5主人公×ルクレティア 著者:8_82様
王子の率いる軍は、踏み止まっていた。
アーメス南岳兵団の包囲は、徐々にその圧力を増している。
アーメス軍と手を結んだゴドウィン軍が、全面的な攻勢を仕掛けてきたのは、つい先日の事であった。
既にドラート、セーブルは敵の手に落ち、今はロードレイクとレルカーに進軍中の敵から、民を逃がす作戦行動についていた。
ロードレイク防衛戦。作戦の全容は、つまるところ、時間を稼ぐ事なのだ。
敵軍の数は三千を超えている。対してこちらの軍は、総勢千にも満たない軍勢だった。
無論、兵の錬度については、それなりの自負がある。それでも、アーメス兵は精強だった。軍を小さく固め、守りに専念しているが、何度かのぶつかり合いで、こちら側の被害も相当厳しい状況になっている。
「魚燐を組め。続け」
王子は、自ら歩兵を率い、敵兵にぶつかった。敵軍の数は多く、既に本陣までくい込まれているのだ。
斬りかかる敵兵に向け、剣を振るった。敵の首が、二つ飛んだ。
行ける。そう思った途端、自陣に締め付けるような圧力が加わった。敵歩兵が、押し包むように踏み止まっているのだ。これ以上は、進めない。
それなりに食い込む事はできる。だが、それでも押し切れない。
「殿下、敵の騎馬が!」
従軍しているルクレティアが、叫ぶようにそう言った。
右翼側から、敵の騎馬隊が、凄まじい勢いで迫ってきている。陣を下がらせる余裕は、ない。
「方陣! 槍、右翼へ。皆、耐えるんだ!」
陣形は、即座に組み変わった。そういった調練は、やり過ぎると言うほどにやっている。
衝撃。敵の騎馬が、円を組んだ方陣の真横から突っ込んできた。
「踏ん張れ」
唸るように、呟く。槍隊を敵側に出しているが、このままでは、すぐに突破される。
「弓隊は!?」
「駄目です殿下。敵の歩兵に阻まれています」
「くっ……!」
衝撃が、緩まった。敵の第一波を、やり過ごしたのだろう。
だが、その背後には、すぐに敵の第二波が迫っている。
「来るぞ! 堪えるんだ!」
突き抜けるような衝撃が、王子の所まで伝わった。間違いなく、今度の第二波は、先ほどの隊より精強である。
「殿下! 陣が崩れます!」
「右翼に向け、鶴翼! 敵を挟み込め!」
合図と共に、陣がくの字型になる。丁度、敵を自兵と自兵で挟み込む形だ。
敵の騎馬が眼前に迫った。六騎。最初の騎兵はやり過ごし、二騎目は馬の脚を斬る。続いて迫った三騎目の槍を盾で払い、四騎目の兵の胸に剣を突き立てる。五、六騎目は、既に味方の兵に倒されていた。
「キサラ隊へ向け、鋒矢。一気に突き抜けるぞ!」
駈ける。先には、敵の重歩兵が待ち構えていた。後方からは、敵の騎馬が迫っている。
砦が、動き出した。それが、王子が敵の歩兵隊に対して抱いた印象だった。甲冑と盾と槍で武装した敵の重歩兵には、それほどの迫力がある。
敵重歩兵は、まっすぐこちらへ向かってきている。
王子は、肝の底から、叫び声をあげた。互いの軍が、ぶつかった。
槍。突き出された数は、三本か。それらを全て盾で払い、敵の首に剣を突き立てる。そのまま左右の敵に袈裟肩から斬り下げ、斬り上げる。
駈け抜ける。両隣にいた兵が、一人、二人と突き殺されていく。それでも駈けた。ここで止まる事は、死を意味するからだ。
風圧。王子は、何とか踏み止まった。目鼻の先を、槍が唸りをあげて通り過ぎていく。敵。渾身の力を込め、剣を横一閃に振るう。兜もろとも、三人の敵の頭半分が宙を舞った。
背後から、馬蹄の音。敵の騎馬。追いつかれた。反転はできない。ここまでか――。
そう思った瞬間、敵から感じる圧力が、一気に減った。
何が起こった。振り返る。旗。リンドブルム傭兵旅団。味方である。
傭兵騎馬隊は、先ほどまで頑強に思えた敵重歩兵隊を、まるで砂山を蹴散らすように断ち割っていく。王子軍を包囲していた敵軍が追い散らされるまで、そう時は要しなかった。
敵歩兵を蹴散らした傭兵隊は、そのまま反転し、後方の敵騎馬の方へと向かっていく。
「殿下、活路です!」
「助かったね。雁行の陣! キサラ隊の前衛につく」
戦況は、膠着していた。どちらも決め手の一手はなく、共に兵の質は精強である。兵の数ではこちらが負けているが、兵を指揮する指揮官の質では、こちらが勝っているのだ。
「……っ、王子、このままでは、時間を稼ぎきる前に、敵の包囲が完成してしまいます」
乱れた息を整えながら、ルクレティアはそう進言してきた。
「現状は?」
