5主人公×ラン 著者:7_859様

 面白い酒が手に入った。
 右手に下げた酒瓶を僅かに揺らし、ランは一人笑みを浮かべた。
 白蛇酒。酒好きの多いラフトフリートの者でも、滅多にお目にかかれない、貴重な酒である。
 本来、河蛇の大半は薄い灰色の皮膚であるが、稀に河蛇の中で、皮膚が真っ白の珍種がいる。それが、この酒瓶の中にいる白蛇である。
 河蛇も蛇酒の材料に使われるが、この白蛇を使って造られた酒は、格別であるとの評判をよく耳にした事がある。
 この酒は、ランの父親であるログの部屋で、たまたま見つけた物だった。後生大事に、押入れの中に隠してあったのだ。
 こういったものは、発見されたらまず無事で済まないというのが、漁師達の間での鉄則である。よって、ログにとっては、ご愁傷様であるとしか言いようがない。
「さてと、どうすっかな。一人で飲んでもつまんねーし」
 瓶の中の、褐色の液体を覗き見ながら、ランは一人ごちた。
 酒は、それなりに飲み慣れている。というより、小さい頃から、近所の漁師連中やら父親やらに飲まされてきたのだ。ラフトフリート出身で、酒が飲めない者は非情に少ない。
 もっとも、キサラはそれに対して、あまりいい顔はしていなかった。まあ、それが母親というものなのだろう。
「……ん?」
 遠目に、見覚えのある人影が映った。
「おーい、王子様!」
「え……あ、ラン」
 王子殿下である。王子の顔には、どこか疲労感のようなものが感じられた。
 最近は、ゴドウィン軍の攻勢が続いている。軍を預かる者としては、気の休まる所がないのだろう。
「王子様、どこ行くんだい?」
「ん……どこに行くって訳でもないよ。ちょっと、気晴らしに散歩でもしようかな、って」
「散歩? もう陽は暮れちまってるぜ?」
「え……もう、そんな時間か。会議室に篭りっぱなしだったから、わからなかったよ。どうしようかな。お風呂でも入ろうかな」
「もう、今日はなんもないのか?」
「うん。今日の政務も、兵の調練も終わったから、後はルクレティア達に任せたんだ。ルクレティアにも、少し休んだ方がいいって言われたしね」
「そりゃいいな。王子様、傍から見ても働きすぎだぜ」
「あはは、そうだね。肝心な時に倒れちゃ駄目だし、今日はゆっくりするよ」
「ああ……お、そうだ」
「?」
 ランは、ふと片手に持った酒瓶の方へと目を向けた。
 王子と一緒に酒を飲んでみるというのは、どうだろうか。ランは、そう思った。
 しかし、いいのだろうか。仮にも一国の王子に、こんな見目の悪い物を飲ませては、まずいのではないだろうか。

「どうしたの? ラン」
「あー、いや」
 どうするか。ランは、ちょっと考えに耽った。
 正直な気持ち、王子とサシで飲んでみたいという気持ちはある。
 王子の人となりは、ここまで付き合ってきたのでわかっているが、正面から向き合い、通じ合うという事も、人にはあるのだ。
 これまで、王子と真っ向から付き合うというには、自分の立場は遠すぎた。何せ、一介の漁師の娘に過ぎないのだ。
 だが、酒の席ならば、そんな距離も、多少は縮まるのではないだろうか。
「えー……ところでさ、王子様。王子様って、これはイケる方だっけ?」
 くっ、と。ランは、指で酒を飲む素振りを示した。
 王子は、ちょっと間を置いて頷いた。
「少しなら。……戦のあった日とかは、さ」
「ああ……そっか」
 少しだけ沈んだ気持ちで、ランはそう返した。
 ランにも、同じ経験はある。人を殺した日や、仲間が死んだ日は、特にそうだ。
 戦争は、嫌いだった。人が傷つき、死んでしまうからだ。
 人の肉を斬る感触。生暖かい血の臭い。けだものが発するような、耳をつく断末魔。どれも、まともな状態で、耐えれるものではない。特に初陣の頃は、そうだった。
 酒で、辛さから逃げ出そうとは思わない。だが、酒を飲んで、苦しさを和らげるぐらいは、許される筈だ。それが、例え王子であってもだ。
 ランは、顔を上げた。誘うだけ、誘ってみよう。ランは、そう決めた。
 断られるならば、それでもいい。だが、今ここで声をかけなければ、後悔しそうな気がしたのだ。
「あのさ、王子様」
「うん?」
「酒、飲まないか? これだけど」
 持っていた酒を、王子の前にかざした。王子は、目を丸くしている。瓶の中に、蛇が丸々一匹入っていたので、面を食らったのだろう。
「はは、変な酒だろ? 蛇酒っつて、まあ、庶民の酒なんだけどよ。こいつは、白蛇酒って言ってな。蛇酒の中でも、珍しい種類のものなんだ。まあ、親父のモンなんだけど、チョロまかしてきてよ。でさ、王子様もどうかな、なんて……あ」
 そこまで言って、ランは我に返った。
 何を、自分だけまくし立てているのか。王子は、呆気に取られたような表情をしているではないか。
 恥ずかしさに、ランは頬が熱くなっていくのを感じた。
「その、悪り。あたしばっか話してんな」
「……ううん」
「え」
「ありがとう。僕もランと一緒に、飲みたいな」
 そう言って、王子は笑った。

