ゲド×クリス第一部 著者:4_383様
「……こういう……こと、だったんだな」
「…………」
「ゲド殿、あなたは……全て、」
「……あいつなりに……お前を思ってしたことだ」
「……ならば、言わぬまま逝けば良かったのだ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……済まない。取り乱した」
「……感情を、抑えるな。それは悠久の時の中、少しずつ覚えればいいことだ……
今は、まだ、その時ではない」
「……ゲド、どの……」
「…………」
「…………」
「……要らぬ世話だったか」
「……いや、そうではない……そうではないんだ。」
「…………」
「……ゲド殿……」
「…………」
「……良ければ……今だけ、その胸を貸しては貰えぬだろうか?」
「……俺は、ワイアットではない。ヤツのやるだろう言葉はやれない」
「かまわない」
「父としてお前を見ることも出来ん。……友の忘れ形見とはいえ……正直、今のお前は眩しい」
「……構わない。今は、ただ……抱きしめられたいんだ」
ゲド×クリス第二部 著者:4_385様
普段の無骨さからはとても想像も出来ない柔らかさで、クリスはその大きな
胸の中に収められていた。
これまで男に抱かれた記憶のない、いや、有るのかも知れないが
それは余りにも思い出すのに遠い記憶だったクリスは、
男の腕の中がこんなに安らげるものだという事を初めて知った。
フワリと鼻先を掠める汗の香りも、少しばかりごわついた固めの衣服を通して
伝わってくる心音も、
これほどここにいるという事を安心させてくれるものだったのかと驚愕した。
始めのうちは聊か遠慮がちで抱いていたゲドの手は、
いつの間にか静かにクリスの頭を撫でていた。
壊れ物を扱うように優しく、そして同時に彼女の心の不安を全て取り除くように、
一撫で一撫で愛惜しむように撫でられた。
(私は、この人に父の面影を重ねているだけなのか。)
クリスは自問自答してみる。
こんなにこの人の腕の中がいる事が前々から望んでいたかのように思うのは
ただ父をこの人に求めているだけなのか。
違う。
そうではない。
どうして。
ただ、父を求めているのなら、こんなに嬉しいはずはない。
この腕を以前から欲していたように思えるわけはない。
こんなに、激しくにらす胸の音が痛いわけはない。
私は………。
この人を………。
突如自分の中に湧き上がった感情に戸惑い顔を上げると、
自分を見下ろしている視線とかち合った。
薄い色素の瞳がクリスの姿を映す。
ほんのりと頬を赤らめているその姿は、
男達を束ねて指揮を取る騎士団の団長とはとても思えない
儚く震える少女そのものに見えた。
彼女がいかに普段神経を張りつめさせて
厳しく勤めようと自分を律していたのか痛々しいまでに分かる。
ワイアットの死は、それまで彼女の生きていた術を
全て取り払ってしまうほどの衝撃を与えたのだった。
ゲドの瞳は慈愛と全てを包む温かさを宿し、
その瞳に見つめられていたのを知ったクリスは、
カッと体の中に熱いものが走るのを感じ、 尚一層心臓が早打ちし始める。
……トクり……トクリ……。
耳に入るその音が自分の物なのか、男のものなのか最早判断できない。
このままゲドの腕の中に溺れ溶かされていきそうな感覚を覚えたクリスは、
力の抜けそうな己の体を立たそうとゲドの服を握り締めた。
「…ゲ…ド殿………」
震える唇がやっと男の名前をつむぎ出せたと思った刹那。
肩に置かれた手が、グッと力を入れてクリスの体を押し戻した。
「!?」
クリスはその突然のその男の行動をとっさに理解できずに唖然とした。
「…………ゲド殿……」
クリスから視線を外している男の名前をもう一度口にする。
「………このままでは……俺は…お前をどうにかしてしまいそうになる。
だから……早くここから去れ…」
「…………去れ………」
見えているたった一つの瞳が、空(くう)の一点を見据えたまま動かない。
クリスを見ないようにしているためなのかそれを窺い知るには
ゲドの表情は余りにも無表情過ぎた。
「………捉われているのは貴方ではないのですか……?」
「……!?」
ポツリと漏らされたクリスの言葉に、頑ななまでに背を向けていたゲドの体が
ピクリと揺れた。
クリスは、それが正解だったと確信して顔に微苦笑を浮かべながら続けた。
「貴方が生きて来た100猶予年。その中で父と炎の英雄とで過ごした時期は
貴方にとってとてもかけがえの無い忘れがたいものだった。
そして、今貴方の傍に彼らはいない。たった一人。あなたの傍にいる
12小隊方々も制限のある命。いつしかまた置いていかれる自分がいると分かっている
ここに、貴方と同じ果てなく続く命を得た私が、父ワイアットとの血を継いだ
私がここにいる。それでどうして重ねないなんていう事がありますか?
貴方こそが父と私を同列視している。違いますか?。
確かに父との関係は私にとって重要なファクターを示していましたし、
今もきっとそうでしょう。それは認めます。でも、父と貴方が違う人
だという事はとっくの昔にわかっていましたよ?
だって……………好きに…なったもの…。男性として……。」
ゲドは、矢継ぎ早に発せられていた声に僅かな震えを感じ、
僅かに首を傾げクリスを見た。
そこには、すみれ色の瞳を濡らして溢れそうな涙を堪えながら
にっこりと微笑んでいる彼女の姿があった。
彼女の顔は、全てを吐き切った安堵に満ちている。
きっとクリスも何度も自問していたのだろう。
その度に否定と肯定が交錯して苦しめていた。
今、やっとその悩みから解放されて自分の感情は間違いではなかったと
満足してる、彼女の顔はそう物語っていた。
「…クリ……」
呆然とクリスを見ていたゲドがクリスの名を口にした時、
クリスは数回頭(かぶり)を振った。
「良いんです。あくまでも私一人の感情ですから。
……ただ、だからお願いがあるんです……。愛してとは言わない……。
言いませんから……」
ふと、クリスが言い淀む。
それまで逡巡せさていた瞼を伏せると、溜まっていた涙がポロリと零れ彼女の頬を濡らす。
月明かりに照らされていたそれは、そこに光が集約されたかのようにキラリと光った。
その姿が余りにも美しくてゲドは言葉を失い息を呑む。
ワイアットからかつて聞いていたクリスの話は、
ただ幼子の話として聞けばいいだけだったので
そこには何の感情もいれる必要はなかった。
自分には子供は居ないので実感としてそれが理解できるわけではなかったから
そういうものなのかという感覚でしか彼にとってはなかった。
ところがいざクリスと会った時に、ゲドはそれまで頭の中に描いていたクリスと
目の前にいるクリスが余りにもかけ離れていたために驚愕した。
まだ小さな幼子だと思っていた彼女は、すらりとした長身を鎧で包み
凛としてそこに立っていた。
すっと通った鼻筋と、引き締められた唇はプクリと膨らみ、
ほんのりと桜色に艶やかに染まっていた。
何よりも瞳が捉えて離さないのは二つの双眸。
菫色の大きな瞳は、大いなる意思を湛え輝いていた。
そこには自分の立場を理解して、やらねばならないと言う確固たる意思が見て取れ
計らずとも彼女の逞しさを感じた。
その時は、彼女の騎士としての姿でしか判断をしなかった為に、
クリスは少しばかり人間味に欠けているようにも思えたが、
実際の彼女は不器用で女らしい事は何も出来なかったり、
以外とドジでおっちょこちょいだったり、
カラヤの件では人知れず肩を震わせていたのを数回見かけて
自分の判断がまったく違っていた事を知った。
ゲトの前にいたのは、ワイアットから聞いた幼子でも、
風に伝え聞く銀の乙女でもない一人のクリス・ライトフェローであった。
ゲドが自分の事を考えていたとは思いも知らないクリスは
濡れた頬を拭うこともせずにゲドを見詰める。
その瞳を受け止める隻眼の男。
二人の間に言葉にしがたい空気が流れる。