「現在、後方にロードレイクを控えた我が軍は、敵に包囲された形にあります。リンドブルム傭兵旅団、ゼラセ殿、ビッキー殿、ジーン殿らの率いる紋章弓兵隊による霍乱で、何とか敵に潰されずにすんでいますが、このままでは時間の問題でしょう」
「策は?」
「陣の一点を空け、わざと敵を自陣の中へと進入させます。これを撃退し、敵の数を減らし、少しでも時間を稼ぐと共に、敵攻勢の圧力を減らします」
「続けて」
「はい。敵の騎馬は、右翼、左翼へと別れており、中央には重歩兵と弓兵しかおりません。よって中央の敵……できれば、歩兵のみを自陣へとおびき寄せ、キサラ隊による面掃射。敵が怯んだ後に、傭兵旅団による攻撃、後詰に殿下の軍で攻撃を仕掛け、これらの無力化を計ります」
「敵の歩兵と弓兵はどうやって分離する?」
「ボズ殿の率いる歩兵隊が、中央で敵歩兵と現在相対しています。一度撤退したと見せかけ、ボズ殿には両翼へ伏してもらい、後は文字通り、敵弓兵への横槍は、ボズ殿に投げてもらいましょう」
「わかった、その策でいこう。伝令! 全軍に通達」
伝令兵に、今の作戦の旨を伝える。伝令兵が去った後、ルクレティアを横目で見た。
顔色が、あまり良くない。戦が始まってから、既に三時間以上が過ぎている。それまで、馬に乗っているとはいえ、ほぼ休みなしで駈け続けているのだ。常人ならば、倒れこんでいてもおかしくない。
「王子殿下! 全軍準備整いました!」
しばらくして、早馬に乗って来た兵が、直立してそう告げた。ルクレティアも、王子を見て頷いている。
「よし、ボズさんの軍は散開。敵の歩兵を誘き寄せろ」
「了解!」
兵が駈けていく。王子は、一度深く息を吸った。横目で見ると、ルクレティアの顔色は、やはりあまり良くない。脂汗も浮いているようだ。
「ルクレティア」
「なんでしょう、殿下?」
「大丈夫だから」
「え?」
「大丈夫。絶対に勝てる」
「……殿下」
前方の、ボズの軍が動いた。退却するように見せかけて。実に上手く両翼の兵へと紛れ込んでいる。
敵歩兵は、それらを突き崩すように前進し始めた。ここまでは、作戦どおりだ。
「殿下、そろそろ傭兵隊が……っ!?」
「!?」
敵歩兵。それはいい。だが、敵歩兵の中に、何かがいる。
割れた。王子には、そう見えた。敵の歩兵が、真っ二つに割れたのだ。何かが、出てくる。蛇の卵。その連想が、真っ先に浮かんだ。突き破るように出てきたもの。あれは、なんだ。
「騎馬隊……!?」
驚愕を含んだ誰かの声が、聞こえた。
騎馬隊。間違いない。敵の騎馬隊が、歩兵を突き破るようにして、突然現れたのだ。
「伏兵……! まさか、敵兵の中に、騎馬を隠してた!?」
焦りの混じった声。ルクレティアか。だが、そちらを見る余裕は、既にない。
「偃月ーーー!!」
三日月状の陣形で、別名背水の陣。だが、間に合わない。敵の到着が、早すぎる。
凄まじい衝撃が加わったのは、その直後だった。陣が、崩れる。
「ーーっ!」
「殿下っ!?」
敵兵。陣を突き抜けてきた敵の数は、五十騎を超えている。真っ直ぐに、こちらへ向かってくる。
咆える。剣を頭上に掲げ、敵兵の中へと踊り出る。
斬り、刺し、倒し、払い、叩き、引きずり落とす。雄叫びを上げ、剣を振るう。
槍。盾で受ける。重い衝撃が、左腕を叩きつける。盾を投げ、敵の馬を蹴り付け跳躍する。敵兵。驚愕した表情で、見上げている。剣を振る。首が四つ、同時に飛んだ。
正面。敵が、迫ってくる。破れるものか。ここが、ファレナの武が生きる処なのだ。勇躍する処なのだ。
負けて、たまるものか――。
「……両腕の骨は、ヒビで済んでいる。全身に打撲傷と軽い裂傷。捻挫数箇所。両手の指の骨が何本か砕けてて、爪も六枚剥がれてるが、まあ軽傷だな。頭部への損傷はなし。意識もしっかりしてる……ふう」
「あの、シルヴァ先生……」
伺うように、王子はシルヴァをベッドの上から見上げた。
王子軍居城。その医務室。ロードレイク防衛戦から、三日が過ぎていた。
あれから、何とか民の避難が終えるまで耐え抜き、敵軍から撤退を行った王子軍だったが、負傷を負った王子や兵士達は、一足早く居城へと戻っていた。
「あの、どうですか。すぐに戦えるようになりますか?」
「……全く、あれだけの状況で、よくこんな怪我で済んだものだ」
シルヴァは、ため息をつくと、王子の切り傷などを覗き見た。
「両腕の怪我以外は、たいした事はない。三、四日で治る筈だ。両腕は……そうだな、全治一月って所か」
「一月、ですか。結構、かかりますね……」