 花が咲いたような笑顔、とはこの事だろうか。男に対して使う表現ではない気がするが、その言い様は、決して外れていない、とランは思った。
 ランは、王子の笑顔が、好きだった。
 ソルファレナをゴドウィンによって占拠され、あまつさえ肉親である女王陛下と騎士長閣下を殺められ、唯一生き残った妹、リムスレーア姫まで奪われた。
 しかし、王子はそれに絶望する訳でも、挫ける訳でもなかった。
 全てを奪還すべく、単身で叛乱軍を組織。様々な者達の助力を得て、幾多の戦を勝ち進み、今や戦の趨勢は、王子側に傾きつつあるのだ。
 それに至るまでの道程を、その苦労を、ランは知っていた。
 ほぼ、王子の旗揚げ当時から傍にいて、戦ってきたのだ。これまでの戦いが、どれほど辛く、そして厳しいものであったか、ランは痛いほどに体験しているのである。
 それにも拘わらず、王子は一度たりとも弱音を吐いた事も、まして逃げ出した事もない。
 どれほどの逆境であろうと、涙を見せる事はなかった。憂いを、憎しみを、怒りを、悲しみを胸に収め、戦い抜いてきた筈なのだ。
 そして、王子は笑顔を絶やさなかった。
 それは仮初めの笑顔だったのかもしれない。だが、人々を勇気付け、希望を与えてきたのは、まぎれもなく、王子の笑顔だったのだ。
 辛いことを耐えるだけならば、誰にでもできる。苦しい時、辛い時にこそ、笑顔でそれを切り抜けられる者。そんな者こそが、本当に強い者なのだ。
 王子は、強い。
 希望を失わず、真っ直ぐと前を見据え、どれほどの汚辱、苦境に陥ろうとも、常に人々を導く王子は、ランの想像を絶する強さの持ち主なのだ。
 だから、ランは王子が好きだった。立派で、そして尊敬のできる人間である。
 もしも、王子の元で戦い、そして散っていったとしても、自分は後悔しないだろう。これまで戦場に倒れていった戦友達も、きっとそうなのだ。そう思わせる何かが、王子にはある。
「……ラン? ラン!」
「……え、あっ。わ、わりっ。ちょっとボーっとしてた」
「大丈夫?」
「だ、だーいじょぶだって!! んな事より、飲むんだろ? あたしの部屋、行こうぜ」
「ランの部屋?」
「え、まずいかな?」
「そんな事ないけど」
「さすがに王子様の部屋で、酒盛りって訳にはいかないだろ?」
「そうじゃなくて、こんな夜に女の子の部屋に行くのって、失礼じゃないかな?」
「えっ、な……ばっバカ、何言ってんだよ。あたしなんか、女の子って柄じゃねーだろ!! え、遠慮なんかする事ねーよ!」
「そう? じゃあ、お邪魔するね」
「お、おう」
 また、頬が熱くなっていく事を、ランは感じた。
 自分は、ガサツである。それは、知っていた。誰に似たのかは言うまでも無いが、もう少し、何とかならないものだろうか。こんな時、ルセリナのようなお嬢様だと、もっと上品な会話にできるのだろう。
 よくボズなどは、自身の事を粗忽者などと言っているが、自分もそう変わらないのかもしれない。

