ヒューゴ×クリス 著者:4_385様

ずるい、と思った。

大切な友人を死なせておいて、村に焼き討ちを掛けておいて。
ずっとこの事が、彼女の中で忘れる事の出来ない、決して忘れる事の出来ない事として、
彼女が俺に捉われ続け、俺に対して常に意識を向けてくれていると思っていたのに。

そう。この間フーバーで空を飛んでいた時。
湖畔に立っていた時の彼女とあの人が、決して触れ合うわけでもないのに、

何かを特別語っていたわけでもなく、ただ静かに湖面を眺めていただけなのに、
その中に入る事の出来ない深い繋がりが感じられた。ただの継承者同士でも、
そして二人にとって深い繋がりを持つ男が間にいたという事を抜きにしても、
特別でそして特別でもないなんだか分からない空気を感じたんだ。
俺は、それをどうしてなのか、妙に気になって見ていた。

答えはすぐそこにあった。

そのうち先に用事でも出来たのか、銀色の髪をなびかせ立ち去ろうとした彼女の手を
あの人がそっと引いて頬に口つげをしたのを見た時、俺は体の奥底から湧き上がる
怒りにも似た感情を覚えた。

大勢の人の血で手を汚しているくせに、あんな風に幸せな笑い方をするなんて許せない。

俺の顔を見る時は一度目を伏せるか逸らすかして、決して笑顔で答えてくれた事など
なかったのに。

同じ紋章の継承者のあの人にはあんな風にキスを許し、あんな風に女らしい笑顔を
するなんて許せない。はにかんで、頬を染めて熱の篭る潤んだ菫色の瞳が、漆黒の
あの人を捉えて揺らして笑う。

俺にすら見せた事のない笑顔で。

いつか時が来れば彼女の事が理解出来るだろうとジンバは言ったけど、俺にはまだ
そんな事は出来そうもない。

あの人が自分の視線の中に入る度、あの人の声が聞こえる度。
俺の中で激しく燃え盛る感情が体中を駆け巡るというのに、あの人はそんな事を
知りもせずに、あの人と笑い合うんだ。

ずるい。俺にだけこんな思いをさせるなんて。

クリスが城に戻ってきたのは深夜遅くだった。
廊下に足音が響かないようにと、かなり忍ばせて歩いている。
廊下の明かりは余り明るいとは言えない為その表情はよく見えないが、時折照らす
蝋燭の明かりに照らし出されるクリスの顔には、幸せに満ちた笑顔が浮かんでいた。
誰に祝ってもらう事も、まして誰かに言う事も出来ない秘められた愛だったが、
クリスは彼の人との月に数度の逢瀬の度に、その繋がりが深くなっている事を
実感していた。
何もかも自信を失くし、いっそ死んでしまった方がどんなに楽かと思った時もあったが、
これからの長き人生をたとえ一人で生きていくはめになろうと、どこかにあの人がいる
という事だけで、何も恐れるものはないと思えるようになっていた。

愛する事が力になる。

クリスは今まさにそれを実感していた。進める足にも自然軽やかさを感じ、同時に
力強さも感じる。単純だと言われればそうかもしれぬと否定はしないが、ただ、自分と
あの人との間はただの男女のそれだけだとは考えた事はない。

共に歩くもの。

まずはそこが基本としてあった。

「ん?誰?」
ふと、クリスの足が止まり目を細めて一点を凝視する。
自室の前になにやら黒い影がひとつあるのを見つけ、クリスは腰の剣に手を伸ばす。
影は自分の部屋を伺うような様子を見せている。
クリスは、息を潜めジリと間合いを詰める。
城の中にだれぞ不審者か。
警備兵は一体何をしているのかと、クリスは小さく舌打ちをする。
こんな夜中に大事にはしたくない。中には戦闘に行っていた者達もいるだろうしと、
クリスは慎重に気を殺して近づいていく。
さほど大きな影ではない。
(物捕りか。馬鹿な奴だ。このライトフェローの部屋に不埒を働くか。
命はいらぬと見た)