近くで鳥の羽音が聞こえて静寂の空間を破り、それが合図にもなった。
考えあぐねたいた物に結論でも見出したのか、フワリと笑って
その唇を僅かに開いて静かに言葉を紡いだ。
「…………愛してくれとは言わないから、思い出を……」
暫しそこで言い置いて、小さく息を吐く。
そして、まっすぐに顔を上げてはっきりと声を言の葉に乗せた。
「…一つ、思い出を下さいませんか………?」
クリスの言葉は彼女が何を言わんとしているのかすぐに男は理解した。
つまり、彼女は何も求めないから、一度でいいから抱いてくれと。
ただ、一夜の伽を与えて欲しいと言っているのだ。
無言のままに過ぎる時間はやけに長く感じられる。
ただ時間が流れるだけの空間に二人の息遣いだけがやけに耳に響き、何故か痛む。
逸らす事無く見詰めてくる視線の中に込められた熱い感情と想い。
確かにこんな瞳の中には、とてもではないがクリスが自分をワイアットを
同じように見ているだなんて思える訳がない。
ケドは、手を上に上げて顔を覆い暫し何かを考える。
そして、ふっと小さく息を吐き髪を掻き揚げると、クリスの方に体を向けて
手を伸ばして彼女の頬に触れる。
ビクリとクリスの体が戦慄き揺れる。
思わず瞼ワ閉じてしまうクリスに苦笑すると、そのまま彼女の体を再び包み
その耳元に口を運び静かに囁いた。
「……俺は、一つの思い出をくれる為だけで女を抱けるほど不実ではないぞ……」
町外れにある小さな酒場。
二階建てのそこは上階が木賃宿になっている。金を持たない旅人が一夜の宿をと
利用するのが表向きで、同時に秘密の恋人達のひと時の逢瀬を楽しむ場所でも
あった。
道ならぬ恋をしてしまい太陽の下を歩く事の出来ない恋人達が、ひっそりと
身を寄せ合いながら、ここで一晩中語らい、抱き合い愛し合う。
そんな場所に訪れた一組の男女。大きな躯体に黒髪、そして隻眼の男。
女はまだ20とそこそこのうら若き美しい娘で、二人とも何処か人の目を引く
独特のカリスマ性とでも言えば良いのか、人を惹き付けて止まない雰囲気を
纏っていた。
客の殆どが彼らを注視していたが、彼らはそれには特別気にするでもなく
店主に部屋を借りるために金を前払い、おそらく店主の母であろうか、
老婆に促されるままに二階へ上がる。
見た目幾分か歳が離れているように見えるので、おそらく今この中にいた客達は
二人が道ならぬ恋をしているのだろうと誰しも思っただろう。
しかし彼らはそれ以上詮索する事はない。
それがここに来る人間のルールであり、またそれが自分達を守る為でもあるからだ。
ランプの光と窓から差し込む月明かりが室内を明るく照らしている。
「酒とグラス、ここに置きますよ。何かあったら呼んでください」
盆に載せた酒とグラスをテーブルに置きながら、腰の曲がった老婆はそう告げる。
老婆の言葉は、逆を言えば用事がなければここには誰も上がって来ないという
言葉を含んでいた。
調子の悪い扉が耳障りな音を立てながらパタリと閉じられ、老婆の気配が下に
降りるのを確認して、やっとそこで女は詰まりそうな息を吐き出した。
視線を室内に走らせ落ち着かない。元々良家の娘だからこういうところに来た
事が無いというのもあるが、男と二人きりで深夜に一つ部屋になったことその
ものがなかったというのがやはり大きな原因だろう。
クリスの様子に苦笑しながら、男は中央近くに備えられたテーブルに着くと椅
子を引いてそこに腰掛ける。
「……飲まないのか…」
男の声に女の細い体がビクリと跳ね、それを見た男は咽喉の奥で笑った。
「…あ、はい………」
今にも消入りそうな声で答えると、クリスはギクシャクした動きで男の座る
テーブルに着き椅子に腰掛けながらそこにあったグラスを手にした。
「……酒豪らしいな…」
「!?だれがっ!」
それまでガチガチに緊張していたクリスが、ムッとしてすぐさま否定の返事を
返して来たので、ゲドはくつくつと可笑しそうに笑った。
この男が破願する所などめったに見れない。
それが披露されなんとなく嬉しくも感じながら、元来の性格が災いしてかクリ
スは意地を張り、さらにムゥと頬を膨らませる。
「…………………からかったんですか…」
「いや。まだまだ子供だとは思ったがな。それくらいで反論してくるからな」
「……っ……だって……、そりゃ……貴方に比べたら確かに子供でしょうけど……」
顔を赤く染めて少しばかり口を尖らせながら文句を言う様は、ゲドにとって確かに
可愛らしい子供のようで、なるほどワイアットがこの娘に随分心を砕いていたのが
理解できた。
クリスは見た目は確かに大人の女だが、その心はひたすら子供のように純粋
で繊細である。
何をするのにも頑固で、融通が利かないのも子供っぽい意地の張り方ではあるが、自分を奮い立たす方法がそうする事しかなかったのではないだろうか。
22歳という若さで一個の騎士団を任される事などそれが男であっても中々やれ
ることではない。部下が年下であるならいざ知らず、いずれも練磨の騎士達だ。
それを束ねるなど一筋縄では行かない。
だからこそ「下手に見られないように」「女が指揮官だから」と舐められない
ように、見くびられないように必要以上に気負っていた。
それでも、何事がある度に評議会の連中から「所詮女」だの「若すぎた」だの
やいのやいのと攻め立てられる。
何度も唇を噛締め、人知れず声を殺して泣いた。
そんなクリスでも、100年以上生きて来た男から子供だと指摘されてしまっても
、それは認めざるを得ないかもしれない。いや、反論することすら馬鹿げてい
る。
この男に対して自分は子供ではないというようなものなら、まだ腹の中にいる
赤子が、自分はもう大人だと言っているのと同じだからだ。
クリスは、少しだけ息を吐いて小さく笑い肩を竦める。
「本当………子供ですね。こういうところは………」
氷の入ったグラスを廻すように動かすと、カラカラと耳障りの良い澄んだ音が
響く。
それを一度見詰めて、中に注がれていた琥珀色の液体をクイッと流し込み空にな
ったグラスを両手で包みに暫らく口を結ぶ。
ゲドもそれ以上何も言わずに静かに酒を体の中に送る。
この事がクリスから緊張感を解きほぐしたのか、暫らくはお互い無言のままで
酒を飲んでいたが不思議と居心地の悪さは感じなかった。
言葉が無くても居心地良かった静寂を打ち破ったのは、丁度0時の時を告げる時
計の音だった。
ぜんまい仕掛けの色とりどりのからくりが時計の飾り窓から飛び出し、
軽やかなメロディーを奏で、指した時の分だけの演奏を終えると、何事も
無かったかのように時計の中へと帰って行く。
再び訪れたしじまの中に響く秒針の音。
クリスはここに来た理由を改めて思い出し、酒の力だけではないほどに顔を
赤らめた。
………そうだった。私は、ここでゲド殿に…………。
すっかりそれを忘れていた自分にあきれ返りながら、忘れていた分だけ彼女を
再び緊張させた。
秒針がたった60の音を刻むのすら永遠に続く音のように感じられて、心拍数が
上がり呼吸する事すら息苦しい。
同じ空間にいて同じ空気を吸うのが居た堪れないほどに緊張して、
脈打つ心臓が嘗てないほどに痛む。
「………ワイアットが……」
「は、はいっ!!」
もしもこの時間が後一分でも続いていたら、部屋を飛びだしてしまったかもし
れないという位に緊張が頂点まで達した時、ゲドが発した言葉に異常に反応し、
弾かれたように返事をしてしまった。
流石のゲドも、このクリスの様子に僅かに目を見張ってしまう。
「………………」
これ以上は無理という所まで顔を赤らめ、クリスは顔を伏せた。
「ワイアットが、よく俺に言っていた」
ゲドはクリスを僅かに目を細め、瞳に柔らかな光を宿して見詰めながら静かに
語リ始め、それを聞きながらクリスは何度も思う。
この男の声はなんと心まで染み込んで来るようなのだろうかと。
静かで深く、それでいて力強い。