「あ、でもラン」
「ん?」
「ランが女の子の柄じゃないなんて、そんな事ないと思うよ。僕は、ランは普通の女の子だと思うけど」
「……ばっ!!」
「え」
「バッッッッッキャローーーー!? 恥ずかしい事、真顔で言ってんじゃねえ!!」
「え? え?」
「ほ、ほら! もう行くぞ! 早く来ねえと置いてくかんな!」
「あ、待って」
 駆けるように、部屋へと向かう。今は、王子と向き合いたくなかった。まともに目があわせられるとは、思えない。
 部屋の前に着いた。
 ほぼ全速力でここまで向かってきたが、王子は息一つ乱していない。そういう所は、さすがに常に前線で戦っているだけの事はある。
「……う」
 ふと、ランは自分の部屋を全く片付けていない事に気がついた。無論、最低限の掃除は行っているが、とても綺麗な部屋とは言い難い。
 今更部屋を片付けてから招き入れる、というのも馬鹿みたいな話である。ランは、ここに至るまで、そんな事すら考えつかない自分に、嫌気がさした。
「えーと……あのさ、王子様。あたしの部屋、結構散らかってると思うんだけど」
「そしたら、二人で片付けよう? 二人でやれば、すぐに綺麗になるよ」
「うー……まあ、入ってくれ」
 王子を、部屋へと招き入れる。
 部屋は、畳張りの和室である。部屋の隅には、折り重ねた布団が置いてあり、畳の上には、竿やら魚篭やらが散らばっている。
 急いでそれをかき集め、押入れの中へと詰め込んだ。さすがに、これを晒しておけるほど、無神経ではない。
「ふふ。全然、散らかってなんかないよ」
「うう……い、いいから、飲もうぜ」
 椀を二つ取り出し、畳へと座る。王子もそれに習っているが、どうにも落ち着かない様子である。畳の座り心地に、違和感でも感じているのだろう。
「ほら、王子様」
 椀を差し出す。王子が受け取る際、僅かに指が触れた。その感覚は、どうにもくすぐったいものだった。
「じゃ、早速……」
『おーい、こらーラン。いるかー』
 がなり立てるような声。よく効き覚えのある声である。むしろ、あり過ぎる声だった。
 直後、豪快に扉が開けられた。その先にいたのは、案の定の相手である。
「キサラさんが、この干物お前に届けろって……は? 王子さん? なんで?」
「スバル」

 そこには、生来の幼馴染の姿があった。
 驚いたような顔で、王子と自分を見比べている。
「おいスバル、いつも部屋に勝手に入んなって言ってんだろ」
「え? ああ……」
 王子の顔がここにある事が予想外だったのか、スバルは生返事を返した。
「……おいラン。何だって王子さんが、テメーの部屋にいんだよ」
「オメーの知ったこっちゃねえだろ。干物? ほら、それ置いてさっさと出てけ」
 二、三度手を払うと、スバルはむっとした表情で、王子の方を見た。
「王子さん、何だってこんな所にいるんだ? 長居すると、身体が魚臭くなっちまうぜ」
「そりゃテメーだろ!」
 王子は、ゆるりと微笑むと、手にもっていた椀をスバルに見せた。
「ランと一緒に、お酒飲もうと思って。それで、部屋にお邪魔してるんだ」
「酒……? お? おおお? おおおおおっ!」
 スバルは、土足のまま部屋に上がりこむと、脇に置いてあった酒瓶を手にとった。
「おいこら! スバルてめえ、土足で上がるんじゃねえ!」
「酒ってお前、これ白蛇酒じゃねえか! オレだって、まだ一度も飲んだ事ねえんだぞ! これ何処で手に入れやがった!」
「あーもー……面倒くせー奴が……」
 ランは、スバルの持っていた包みを引っ手繰り、中身を見た。
 魚の干物である。恐らくは、アジの干物だろう。ただ、量が随分多い。積もり重なっており、二十枚はあるだろうか。
「くそっ、白蛇酒……飲みてえ……」
「寝言は寝てから言え。ほら、とっとと帰れバカ」
「んだとテメエー!!」
 スバルと、正面から睨み合う。あわや、取っ組み合いになるかと思った時、困ったような様子で、王子が声をかけてきた。
「ねえ、スバル。良かったら、君も一緒に飲まない?」
「え、王子さん、マジか!?」
「ちょ、ちょっと王子様」
「ダメ、かな……」
「う……」
 ランは、言葉に詰まった。普段なら、決して受け付ける内容ではないが、王子に上目遣いで頼まれると、無下に断る訳にもいかない。
「まあ……王子様が、そう言うなら」
「ありがとう、ラン。皆一緒の方が、きっと楽しいよ」
「へへ、さっすが王子さん。こんなドケチ野郎とは器が違うぜ。ぎゃはははは!」
「やっぱテメエ出て行け!!」