「贅沢言うんじゃない。生きて帰っただけでも、あんたは運が良いんだ」
「あ、はい……ごめんなさい」
「……そんな顔するんじゃない。王子が落ち込んだ所で、死んだ者は生き返りやしないんだ」
「はい」
「……私は、他の怪我人を見てくる。大人しく寝ているんだよ」
「はい」
シルヴァが病室から出て行った。王子は、ベッドの上で横になった。
危ない、戦だった。まさか、敵兵の中に騎兵が潜んでいるとは、誰が予想しただろうか。
幸い、後方に控えていたキサラ隊の弓掃射により、敵に完全に突き崩される事はなかったが、やはり奇襲に近い敵の攻撃は、部隊にかなりの損害を与えてしまった。王子は、何とか切り抜けはしたが、その代償として、両腕に怪我を負ってしまった。
だが、作戦自体は成功だった。敵正面の中核だった歩兵と、隠れていた騎兵を失い、敵は算を乱した。その間に、時間を稼ぎ、軍を再編するには、十分な時が稼げたといえる。
ロードレイクの民も一人残らず避難を終え、物資も全て運び出した。今ごろ、敵は空っぽの町の中で、歯噛みしている事だろう。
大丈夫。きっと、何とかなる。
湧き上がる不安を押し隠すように、王子は自分に言い聞かせた。
指導者の重圧。それは、日を増す毎に、重く王子の肩に圧し掛かってくる。
自分の判断の誤り一つが、多くの命を危険に晒す。自分の意志一つが、多くの血を流させる。
それは、耐えがたい苦痛だった。だが、戦うと決めた。そして、戦況は刻一刻と変化を見せている。迷う事が許される程の贅沢は、王子に与えられる筈もないのだ。
『殿下。失礼します』
ノック音と共に、レレイが病室へと入ってきた。髪や顔は薄汚れ、軍服には血糊がついたままである。戦場から、そのままここへ来たのだろう。
「報告申し上げます。レルカー、ロードレイクの住民の避難作業、及び物資の運び出しは順調に完了しました。敵軍も、すぐには動く気は無い様で、それぞれレルカー、ロードレイクに留まっております」
「こちらの被害は?」
「死者はおよそ三百。負傷者の数は、まだ判明しておりません」
「……そう」
「武具、兵糧は、これより前に掻き集めた分で有り余っております。当分は、枯渇する心配はありません」
「兵達の様子は?」
「……少々、不安がっております。結果的に、ロードレイク、レルカーが敵の手に落ちたので、それも仕方がないかと」
「そう……そうだよね」
「軍の再編、調練は我等に任し、殿下は、ゆっくりと傷をお癒しください」
「うん。ありがとう」
「では、私はこれで」
直立して、レレイは扉の方へと歩いて行った。ろく寝ていないのだろう。どこか覚束ない足取りである。
「あ、レレイさん」
「はい?」
「ルクレティアは?」
「軍師様は……いえ、護衛はつけているのですが、戦が終わってから、常に各地を飛び回っておりますので、詳しい所在は何とも」
「そっか。わかった」
「はい」
「レレイさん」
「はい?」
「ありがとう。お疲れ様」
王子は、レレイに向けて、笑って見せた。
これが、今の自分の精一杯である。その事に、王子は不甲斐なさを感じると共に、今すぐ現場に戻りたいという衝動を押さえ込んだ。
「……いいえ、ファレナと殿下の為に、当然の事です」
そう言って、レレイは微笑みを見せた。疲れが色濃く映った顔色であるが、それは、嘘偽りのない笑顔だと思えた。
レレイが退室した。王子は、再びベッドに横になった。
戦況は、依然苦しい。だが、今は怪我を癒す事だけを考えなければならない。今ここで気を病んで、肝心な時に気抜けしては、本末転倒であるからだ。
王子は、目を瞑った。全ては、怪我が治ってからである。
それから、十日が過ぎた。王子の傷の治りは順調で、腕以外の傷はほぼ完治した。
深夜半。王子は、なかなか眠れずにいた。
体の傷や、疲労は癒えたが、さすがに十日も休むと、寝飽きてくる。両腕が使えない為、寝返りもろくに打てず、背中も痛くなってきた。
リハビリがてらに散歩ぐらいはしているものの、激しい運動はシルヴァにより禁止されている。
王子は、ため息をついた。
星の綺麗な夜である。病室の窓から覗き見る月夜は、まるで戦乱の時を忘れたかのように、静かで、穏やかだった。
「……?」
人の気配。病室の扉の前に、誰かいる。
「誰?」
王子は、多少警戒しつつも、そう尋ねた。現在、厳重に警備されているこの城で、敵の刺客が現れるとは思えないが、警戒するに越した事はない。
『……あら、わかっちゃいましたか?』
「え」