クリスは、影の主に鋭い視線を投げつけてほくそえむ。腰を少しばかり落とし、
膝を屈めて柄を握る。止めていた呼吸を吐き出すと同時にぐっと力を入れて剣をスラリと
抜き放……つ前にクリスの目が大きく開かれた。
影が動き、それまで分からずだった顔に蝋燭の明かりが照らされその正体を晒した。
浅黒い肌。まだ幼さの残る顔立ち。毛先の茶色い、あちこちに飛んでしまっているが
柔らかそうな金色の髪。
そして何よりも、印象の残る強い意志を思わせる翡翠の瞳。
クリスに永遠の贖罪を持たせる者、カラヤの戦士ヒューゴが、ゆらりとこちらに視線を
向けて歩いて来る。

最初の出会いは最悪というよりも、命の取り合いすらそれがまともであったという人物が、

今この夜更けにクリスの前に存在しているとなると、クリスも流石に全身に緊張を
走らせてその場に立ち尽くした。
ただの物捕りの方が良かったとは流石にクリスも言えずに、
「……ヒューゴか。驚いた。

私はてっきり不審者かと思って剣を抜いてしまうところだった。無礼許せ」と、
内心の焦りを見せる様子もなくそう言いながら抜きかけだった剣を鞘に収めた。
その時のクリスは確かに微笑していた。しかしそれはヒューゴが見たいと渇望した
笑顔ではなかった。体の血という血が逆流し、本能が叫びをあげて牙を剥き、あらゆる
感情を掻き乱してしまうようなあの時の笑顔ではない。
ただの、おざなりしとか思えない笑顔だった。

といっても、勿論それはヒューゴが勝手にそう取っただけで、クリスにとっては
本心から出た笑顔だったのだが。
ヒューゴの心にどろりとした影が入り込む。
「……ちょっと話があって」
成長過程にある少年独特の、高いとも低いともいえぬ声がクリスの耳に届くと、
ヒューゴの横を擂りぬけて部屋に戻ろうとノブにかけようとしていた指を途中で止めて、
少しばかり驚いたように目を見張りながらクリスが振り返る。
「……私に?」
以外だった。
あの件以来、彼は何があっても自分からクリスに近づいてくるような事はなかった。
どんなに、共に戦闘に行かなければならない事や、共にこれからの事で話をしなければ
ならない事があっても、決して自分からは近づいては来なかった。
寧ろクリスが現れると、視線を逸らしてそこから離れていく。

クリスは、あの事自体は後悔をしていないわけではないが、騎士としてやるべき事を
やっただけなのだとその事はきちんと受け入れていこうと決めていたのだが、流石に
いつまでもそうあからさまに嫌悪と敵意を向けられていたらどう接して良いか
分からなくなり、このごろではそう無理やりに彼の世界に入ろうともこちらの考えに
あわせてもらおうとも思わなくなっていた。
ただ、このままいつしか分かってもらえるようになれば良いとそういう風に思っていた
ので、この突然の来訪は聊か驚いた。
「なんだ。明日では駄目なのか。こんな夜更けにわざわざ来た所を見ると余程の事とは
思うが、やはりすこしばかり…」
あくまでも事務的な受け答えにヒューゴの瞳がすっと細まり、彼の顔に黒い笑みが
浮かぶ。
「……ふぅ…ん…。じゃあ今までの間クリスさんは余程の事があったんだ。俺の話は
聞けなくても」
「!」
クリスの体が激しく揺れてヒューゴを凝視した。
彼の翡翠の瞳がギラギラと獣を思わせる光を携えてクリスを見据えていた。
決して逃がさない鋭い瞳。
クリスは息を呑んで暫らく言葉を失った。
互いの視線が交錯しあい、先に目をそらしたのはクリスで、諦めたかのような小さな
ため息を付いた。それがまたヒューゴの感情をザワリと逆なでする。
あの人から目を逸らす時は、それすら喜びに満ちているくせに、自分からそらす時は、
何時も感じる罪の意識と憐憫だけ。
何時までも引き摺り続ける自分へのあてつけにも似た空気。