 仕方が無しにもう一つ椀を用意し、スバルの方へと放り投げる。スバルは、それを器用に受け取ると、王子の隣に腰をおろした。
「そういやスバル。結局、この干物なんなんだ?」
 三人で囲んだ場に広げた、干物を指して尋ねた。
「ああ、それキサラさんに、テメーに渡せって頼まれたんだ。提督と一緒に、息抜きで釣りしたら、アジが馬鹿釣れしたんだと」
「へえ、提督と。珍しいな」
「ラージャ提督とキサラさんって、釣りとかしないの?」
「んー、母さんも提督も、普段は部屋で書類とかそういうの弄ってるから、あんま二人揃って釣りってのは見かけねーな」
「ふうん……ラフトフリートの人って、結構釣りをしてるイメージあるから、ちょっと以外かな」
「ああ、釣りは二人とも好きだぜ。特にキサラさんなんか、昔は百本釣りのキサラって呼ばれて、ラフトフリートの男共には恐れられてたらしいからよ」
「え、何だそれ。あたしは知らないぞ、そんな話」
「何だよ、聞いてねえのか? 漁師のおっさん共の間じゃ、割と有名な話だぜ」
 取り留めのない話をしながら、椀に酒を注ぎ、炭に熾った火で、干物を軽く炙る。
 上質な干物である。絶妙な干し方なのだろう、火で炙っても乾く事無く、また水っぽくなる事もない。
 しばらく炙る内に、次第に身はほぐれ、キツネ色の魚肉から脂が滴った。それが、赤く熱した炭に落ち、なんとも旨そうな音と匂いを漂わせる。
 最後に軽く岩塩をふりかけ、干物を皿に置き、それぞれの場所へと配った。
 そうこうしている内に、酒盛りの準備は全て終えた。
 スバルは、しきりに酒の匂いを嗅いでいる。
 酒を注いでいる時に気が付いたが、この酒は、驚く程に匂いが薄い。普通、蛇酒はその独特の香りと、味わい深さが売りなのだが、白蛇酒はまた違うのだろうか。
「さて……んじゃ、飲んでみっか」
「おう」
「そうだね」
 それぞれが、酒の入った椀を掲げる。
「えーとじゃあ、王子様。一丁音頭をとってくれよ」
「え、僕?」
「おう、ランにしちゃ、いい事言うじゃねえか。こういうのは、初めが肝心だからよ。ピッチリ頼むぜ」
「うん、わかった。……ええと、それじゃあ、乾杯!」
「「乾杯!!」」
 椀に口をつける。一口、二口と、褐色の酒を咽へと流し込んむ。
「……うわ」
「こいつは」
「凄い……ね」

 皆が、口々に感嘆の息を吐いた。無論、それはランも同様である。
 染み渡る、という表現があるが、これがまさにそれだろう。
 口に入れた時はそうでもないが、咽に通した時の清涼感が凄まじく、蛇酒独特の香りは損なわれず、むしろまろやかなコクが増している。それでいて、甘い飲み口は、まるで水を飲んでいるかのような軽やかさでさえある。
「美味いな……これ。おいラン。本当に、これ何処で手に入れたんだよ」
「いや、親父のパクってきたんだけど。こりゃあ、親父怒るだろうな」
「でも、凄いねこれ。凄く飲みやすくて、幾らでも飲めそうだ」
 酒を飲みながら、スバルの持ってきた干物にも箸をつけた。
 身をほぐし、口に運ぶ。旨い。素直に、そう思った。たっぷりと陽を浴びた魚肉は、内にしたたる程の脂を秘めており、口に入れた瞬間、それは溶けるように口内へと広がっていく。
 炭火独特の香ばしさも合い極まり、それはまさに絶品といえる料理である。
 王子とスバルを見れば、二人とも貪るように干物を食べていた。それは、どこか気持ちの良い光景でもあった。

 ふと、王子は我に返った。ほんの一瞬だが、居眠りをしていたようだ。
 目を擦り、あたりを見渡す。
 ランは、黙々と酒を飲んでいる。スバルは酔いつぶれたのか、床に横になっていた。
 あれから、どうしたか。思い起こすように、王子は頭を捻った。
 確か、干物を食べ尽くし、白蛇酒も飲み尽くした後、飲み足りないといって、部屋に置いてある瓶の酒に手を出した。そこから先が、曖昧である。
 どうやら、白蛇酒が原因のようだ。飲み口の良さに騙されたが、今思うと、あれは相当強い酒だった気がする。それを、水のように飲んでしまったので、一気が来たのだろう。
 それにしても、スバルもランも、かなり酒には強いようだ。あれだけ強い酒を飲んで、ランなどまだ潰れていないのだ。
 ランは、目が半眼で、顔が赤らんでいる。恐らくは、自分もそうなのだろう。
「んーっ……」
 身体を伸ばし、深く深呼吸する。身体が浮いているような心地である。酒は、全く抜けていないようだ。
 ここまで飲んだのは、初めての事だった。
 今まで嗜む程度にしか飲んだ事は無いので、泥酔までいった経験はない。今が、そうなのだろうか。とにかく身体が軽く、地面がぐらりと揺れ続けている感覚である。
 それと、異様に頭が呆ける。自分が今何を考えているのかすら、不明瞭なのだ。
「……王子様」
「ラン……?」
 いつのまにか、隣にランがいた。
 声をかけられるまで、その事には気づけなかった。今、敵襲を受ければ、呆気なく殺されるだろう。そんな事を、頭の隅でなんとなく考えた。