女の声。直後、扉が静かに開けられた。
「ルクレティア?」
「こんばんは、殿下。いい夜ですね」
扉から姿を現したのは、ここの所、姿を見せなかったルクレティアだった。
ルクレティアは、王子のベッドの傍の椅子に腰を降ろすと、疲労が入り混じったため息をついた。
「帰ってきてたんだ」
「はい。今さっきの事ですけど」
「今までどこに?」
「色々ですね。スピナクス、ドワーフキャンプ、ビーバーロッジにエストライズ。まあ、詳細は後日お伝えしますね」
「……うん、わかった」
つまり、ルクレティアは、公の話をしにきた訳ではないのだろう。王子は、それ以上尋ねる事はやめにした。
「殿下。お怪我の方は?」
「大丈夫、手はあと十日もあれば動くようになるし、他はほぼ無傷だから」
「そうですか」
それきり、会話が途切れた。ルクレティアは、何を言うわけでもなく、王子の腕に巻かれた包帯を見つめている。
何か、思う所があるのだろう。王子は、ルクレティアが話し出すまで、黙っている事にした。
「……しかし、なんですね」
ルクレティアが、ぽつりと呟いた。王子に話しているというよりは、独り言を言っているといった感じだ。
「前に、レレイさんに、軍師は謝っちゃいけないって言いましたが……自分の言葉ながら、なかなか厳しい事ですね」
「ルクレティア……」
「殿下、二人きりなので、ちょっとお尋ねしたいのですが」
「うん」
「先の戦での策は……あ、いえ」
そこまで言って、ルクレティアは、言葉に詰まった。その先に何を言おうとしていたのか、王子には、予想がついた。
「やっぱり、何でもないです。思わせぶりで、ごめんなさい」
「ううん。いいよ」
再び、沈黙が場を支配した。
お互いに、何かを伝えたくとも、伝えられない。そんな、もどかしさの残る沈黙だった。
「……そういえば、殿下」
話を変えるように、ルクレティアは軽く口調でそう言った。
「なに?」
「最近は、随分色々な女性と仲が良いようで……」
「へ?」
急すぎる話題の転換に、王子の頭はしばし混乱した。何故、いきなりそんな話になるのか。
「しかし殿下、一軍師として進言させて戴くとすれば、所構わず女性と情交を交わすのはどうかと……特に、ランさんは、まだ嫁入り前の娘さんですし」
「わ、わあっ!?」
慌てふためき、ルクレティアの口を塞ごうとするが、両腕が包帯で固められる事に気づき、勢いのままにベッドに突っ伏した。
「うふふふふふ。殿下、大丈夫ですか?」
「と、所構わずだなんて、そんな」
「あら、仲が良い事を否定はしないのですね」
「う、あう……」
「真っ赤ですよ、殿下。ちょっと可愛いですね」
ルクレティアの言葉に、王子は俯いた。顔がみるみるうちに熱くなっていく。
確かにランとは、先日の一件以来、時折情を交わす間柄になった。勿論、所構わずといった事はなく、きちんと手順は踏んでいるが。
「な、なんでその事……」
「人の噂って、怖いですねえ」
ルクレティアは、持っていた扇子で口を隠し、忍び笑った。
恥じる事をしたつもりは、一切ない。ランとの情交もそうだ。それでも、改めて人に言われると、気恥ずかしいものがある。
「そういえば、さる情報筋によると、なんでも殿下はルセリナさんとも……」
「わわ、も、もう勘弁してよ」
「うふふふ。はい、勘弁しちゃいます」
「もう、ルクレティアは……」
「あら、ぷんすかしちゃいましたか。お許しください殿下」
「子供扱いしないでよっ!」
しばらく間を置いて、同時に笑い声が上がった。本心から笑ったのは、戦を終えてから初めての事である。
ひょっとすれば、ルクレティアは、この為に来てくれたのだろうか。
「……ね、ルクレティア」
「はい、なんですか、殿下?」
「気にしなくても、いいんだよ」
「え……?」
ぴたりと、その言葉に反応するように、ルクレティアは動きを止めた。
余計な事を、言おうとしているのかもしれない。だが、それでも伝えたい言葉がある。
「僕は、ルクレティアを信用してるから。ルクレティアが、判断を誤る事はあるかもしれないし、道を間違う事も、あるかもしれない。人間だもんね。でもその結果、僕が不利を背負う事になったとしても、絶対に後悔しないよ」
「殿下」
「アゲイト監獄で、ルクレティアを信じるって、最初に決めたでしょ? あれから、僕の気持ちはずっと変わってない」
ルクレティアは、俯いた。既に、表情を隠そうとはしていない。引き結んだ唇からは、苦渋の想いが見て取れた。