ただ長く生きながらえてきたからと言うだけではない、この男の人となりを声
という形で外に出し、それが言の葉にのる事でさらに力を得ているのではない
かと、そんな事をふと思いながら次の言葉を待った。
「自分が死んだら娘を宜しく頼むと」
「……父が………ですか……」
俯いていた顔を上げて、クリスは眉間に皺を寄せて男を見た。
彼女の顔にはさも意外な事を言われたといわんばかりの表情が浮かび、そんな
クリスに苦笑しながらゲドは静かに頷く。
「あいつは余り真剣みを見せないから誤解を受けやすい」
『クリスはおそらく姿を消してしまった俺に対して恨みを持っているだろうな
。それでも俺はあいつの事を忘れた事は一度たりともないし、今でも大切な娘
だ。あいつは全て自分で抱え込んでしまう癖があるようでそれを見ると傍に
あいつを支えていやれる人間が居ないのは結構堪えるぜ。捨てた俺が言うのも
あれなんだがな』
「父がそんな事を…」
クリスは、まさかワイアットがそういうことまで離していたとは思って
いなかったのか、僅かに目を見張った。
ゲドは、僅かに残ったグラスの酒をクイッと仰いで、新たに氷を足しボトルの
酒をグラスに注いだ。コポコポと軽快な音を立てながら茶色の液体がグラスに
満たされる。「俺は騎士団の連中がいるじゃないかと言った。だが奴は
そうじゃないと言う」
『あいつらとて確かに今はクリスの支えにはなるだろう。だが、紋章を継承
したらクリスの命は普通の人間とは違う物になる。数十年もたてば誰も残らん。
周りが死んで行ってもあいつだけはこの大地に残される。紋章の継承者なんて
聞こえはいいが、言うなれば限りある命だからこそ美しい人の人生を送る
事が出来るものを、それをさせてくれない厄介物でもあるのさ。呪いと同じだ。
誰が好き好んでこんな物を欲しいと思うか。大事な人間と共に生き死にが
出来ないなんて耐えられる奴はいかれてるのさ。ああ、俺とお前はそうだろうな。
何処かいかれているから此処まで来れた。だがクリスは、あいつは俺達みたい
にイカレているわけじゃない。これから続く長い時間一人で生きていくには余
りにも弱いぞ。今あいつを支えてやれても後はどうする。だから同じ継承者で
あるお前に頼むしかない。』
「ずいぶん俺を頼りにしてくれるもんだと思いながら、俺はヒューゴも
いるだろうと答えた」
珍しく男が饒舌なのは酒の力があるからなのだろうか。
クリスは、ゲドの話を聞きながらぼんやりとそういう事を考えてしまった。
「それにもワイアットは否定をする」
『ヒューゴは確かにクリスをいつしか認めるだろう。いや、認めざるを得ない
。だがクリス率いる鉄頭がカラヤを焼き討ちに掛けた事は間違いないし、
ルルをクリスが手に掛けた事実は変えられん。ヒューゴがどんなにクリスを
認めても、クリス自身のヒューゴに対して自分が悪かったという自虐的な思考
が取り払われる事なぞ何十年たってもない』
とつとつと語るゲドの声に耳を傾けながら、クリスは瞼を閉じて過去の事を
思い出していた。
剣を握り馬を駆り地を走る。
武人であるから人も斬ってきた。戸惑いも涙も悲しみも全部一振りの剣に封印
して騎士として成すべき事を成して来た。
国のために、名誉のために。大切な人たちのために。
その事は否定する気も、ましてそれを悪い事だとも思っていない。
戦で相手を殺してしまう事を悪い事だと思ってしまうようでは、そもそも騎士
などやる意味がない。
戦には正義も悪も無い。あるのはただ戦という事実があるだけである。
心の中で殺した相手にすまぬと詫びても、悪かったと思う事は出来ない。
そうするしかなかった。
クリスの居場所は騎士団しかないから、そうする事が彼女の生きる道だった。
しかし、ルルを殺した時の事は余りにも彼女の中に深く深く刻まれてしまった
。ひとつ間違えばトラウマにでもなりそうな位に。
少年の体に剣先が入り込んで、肉を裂き血を流させた感触が今でも手の中に
残っている。
瞬間の自分を見詰めたあどけなさの残る緑の瞳も。ゆっくりと崩れて落ちいく
小さな体も。
彼に縋りつき叫ぶヒューゴの声も。燃え盛る瞳で自分を睨みつけたあの目も。
数多の命を奪ってきたクリスにとって、彼の事だけを意識に残してしまうのは
ずるい事だとは分かっている。命に優劣も上下もない。
なのにどうしても彼の事だけは頭から離すことが出来なかった。
『ヒューゴもあの事はずっと引き摺る。無意識に意識してしまう。お互いが意
識のずっと奥底であの時の事を贖罪とする者と、そう思わせてしまう者として
存在していかなければならない。それについては俺は意見は出来ない。あくま
でもクリスとヒューゴの問題だからだ。だが何十年も何年も柵を抱えて生きて
いかなければならないあいつに、ふとした宿木をどこかに用意してやりたい。
これは何もしてやれなかった唯一の親心だ。いらん世話かも知れないがな』
「………これが奴のお前に向けた奴の言葉だ。」
贖罪とする者とさせてしまう者。
おそらくそれは間違いないだろう。
きっと自分はヒューゴに対して、何処か遠慮しながら接していくのだろうと
いう事はすでにクリスの中で分かっていた事だ。
ヒューゴ自身もいつしか今回の事が仕方ない事だと理解はしていくだろうが、
それでも頭の何処か片隅にあるクリスに対する私怨を完全に取り払う事は無理
だろう。
だが、それはクリスの中ではすでに覚悟の上のことだった。
ヒューゴの事は生涯背負っていくつもりだった。
重い物だが苦ではない。
「…………それで………」
「ん?」
「それでゲド殿はなんと父に答えられたのですか……」
クリスには、父親から自分を頼むと言われたこの男の言葉を聞く事の方が怖い
。
知った事ではないとでも言ったのか。
任せろと言ったのか。
ゲトにとってはただの親友の娘なのかもしれないが、クリスには初めて愛して
しまった男で、彼の中に自分の居場所はどれ位あるのか知りたくて、
知りたくない。想いは複雑に絡み合う。
まっすぐに見詰めてくる菫色の双眸から視線を外し、ゲドは酒の入ったグラス
を廻しカラリと氷の音を立てた後、一気に酒を飲み干し静かに言った。
「……………冗談じゃない……と」
クリスの手がぎゅっとグラスを握り締める。
知らず体が振るえ、眼球の奥が熱くなりそうなをの必死で堪えたが、心臓は
ギリリと絞られそうに痛み頭の芯から全てが脱力しそうな感覚を覚えた。
それを悟られまいと引き結んだ口にグラスを運び、ゴクリと酒を咽喉に流し込
んだ。
咽喉が異様に渇く。
自分がどれほどこの男を想っても、やはりこの男からは親友の娘という以外に
見られる事はないのだろうと思った。
先ほどのゲドの言葉も、おそらく自分を慰めるためのゲドなりの優しさだと
思った。
確かにあの時は瞬間、舞い上がってしまったけれど、そもそも、
どう考えてもゲドが自分を受け入れてくれることなどあるわけは無いとも。
例えば、こんな時に感情を外に出すのが上手い女だったら、「酷い!」とでも軽
口を叩いてゲドを困らせて見せることも出来るのだろうが、根が真面目な
クリスにはそんな事は出来なかった。
それに、ゲドに対しては先ほどの告白で吐き出したのが全てで真実だったから
たとえ報われなくてもそれで良かった。
良かったのに。
…………男の言葉に酷く動揺して落胆している。ずるい女が、浅ましい女が
顔を出す。
「俺は……」
耳を塞ぎたい。もういい。分かりました。それでも良いんです。それでもこの
一時を貴方がくれたからそれだけで良い。これ以上は何も言わないで。
お願いです。
「奴が俺に頼んだのは、父親らしい事が出来なかった自分の変わりにお前を
頼むという事だ」
そうです。分かっています。だからもう止めましょう。
……もうそれ以上聞くのは……辛い……。
瞳を伏せる。唇を噛締める。グラスを握った手に力が入り僅かに震える。
「………俺にはお前を娘として見るのは出来なかったらしい……。今になって
思えばな」
……どういう、こと?
