チーズケーキ(ゲオルグ×ルクレティア) 著者:9_926様

 吹き荒れる嵐。風と雨が窓を叩き、輝いている筈の月は暗雲が覆い隠していた。
「お前、医者なんだろう!?何とかならんのか!」
 隔離されたような山小屋の一室に、少年の怒号が響いた。
 白衣の初老の男性に掴みかかり、隻眼が今にも抜刀せんばかりに殺気立ちながら
 首元をつかまれた初老の慌てた姿を映し出している。
「無茶を言わないでください!この疫病は、この国には…
 赤月帝国のリュウカン様なら、あるいは…」
「赤月だと?何ヶ月かかると思ってるんだ!ここは群島諸国、お前はこのあたりでも
 指折りの医者なんじゃなかったのか!?」
 がくがくと男の肩を揺さぶり、隻眼の少年は吠えたてる。
 しかしその怒りは目の前の男が起因ではなく、彼の焦りと恐怖、そして無力感が
 かき立てる、幼いものだった。
「………ゲオルグ、やめて」
 ベッドから、小さく、か細い声が響く。
 ゲオルグと呼ばれた、隻眼の少年はその声に振り向くと、白衣の襟元から手を離し、
 軽く躓きかけながらも、ベッドに駆け寄った。
「…お医者様は、出来る限りのことをしてくださったわ…」
「だが………」
「仕方ないのよ…傭兵が、病気で死ぬなんて…っふふ、笑い話、よね」
 そこの眠っていた少女の顔は青ざめ、生気といったものが抜け落ちかけていた。
 病人特有のやつれ方をしているも、美しさを損なっていないその風貌が微笑む。
「お医者様…、彼が、あずけたお金は…、残りの、お金は…彼に…。
 私も、彼も…身寄りが、ないん、です」
「何を……」
 少女の手を取ったゲオルグは、今にも泣き出しそうな目で彼女に問い返す。
 そんな彼女は、襟元を正した医師を見て、懇願した。
 申し訳なさそうな、悔いたような目をして、医師は頷く。
「お前………!」
「やめて、って言った、でしょう、…ゲオルグ」
 その了承は、即ち、彼女が死ぬということ。ゲオルグは再び医師に掴みかかろうとしたが、少女は制した。

「…戦場で、人が、死ぬのも、当然のよう、に…。
 病気、でも……人の命をすう、紋章も…あると、言うわ。
 あなたも、…お医者様も、悪くない、の……運が、悪かった、のよ」
「……何を…諦めるのか?こんな簡単に…」
「…あなた、これから…たくさん、人の命を、背負うことに、なるのよ…?
 こんな小さいことで、迷ってたら、奪っていく、ときの悩みに、も…きりが、ない…」
 彼女が振っていた槍は、恐らくこれから幾人もの命を奪う筈だった。
 ゲオルグが振う剣も、無論のこと。
 そして、今この状況は、「命が失われる」。病魔という、悪意のないソレに奪われる。
 …誰を恨むこともない、潰える状況の典型だ。
 はぁはぁと、やせた胸を上下させ、少女は無理に微笑み、懐かしげに告げた。
「……ゲオル、グ、おぼえてる…? む、昔、あなたが、まだ…フェリドと、一緒にいた、とき
 甘いもの、嫌いだ、って…言った、のに、私…無理に、作ったチーズケーキ…食べさせ、て」
「………何を」
「でも、私、あれしか…つくれなく、て…美味しい、て言ってくれ、たとき…嬉しかった…
 …ね、ねぇ、ゲオルグ…」
「もう、いい……もう喋るな…」
「……ま、また…一緒に、……チーズケーキ、食べたかった…な…」
 薄い唇が、震えた声を絞り出すと、その横で、つぅ、と涙が一筋流れた。
 唇が、ゆっくりと止まり、ゲオルグが握っていた手に入っていたなけなしの力が、抜ける。
 …ゲオルグは一瞬、時間が止まったような錯覚を覚えた、そして。

「…嘘だろう?…目を、開け…目を開けてくれ、頼む……」
 ゲオルグは、神の祈る言葉を知らなかった。静かに、医師が己の無力を悔み、そして彼女の冥福を祈った様を
 背に感じながらも、体温の引いていく手を抱きしめ、縋るように泣き続けた。

 一晩。ゲオルグは自らの怒りも、そして、不条理に抗えぬ己を恥じ、医師に頭を下げた。
 埋葬を済ませ、金は彼女の好んだ花と、墓石を立てるに当てる。
 そして礼金だけを残し、数日後、ゲオルグは忽然と、その疫病伝染を防ぐため隔離された山小屋から姿を消した。
 すべての考えを受け入れる男、ゲオルグ。彼のその思想は、たった数ヶ月連れ添った傭兵の少女に影響されたものだった。
 そして、彼がチーズケーキを食べるのは、その彼女のことを忘れぬようにするため。
 少し焦げてしまった、決して達者とは言えなかったけれども、何より美味しかったあの味を―――

「……っていうことがあってもおかしくありませんよねぇ、ゲオルグ殿って謎が多いですしぃ」
 …り、リオンちゃんに王子ぃ?つ、作り話よぉ?泣かないでぇ…」
「で、でも……有り得ない話じゃないよ、ね…うん。」
「全てを捧げてもいい女性、がいる…って聞きましたし」
「……へぇ、そうだったんですかぁ」
 ふと、夜。レストランでお茶をたしなんでいたファレナ馴染みの3人が、ゲオルグについての話題を出した折。
 ミアキスが想像力を働かせて作った話を、受け入れてしまえるほど、この3人はゲオルグについて
 底の知れぬ、悲劇の男。という印象を抱いていたことがわかる。
 リオンがぽろっと彼が零した言葉を出してしまうと、ミアキスの顔に影が宿ったが、まあ別の話。
「…ねえ、チーズケーキ、焼こうか?明日食べてもらおうよ」
「そうですねぇ…。 実際、あそこまで拘るのはきっと何かありますしぃ」
「あ、レツオウさんがレシピを持ってるみたいですよ? …でも、ゲオルグ様、どちらに行かれたんでしょう」
「ああ、ルクレティアと作戦会議だってさ。何だか、とっても大事な作戦だとか。レレイも外したみたいだし」
「へぇ…何なんでしょうねぇ」

「どうですか?ゲオルグ殿」
「ああ、美味い…すまんな、いつも」
「いえ。まあ、結構馬車馬に働かせてしまいましたし。たまには女らしいところも見せておきませんと。
 伝説の剣士さまに、愛想を尽かされても寂しいですしね」
「馬鹿を言うな。何時でも、お前は事を上手く運ぶことが出来るだろう?」
 チーズケーキの乗った皿と、紅茶で満ちたカップを互いの手元に置いた二人。
 照明の落ちた軍師の部屋で、ルクレティアとゲオルグ…誰も想像だにしない、ひそかな、
 それでいて大人な、恋愛関係、である二人の密談が交わされている。
「…それにしても、ゲオルグ殿ってどうしてチーズケーキがお好きなんです?」
「ああ、特に意味はない。子供の頃、たまたま食べてみたらはまってしまってな。今に至るというわけだ」
「そうですか…いえ、もしかしたら、私よりチーズケーキを優先するのでは?何て」
「……今は、グラスランドのそれに乗り換えてもいいかと思っているが」
「新しいものが上場してきても、浮気しちゃ駄目ですよ?」
「………ふ」
 …3人の純粋な尊敬の念など知らず、伝説の謎多き剣士は軍師といちゃいちゃしていた。
 伝説とか、謎とかは、時に誇張されることも多い。

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