「……しかし、その結果、戦に負けてしまったら」
「軍師を信じられない軍の末路なんて、たかが知れてるよ」
ルクレティアは、目を丸くした。そうしたルクレティアの様子は珍しいような気がした。
すぐに表情を戻したルクレティアは、苦笑するように口の端を歪めた。
「……しょうがない人ですね、殿下は。あまり、人を信用しすぎない方いいですよ? 特に、私のような女狐は、適度に距離を置くのが一番です」
それは、まるで自嘲するかのような、一言だった。
王子は、憤怒のような感情が、心の底から湧きあがってくる事を自覚した。
ルクレティアを、侮蔑されたような気がしたのだ。例え、それが本人の言葉であったとしてもである。
「……そっか。でも、僕はルクレティアを傍に置くし、信用もするよ」
「何故?」
「ルクレティアの事が、好きだから」
「……」
今度こそ、ルクレティアは呆気にとられたような顔をした。
「好きでいる事に、理由なんているのかな。利用できるから、出来ないから好き嫌いが変わるなんて、そんなの寂しいよ。甘いかもしれないけど、少なくとも、僕は、そう思える自分を誇っていける。だから、それでいいんだと思ってるんだ」
「殿下……」
「だから、大好きだよ、ルクレティア。信用してる。これまでも。これからも」
言いたい事を、言ってしまった。
口を噤んだ王子は、後悔の念に駆られていた。
こんな事を、言うつもりはなかった。だが、まるで自身を傷つけるようなルクレティアの口調に、熱くなってしまったのだ。
ルクレティアは、王子にとって、大切な人である。今の自分があるのは、彼女が傍に控えていてくれてたからこそ、と言ってもいい。
そんなルクレティアを、陥めるような言葉は、我慢がならなかったのだ。
そっと、覗き見るように、王子はルクレティアの顔を見た。怒らせてしまったかもしれない。
「え?」
だがそこにあったものは、怒りに震える顔ではなかった。
とても穏やかな、微笑み。それが、ルクレティアの浮かべている、表情だった。
「……それは、私にプロポーズをしている、と解釈してもいいのでしょうか?」
「えっ!? そ、そうじゃなくて」
「冗談です。わかっていますよ」
再び、扇子で口を隠し、ルクレティアは笑った。これは、ルクレティアの癖のようなものなのだろう。
「……それにしても、殿下は人を喜ばせるのが上手いですね。それが狙っての発言だとしたら……いえ、まあ、素なんでしょうね。殿下はちょっと改めた方がいいですよ」
「え?」
「まあ、いざとなったら、ハーレムの一つや二つを作ってください。殿下なら、志願者で一杯でしょうから」
「ちょ、ちょっとルクレティア、からかわないでよ」
「うふふふ」
ルクレティアは席を立ち、窓から外の景色を眺め、感慨に耽るような顔をした。
「……自分を誇る事ができれば、それでいい、ですか。いい言葉ですね」
目を瞑り、ルクレティアは、噛み締めるようにそう言った。
「まあ、真面目な話は、ここらへんにしときましょう、殿下」
「うん、わかった」
そう言い合わせて、二人で笑いあった。
ルクレティアは、冷笑のような笑顔ではなく、こんな風に、柔らかな笑顔の方がいい。王子は、そんな事を、ぼんやりと考えた。
「ああ、そうです、そういえば、一つ聞こうと思ってました」
「なに?」
「溜まってませんか? 殿下」
「はい?」
「いえ、なにぶん先程の殿下の告白に、年甲斐もなく胸が高鳴ってしまいまして。形ばかりのお礼をしてさしあげたいと。……殿下の責任ですよ?」
ぺろりと舌を舐めずり、ルクレティアの眼が妖しく光った。
ぞくりと、王子の背筋が冷たくなった。
「え、あの」
「そんな怯えた顔をしないでください……虐めたくなっちゃいます」
ルクレティアが、にじり寄ってくる。逃げようにも、背後は壁である。
「だ、ダメっ。こんな病室で、不謹慎だよ」
丸太のように、包帯で膨らんだ手でバツ印を作り、王子はそう言った。幾らなんでも、怪我人を寝かせる病室でのそんな行為は、罪悪感を感じてしまう。
「うふふ。という事は、病室でなければ良い、という事ですか?」
「あの……と、とにかく、病室じゃダメっ」
「ああ駄目です殿下、その言動は逆効果です。あ、ひょっとして狙ってますか? さすが王子殿下ですね。軍学にも精通しておられる」
「え!? 何それ!? なんでそうなるの!?」
「大丈夫です。殿下は負けません」
「意味わかんないよっ!?」
ルクレティアが、肩を抱き寄せてくる。両腕は動かせない為、抵抗らしい抵抗はできない。