銀色の糸に縁取られた美しい菫色の瞳と穏やかで勝力強い光を携えた1つきり
の瞳とぶつかった。
「クリス。もう一度言う。『俺は、思い出をくれてやる為だけの理由で女を抱
けるほど不実ではない』」
体を引き寄せられて唇に冷たい物が触れているのを感じ、それが男の唇である
事に気づくのにさほど時間は掛からなかった。
「………分かったか……。こういう事だ」
「……………」
頭の中が思考できないほどぼんやりとしてしまっているのは、何も酒の所為
だけではないだろう。
体の中に熱いものが走り火照りだす。
ゲドの大きな手がクリスの頬に宛がわれ、そっとそのまろやかな曲線を描く頬
をなぞるように撫でる。
それだけで、ケドの触れた所から熱が上がり体中に広がっていくように感じる
。くらくらする。ただ呆然とするしか出来ない。
これは夢。明日の朝になれぱ忘れ去られる物。きっとそうだ。
でも、それでも。
「…娘として見られないのに、娘のように守ってやって欲しいという奴の言葉
が受け入れられなかったんだろうな。だからそんな事は無理だ。冗談ではない
と…」
本当にこの声には弱い。クリスはその声を耳にするだけで酔ってしまいそうな
感覚に陥る。
体の力が抜け、崩れ落ちそうになるのをゲドの逞しい腕が抱きとめ引き寄せる
。
「……あ……」
「………抱いても構わないか…………」
何を答えたのか、今どんな顔をしているのか最早クリスにはわらからない位に
思考が混乱している。
ただ引力に逆らうように宙に浮いた体が、古びた、余りきちんとメンテの施されて
いない寝具に横にされ、唇を啄ばむように合わせられている事だけは分かった。
「……んっ………ぅっ……」
侵入した舌が歯列をなぞり、クリスの舌を見つけて絡めて吸い上げる。
生き物のようにそれは蠢き、さらにクリスの思考は飛ぶ。
まっ白い世界に一人放り出されて所在なげに不安になっていると、お前のいる
所は此処だと現実世界に引き戻されるのは、耳に互いの口が合わさる時に発せ
られる水音が聞こえた時だ。
深く差し込まれたゲトのそれが、逃げ出そうとするクリスの舌を捉えさらに味
わう。
「…い……息がっ……」
僅かに隙間が開いた唇から、苦しげなクリスの声が漏れて初めてゲドは彼女を
解放した。
ツッと一筋の唾液の糸が引き、クリスの口の端を濡らす。
「……ぁ……」
恥かしさで顔を伏せるクリスの口元を舐める。
例え唾液一つでも自分の物だと言わんばかりに。
「………あ、あの……」
「……なんだ…」
「窓………窓を……」
ベッドの横にある窓のカーテンが開け放たれそこから月の光が差し込んでいる
。
明かりは消した方がいいだろうと判断したゲドが、ランプの火は消したが、部
屋の作りも考え月明かりがないと真っ暗闇になってしまうとカーテンだけは開
けたままだったのだが、クリスはどうもそれが気になるらしい。
ゲドは、ふっと笑みを漏らして言う。
「……月が見てるか……。見せ付けてやればいい……」
「えっ……」
ゲドは手を伸ばすとクリスの意思とは反対に窓を開けてしまった。
「…あっ!!ゲドど、のっ……んっ……ふぅっ…」
再び口が塞がれ、今度は先ほどとは比べられないほど激しく噛み付くような口
付けを施された。
どこに置けばいいのかと宙を彷徨っていたクリスの手を取り、ゲドは自らの背
中に導いた。
クリスも長身で小さい方ではなかったが、それ以上に男の体は大きく廻した腕
に力強さと逞しさを感じた。
室内に、口を合わせるたびに発する水音が淫猥にクリスの耳に響き、クリス
は激しい口付けの恥ずかしさと共に、体の奥底から熱く滾るものを感じて
顔を赤らめた。
「……む……ぅん………」
再び息苦しさに顔をそらそうするが、ゲドは追いかけ逃がさない。
クリスの首の下に手を廻して、後から頭を支えるとさらに激しく唇を貪った。
戸惑うクリスの唇を強引に開き、舌を進入させて蹂躙する。
痛くなる直前までクリスの舌を吸い絡める。口の端からは中に納まらない
唾液が溢れこぼれる。それを舐め取りまた塞ぐ。
激しい。
激しさにクリスの頭の中は白いスパークが弾け、その都度クラクラと眩暈を
起こしそうになる。
貪欲なまでの欲望と、燃え盛る血潮と、それ以上の深い感情が複雑に強引に
絡み合い互いを渇望する。
「…………ゲ……ド……ど…のっ……」
「…駄目だ。クリス……もっとだ……」
「……ぅ……ん…ぅん……」
こんな口付けは始めてで、クリスもどうすればいいのかそれすら考える事が
出来なかった。
ただ求められるままに舌を絡め、腕を廻し、合わせる。
合わせた唇から漏れる音はさらに大きく淫猥さを増し、体の奥に眠っていた
快楽に火を灯す。
ゲドは、この男のどこにこれほどの情熱を秘めていたかと思われるほど
クリスを求めた。
「…クリス……」
男の手がクリスの服の中に入れられ直に肌に触れる。
「…あっ……」
小さく戦慄くクリスに「初めてか?」と訊くと、コクコクと少しばかり怯えた
ように数回首を縦に振った。
ゲドは「そうか…」とだけ答え瞼にそっと口付けを落とす。
「無理をさせるつもりは無い。………約束は出来んがな……」
首筋に、肩に口付けを受けながらクリスは服を剥ぎ取られていく。
ベルトも外され、シャツも下着もズボンもさりげなく、というよりも
クリスの白い肌にゲドが唇で容赦の無い愛撫を施し、翻弄されて意識が
はっきりしない間にとでも言った方が良いのかもしれない。
「……ぁ……はぁ……っ……ん……」
自分の声とは思えない甘い声にクリス自身驚く。
驚きはするものの、それをどうこうしようと言う前にゲドの愛撫に思考が
溶かされ止めることなど出来なかった。
いつ、という間もなく全てを剥ぎ取られ、生まれたままの姿にされてしまった
クリスの体は、月明かりを受けて白く輝いていた。
着やせするのか以外とボリュウムのある肉付きをしている。
首から肩、胸、腰へと続く線は流れるような線を描き、それに繋がる四肢は
長くしなやかである。
腰は折れそうなくらいの柳腰でありながら、その上部に見える二つの双丘は
仰向けに寝ていても緩やかな曲線を描きながらしっかりと主張している。
普段、鎧に身を包み屈強な男達の上に立ち、口調も男性のそれであるために
余り想像は出来なかったが、その鎧の下がこれほど扇情的で蠱惑的だとは
努々思いもしなかった。
銀色光る髪を散らし、白い肌をほんのりと肌色に染めて、見上げてくる
視線は熱に浮かされ濡れたように光る。
時折、切ない喘ぎが薔薇色に輝く唇から漏れ聞こえる。
それを1つ1つ漏らさぬように、男は自らの唇で拾う。
少しばかり汗ばむ肌に手を沿わせ、ゆっくりと形のいい乳房を柔柔と
揉みしだく。
「あっ……はぁっ……」
羞恥心に身じろぐクリスの体を動かないよう両腕を取って彼女の頭上で
押さえる。
「ぁっ、い、いや………」
これでは隠しようがないと訴えるクリスに、まるでそんな事は耳に入らない
様で、さらにゲドの愛撫は続く。
形のよい乳房は張りを持ち、揉みしだく度に指を弾き返すように弾力がある。
滑らかなその肌もしっとりと手に馴染む。
「あ、あん、ぁ…」
クリスの声は甘く、男の情欲をそそる。
耳朶から首筋に幾つ物口付けを落としていた唇をその白い胸に移動させると、
固く赤く熟れ始めていた赤い実に宛がい、舌先を少しだけ尖らせ軽く突付く。