 イライラする。

当のクリスは、ヒューゴが自分に対してそのような感情を中で巡らせている事など知る由
もなく、『面倒だな』とは思いつつもやはり自分の行った事が彼の運命を狂わせてしまった
事は事実なのだからと自らを諌めて、今は彼の気の済むようにさせた方が良いのかも知れな
いとそう考えた。クリスなりの彼への尊重の表し方だった。それが余計にヒューゴを追い詰
める事とは知らずに。

カチャリと音を立てて扉が開く。先に入ったクリスが促すままにヒューゴは中へと
導かれる。
それまで宵闇の中にあった部屋に明かりが灯され、部屋の中が明らかになる。
部屋の中はヒューゴが考えていた以上に飾り気のない、女の部屋というには程遠い質素な
物だった。
確かに調度品は質のよい高級な物が使われてはいるものの、装飾は余りなく寧ろ機能のみ
を重視しているような色合いと作りであるように思われる。
女である事よりも、騎士としてある事を重視しているクリスをいかにも髣髴とさせ、
部屋の中すら想像を裏切らないクリスにヒューゴは少しばかり笑みが漏れる。
そして、だからこそまったく自分が見ている姿とは違う姿をかの人にだけ見せる
クリスに激しい感情が首をもたげてくるのである。
「……話とはなんだ」
部屋に入り、ただ部屋を見渡すだけで本題に入らないヒューゴに対して、聊か声音に
不機嫌な感情を乗せてクリスが問いかける。
こんな時間、うら若き女性の部屋に男という別の性を持つ、しかもクリスに対して
負の感情を持つし少年がいても良いなんていうのは道理が通らない。
幾ら蛮族と揶揄される彼らとて、自らわざわざそういわれる行動を起こす事は嫌悪するは
ずだ。それだけの誇りを持っているとクリスとてそう思っている。だからこそヒューゴが
このような時間に自分を訪ねてくる理由が分からなかった。

問われて初めて気が付いたのか、ヒューゴはクリスを見てクスッと笑って肩を竦めた。
「……?」
その笑い顔に違和感を感じたクリスは、眉間に少しばかりの皺を刻む。そして、本能の
どこか奥底が危険という信号を発して、知らずクリスはヒューゴと間合いを取るべく
後退していた。それは全く意識下の出来事でクリス自身気づいていなかったのだろう。
だからこそそれを見たヒューゴが、さらにその笑顔に黒さを増したのかを理解できて
いなかった。
一歩ずつ近寄るたびにクリスは後退する。
「何やってんの?クリスさん。俺が何か怖いの?」
「…い、いや、そうではないが…」
「じゃあ、なんでそんなに後に下がるの?俺、丸腰だよ?寧ろクリスさんの方が
危ないんじゃない?まだ腰に剣を下げているんだから」
ヒューゴは、どこか怪訝な顔をして見るクリスに対して、両手を開いて何も持って
いないとアピールする。
「…いや、だから、そうではなくて…」
ジッと見据え近づいてくるヒューゴの視線をまともに受けられず、クリスは視線を
下に向けながら答える。

自分でもおかしいと思っているのだ。あの件ではもう自分の中でどのようにしていくかと
いう決意はなされているのである。真摯に受け止めながらも、正当化するつもりもないが
否定もせず、今後理解に務めていこうと思っている。だからこんなに彼に対して
何らかの感情を持つ事はないと思っていたのに、今のクリスにはそれが出来なかった。
ヒューゴに対して重い罪の呵責がズシリと圧し掛かってくるのだった。
「そうではなくて……何?」
ヒューゴの問から逃れるように後退していくと、トンッ……と、クリスは背中に僅かな
衝撃を感じた。
壁に追い詰められていた。そしてヒューゴの顔が間近に迫ると、クリスは思わず
顔を背けた。

 バァンッ!!