「寝てるだけって、わあっ!? どこ触ってるの!?」
股間を、這うようにルクレティアが弄ってくる。布質の薄い下履きは、ルクレティアの手の感覚を、直に伝えてくる。
「あ、少し硬くなってますね。興奮してますか?」
「そういう事は聞かないのっ!」
不意に、股間が涼しげな外気を感じ取った。
慌ててそちらを見ると、下履きはルクレティアにより脱がされた後だった。結果、股間がだらしなく晒される事となった。
「殿下、この服凄く脱がせやすいですね。いけませんよ、その内、誰かに襲われてしまうかもしれません」
「もう襲われてます!! やっ、あっ!?」
「……これが、殿下の匂いなんですね」
ルクレティアは手に握ったペニスに顔を近づけ、鼻を鳴らし始めた。
怪我をしてからは、濡れた布で体を拭いている程度だったので、臭いがある筈だ。王子は、あまりの羞恥に、軽く目眩がした。
「ん……ちゅ」
「あっ」
そっと、ルクレティアはペニスの先端に口付けた。柔らかい唇に刺激され、びくびくとペニスは震えだす。
「ええと、剥くには……ああ、こうですか」
ルクレティアは、ゆっくりとペニスの皮を剥いた。王子の亀頭は快感に震え、先走り汁で先端を濡らしている。
「ん……ちゅ……くちゅ」
ルクレティアは、ペニスの裏すじに舌を這わせ、そのままくびれの部分を咥えこんだ。
直後、王子のペニスに、鋭い痛みが走った。
「痛っ……」
ルクレティアは、ペニスから口を離すと、困ったように王子は見上げた。
「あ、歯が当たっちゃいました? すいません殿下。男性の性器に触るのは、初めてなもので……ちょっと、不慣れ点は見逃してくださいね」
「初めて……? で、でも、なんか扱いに慣れて……っ!」
「んむ……うふふふ」
ルクレティアは、王子が話し終えるまえに、ぱくりとペニスを咥えこんだ。
ぬらついた舌の感触が、ペニスにまとわりつく。温かい口内の感触に、王子は身を震わせた。
「っ……ルク、レ……!」
「ちゅっ……んく、ちゅる……ちゅぷ」
頬を窄めたルクレティアの口内が、きつく搾りとるように王子のペニスを締め付ける。
ぞわりとした感覚が、王子の中を駈け抜けた。
どこかぎこちない動作であるが、包み込むような口での愛撫は、徐々に王子を射精感へと誘った。
「出、る……ルクレティア、口、離して」
「……」
「ルクレティア……?」
「……うふふ」
突如、ルクレティアが激しくペニスを吸いたてた。頭を上下に振るい、先程までの優しい愛撫とは打って変わった、激しい口淫である。
「ふあっ!? やっ……ルク……だめ、出ちゃう!」
「ちゅぼっ、ちゅぼっ、ちゅる、くちゅっ、ちゅ、ずず……!」
「や、だめっ!? で、……ああっ!」
びしゃりと、まるで叩きつけるような勢いで、王子のペニスから精液が吐き出された。
ルクレティアにペニスを咥えさせたままでの、射精である。その背徳感も極まり、王子の性感は極限まで高まっていった。
「あーっ、ああっ……あっ、うああっ……!」
びくん、びくん、と。ペニスが震える度に、大量の精液が吐き出される。矢次に訪れる絶頂に、王子の頭は白み始めた。
「んくっ……ごく、んく……」
飲んでいる。呆ける頭で、そんな事を考えた。一体、誰が、何を。
次第に覚醒し始めた思考が、王子の目を覚まさせた。
「ルク、レティア……!?」
「んく……こくっ……けほっ、はあっ」
僅かに咽て、ルクレティアは顔を上げた。口回りは、精液により白濁となっている。王子は、一気に血の気が引いていった。
「ん……想像していたより、変な味ですね。量も凄く多いし。ちょっと咽ちゃいました」
「ルクレティア!」
「殿下……?」
「は、吐いて……あ、飲んじゃったのか。あ、そうだ、拭くもの……いや、水を……!」
「落ち着いてください、殿下」
ルクレティアは、王子の頬に手を添えてきた。温かい手だった。王子は、何とか落ち着きを取り戻す事ができた。
「だ、大丈夫、ルクレティア……!?」
「それは、殿下のを飲んだ事ですか? 全然へっちゃらですよ。さすがに美味しいとは言えませんでしたが、そんなに最悪というほどでもありませんでした。好みの問題ですかね?」
「で、でも」
「いいんですよ、殿下。私は、自分がそうしたいと思ったから、実行に移しただけなんです」
「ルクレティア……」
「そんな顔しないで下さい、殿下。私は、殿下の笑顔が大好きですから。それを見せてくれた方が、嬉しいです」
「……うん」
そう言って、王子は笑って見せた。