「あんっ!」
ピクンと跳ねるクリスの体。自分でもその反応に驚いて、思わずゲドを
見詰めてしまう。その瞳には羞恥心と共に少しばかりの戸惑いが宿る。
これは普通の反応なのか、それとも自分は変なのか。瞳はそんな事を
言っていた。
ゲドはクリスの頭を軽く撫で「そのまま。それで構わない。思うままに……」
と言い聞かせるが、それでも何か迷っている様子を見せるクリスに笑いかける。
ふと、少しばかりのいたずら心を起こし、すでに固く尖った乳首を前歯で軽く
カリっと噛んだ。
「ひゃぁっっ!!」
クリスの体は弓なりに反り、高い嬌声を上げる。
少しだけの刺激でも反応するクリスがとても愛しく、その声がもっと聞きたい。
もっと上げさせたいと強まる愛撫。
赤く染まった乳首を口に含み舌で転がし、チュウとわざと音を立てて吸う。
耐えられないと身じろぐクリスをきっちりと押さえ込み、片方の乳房を愛撫して
いる間は、もう1つの空いた手で少し強めに揉みしだき、指で乳首を弾き摘む。
潰すように指で擦ると意思を持つそれが抵抗するように弾き返す。
「あっ、あっ、あっ」
短めの息をするのがやっとで、クリスは何度も首を左右に振り寄る快感の波に
耐えようと銀色の髪を乱す。その髪が月の光を反射してキラキラと輝く。
男は美しいと思った。100年以上生きてきてこんな美しい女にはあった事がない
とも。
この歳で女を抱いた人が無いとは言わない。寧ろ金で買った女は数多といた。
しかしながら、それは所詮金で買った一夜の情交。そこには何も残らないし
残さない。
買われた女達もそれは承知で、金の分だけの愛を売り体を重ねた。
中には心惹かれた女達もいたであろうが、ゲドが頑ななまでにそれ以上の事を
望んでいない様子に、深入りする女は存在しなかった。
いつも何処か冷めた目で見ている自分がいたのは、やはりいつしか相手は歳を取り
先にこの世を去ってしまうという思いがあり、どんな愛しく思っても共にその短い
生を生きる事が出来ないという事実が、ゲドに誰かと深い情を交し合うという事を
拒否させていた。
いつしか先に逝ってしまうのを見続けなければならない。
それなら誰も思わなければ良いのだと自分でそう決めていた。それがだ。
まさかこんな風に、誰かを愛しく思えるような時が来るとはゲド自身も思いも
寄らなかっただろう。
自分の中に蘇った燃え盛るような情感は、男の舌で切なく身悶える女に全て
注がれた。
クリスの息が弾む度に胸が上下し乳房はフルリと揺れる。それを両方の手で
揉むと、一層高めの嬌声が部屋中に響く。
いつの間にか解放されていた腕にも気付かず、ただただゲドの愛撫に身を
委ねた。
自らも着ていた服を脱ぎ、肌を晒し、ゲドはクリスと直に抱き合い触れ合う。
男性特有の硬質な肌が以外と心地いいものだとクリスはふと思う。
……違う。ゲド殿のだからかな……。
フフッと小さく笑うクリスを覗き、なんだ、と尋ねると「男の人って体温
高いんですね。知らなかった」と答える。
始めは何をと思ったゲドは、すぐにクリスがこれまで父親でも異性に
抱きしめられた記憶がなかった事を理解し、そうか、とだけ答えてクリスの
唇に軽く口付け、体にも雨のような口付けを落としていった。
クリスも少しは慣れたのか、今は自ら男の背中に腕を廻して求めに応じる。
胸を移動するゲドの頭を抱え、もっと、と催促をしてしまう。
それらの行為が無意識の中でやってしまうほどに、クリスも官能の海に溺れ
始めていた。
しかし、流石にゲドの手が汗に濡れ火照る肌を滑り降り、内股を摩るように
なぞり始めた時には聊か慌ててその手に自分の手を重ねて静止しようとするが、
ゲドの手はそんな彼女の手をやんわりと掴み押さえる。
「何も心配する事はない。お前は全て俺に任せておけばいい。お前は
自分が感じるままに応じていろ」
「………ゲ…ド殿……」、
「殿はいらん。クリス」
「…………ゲド……」
声に出す名は眞名である。その名前に意味を持ち、自分ではない誰かかその名を
声に出す時力となる。
何処かで誰かが言ったその言葉。まるで呪詛のようだとその時は思っていたが、
クリスはその意味を男の名を呼ぶ事で分かった気がする。
どこかの男がたとえゲドという名を持っていたとしても、それはクリスには
何の意味もない。
名を呼ぶ者と呼ばれる者が、大きな繋がりを持って呼ぶ事に始めて意味をなす。
今、クリスはその名を口に出来る事が至上の喜びとなる事を知った。
逆に、大切な人間から名前を呼ばれる事がどれほどの力を湧かせてくれるのかも、
この男に名を呼ばれるだけで、体が熱くなり心が震える。
この人の名をもっと呼びたい。もっと呼ばれたい。
銀色の薄めの茂みを掻き分けて、誰も触れた事のない、クリス本人すら
知らない秘密の場所にそっと指を触れさせる。
「あ……んっ……」
クリスの体がピクリと跳ねて、甘い吐息を吐きながら体を捩る。
すでにそこは甘い蜜が溢れ、触れるだけで指をしとどに濡らす。
秘裂に沿ってなぞるように擦ると、さらにクリスの体がしなやかに反り
嬌声が上がる。
ゲドはすっと蜜を指で巣食うとクリスの口元に運び、彼女の口の中にそっと
入れる。
始めは驚いていたクリスも、そっと舌を出してそれを舐め取る。
これまで堅苦しい世界にいてそんな事には無縁だったクリスが、まさかと
思われるような行為も、男の流れるような一連の行動にすんなりと
受け入れてしまう。
少しばかり塩味の強いそれに眉を顰めると、ゲドはフッと笑って女の唇を
貪った。
喰らい付くような激しさと、啄ばむような優しさとを交互に使い分けて行う
口付けに奪われていく思考。甘く切ない吐息。神経のすべてが1つ所に集まり
鋭敏になる。
口の中が性感帯にでもなったように舌が口内を陵辱する度に、内股の
付け根を熱い流れが伝い、知らず腰が揺れる。
無意識のうちにゲドの体にすりつけて来ると、男は一度笑ってから
口付けしたままぬるりとそこに指を入れる。
充分に濡れそぼった秘所は、いともあっさりとゲドの指を飲み込んでしまう。
「んあっ!あぁぁっ!!」
初めての刺激にクリスの高い嬌声が上がる。これまでの愛撫など比べ物にも
ならない脳天を直撃する鋭い刺激。
さらにその中を確かめるようにかき混ぜると、耐え切れなくなったのか女は
髪を振り乱してイヤイヤと頭を振る。
背中に爪を立て必死に縋りつく姿がさらに情欲を呼び、もっと可愛がって
やろうと熱くぬめるそこを2本に増やした指を抜き差しし、他の指で花芽を
探り出してピンと弾くとクリスの背中が尚一層キュウッと撓る。
「ここか……」
声音に少しばかり意地悪そうな笑いを含ませ、熟れた花芽を集中的に刺激する。
「やっ、あ、んぁっ。そ、んなっ、私、ああっ」
「溢れてくるな。感じているのか」
「……やぁ……言、わない、で……はぁ……っ」
「恥ずかしがる必要は無い。言っただろう。全てを俺に任せれば良いと。」
言ってゲドは体を移動させて、静かにクリスの下半身に愛撫を続ける。
そして内股に幾つもの花を咲かせて、そのまま中央の濡れた花芯に
舌を這わせた。
「あああっ!!そんな、だめぇ、汚い……んぁっ」
どんな抵抗も物とせず、男は激しくそこを攻め立てる。
閉じようとする足を少しばかり強引に開き、中を探るように音を立てて
