酔って候 著者:8_345◆IGA.li4jPs様

目が覚めたのは自分の部屋だった。部屋の中は酒の臭いが充満していて酷い。臭いだけでもまた酔いが回りそうだ。
(…昨日はハヅキと一緒に飲んでいた筈……思い出せないな)
確かに昨日はハヅキと一緒に飲んでいた。ハヅキの方はここ最近ずっと出ずっぱりで久しぶりに一緒に過ごす時間だからと言ってわざわざ奢ってくれた。何だか申し訳なく思えたがせっかくだと思いつい飲んでしまい、挙句の果てには酔い潰れると言う醜態を晒してしまった。多分ハヅキは私をここまで運んでくれたのだろう。でなければベッドの上で寝ている事などありえない。
ふと、私は部屋の中の違和感に気付いた。床が肉眼で確認できる。普段はシンダルに関する書籍・資料が部屋中に散乱していた。膨大な資料を分析している内に部屋に自ずと溜め込んで行き、気が付けば片付けが手に付かない状態になる事が日常茶飯事だ。
それに、酒を飲んでいるとは言えこれだけぐっすりと眠れたのも久しぶりだった。シンダルの資料は複雑かつ難解で、その資料の解読をしていると一日二日寝ずに居る事など当たり前になってくる。時には三日寝ずにやっていた事もある。
その話をして「良く倒れない物だな」とツヴァイクに言われた。確かにそうかもしれない。
とは言え、その資料も棚に乱雑に置かれているのではなくキチンと整理されて置かれていた。私が見ても一目で分かる。
それに、私が今着ている服装も昨日着ていた服装と違っている。それに下着も穿き替えてある。これもハヅキがしてくれた物だろうか?となると、何から何までハヅキの手を煩わせた事になる。酒代を奢ってくれただけでなく酔い潰れた私をわざわざここまで運んで、しかも部屋の片付けまでしてくれた…何だか恥ずかしく思えて思わず布団に顔を埋める。
「……チッ、情けない」
一応ハヅキには礼を言わねば。彼女の所在地は大体予測できている…が、そこに行くには少し骨が折れた。日中、ハヅキは城内には居ない。こんな昼間なら城外で一人物思いに耽っている筈だ。とりあえず、簡単に荷物をまとめて部屋をでた。
日光が眩しい。瞼にズキズキと刺さる。夜行型の私には昼間の太陽は眩し過ぎる。無論、王子に呼び出されれば昼間だろうが夜間だろうが関係ない。嫌々ながら相手をしなければならないのは癪に障る。
城内と西の遺跡を結ぶ橋を酒が抜けきってない状態でフラフラしながら歩く。情けない話だが、酔って桟橋から足を踏み外して何度か湖に落ちていた。それを知ってか城の兵士が遺跡の前までわざわざ付き添ってくれた。不甲斐無いがここは素直に感謝する。
城を出ると目の前に視界が開けた。建物一つ無い平原が何処までも広がっている。人はこう言うのを見ると感動を覚えると言うが私はその反対だ。既に見慣れている景色に感動などする筈がない。故郷の島がそうだ。周りは海ばかりで寄港する船もなければ出港する船も無い。唯一出港する船と言えば漁船の類のみ。波止場に閑古鳥が鳴く何も無い島…それが私の故郷だが今更どうでも良い。
草むらを無造作に掻き分けて進んでいく。途中でウッパが襲ってきたりもしたが睨み付けると尻尾を巻いて逃げ去った。酒が抜けきらない状態の私はとにかく目付きが悪いらしい。自分では自覚は無いのだが…。
更に草むらを掻き分けて行くと不意に視界が開けた。丁寧に草が踏まれ均等な厚さに整えられておりまるで絨毯の様になっていた。それと合わせて草独特の臭いが鼻をつく。私は軽く顔をしかめつつもハヅキが何処に居るか探したが案外すぐに見つかった。
ハヅキは草の上に寝転がって目を閉じている。口には草が咥えられていた。普段見る事が出来ない大胆な姿。この草の臭いの中で良くも横になれるな、と内心苦笑しつつ私はハヅキに近付き声をかけた。

