ゲオルグ×サイアリーズ 著者:9_713様
その昔、悲しいことがたくさんあった。
血のつながった身内が殺し合い、奪い合い、周りをも巻き込んで沢山の人が悲しい想いをした。
もう二度と、そんな事がないように。
そう願った。
ちょっとした公務で、サイアリーズは護衛の女王騎士と共に、エストライズ近くの小さな村を訪れていた。
ソルファレナと違い、夜になれば村は闇に包まれる。
一軒しかない宿屋のテラスで、寝つかれなかったサイアリーズは、なんとなく夜空を眺めていた。
暗い夜空には、冷たい光を放つ星々。
「どうかしたのか、こんな時間に」
かけられた声に振り返ると、立っていたのは隻眼の男性だった。
ゲオルグ・プライム。今はサイアリーズの護衛を務める、女王騎士に名を連ねる異国の剣士。
「……あんたかい」
「あまり夜更かしすると、また朝起きられんぞ」
彼は不思議な男で、フェリドはともかくとして、サイアリーズを含むほとんどの王族と敬語を使わずに話していたが、
それをあまり咎めようという気にさせない。
それは決して、女王騎士長のお墨付きという立場からではなく、ゲオルグがどこまでも自然体で自分たちに接しているからだろう。
もちろん必要に応じてけじめはつけているが、自分をオバさん呼ばわりする女王騎士は、この男が最初で最後だと思う。
「まったく…無礼な男だね」
もはや定番になってしまった台詞。
しかし、サイアリーズの顔に不快感はない。
王族ではなく、一人の人間として自分に接してくれるゲオルグと話をするのが、サイアリーズは嫌いではなかった。
「眠れないのか?」
ただ、困るのは。
この男と話していると、自分が『女王の妹』ではなく、一個の人間に戻ってしまうこと。
自分は王族の中でも、特に王族らしく振舞っているという訳ではないし、気ままにやっているほうだと思う。
それでも抱えている『何か』があって、それを立場を忘れてぽろりと零しそうになってしまう時がある。
彼があまりにも、普通の人間として自分に接するものだから。
「まぁね。こういう時は寝酒でも軽くやれば、一発なんだけどねえ」
横に並んだゲオルグに肩をすくめて見せると、彼は何故か嫌そうな顔をした。
「……俺は起こさんぞ」
そのまま二人で、しばらく星を眺めていた。
姉の言葉は、正しかったと思う。
サイアリーズとて、あの惨劇を繰り返したくなかった。
結婚もせず、子供も作らない。
油断のならない貴族たちが横行する中で、原因を作らないことは重要だろう。
だから婚約も解消した。
だが、最近時々様子のおかしい姉も基本は昔から優しかったし、義兄は頼もしいし、可愛い姪も甥もいる。
今、何か不満があるわけではない。
それでも時々……ひどく、寂しさを感じる事があった。
自分だけの温もりが欲しい。そう思ってしまうことが。
サイアリーズは、空に向けていた視線をゆっくりとゲオルグへむけた。
「………ねえ、ゲオルグ」
「なんだ?」
「今夜だけでいいんだ。一緒にいてくれないかい?」
「………」
その言葉の意味に、ゲオルグが一瞬だけ目を見張る。
サイアリーズは返事が返る前に、両腕を彼の首に回し背伸びをすると、開きかけたその唇を塞いだ。
それは決して早い動きではなかったが、ゲオルグがサイアリーズを拒絶する様子はない。
「まったくうすらでかいねえ、あんたは」
「フェリドも、他の男の女王騎士もどっこいだろう。俺だけが特別でかいわけではないと思うが」
「で、どうなんだい。こんな美女が誘ってるんだ。断るのも失礼ってもんだろ?」
「ふっ……そうかもしれんな」
ゲオルグは小さく笑い、やんわりとサイアリーズの細い腕を解いた。
夜の早い小さな村とはいえ、ここはテラスである。一応、人の目を気にしたのかもしれない。
「ひとつ確認するが、今夜だけでいいんだな?」
「……ああ」
サイアリーズとて、恋愛的で面倒なことを言うつもりはさらさらない。
この一晩だけの関係で良い。
そんなサイアリーズから何かを読み取ったのか。
ゲオルグはいいだろう、と頷いた。