舐めるので、クリスは体をくねらせ逃れようとする。
それを逃がさないようにガシリと腰を押さえ込み、さらに秘劣に舌先を
尖らせ中に差し込みそこを蹂躙した。
中から溢れる蜜かゲドの唾液が分からないほどに濡れて、シーツに白い
しみを作る。
舌で行われる愛撫だけでなく、指で花芽もいじられ、始めはささやかな
抵抗をしていたクリスも、いつしかゲドの頭を自らの手で引き寄せるように
快楽を求めていた。
体が全て溶けてなくなりそうで、全身が麻痺をして何も考えられない。
何度も何度も、途中飛びそうな意識を、ゲドかクリスに何かを囁き引き戻す。
何も考えられなくて、ただ求めるのは互いの熱と呼吸。野生に戻ったような
欲の交わり。
原始、男と女は1つの体と魂を有していたという。故に、惹かれ愛し合う
のはその別たれた魂を再び結びつける1つの行為だと。
そんな夢物語を信じてしまう程ゲドは勿論クリスも愚かではないが、
今は互いが触れ合う事が事実としてここにある。
長い時間を、気の遠くなるような長い時間を経て出会ってしまった
それは偶然。
共に闘い、時間を共有し惹かれて行った。それは必然。
選んだのは自分なのだから。
「あ、あ、何か、私……変に……なる………うぅ……」
自分でどうする事も出来ない快感の高み。
ゲドはクリスに限界が来ている事を察する。
いや、それはゲドにとっても同じ事で血液が中央の自身に集まり痛いほどに
怒張し、先ほどからずきんずきんと脈を打っていた。
ゲドはクリスの蜜壷から顔を上げ体を移動させて膝で足を大きく割る。
「…あっ……」
何が来るのか理解したクリスが、瞬間体を強張らせた。
「お前を深い所で知りたい…」
「………で、でも…………」
「怖いか?」
これまでゲドに翻弄されて、内在している淫猥を外に充分見せ付けていた
クリスが、恥じらいで全身を真っ赤に染めて言葉もなく小さく頷く。
剣を持ち戦う時は戦女神を髣髴させるほど凛と立ち、他を圧倒させる気を
放つ勇ましいクリスが、ことこういう行為には臆病で頼り気なく且つ
初々しくて愛しさが募る。それと同時にそんな彼女をめちゃくちゃにして
しまいたくなる程の凶暴な欲望が顔を出す。
すべての理性と常識とを取り払い、ただひたすらこの女を貪り続けて
野獣の様に 破壊しつくとしてみたいという狂ったような感情がゲドの中を
熱くさせた。
まだそんな感情が自分に残っていた事を改めて驚き、そして笑う。
きっとそれはクリスがいたからからだと納得する。
「怖かったら俺にしがみ付いていれば良い」
耳元に囁く声。すべての不安を取り払う魔法の呪文は固く閉ざす膝から力を
抜かせ、その刹那ゲドがするりと体を間に滑り込ませた。
押し広げられたクリスの濡れそぼった秘所を窓から入る風がひやりと
冷やす。
羞恥と緊張が頂点に達して、朱に染まった顔を逸らしてそれを待つ。
ゲドの固くなった男性がそこに当たり、ピクンと体を振るわせる。
「…痛かったら言え」
心に直接届く響く優しい声に顔を上げると、ゲドの瞳が果てしなく深い情で
見詰めている事を知る。
――ああ、そうだ。私はこの人とひとつになるんだ。それは私が望んだ事。
この人が一緒なら、この人だから…………怖くない。
クリスの手がゲドの頬をそっとなぞり両手でそっと包み、儚く微笑んだ。
それは彼女がこれまで零してきた笑顔の中で一番の美しさだった。
「…クリス………」
クリスは手をゲドの体に廻して深呼吸し、ゲドはゆっくりと腰を押し進めた。
「あ、あぁぁぁっ!!痛……いっ!」
激しい痛みがクリスを貫く。
破瓜の痛みはクリスの予想を超えた痛みだった。怪我など無数に経験したし
耐性があると思っていた。
しかし、自らの中に異物が入りこんでくるという事がこれほどの痛みとは
思いもせず、キュウッと眉間に皺を刻み唇をかんだ。
「…クリス……っ…、力を抜け……。これでは…俺が持たん…」
これまで翻弄し、常にリードしきっていたゲドから初めて辛そうな声が
漏れたのを聞いて、クリスはきつく閉じられていた瞼を薄く開ける。
ゲドの顔が僅かに赤く染まっているのを見つけ、途端にクリス弾けた様に
笑い始めた。
緊張していた一度糸が切れ、止まらなくなった笑いはさらに笑いの波を呼び、
体を震わせて、涙まで浮かべて笑った。
突然のクリスの変貌にゲドは微苦笑を浮かべる。
「……………女は分からん……」
「…ご、ごめんなさ、い。でも……」
目尻に涙を溜めながら言うクリスに呆れつつもさらに可愛らしさを覚え、
ゲドは女を引き寄せて黙らせるように口を塞ぐ。
「…笑いすぎだ」
「ん………む……ぅん……」
笑う事で和んだ空気が、再び甘さと艶を持ち始める。
「……行くぞ……」
笑って心に余裕が生まれたのだろう。クリスは今度はニッコリと微笑んで
ゆっくりと頷いた。
痛さを訴えていた為に止めていたゲドの行為を、今度はすんなりと受け入れて
いった。
クリスの中はかなり熱を帯び、ゲドが張り詰めた怒張を送り込む度に肉襞が、
異物を排除しようと蠢ききつくそれに纏わり付く。
彼女がどんなに力を抜いてもそれはゲドを締め付ける。
「あっ、あんっ、あ…はあ…………」
始めの頃はどうしても痛みが先行していたクリスの腰が、次第に腰をゲドが
動かす時と同じリズムで揺れ始める。
少しずつ痛みから快感へと変わりつつあるのか、中から溢れ出る蜜もさらに
増える。
それがスムーズに動ける潤滑油となりゲドの動きを激しくさせる。
クリスが漏らす吐息もそれまでの痛みを伴った物ではなく、時折甘さが
含まれた。
中の肉壁を擦るような動きをしたかと思えば、クリスの秘所の入り口
ギリギリまで抜き、引っ掛かりのある所で止め、そこから一気に
奥まで差しこむ。
水音をわざと聞かせるようにかき混ぜると、白い咽喉を反らせ切ない
喘ぎ声を上げる。
時々全て抜いて先走りとクリスの液で光る先端で、クリスの入り口を突くと、
女は体をブルリと震わすが、それは快楽が体に満たし始めた事から来た
震えのように見えた。
痛みではなく、快楽の海のさらに深い所に身を投じようとしていた。
ゲドは少し律動を強くしてみる。
「んぁっ!!」
反る体に合わせて乳房も揺れる。それを揉むとさらに高まる甘美な欲望に
悶える。
常識の殻を取りはずし、頑なだった心を緩やかに溶かし、これから迎える
永遠にも似た長い月日に対する不安もただこのひと時に全て流れていく。
クリスの胸が荒い息で上下する。
目尻に涙が溢れも頬に沿って流れる。ゲドのグラインドはさらに大きく
彼女の奥を目指して激しく突き上げる。
「……ゲドっ……、私……私ッ………あああっ!!」
もうすぐだ、というゲドも大分呼吸が乱れて息が荒い。彼にも限界が
近づきつつあるのだろう。一度引いた腰を最深部まで押し込んでクリスを
揺らす。
ふと、クリスの頬を涙が伝う。
その涙の意味が今はまだ分からない。
結ばれたことへの喜びの涙なのか、それとも別のことへの涙なのか。
何も分からないが、1つだけわかるのは、もう何も怖い物は何もないという
事だった。何があっても大丈夫だと、頭ではない体の細胞の組織一つ一つ、
自分という人間を作る原始の記憶がそう語りかけていた。
この先に何があってももう恐れない。
ゲドの律動が加速し叩きつけるようにクリスの中を蠢く。
突いて、探って、押し込んで。