「…ハヅキ」
「……………」
反応が無い。私は今一度声をかけた。
「おい……起きてるか?」
「…クー…クー…」
ハヅキは眠っていた。しかもこんな平原のど真ん中で堂々と横になって。彼女の愛刀ミマスは脇に置かれていたがそれでも無用心だ。こんな状態で敵に襲われたりもしたら流石のハヅキでも苦戦を強いられるに違いない。
しかし、ハヅキの寝顔は初めて見るが実に綺麗な寝顔だった。整えられた目元・口元、目と目の間隔も寸分の狂いは無く容姿端麗とはこの事を指すのかもしれない。思わず見惚れてしまった。
体型にも無駄が感じられない。何故その体型を維持出来るのかと訊ねた事がある。この体型は鍛錬の賜物だとハヅキは口にした。体全体から生気がみなぎっているのを間近でも感じたし、それを実戦で遺憾なく発揮しているのはハヅキ以外にそう多くは居ない。鋭く、なお且つ力強い剣先で私は何度も窮地から救われた。
いつしか私はハヅキの隣に座って寝顔をまじまじと眺めていた。端から見れば異様な光景に見えるに違いないが今は誰も居ない。何故ならここは平原だからだ。
私はそっとハヅキの胸に手を当てる。トクン、トクンとハヅキの小気味良い心臓の鼓動が手を伝わって感じ取れた。胸の膨らみにそってゆっくりと手を滑られる。この胸に抱かれたい、そう思ってハヅキの帰りを待ち焦がれていた事か。現状、ハヅキは忙しいからそうも言ってられない。逢ってもなるべく無理強いはさせたくなかった。
それでも今は状況が違う。城から離れたこの場所では誰にも邪魔はされないし、ましてハヅキも非番だ。条件は悪くない。
私はハヅキを起こさぬ様そっと自分の手をどけた。その代わりに私自身顔をハヅキの胸にそっと当てた。胸の鼓動が手ではなく直に感じる事ができる。それに温かい。日光を浴びていたのもあるが何よりもハヅキ自身の温もりがここまで温かくしているのだろう。私が待ち焦がれた温もりはここにあった…柔らかくそして温かい。
「私の胸の温もりはいかがな物か?」
「…!」
私は声に反応して顔を上げようした。が、ハヅキの手が私の頭を優しく包み込んでくれる。
「…いつから気付いてたんだ?」
「そうだな……貴殿がこの地帯に足を踏み入れた時から、と言えば大げさか?」
「…いや。それよりもハヅキの安眠を妨げた事は謝らねばならないな……ゴメン」
「気になさるな……それより私の方こそ貴殿に謝らねばならぬ。多忙な日々を送っていたとは言え、貴殿の事を思ってやれなかった事を許して欲しい」
起き上がり、上から私を覗き込むハヅキと視線が合った。その視線は優しい物だった。私は何だか恥ずかしくなり顔を背ける。
「…ローレライ?」
「別に怒ってる訳じゃない……ただ」
「…ただ」
「ただ……寂しかった…ハヅキに逢えなくて……忙しいのは重々分かっている……たまに戻ったハヅキを見ると疲れているのかと思って…私はなるべく声をかけるのは控えていた。…けど、それでも体がお前を求めて止まないのだ。水を欲しがるみたいに…」
そこまで言うと後は言葉にならなかった。ただ、ハヅキの胸に顔を埋め声を殺し、泣いた。嬉しさ・切なさ・申し訳なさ…溜めていた何かが一挙に溢れ流れた。ハヅキはそんな私を何も言わずただ抱きしめてくれた。

どれ位時間が経ったのだろうか…泣いて少しは落ち着いたが、滅多な事では泣かない私がこんなに泣いた姿を他人に見せたのは久しぶりだった。
勿論、ハヅキに見せたのはこれが初めてだ。
「しかし、貴殿も泣く事があったとは…」
「…失礼な奴だな、私も一応は人間だ。泣く事位はある」
何気にハヅキが言った言葉に私はちっとも腹が立たなかった。これがツヴァイクなら話は別、今頃は急所を蹴り上げているかもしれない。いや、急所を潰している可能性すらある。
太陽は私達が寝転がっている真上から少し西へ傾いた所にある。城を出た時はまだ真上にあったので、今は昼下がり頃だろう。
あれから草の臭いはすっかり気にならなくなった。むしろ好きになった位だ。体を寄せて横になっている私達の上を鳥があてもなく飛んで行く。それにつられる様にゆっくりと雲が流れ、時も流れて行く。喧騒は聴こえない。
「ふぁぁぁ…」
私は一つ、大きくあくびをした。無理もない。この陽気に合わせて地面に寝転がっており、それは地面に反射した熱気をまともに受けているのと同じだ。
「フフフ…少し休まれるか?」
そんな私を見てハヅキは笑いながら誘う。
「ハヅキが休むなら、な」
「承知した。私ももう一眠りしたいと思っておった所故」
そう言うとハヅキは前掛けの一部を私の体にかけてくれた。そして、残りの部分を自分の体にかける。それでも私達の体は離れない。
「ローレライ」
「何だ?」
呼ばれて顔を向けた途端、ハヅキの顔が近付いたと思えばキスされた。それは不意のキス。
「一本、取らせて頂いた」
そう言うとハヅキは目を閉じた。
「…参ったな」
私は苦笑しつつもハヅキの体に抱きついて目を閉じた。ハヅキの腕は私をそっと捕まえる。
それは、私達の距離が更に縮まった瞬間だった。

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