激しく叩き付ける音が室内に響く。
クリスが首をすくめるのと、ヒューゴの両手がクリスの背後の壁に手を付いて、彼女を
逃げられないように囲んだのはほぼ同時だった。
自分より小さい少年なのに、クリスはそのまま見据えられて動けなかった。
翡翠の瞳の中に自分が身動き1つ取れないでいる姿が写っていた。
「…話があるのではなかったのか…」
激しく動揺する心を何とか抑えようと言葉を口にする。
「…あるよ。だから来たんだ。」
「それなら早く言え…。こんな時間に、…こんな風にしなくても出来るだろう…」
何とかヒューゴの包囲から逃れようと身じろぐものの、その都度ヒューゴの腕が移動し
彼女かを決して解放せずにいたことから、クリスは益々混乱をきたし始める。
「俺に傍に寄られるとそんなに嫌?罪の意識に苛まれる?」
「!?」
ヒューゴの言葉に流石に驚いたクリスは、眼を見開いて少年を見た。
逸れは少年の心に満足感を与えたのか、ヒューゴはニコリと笑んだ。
「やっぱりそうだ。貴女はこうすれば俺の方を見るんだよ。どんなに表面上であの事は
戦争だから仕方ない事だ、騎士として当然の事をしたまでだ。なんて立派に言っていても
やっぱり俺に対して罪として感じていたんだ」

耳元で囁かれるようなヒューゴの言葉に、クリスはいたたまれずに瞳をきつく
閉じた。
そうだ。どんなに表面で繕っていても、ヒューゴの友人を殺し、彼の住む村を
破壊したのは事実である。でも、だけど…。
「分かってるよ。俺だって。此処で皆と戦って貴女も見てきて、あれは
避けられない事だってわかっている。そんなのとっくの昔に分かっているんだ。
ルルを殺した事を何時まで引き摺っていたって彼が帰ってくるわけじゃないし、
母さんだって忘れたとは言わないけど前に進む事を考えている」
無言になってしまったクリスの心情を理解しているのか、この時の彼の声音は
非常に落ち着いていて柔らかく、クリスは、このままゆっくり話をすれば何とか
この状態から解き放してくれるのではと、静かに言葉を返した。
「…許してくれとは言わない。そんな言葉言ってもお前は納得行かないだろう…」
「…俺はね…、クリスさん」
その時クリスの体がビクリと跳ねる。
ヒューゴの指が、クリスの下ろされていた銀色の髪の首の辺りをかき上げたのである。

それまでは何とか落ち着いてきていたはずのヒューゴは、彼女の白い首に付いた
赤い痣を見つけると、暫し瞠目した後キュウっと弓なりにその口角を上げて哂った。
「……俺の事は…こんな事でも言わないと貴女は見てくれないし、当然笑っても
くれない…。同じ紋章の継承者なのに、ずっとこのまま貴女は俺に対して、ただ
罪の意識を持ったままでしか俺を見ないのに…。ゲドさんにだったら……自分の
すべてを見せて、曝け出して……抱かれるんだ……」
「!?」
驚愕したクリスが目を見開いてヒューゴを見ると、少年は愛くるしい笑顔を浮かべた。
だがそれは、彼女に対する死刑宣告でもするかのような残忍な笑顔にも見えた。
「この紫の瞳は俺には決して微笑んではくれないのに、あの人にはこれ以上はないと
いう柔らかな光を携えて微笑む…」
思わず閉じてしまった瞼の上を、ヒューゴのまだ細い指がそっと這わされる。
触れる事で壊れていくかも知れないという細心の注意を払うような柔らかさで、
きつく閉じられたその瞼を辿る。
クリスの銀色の睫毛がかすかに揺れ始めるのを見ると、ヒューゴは益々己の中に
猛々しい血潮が駆け巡り始めるのを感じる。
クリスが吐き出す苦しげで切なげな吐息も、壁に追い詰めた事で感じる事の出来る
彼女の体から発せられる熱も、ヒューゴの体の奥底に眠る本能を掻き立てる
甘美な美酒のように思えブルリと震えが来る。
「この艶やかな唇が愛を囁きながら、あの人と口を合わせて吸い合って…
舌を絡めさせる…」