溜めに溜めた欲望の滾りを放たんとする。
クリスの腕が、足がゲドに離さないように少しでも共にと絡む。
ゲドの眉間に皺が刻まれ、頂点に向かって動きを強める。
そして―――――――。
「……んっ……!!」
「あ!?あ…ああああああっ!!!」
どくっ、どくん
大きく脈動したゲドの自身から、熱く滾るそれが勢いよく放出された。
脈々と何十億も続いた過去の記憶と共に、生命の息吹をクリスの中に打ち付ける。
その中に男の熱い心も共に含まれいる事を、クリスは白濁し遠くなる意識の中に
はっきりと感じた。
カチャリと音を立てて、芳醇な香りの紅茶の入ったカップが差し出される。
「ああ、すまない」
顔を上げずに礼を言い、またもや真剣な顔で書類に目を通し続ける。
「少しお休みになられたら如何ですかな、クリス様」
サロメが微苦笑しながらそう言うと、クリスは、そうだなと言うものの
今だ目を離さない。
クリスに実直な男は、フゥと息を吐いてかすかに肩を竦める。
「クリス様」
「うん?」
「今朝方早いうちにゲド殿率いる第十二小隊の皆様が此処を発たれました。
また元の警備隊に戻られるそうですな」
「うん。知っている」
クリスはやっと書類から目を離して紅茶のカップに手を出し、一度その
琥珀色の 液体の香りを楽しみ、「ダージリンか。サロメの入れてくれた紅茶は
やはり 美味いな」と感心しながらため息混じりに言う。
「挨拶はされなかったのですかな」
「彼らは湿っぽいのが嫌いみたいだからな」
「まあ……確かにそうですが……」
一緒に戦った仲間なのに、それは余りにも寂しいではないかと言いたげな
男に クリスはくすっと笑いを漏らす。
「いいじゃないか。別に死んだのではないぞ、サロメ。会おうと思えば
会えるんだ。そんなに悲観するな。老けるぞ」
「ク、クリス様っ!!私はまだ老けてなぞ!!」
「あっはっはっ!!お前が昔の事にそんなにこだわるからだ。私達はもう
未来に歩き始めているんだぞ。これからは過去ではなく未来の為に何を
なすかを考える方がより発展的だと思わないか?」
豪快に笑い飛ばすクリスに聊か目を見張り、しばし呆然と見詰めたサロメは
息を吐き出すと共に「クリス様、変わられましたな」と小さく呟いた。
「変わったとは?」
「前をしっかりと見据えられるようになったとでも申しましょうか。
以前は騎士だからという枠組みだけに拘られて、自らをその枠に押し込んで、
苦しんでおられた。しかしながらこの頃のクリス様は肩の力を抜かれて、
自由な空気を吸いながらそれでいて騎士としてなすべき事をなさっている
ようにお見受けいたします」
良い方向であると認めてくれているようなサロメの言葉にクリスは微笑した。
「違うぞ。サロメ」
「違う、とは?」
クリスは、腰掛けていた椅子を引いて立ち上がるとゆっくりとした足取りで
窓の方に向かって歩き出し、近くの窓を開けた。
風がフワリと緑の香りを運び、室内に爽やかな空気が溢れた。
外を見上げれば澄み渡る青い空がどこまでも広がり、太陽の光を浴びて
輝く白い雲を目を細めて眩しげに目を細める。
すうっと息を吸い込んで、その爽やかな風を胸一杯に溜めて思い切り
吐き出す。
吐き出される空気と共に体の中が洗浄化されていくような感じを受けると、
クリスは何かに思いを馳せるように一度瞼を閉じる。
しばしそうやってからゆっくりと瞼を開き、サロメに振り返った時には、
笑顔の瞳の中に力強い決意を秘めた美しい微笑を浮かべていた。
「変わったんじゃない。変わるんだよ。サロメ」
「……変わる……。現在進行形ですか」
「そうだ。私はまだ変わる。今はこの私が好きだからこれで良いと思うけど、
それが正しい私かどうかは分からない。だから、未来において今の私が
間違っているのならばそれをまた変えて行く。なんと言っても私には飽きが
来るほど時間があるんだ。なら、焦って何かをしなければと思う必要はない。
ゆっくりとじっくりとより良い私を選んで常に変化していきたい。いや、
行く。そう決めた」
目を細めてクリスを見るサロメは、彼女の背後に大きな支える力が存在
しているのを感じた。
それまでも、騎士としての役割をきちんとこなしていた事は認めていたが、
どうしても女性特有の精神の弱さが時折決断に揺らぎを見せた事もあり、
まだまだだなと思う事もあったが、今サロメの目の前に立つクリスは、
自信に満ち満ちていて一回り大きく感じた。
サロメは、これまで支え教え続けてきた人物が一人立ちを始めたという事を
悟り、喜びも大きい反面何処か娘を嫁にでもやるような寂しさも感じた。
(さて、どこの何方かが私の役目を攫って行かれたようですな。
それにしても……)
「ボルスが暴走しなければ良いが……」
「ボルス?ボルスがどうした?」
「あ、いや。独り言です」
「変なサロメだな」
口に出したつもりはなかったのに、とサロメは聊か慌てた後に、自分の勘は
多分外れる事はないだろうと、良い大人であるはずの烈火の騎士が泣きながら
酒を煽り同僚に愚痴を零す所を想像し苦笑した。
しかもその同僚が慰めるようなフリをしながら、その時実ひっそりと
彼の反応を楽しんでいるであろう事まで想像して「はぁ……」と重たい
ため息を付いた。
「まあ、良いだろう。サロメそろそろ出かけるぞ。今日は評議会の集まりだ」
「また色々と言われますかな」
「言わせとけ。どうせ後何年もすれば隠居する爺さん達だ。隠居の前に
ちょっと若者をいじって老後の楽しみにしようとでもしているんだろうと
思うと腹も立たんさ。こちらから遊ばせてやればいい」
言ってクリスは方目をつぶって笑う。
これまでのクリスとは思えないような言い様に、流石のサロメも呆気に
取られた。
「ほら、行くぞ。サロメ。爺さんたちが待ち過ぎて我々が行った時には
一人位欠けていたらどうする」
ほらほらと、促すクリスにサロメは圧倒されながらクリスの部屋を出る。
数メートル歩いて、ふとクリスが足を止める。
「あ、窓を閉め忘れた。サロメ先に行って馬の支度を頼む」
行ってクリスは引き返した。
サロメは彼女の後姿をマジマジと見詰めながら軽く頭を下げ、くるりと踵を
返して馬小屋に向かって歩き始めた。
部屋に戻ったクリスは、先ほど開けてしまった窓に近づき手を伸ばして
締めようとする。
と。
フワリ………。
どこからか風に乗って運ばれた一枚の漆黒に輝く鳥の羽が、クリスの
白い手に乗った。
クリスはそれを取り落とさないようにそっと摘むと、暫らくしげしげとそれを
見詰めてからにこっと笑い掌に乗せる。
「貴方のいる所は此処ではないでしょ?さあ、風に乗ってどこまでも自由な
空に飛んでいきなさい」
ふうっと息を吹きかけると、羽は再び風に運ばれ空高く舞い上がり、
遠く空へと吸い込まれていった。
誰にも縛られない強い魂の持ち主を心に浮かべて、クリスはいつまでも
眩しそうに空を眺めた。
「大将!!そろそろ休んで休憩にしましょうや」
「何言ってんだい。さっき休んだばっかりじゃないか。ったく
このおっさんは隊長より先に足腰に来てんのかい」
「だってよー。昨日は俺と最後の別れをとあちこちの女が引く手数多でなー、
腰も足も立たなくなるってなもんよ。あ、足ってのは真ん中の足の事ね」
「はぁぁぁ?いつ、どこにあんたと別れるのが寂しいと言う女がいたって?