「……あたしぁな、前から、一度王子様に聞きたい事があったんだ」
「聞きたい事?」
 ランの目は、完全に据わっている。それはわかるが、今一現実感がない。ランが遠くにいるような、近くにいるような、何とも覚束ない感じなのだ。
「王子様、実は女だろ」
「……ええと? 男だけど」
「いいや、女だ。間違いねえ。あたしはな。確かにガサツだぜ。男っぽい。そんなもん、知ってらぁ。だがな、そんなあたしでも、一応、女だぜ?」
「そうだね」
「じゃあよ……じゃあ、よ」
「うん?」
「なんで女のあたしより、王子さんの方が女っぽいんだ!? ああっ!?」
「……ええと」
「納得いかねえ! なんでだ! その顔、声、性格、髪、肌!! なんでだああ!?」
 頭を抱え、ランは咆えるようにそう叫んだ。
 女っぽい。確かに、今まで何度かそう言われた事はある。面と向かっては一度も無いが、そういった陰口を耳にする事は、度々あったのだ。
 確かに、自分は女顔かもしれない。だが、それを恥じた事など一度もない。両親から授かったこの体を、貶すような真似は、絶対にしたくなかったからだ。
「なんでだ!! 王子さん!?」
「……うーん? そんな事、ないと思うけど」
 むしろ、ランより女っぽいという事が、王子とっては納得がいかない事だった。今までランを見てきて、この娘の女性らしい所は、何度も目にした事があるのだ。
「いいやあるね、大有りだ! 王子様に対して色目を使ってる奴が、この城にどれだけいると思ってやがんだ! ちなみに男で!」
「僕は……そんなんじゃないと思うけど。僕なんかより、ランの方が、ずっと可愛いよ」
 本心である。ランは一見粗暴に見えて、実は細かな気配りのできる娘なのだ。王子がそれに助けられた事は、一度や二度ではない。
「な……バ、バッカか。オレが可愛いだ? 寝言、言うなよ」
 そっぽを向くようにして、ランは俯いた。
「そんな事ない。ランは、可愛いよ」
「ふざけんなよ……んな訳、ねーだろ」
「そんな事ない」
 ランの傍へと、身を寄せる。納得がいかなかった。何故、そこまでランは、自身を卑下するのだろう。
「なんだよ、離れろよ……」
「ランが、自分が可愛いって認めるなら離れる」
「……強引だぞ」
「そうかな」
「そうだよ。それに、あんた、天然だ」
「天然?」
「わかんねーなら、いいよ……」
「そっか」

 間を置いて、ランは、王子の髪へと手を伸ばした。そのまま、髪を一房手にとり、撫でるように指に絡める。
「……んだよ、この髪。サラサラじゃねえか。それに、なんだ。王子様、香油でもつけてんのか……?」
「香油……?」
「良い匂い……果物みたいな匂いがする」
「香油は、つけた事ないけど」
 それも、本当の事だ。サイアリーズやミアキスに、何度か勧められた事はあったが、香油独特の匂いと、あのべた付く感触は、好きではなかった。
「じゃあ、これ王子様の匂いかよ。あんた、反則だよ。これじゃあ、女の出る幕ねーじゃねーか」
「だから、そんな事ないよ……」
「……ふあっ!?」
 王子は、ランの首筋に舌を這わせた。
 少しだけ、潮の香り。そして、女性特有の、甘い香りがした。
 何をしてるのだろう。そう思った時には、既にランの首筋に顔を埋めていた。
「お、王子、様……?」
「おいで」
 王子は、ランを抱き寄せると、そのままランを胸に抱いた。ランは、すっぽりと、王子に頭を抱えられた格好である。
「なにを……んっ」
 何かを言おうとしたランの唇を、自身の口で塞ぐ。ランは驚きのあまりに、全身を硬直させている。王子は、そのまま舌を、ランの口内へと押し進めた。
 止まらなかった。何故こんな事をしているのか。ランの、自分を卑下するような発言に、腹に据えかねたのだろうか。
「んっ……んんっ!?」
 くちゃりという音と共に、ランの舌を絡めとるように吸い上げる。
 吸ったランの唾液を飲み、自身の唾液をランの口内へと流し込む。口に溜まった唾液は、やがて一杯になり、ランは困ったように王子を仰ぎ見た。そのまま見つめていると、やがて、諦めたように、ランは唾液を飲み込んだ。
 咽を震わせ、ランが自分の唾液を飲み干している。そう考えるだけで、王子の興奮は高まっていった。ランの両目には、涙が滲んでいる。それもまた、王子の加虐心を刺激した。
 そのまま、かき回すように、ランの口内を、己の舌で蹂躙する。舌をしゃぶり、歯茎を舐め、唇を甘噛みする。
 ランは、既に惚けた顔をしている。ぐったりと王子にしなだれかかり、されるがままの状態である。
 それから数分して、ようやく王子は、ランの口内から舌を抜いた。
 ちゅるっ、という音と共に、王子の舌と、ランの舌との間に、唾液でできた橋ができあがる。それを舐めとり、王子は、ランの軽く抱き寄せた。
「おう、じ、さま……」
「可愛いんだよ、ランは」
 王子は、ランを一度離すと、後ろから抱き直した。ちょうど、後ろから抱きしめている格好である。
「あ……なに……?」
 王子は、ランの胸元を弄った。サラシで締め付けているが、その豊かな胸は誤魔化し様がない。
 少しづつ、丁寧にサラシを解きほどいてゆく。サラシが適度に緩まった頃、王子はランの胸に手を差し込んだ。
「んっ……」