正直なところ、王子の気持ちは暗く沈んでしまっていた。自分の精液で、ルクレティアを汚してしまったという罪悪感があるからだ。
だが、それでも笑って見せた。ルクレティアの望む事だったからだ。王子は、ルクレティアの願いを、叶えてあげたかった。
「はい、いい笑顔です。心底から笑ってくれれば、もっといい笑顔なんですけどね」
そう言って、ルクレティアは、王子を胸に抱き寄せた。
ふわりと、お日様のような匂いが、王子の鼻腔をくすぐった。ルクレティアの、匂いだろうか。
「ごめんなさい、殿下。私、おっぱいがちょっと小ぶりですから、気持ちよくないでしょう?」
「……ううん。凄く気持ちいい。もっと抱きしめてもらいたい」
「うふふ。本当に、誘惑が上手な方ですね。もう、止まりませんよ?」
ルクレティアに、ベッドへと寝かせられた。上着も全て脱がされて、王子は全裸である。
もう、抗おうとは思わなかった。ルクレティアと、交わりたい。どこか落ち着いた気持ちで、王子はそう思っていた。
ルクレティアは、着物の帯を解き、前だけはだけて見せてきた。
小ぶりな胸と、細いくびれ。褐色の肌は、暗闇のなか僅かに上気し、ほんのりと赤く染まっている。
「ちょっと、恥ずかしいですね」
「でも、綺麗だよ。ルクレティア」
「そういう事、誰にでも言っちゃ、駄目ですよ?」
ルクレティアは、仰向けになった王子に跨り、いきり立ったペニスをそっと指で掴んだ。
月明かりに照らされたルクレティアの姿は、見惚れる程に綺麗だった。そんなルクレティアが、自分と繋がろうとしてる。
「……いきますよ、殿下」
「うん」
「……あっ」
ぬちゅっ、という水音と共に、王子のペニスは、滑るようにルクレティアの中へと呑まれていった。
ルクレティアの膣は既に濡れそぼっており、抵抗なく最奥まで刺し貫いた。
「……ん、ふ」
ため息のような熱い吐息を漏らし、ルクレティアは、王子の上でぶるりと身を震わせた。眼を瞑り、快感に身を預けているようだ。
「……は、あ。殿下のは、暖かいですね」
「ルクレティアの中も、暖かい……」
「少しの間、このままでいてもいいですか?」
「うん、ルクレティアに、任せる」
ルクレティアは微笑み、そして一息ついた。
柔らかい。それが、王子の感想だった。痛いほどに締め付けるわけでも、絡み付くようにうねる訳でもなく、包むような暖かさと、柔らかさがある。
何れにせよ、心地の良いルクレティアの中に、王子はしばし酔いしれた。
「……では殿下、そろそろ動きますね。中に出しても構いませんので、好きな時にお出しください」
「え……いいの?」
「ええ」
そう言って、ルクレティアは、ゆっくりと腰を振り始めた。
くちゅくちゅと音を鳴らし、王子のペニスはルクレティアの中を出入りする。下にいると、結合部がよく見えて、王子は少し気恥ずかしさを感じた。
「ん……はっ、あっ……」
鈴を転がすような、ルクレティアの喘ぎ声。心地よさそうに発せられる彼女の声は、まるで透き通る歌声のように美麗である。
「っ……あっ、ああっ」
ルクレティアの胸に、手を伸ばす。
固くしこった乳首を、指の腹で擦りながら、手の平で乳房をこねあげる。
ランやゼラセのような、吸い付き指が沈み込むような柔らかさはではなく、弾くような弾性のある触感である。
「ルクレティアの胸……凄い、どきどきいってる……」
「やっ……そんな、んっ、恥ず、かしい事、言わないでください……」
ゆるやかだった腰の上下運動は、次第にその激しさを増していく。
にちゃにちゃと音を立てて、熱い肉蜜をかき回す感触に、王子の興奮は高まっていった。
「ルクレティアっ……気持ち、いい……!」
「私も……んあっ、ふっ……っあ!」
背筋をぞくぞくと粟立たせる甘い吐息が、ルクレティアの震える唇から溢れ出す。
王子は、ルクレティアのくびれを擦りながら、自ら腰を動かし始めた。
「あっ……! で、んか……動いちゃ……っああっ!」
腰を一突きする度に、ルクレティアの切なげな声に混じる、甘さの響きが大きくなっていく。
「はあっ……殿、下……殿下の……髪、ほどいてください……ほどいて……!」
「ふっ……んっ、わかっ、た」
結ってあったみつあみを、王子は片手で解きほどいた。
解き放たれた王子の髪は、手から零れ落ちた砂のように広がっていく。
「はっ……んっ……ああ、うふ、ふ。殿下……女の子、みたい……」
そう言ってルクレティアは、口紅を塗るかのような仕草で、指で王子の唇をなぞっていった。
