空って感じだね…おば様はどうしたんだろ)
(斎主様、お気をつけ下さい)
三者三様の感想をのべつつ、やや冷静に俯瞰する。ハスワールはウルダと水かけっこにうつりつつも、射程範囲内にやや俯き加減の蜂蜜色の彼女をおさめると、
「えい!!」
「ふぇ?…ああ…」
ざっば〜んと大きな音を立てて、ルセリナにぎゅ、と飛びつく。どうやらカワイイモノセンサーにルセリナがひっかかったようである。館であったときよりも若干締め付ける力が強い。
「ぷはぁ…何をいきなり…ひぁ…」
「ルセリナちゃん本当にカワイイ…それにお肌もすべすべ」
すりすりと背後からしっかりロックしつつ、手のひらをルセリナのふとももに這わせる。つつ、となぞるだけなのに、敏感なルセリナはそれだけで嬌声を発してしまう。
「あ…は、ハスワール様やめて…」
「やめないわ…うらやましい…こんなに奇麗なお肌。おばさん嫉妬しちゃうわ…」
目を閉じて精一杯声を上げるのを耐えようとするルセリナ。なんだか変なものを見る目で見ていたウルダも、引き寄せられるようにルセリナの髪をなでて、そのしなやかさに驚き、
「人間の癖に…こんなに綺麗な髪…」
櫛を入れるようにその髪をする、とかき分けながら、卑怯だわ、と嫉妬に似た言葉をルセリナの耳元に吹き込む。ルセリナは微細なその刺激に、昨日の事を思い出す。
「で、でんかぁ…」
ハスワールはそのルセリナから漏れ出た声の意味を探って一旦動きを止めるが、次にはもの凄く嬉しそうな顔をしながら、
「ルセリナちゃん。いまのどういうことかな?〜」
「え?い、今のって…ああ…」
「人間って最低ね…この状況でそんなことを聞くなんて」
問い詰めるようにするハスワールと、慌てるルセリナ。口では文句をいいつつも、しっかり聞き耳を立てているウルダ。恋話が大好きなのはエルフも同じらしい。一方、男性陣は…
(み、見えないよ…ルセリナ…もっとこっちに…)
(ウルダが邪魔で見えませんね…)
(百合キターーー!)
台詞が聞こえないから勝手な想像ばかり繰り広げている。ファルーシュは相変わらずやきもきしているし、イサトは幼馴染を邪魔者扱い(いくらなんでもひどい)、カイルは妄想しながらGJ!を連発している。
(あ…顔真っ赤にして何やってるんだろう…)
(斎主様…)
(…確かにこのままじゃ駄目ですね。もっと近くに寄らないと…)
(しかし隠れれる岩場なんか無いよ。ここでも結構きついのに)
むう、と三人でどうしようも無い知恵を絞り考え込む。そこでカイルの頭に電球が浮かびあがる。ピコーン!
(閃いた!岩場が無いなら上を使えばいいじゃない!)
(上?…ま、まさか…)
(ここを上っていくというのですか…愚かな。私にすら出来ないことを)
(ふっふっふ…皆さん、女王騎士をなめてもらっちゃこまります。ミスターチーズケーキを見てください。彼に不可能があるとお思いですか?流石に僕は彼には劣りますけどそれでも…王子!元女王騎士の意地、とくとご覧下さい!)
下を見れば烈身な女王騎士だが、そんな突っ込みはここでは不要だ。彼は壁に向き合い、す、とそれに手をかざす。ピカ、と右腕の紋章がかすかに光る。
(元女王騎士、覗きのカイル参る!)
カサコソ、ゴキブリダッシュよりさらに都合の良い…じゃない怪しい紋章をつけてるのか、ピタリと壁に手がひっつき、それを交互に動かすことで高速で駆け上がる。クライマーもビックリの正しくプロの姿がそこにあった。ポカーンとそれを見ていた二人だったが、一応の賛辞を彼に送りたくなる気分になった。
流石に天井にひっつくにはそれなりのことをせねばならないのか、動きが緩慢になる。ようやくにしてカイルはルセリナ達の真上へと差し掛かる。振り向いて視界に女性たちの宴を入れる。ニヤニヤがとまらないカイル。一方ファルーシュはそれを見て、
(なんだよ…自分だけ…)
(弓で撃ち落しましょうか…)
自分が見れないことに大層腹を立てていた。ハゲの殺気を感じたカイルは、とりあえずあの二人にもお零れを…と忍法鏡の術!ということで手鏡を前に取り出す。すると、わずかではあるがルセリナ達の姿がそこに映り、ファルーシュたちにもその様子がわかる。肌をこころなしか赤くして、くんずほぐれつな女性達の宴?がそこに…とりわけ嫌がるようなルセリナのそぶりがファルーシュの心を大きく揺れ動かす。
(ルセリナのピンクのポッチキターーー!!)
(斎主様テラモエス)
なんだかウルダさんが可愛そうになって来た。報われない女性である。こういうときにガヴァヤの存在はありがたいのかも知れないとちょっと思った。ウルダファンの方はかわりにここにいてあげて下さい。
ともあれ興奮の只中にいた三人だったが、天国はあっという間に終わる。ハスワールの手がルセリナの胸にかかろうとしたその瞬間である。ひゅ、と何かが近くに落ちてきた。は、と落ちてきた元を女性三人は見る。そして、その目線も次の瞬間にはウルダを筆頭として差すようなものに変わっていた。
補足、ファルーシュとイサトから見たカイルの表情。
(;´Д`)……( ゚д゚)… ( ;゚д゚)… (;;゚д゚)…(;;゚д゚)…(((;;゚д゚)))
( ゚д゚ )
(ちょ…こっちみんなwwww)
桃園の義は脆くも崩れ去る――