 柔らかい。このふくよかな胸は、紛れもなく女性特有の柔らかである。
 少しだけ、爪先で、硬くなり始めた乳首を引っ掻く。
「んっ!」
 びくり、と。ランは身を震わせた。それがどうにも可愛らしく、王子は忍び笑いを含んだ。
「ふあっ……ん……あっ」
 ゆっくりと、撫でまわすように胸を揉む。時々は乳首に触れて、乳輪を弄る。
 ランの顔は、上気している。酒による赤らみとは、また違った赤さだ。
「んっ」
 指先に唾をつけ、しっとりと濡れた指で乳首を擦る。
 びくり、びくりと。ランはその度に仰け反るような体勢をとった。
「ラン……乳首が、コリコリになってる……凄い硬い」
「ば、かっ……んな事、言うなよぉ……ふあっ!?」
 ランの腋から顔を出すようにして、ランの胸を口に含む。
 柔らかい、あまりにも柔らかな胸だった。まるで、噛めば崩れ落ちてしまうかのような柔らかさを舌に感じながら、乳首を舌の上で転がす。
 乳首を吸い、舐め、軽く噛む。乳房ごと口に含み、むしゃぶるようにしゃぶり付く。その度に、ランの身体は一度、二度と跳ね上がる。
 既に、ランの声は、喘ぎとも悲鳴ともつかないものへと変わっていた。
「ふふ……」
 崩れ落ちるランを支え、そっと床に横たわせた。
 部屋の隅の、布団を床に広げる。そして、ランを抱きかかえ、そこへ横たわせた。
「あ……あ……」
 ランは、既に焦点の合わない目つきである。口の端からは涎が垂れ、手足は軽く痙攣している。
 王子は、ランの衣服を全て脱がせると、ランの体へと手を這わせた。
 日焼けした肌。筋張った腕。所々には小さな傷跡があり、確かに同年代の娘達と比べれば、女性らしさに欠ける体なのだろう。
 だが、王子にとって、それは魅力的な体であった。
 この体で、今日までどれだけの戦を乗り越えてきたのだろう。
 どれだけの民を守り、仲間を守り、ひいてはこの国を守ってきた体なのだろう。
 そこに感じる情景は、何にも代えがたい尊さである。
 王子は、ランの首筋に口付けた。そのまま肩、胸、腹、腰、太ももへ、一つ一つ、労わるように舌を這わせる。
「ふあ……あっ……」
 ランの口から零れる喘ぎは、踊るように軽やかで、また美しい。
 愛しい。王子は、ランに対して、ただそう思った。

「おう、じ……さま」
 潤んだ眼で、ランは王子を見つめてきた。それに応えるように、王子はランの唇に口付ける。
「……ふ……っ」
 ランが足を開いた。顔は、既に耳元まで赤く染まりあがっている。表情は羞恥に満ちており、恥ずかしそうに、顔を枕に埋めている。
 王子は、ペニスをランの膣口へと合わせると、二、三度擦った。
「はっ……ふあっ……」
 にちゃにちゃという粘着音と共に、ランの膣口とペニスの間には、粘液の糸がひいている。準備は、万端のようだ。
「いくよ」
「ん……」
 僅かに首を揺らし、ランは頷いた。
「王子、さま。あたし……その……はじめて……」
「優しくする。……大切にするから」
「……うん」
 ゆっくり、壊れ物を扱うように、腰を進める。
 ランの膣口は、しとどに濡れそぼっていた。くちゃりと音を鳴らし、王子のペニスは、ランの膣内へと埋まっていく。
「っ……あうっ……!」
 ランが、苦悶の声と共に、眉を歪ませた。ランの膣からは、赤い血が滲んでいた。
 王子は、一気に背筋に冷水をかけられた心境に陥った。
 女を抱いた事は、一度ある。だが、あの時は無我夢中だったし、相手の女も慣れていた。
 だが、今回の相手は処女なのだ。噂で、処女を喪失する時は、ひどい痛みがあるとの話は聞いていた。しかし、いざそれに直面すると、どうすればいいのかわからなくなる。
「ラン……?」
「うっ……っつ……だい、じょぶ」
「ラン、もう少しだから、頑張って……」
 王子は、少しづつ、ペニスをランの膣へと埋めていった。耳元に、苦痛の声が聞こえる。
 背中に、鈍い痛みが感じられた。無意識に力を込めたランが、背中を引っ掻いているのだろう。
 だが、それが何だと言うのか。ランの感じている痛みに比べれば、こんなものは、比べるべくもないものだ。
「ラ……ン!」
「あう……うあ、っっ!」
 ペニスの先に、コリコリとした感触が伝わる。子宮口だ。ランの最奥まで、届いたのだ。
「ラン。届いたよ。……頑張ったね」
「ふ……っ……はあっ」
 息を乱しているランを、そっと抱きしめ、髪を撫でた。ランは、疲れきったように、ぐったりとしている。
「ご……めっ……」
「ん?」