丸みのある頬を撫で、唇をゆっくりと指で辿って行く。
かすかに開けられた唇の間から真珠のような白い歯が覗く。
今すぐにでもかぶりつきたくなるほどの衝動を抑えて、ヒューゴはさらに
彼女を追い詰めるべく言葉を続ける。
「……俺はずっと貴女に捉われて、貴女に煮え湯を飲まされたような思いを
抱き続けていかなければいけないのに、貴女はすでに俺の事は過去として
先を歩き始めている。…俺の事はもう振り向かず、横を歩かせてもくれず…
同じ真の紋章の継承者でありながら、貴女の横を歩くのはゲドさんだけで、俺は…」
「……ヒューゴ、お前は私に復讐したいのか?」
なんとか平静を取り戻そうと、クリスはゆるゆると言葉を紡ぐ。
だが、ヒューゴはクリスの予想とは全く違う反応を返した。
「あはははははは!」
クリスの言葉に対して、突然笑い出したヒューゴにクリスの眼は大きく
見開かれた。
「俺が?貴女に復讐だって?は、ははっ、あはははっ!」
体を大きく揺らし、くの字に曲げて息も絶え絶えに笑い続ける少年に、
クリスが呆然とその紫の瞳を向けていた。
「なんにも分かっていないんだね。馬鹿にしているの?」
「!?」
笑い転げるようにしていたヒューゴが突然笑うのをやめ、自分に向けられた
その瞳に蒼く燃え盛る炎を燃やしたのを見つけた時、クリスは自分の言葉が
火に油を注ぐものになっていた事を知った。

蒼く燃える炎。
それは、熱く燃える業火のそれではなく、触れた人間を瞬時に凍らせる凍てつく
焔である。
今、ヒューゴを取り巻く炎はまさしくその蒼い焔であった。
「カラヤの戦士はこんな事でもないと復讐を果せない。夜中に人目のない時間帯に
忍ぶようにして近づき騙しうちをする卑怯な種族。いつまでもいつまでも、避け様の
なかった事を根にもって、許すという概念すらない低俗で意識の低い種族。そう思って
いるという事?」
「…ヒューゴ、すまない。そうではなくて…」
「俺にはそれ位の認識しかないという事?それくらいにしか貴女の心にはないんだね。
……そのくらいにしか……」
「ヒュー…」
「……いいよ、それで。俺は貴女にはその程度の認識でしかなくて、そして
貴女をいつか殺してやるという感情でしか動けない、何時までたっても成長の
ない男だと思っても。それで貴女を捉え続けてやるから。貴女があの人に笑顔を
向けるなら、俺にはその怯えた顔をさせ続けてあげるよ………」
クリスの言葉をさえぎりながら、ヒューゴは再びクリスを壁に追いつめ逃げられない
ように今度は彼女の手を取り押えつけた。
「ヒューゴ!」
自分よりも非力に思えた少年の力が以外に強い事に驚き、クリスはその手を
振り解こうとするもガシリと押さえつけてくる少年はびくともしなかった。
「ヒュー…んっ!?」
何とか逃れようと僅かに体を傾いだその刹那、クリスの口をヒューゴの柔らかい
それが塞いだ。

突然の事に瞬間何が起こったのかわからなかったクリスが呆然としていると、
ヒューゴの舌が中にへ滑り込み口内を蹂躙し始める。
「んっ!ぅんっ…んむぅ!」
少年の力は一体どこから来るのか、逃れようとするクリスの顔を決して逃さず
さらに追いかける。
「…やっ、やめっ…んんっ…」
時折唇が外れる僅かな隙に静止の言葉を発するも、ヒューゴの耳には届いたのか
届いても届いていないフリをするのか、さらに深いところを目指して口の中で
クリスの舌を絡め取ろうと蠢く。
「んんっ、むぅっ…」
クリスがその舌を何とか押しやろうとしたその時。
「んぅっ!?」クリスの眉間がさらに深まり苦しげな表情へと変わった。
 ガキッ!
「うあっ!」
 小さな悲鳴がして、それまでクリスの口を吸い続けていたヒューゴが、やっと
クリスから離れて口を押えて飛び退いた。
「…はっ…はぁ…はぁっ…」
クリスは、濡れた口をグイッと袖で拭いながら苦悶の表情を浮かべ、激しく怒りを
含んだ瞳でヒューゴを睨みつけた。
クリスの髪は乱れ、肩で激しく息をしている。
対するヒューゴも、顔を少しばかり赤らめ同じように肩で息をしている。
手で押えていた口から「ペッ」と吐き出すと、僅かに鮮血の混じった唾液が
床に落ちた。
「……お、お前…、私に何を飲ませたっ」
壁に体を投げ出し、混乱したままそう言い放つクリスに、ヒューゴの顔が
楽しげに歪む。