頭でも打っちまったのかい?夢見るには早すぎるよ。ああ、
分かった。そろそろ
耄碌が始まったんだね。そいつはお気の毒だねぇ」
「なんだと。このくそアマ!!」
「煩いよ。三十路の中年が!!」
「お前だっていつかはババァになんだろうが!」
「その前にあんたは棺おけ行きだろ!?ジジィ!」
道中、何回となく行われているこの夫婦漫才には最早誰も介入する気もなく、
というよりもまるっきり無視をしている。
「……………………不毛だ……」
「なあ、ジャック。真ん中の足って何?エースは足三本もあるの?でも
ズボンは二本分だけだよね。どこにあるのかな。そんな人がいるなんて
知らなかった」
世間知らずの純粋無垢な少女は、一言呟いて歩く寡黙な青年に矢継ぎ早に
質問する。
青年はどう答えて良いやらと答えに窮した。
勿論彼もエースの言った『真ん中の足』というものがなんであるかは分かって
いるが、それをこの少女に言って良いやら助け舟を求めるような視線を隊長
であるゲドに投げたが、当然というか期待していたわけではないが、男は全く
我関せずというのを貫いて無関心であるのを見て取ると、青年は重いため息を
つく。
「ねえねえねえ。ジャッーーーークぅ、真ん中の足ってなーーーにーーー」
ジャックに縋りつくようにしていた少女の肩をガシリと掴む手があり、
それに少女が振り返る。
みれば、クィーンとの壮絶な口げんかを切り上げた男エースが、瞳をギラギラ
させてニッコリとそれはそれは怪しげな満面の笑みを浮かべていた。
「アイラ、俺がその真ん中の足と言うのを今夜の宿で教えてやるから…
…ぐあっ!」
突然悲鳴を上げて脛を抱えて転げまわるエースの頭上から、雷のような
怒号が落ちる。
「こんの変態スケベオヤジがっっ!!!あんたいっぺん死んで来い!!」
「何を!?この行かず後家が〜〜〜〜〜〜。いや、行かずじゃなくて行けず
後家がぁ!!」
「ああ!?あたしは嫁になんか行く気は全然ないんだよ!」
「行かないのと行けないってのは雲泥の差があんだよ。お前さんは
後者だ後者!」
「なんだって!?」
「ああ、もう良い加減にせんか。ほれ、隊長はあんな先に行っとるぞ」
割ってはいるジョーカーの言葉でそこに視線を移すと、アイラ、ジャックも
ゲドと共にかなり前を歩いていた。
アイラももう『真ん中の足』の事などどうでも良いのかジャック達の周りを
ちょろちょろしながらこれから何があるのか分からない未来へ、希望に胸を
膨らませウキウキしながら歩いている。
エースとクィーンは、気まずそうにゴホンと咳払いする。
「………行くか……」
ワシワシと髪を掻き毟るエースをよそに、さっさと歩き出すクィーンは言う。
「ほら、あんたも急がないとその短い足じゃ追いつかないよ!」
「〜〜〜〜〜一々一々とさかに来る女だなぁ。てめぇは〜〜!ちくしょー!
待てよ〜〜!大将〜〜」
後方で男と女が己の権威を守る攻防を繰り広げている事には気にもせず、
ゲドは静かに歩を進める。
「あっ!きれい」
突然、アイラが声を上げて駆け出した。
何事かと走るアイラに視線を送ると、少女は地面にしゃがみ何かを掘っている
様な仕草をしている。
「なにやってんだ」
にこやかに走り寄ってくるアイラの元に、丁度追いついたエースが顔を
寄せながら尋ねる。
「ねえ、何か入れ物ないかな?濡れても平気な袋でもあると良いんだけどな」
アイラは、キョロキョロと周辺を見渡して尋ねて回る。
「何持ってんの?」
ひょいっとクィーンがアイラの手元を覗くと、アイラはフフッと笑って
差し出したそこには……。
「菫?」
ゲドの体がピクリと反応して、肩越しにアイラ達に視線を送る。
アイラの手には、根ごと掘り起こされ土と一緒に収まっている薄い紫色の
小さな花が一株。
「へえ、こんな所に、随分と季節外れな子だね」
ちょんとその花弁を突付くと菫はゆらりと揺れる。
「どこかににないかな、入れる物。」
再び何かないかと探そうと見渡している所に、頭上からぬっと手が伸び、
あっとアイラがいう間もなく菫が少女の手から無骨な男の手に移っていた。
「……戻すぞ」
「ええっ!?なんでー」
途端に漏れるアイラの不満気な声。
それもそうだろう。せっかくこんな季節外れの菫、持って行ってどこかに
植えたいと思うのは特に女の子なら仕方ないだろうと、すかさずクィーンが
進言するが、ゲドはそれに構わず元々生えていた所にその菫を戻し埋め直す。
まだ掘り起こしたばかりだったそれは、さほどくたびれた様子は見えない。
ゲドは携帯用の容器に入れられた水をそこにかけると、花や葉についた水滴が
太陽の光を浴びてキラキラと光る。
「なんでー。ねえ。あたし大切にするよ〜?」
植えなおしている間、アイラはブーブーと文句を言う。
男は、植え終え泥を叩き落としたその大きな手をアイラの頭にポンと
乗せると、クシャッと少女の髪を混ぜるように撫で静かな深い声で語りかける。
「この菫はここに咲きたいと根を着けた。それが例え狂い咲きでもここで
咲きたいから芽吹いた。それをわざわざ別の地に持って行く事もあるまい。
ここで咲けるのならそれをそのままにしてやる事の方が俺は良いと思うがな」
「でも……」
どうしても諦め切れないといった風に暫らく逡巡させるが、そのうちに
「そうかな。」「そうだね」と自分で自分を納得させているのか何度か
頷いて、ニッコリと笑った。
「分かった。あたし、これ持っていかない。ごめんね、菫さん。ここで
綺麗に咲いててね」
アイラはそれだけ言うと、菫を軽く指で突付いて、くるりと踵を返すとまた
いつものように上機嫌で隊の先頭を元気よく歩き始める。
二人のやり取りを心配そうに見ていたクィーンとジャック、ジョーカーも、
円満解決を迎えた事に安堵して何もなかったように先に進んだ。
「………変わりましたね。大将」
皆に続かず一人ゲドに寄りつつエースがボソリと呟くように言い、
ゲドは何の事だと返す。
「いや、なんだか、落ち着いたかなーと思っちまったんで…」
「この歳でお前みたいにおちゃらけていても始まらんだろう」
「あちゃ、やぶ蛇だな、そりゃ。いえね、そんなんじゃなくて、
なんて言うかな。………んー、ま、良いですわ。大将ご自身が分かってる
ことだと思うんで」
「良く分からんが…」
「なんとなく纏う空気に柔らかさが混じったって言うのかな。言い様が
ないんで勘弁して下さいよ。じゃ、俺先に行きますよ」
三十路の落ち着かない男エースは、自分の言いたい事がうまく纏められず
気まずそうな笑いを浮かべて、早々に話を切り上げ先の仲間の元に向かった。
その後姿を見てゲドは小さくため息を付く。
足元の小さな花をもう一度だけ振り返り、そのまま視線を上に向けて空を
仰ぐ。
胸中に浮かぶ人物が笑顔を向けているように感じて男もフッと笑い、そのまま
体を反転させてゆっくりと足を踏み出した。
…………………何十年たっても、またどこかで……………………
どこまでも続く青空の元、風に乗った囁きが聞こえた気がした。
了