「おうじさっ……まの、背中、ひっかいた……綺麗な肌、引っ掻いちまった……ごめ、ん。ごめん、よ……」
 そのまま、ランは嗚咽しはじめた。
 ほろほろと、ランの涙は流れ伝い、王子の頬を濡らしていく。
 王子は、締め付けられるような気分になった。なにを、謝るのか。ランは決して、謝るような事などしていない。
「大丈夫。大丈夫だよ、ラン。何も心配ないから……」
「ひっく……うっ、く」
 ランが泣いている間、王子はランの頬に口付け、頭を撫でていた。それで、少しでも苦痛が和らげればいい、と思ったのだ。
 しばらくそうしていると、次第にランの嗚咽は止み始めた。
「ご、ごめん。何かよくわかんねーけど、泣いちまった……」
「ううん」
 ランは、空いた右手で目を擦ると、王子の体を強く抱きしめた。
「あのさ、王子様。まだ、王子様は……その、終わってないんだろ? 続き、していいぜ」
「大丈夫……?」
「平気だよ。だって、王子様、優しかったもんな」
 気恥ずかしさに、王子は、頬が熱くなっていく事を感じた。悔し紛れに、王子はランにキスをした。
「ん、ちゅ……ふあ……王子さま、いいよ……」
「うん」
 ゆっくりと、ほんの僅かに、腰を揺する。その度に、ぬるりとした感触が王子のペニスを襲い、何ともいえない快楽が身を包む。
 ランも、先ほどよりはずっとマシなようで、時折苦悶の声を漏らす以外は、王子に身を委ねている。
「はっ……ふう……っ、はあ」
「っ……っ……ラン」
 互いに、強く抱きしめあいながら、情交を交わす。一突きする度に、ランのざらざらとした膣内の感触が、王子を興奮させ、射精を誘う。
 くちゃくちゃという音を聞きながら、王子は、自分の限界が近い事を悟った。
「ラ……ンっ、もう、出すよ……!」
「うあっ……ああっ、はっ!」
「で、る……っ!」
 びゅくり、と。王子のペニスは、ランの子宮に押し当てたまま射精した。
 その瞬間、目の前に火花が散ったような錯覚を、王子は覚えた。
 射精。まるで、びゅるびゅると音が聞こえてきそうな勢いで、王子は精液を吐き出したのだ。
 噴き出すように発射された精液は、叩きつけるようにランの子宮を叩いている。その感触が、ペニスを通じて王子に伝わってきた。

「……っは、はあっ、はっ」
「ふっ……ふうっ……はあ、っつ」
 荒い呼吸をたがえ、王子とランは、ぐったりと身を寄せ合った。
 今は、何も考える事など、できない。霞む視界の中で、ぼんやりと、王子はそんな事を考えていた。

「……やっちまった」
 ふいに、ランがそう呟いた。
 顔は見えない、先ほどから、ランはずっと布団で顔を隠しているのだ。
「どうしたの?」
 ランの隣に寝転んだまま、王子はそう訪ねた。ランの表情は、見なくてもわかる。布団の間から覗き見えるランの耳は、真っ赤に染まっているからだ。
「やっぱ、まずいよ、王子様。王子様みたいな人が、あたしみたいなのと……その……こんな……」
 それきり、ランは黙り込んだ。王子は、ついつい吹き出した。
「な、なんだよっ」
 ランが、布団から顔を出してそう言った。だが、王子と目があった途端、ランの顔は赤く染まりあがり、また布団の中へと引っ込んでしまった。
「ラン」
 名前を呼び、王子はランの頭を抱えるように抱き寄せた。一度、ランはびくりと身を震わせたが、そのまま大人しく王子の胸に収まっている。
「酔いの勢いがあったかもしれない。でも、僕は望んでランを抱いたんだ。その事を後悔なんてするつもりはないし、誰にさせるつもりもない」
「……」
「嬉しかったんだ。僕みたいな弱い人間でも、ランは受け入れてくれた」
 ランはそれを聞き、王子の胸元から顔を出した。
「んな事ない! 王子様は、強い人じゃねえか!」
「……うん、そうだね。強い人間に、なりたいな。……僕は、なれるかな」
「王子様……」
「……」
「あのさ、王子様」
「うん?」
「……あたしでも、王子様の寂しさとか、悲しさとかを、埋めてあげられるのかな」
「ラン……」
「……ごめん、今の、聞かなかった事にしてくれ。それこそ、柄でもねーや……」
 ランは、再び布団を被ると、沈んだ声でそう言った。