ぞくりと、王子の背筋に絶頂の兆しが駆け抜けていく。
「ルクレティアっ……ぼくっ、もうっ……!」
「っ……いいですっ……いいですよ、殿下っ、きてください!」
「ルクっ……あっ、あああっ!」
快感に仰け反ったルクレティアの一番奥を、ペニスの先端で小突いた瞬間、堪えていた衝動が限界を突破した。
どぷり、と。瞬間的に膨張した王子の亀頭からは、大量の精子が吐き出された。
二度目にもかかわらず、凄まじい勢いで発射される精液を、ルクレティアの膣内に吐き散らす。
「ああっ!! んっ……あっ、あ、つい……奥ま、で……なにか、届いて……!」
びくり、びくりと。名残を惜しむように、王子のペニスは震えながら、精を吐き出し続けた。
「ふ、あっ……ルク、レ……」
精液混じりの泡だった愛液が、射精の感覚に合わせて、ごぽごぽとルクレティアの結合部より溢れ出す。
その光景を、どこか茫洋としながら、王子は見つめた。
もう少しだけ、ルクレティアの中にいたい。そんな事を、王子は心の隅で、望むように考えていた。
「……さて、長居しちゃいましたね」
「もう、戻るの?」
事の余韻に浸っていた王子は、着物の帯を締め始めたルクレティアに、そう声をかけた。
「ええ、やらなけらばならない事、沢山ありますし」
「そっか」
もう少し、ここにいて。そう伝える事は、出来なかった。これ以上、彼女に甘える事はできない。
ルクレティアは、ほつれた髪を束ね直すと、静かにベッドから立ち上がった。
「……殿下、お聞きしたい事があります」
後ろを向いたまま、ルクレティアはそう呟いた。
「近々、大きな局面を迎えるかもしれません。その時、私は自分が考えつく中で、最良の策を殿下に示す事になるでしょう。その時に殿下は、私の策を……私を、信じて頂けるでしょうか……?」
「……」
「それが、例えば……殿下の全てを、失わせる策であったとしても」
真剣な、言葉だった。背中を向けたままそう語るルクレティアの言葉には、鋭利な刃物のような鋭さ、そして力強さが秘められていた。
王子は、姿勢を正した。決して、気を緩めた回答が許される場面ではない。
だが、答えを示す前に、一つだけ、彼女に問い質さなければならない事があった。それが、つまりは、王子の答えになるからだ。
「……ルクレティアは、これからも、僕と一緒に戦ってくれる。そう、思ってもいいんだよね?」
「はい。この戦争が終わるまで、私の全ては殿下に奉げるつもりです」
「なら、信じるよ」
「殿下……」
「全てを失わせる策を、ルクレティアは言わない。だって、どんな時でも、ルクレティアは傍にいてくれるから。その策に乗って、僕が全てを失う時は、ルクレティアが死ぬ時だけだ。だから、信用するよ。絶対に」
「……」
ルクレティアは、何も語らない。だが、自分の思う全ては、伝えきった。それをルクレティアがどう取るかは、あくまで彼女次第なのだ。
「……それでは殿下、私は、これで失礼しますね」
振り向き、ルクレティアはそう言った。
自信に溢れた、陰りのない笑顔だった。それを見て、王子は嬉しくなった。やはり彼女は、いつもの得意満面な笑顔が、よく似合う。
「ああ、そうそう。殿下」
「うん?」
「また溜まったら、いつでも言って下さいね。若い方達よりも、きっと私の方が気持ち良いですよ?」
「もう、ルクレティアっ!」
「うふふふ。お休みなさい殿下。……どうか、お体をお大事に」
そう言い残し、ルクレティアは病室から姿を消した。
一人残された王子は、一人物思いに耽った。
信じられるか。そう、ルクレティアは聞いてきた。何を今更。王子は、そう思った。
信じるも、何もない。ルクレティアは軍師で、自分は将なのだ。己の頭脳と言うべき軍師を、信じられない者が、どこにいると言うのか。
王子は、目を瞑った。ルクレティアが言うからには、きっと、近々大きな作戦があるのだろう。
その時の為に、少しでも体を癒さなければならない。それが、自分に全てを奉げてくれている彼女に、応える為の最高の手段なのだ。
大丈夫。きっと、何とかなる。
虚勢ではなく、王子は本心からそう思った。彼女と力を合わせれば、どんな局面でも、切り抜けられるのだ。
ルクレティアの口から、この居城を棄てる策を告げられたのは、それから十日後の事だった。
そしてその時、王子がどう決断したのかは、言うまでもないだろう。
彼女が王子を信じ、そして王子が彼女を信じた末での、策なのだ。
そこにあるのは、互いを信じ、支えあう、二人の姿なのだから。