「…痺れ薬だよ。手足だけが痺れて身動き取れなくなってしまう特殊な薬」
「!?い、何時の間にそんなもの…あっ!」
悲鳴と共にクリスの膝がガクリと折れ崩れ落ちる。
慌てて立て直そうとするが、その腕すらまるで他人の手のように感覚がなく、
手をつけたと思った瞬間、腕の力がなくなり支えを失った体はそのままどさりと
床へと倒れた。
「ヒューゴぉぉっ!!」
悲痛な叫びを上げながら、ヒューゴの立つ方に自由に動く顔を上げると、先ほどの
燃えるような炎はすでに消え去り、代わりに憐憫とも愛おしさともどちらとも
いえぬ複雑な光を讃えた瞳を向けてクリスを見下ろしていた。
「たまたま手に入れててさ面白いからと思って持っていたんだ。まあ、此処で使う
事になるとは思わなかったけど……。だってさ、なんかムカムカするんだよね。
俺が一日にどれだけ貴女の事を考えていても、当の貴女はどれほど俺の事を考えて
いるのか。あの人と会っている時は脳裏の片隅にも浮かばないでしょ?」
「ヒューゴっ…、私とてお前の事は常に考えている…、これからの長い時を紋章を
持つ者同士どのように進めば良いのか、二人で夜を明かして語り合う事だって…」
「でも、ただの逢瀬の時だってあるんでしょ?」
ニッコリと笑うヒューゴの視線に、溜まらずクリスは真っ赤に染めた顔をそらした。
「俺の事を話しているだって?ククッ。そいつは有難うって言うべきなのかな。
そこまで気遣ってくれて」
腰を下ろし、床に膝を付いてクリスに手を伸ばして再び彼女の白い滑らかな頬を
撫でるとクリスがピクンと体を跳ね上がる。
言葉も普通に話せ、四肢以外の部分は動く為に何度か抵抗を試みようとするものの、
手足は完全に痺れきって指先一つ動かせずにクリスは苦悶の表情を浮かべる。
ぐったりと体を横たえたままそこに転がっているだけの銀の乙女の姿に、
ヒューゴは体の芯が熱くなるのを感じた。

「俺の事を話す傍ら、褥では甘い声を出している訳なんだね。生まれたままの
姿でさ」
「!?やっ、止めろっヒューゴっ!」
クリスの服に、ヒューゴの手がかかる。
静止の言葉も意味をなさずに、そのままグイとたくし上げられ、クリスの白い肌は
部屋を照らす明かりに照らされてヒューゴの眼下に晒された。
「やめっ…んむぅっ!」
「…静かにしてよ。大声をあげて誰かに踏み込まれたらこの姿を皆に見られるよ。
あ、でも、その時にはもう少し進んで状態の方が良いかな。クリスさんが俺に
貫かれて喘いでいる所とか。ゲドさんをここに呼んでもらってさ。」
クリスが真っ赤に顔を染めて頭を数回すると、満足そうにヒューゴは哂う。
それからクリスの口を手で塞いだまま、女の服をさらに大胆に剥いで行く。
動けないのは手足のみなのでクリスが身じろぎする度に、鎧の時には思いもしなかった
意外と大きく豊満である二つの白い乳房が、ふるりふるりと揺れる。
おそらくヒューゴにとっては白い肌の女の乳房など見るのは初めだろう。
扇情的に揺れるその胸に、ヒューゴの視線は釘付けになる。
綺麗だと思わず口にしそうになったヒューゴだが、ある一点に気付くと彼の顔が
引きつる。
おそらく女を抱くのも、ましてこんな形でこんな事になったのも初めてで、普通以上に
興奮していた少年の血は、逆にそれを見た瞬間一気に冷えていく。
燃え上がるような激情から、凍てつくものに変わっていくのを感じたヒューゴは、その顔
から感情を消した。
クリスの白く絹のような滑らかな肌に点在している華のような赤い痣。
漆黒の男との情交の痕である事は言うまでもなかった。

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