「……」
「……」
「……ラン」
どう、声をかければいいのか。逡巡していると、突如、ランは勢いよく身を起こした。
「あー!! やめやめ! つまんねー事ぐだぐだ言ってても、何も変わりゃしねーな!」
 ランは吹っ切るようにそう叫んだ。急なランの言葉に、王子は内心驚きを隠せずにいた。
 ランはそのまま寝転ぶと、王子の胸元に顔を埋めた。
「なんか、眠くなってきた。あたし、寝るな……」
「……うん、おやすみ」
 王子は、ランに一度キスをして、そう言った。するとランは、気恥ずかしそうな仕草を見せると、王子にキスを仕返した。そして、にこりと微笑んだ。
「……へへ、おやすみっ」
 そのまま、ランは寝息を立て始めた。余程、疲れたのだろう。その寝顔は安らかなものだった。
 王子は、一度ランの頬を撫で、天井を仰ぎ見た。
「……ありがとう、ラン」
 ぽつりと呟き。王子は目を瞑った。
 窓から、柔らかな夜風が吹き、王子の頬をくすぐる。暖かく人を包むような、気持ちのいい夜風である。
 久しぶりに、よく眠れそうだ。
 まどろみの中、そんな事を考えながら、王子の意識は次第に闇の中へと沈んでいった。

「ん……んあ?」
 むくりと、スバルは欠伸をしながら身を起こした。大きく伸びをし、そこで初めて、今自分がいる部屋が、自室でない事に気がついた。
「……ランの部屋?」
 髪を掻き毟りながら、そう呟く。今一、状況が掴めなかった。何とか、思い返す。
 そう、昨晩、ランの部屋で、王子とランとの三人で飲んでいたのだ。寝ていたという事は、自分は酔いつぶれてしまったのだろう。いつ頃潰れてしまったのかは、記憶に全く無い。
「んーっ……はあっ。んだよ、もう昼か? ぜんっぜん寝足りねえ」
 窓の外では、既に日差しが高くなり始めている。太陽の位置から、既に昼近くになっているのだろう。
 スバルは、軽く部屋を見渡した。
「……王子さんは、とっくに帰ったか」

 部屋には、自分の他に、部屋の隅で丸くなった布団が一組あるのみである。
 スバルは、軽く鼻をすすり、舌打ちした。
「ちっ、人は床に転がしといて、自分は布団でお寝んねかよ。くそ、叩き起こしてやる」
 大股で布団へと近づき、どうしてくれようかと画策する。人を適当に放置するような人間だ。どんな扱いを受けても、おいそれと文句は言えないだろう。
「へっへっへ……さあて、どうしてくれようか」
 掛け布団へと手を伸ばす途中、スバルは、ふと違和感に気が付いた。
 異様に、布団が膨らんでいる。そう、まるで、人間二人分はあるような。
「……おい?」
 少しだけ、布団を捲る。現れたのは、絹糸のように木目細やかな銀髪だった。見紛う筈もない。王子殿下その人の髪である。
「……」
 更に布団を捲る。次に現れたのは、一糸纏わぬ王子の寝姿、つまりは全裸姿である。もっとも、背中の部位までしか見えていないが。
「……」
 嫌な予感がした。これ以上、捲らない方がいい。そう思ってはいたが、何かに操られるかのように布団を捲る。
「……なっ、な、な」
 果たして、そこに現れたのは、スバルもよく知っている、ランの寝姿であった。
 しかし、ただの寝姿ではない。上半身を、ひょっとしたら下半身も、何も纏わずにでの寝姿である。つまり全裸である。
 そんなランが、王子と抱き合うように寝ている。
「なっ、なっ、なーっ、なああああ!?」
「ん……」
 ランは、起きる気配をまったく見せず、擦り寄るように王子へと身を寄せた。
「なななななな、なっ、なああああっ!?」
 なんだこれは。口に出そうとしても、出るのは意味不明な言葉だけである。
「……夢だ。寝よう」
 そのまま寝転がり、スバルは目を閉じた。
 目を瞑る寸前、視界に入ったランの寝顔が、あまりに幸せそうなので、異様に癪に障った。あまり、寝覚めは良さそうではない。
 というよりも、できれば、夢でありますように。
 スバルはそう願ったが、結局、事の真相がスバルの眼前に叩きつけられたのは、それから二時間後の事だった。

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