海水浴(ナッシュ×シエラ) 著者:アホキチ様
「……暑いのう」
「夏だからな、暑いのは当たり前だ」
「…海にでも行かぬか?」
「仕事中だろ」
「わらわの仕事ではない」
「なら一人で行ってくれ…」
「…つれないのう。わらわの水着姿を見せてやろうと言っておるのじゃぞ?」
「オババの水着なんか見たくな」
――怒りの一撃!
「ぎゃーーーー!」
『海水浴』
「はぁ…ったく、相変わらず人使いが荒いと言うかなんと言うか…」
大きくため息をつきながらも、ナッシュは水着姿で砂浜に寝転がっていた。
…とある人物の監視。
それが今のナッシュに与えられた仕事であり、本来なら海で遊ぶつもりなどなかったのだが…
3日ほど前、ぶらりと現われたシエラと偶然の再会をしたナッシュは、この3日間というもの、
彼女に振り回されっぱなしであった。
最初の日は、宿の部屋に空きがなく、知り合いだからという理由で強引に部屋に転がり込まれ、
次の日は路銀が尽きているから飯を奢れと言われ、昨日は暇だから仕事を手伝うなどと言っておきながら、
結局見張りを交代すらしてくれず…。
そして今日は海に行こう、である。
ドミンゲスに見張りを任せて、何かあったらすぐ知らせるようにとは言ってあるが、やはり心配だ。
それでも誘いをきっぱり断ることができずに、結局は振り回されてしまうのがナッシュの性分であった。
「…下手なこと言うと、雷落とされるしな」
リィンとの一件以来、何となくシエラとは妙な縁ができてしまっていたナッシュ。
オババだのなんだのと暴言を吐くたびに雷を落とされているので、扱い方は理解してきているつもりである。
「やれやれ…それにしても、これからもこんな風に振り回されるのかねぇ…」
「何か言うたか?」
パラソルの下で同じく仰向けになっていたシエラが、顔を上げてナッシュを見る。
シエラの水着は白のワンピースタイプ。
至って平凡な水着で、ナッシュには少々物足りない。
「いや、もっと大胆な水着の方が良かったんじゃないかと思ってな」
「む……こ、これでもかなり冒険したつもりなのじゃが」
どこがだよ、即答したくなるのをなんとか我慢して、ナッシュはシエラの水着をじっくりと観察してみる。
だが、どう見てもただのワンピースで、どこが冒険してるのかさっぱり判らない。
「…じろじろ見るでない」
「どの辺が冒険してるのかと思ってな」
「……いや、その…昔はこんなにその…切れ上がってる水着はなかったのじゃが…はいれぐというヤツか?」
何しろシエラが生まれたのは800年以上前だ。今のような水着があったのかすら疑わしい時代である。
「ハイレグねぇ…そう名乗るにはちょっと大人しすぎるかな」
同じく海で遊んでいる周りの女の子たちに目をやってみると、確かにシエラのは大人しい方だ。
すぐ隣で砂山を作っている10歳くらいの子供の水着と似たような感じだろう。
「まぁ、実年齢はともかく中身は子供みたいなもんか…」
「…ほほぅ、また雷を落とされたいようじゃな」
子ども扱いされるのがいちばん嫌いなシエラは、早くも手に帯電させて電撃を撃たんとしている。
「いやまて、ここは人が多いぞ魔法なんか使ったらパニックになるって言うか俺が悪かった」
「……ふん。ま、我慢してやるとするか」
大慌てで謝るナッシュにシエラはそう言って、再び横になると顔の上に帽子を乗せてしまう。
そんな子供じみたところも気に入ってるんだがな、と、ナッシュは声には出さずにひとり思う。
ふたりはしばらくの間、そうして並んで寝転がっていた。
日も昇ってきて、かなり気温が高くなっている。
確かにシエラでなくても泳ぎたくもなろうというものだ。
「さて、少し泳いでくるかな。なぁシエラ、あんたも泳がないか?」
「………」
返事はない。
「おーい、寝てるのか?」
ナッシュがそーっと帽子を持ち上げてみると、シエラはすぅすぅと寝息を立てていた。
「やれやれ…こうして寝てる姿は可愛いんだけどなぁ」
16歳で成長を止めているシエラの顔は、あどけない少女のようで。
惹きつけられる様にシエラの寝顔に顔を寄せていくナッシュ。
そう言えば血を吸わせてやったこともあったっけ…などと思い出しながら、その唇が徐々に近づいていき…
「(はっ!?…何やってるんだ俺は!)」
慌ててシエラから顔を離す。
「ったく、ラブコメじゃあるまいし…」
「なんじゃ、キスでもしてくるかと思っておったのじゃが」
「なに言ってんだよ、子供じゃないんだぜ……ってうわぁ!起きてたのか!?」
ナッシュが驚いてシエラの方を向くと、シエラが身体を起こして笑っていた。
どうやら最初から起きていて、ナッシュの反応を見ていたようだ。
「おんしもなかなかどうして、子供みたいなところが残っておるではないか」
「ちっ、少しでも可愛いとか思った俺が馬鹿だった」
「ふふ、そう言うな。わらわは別にキスされても構わなかったぞ。おんしとするのは初めてではないしな」
「…は?」
思わずマヌケな声を上げてしまうナッシュ。
自分とのキスが初めてじゃない。確かにそう聞こえた。
数年前のリィンとの一件以来、何度か会ってはいるが…そんな関係になった記憶はない。
またからかってるのかとシエラを見るが、そこは齢800歳以上のオババ。何を考えてるか全く判らない。
「…今、何か失礼なことを考えなんだか?」
「地の文に突っ込むなよ…いや、そうじゃなくて、どういうことだ?俺はあんたとキスした覚えなんて…」
「ふふふ…ナイショじゃ」
それはリィンの一件が片付いた夜。
体を張って助けてくれたナッシュに好感を抱いていたシエラは、ナッシュの元からの去り際に、
お礼の意味でキスをしてから去って行ったのだが…眠っていたナッシュはそれに気づいていないのであった。
ナッシュはシエラの言葉を冗談だと受け取ったらしく、深くは追求してこなかった。
シエラはちょっと残念そうな顔をすると、再び横になる。
「なんだ、泳がないのか?」
「いや…もう少しこうしていたい。吸血鬼じゃからな、昼間は眠いのじゃ」
「おい、暑いっていうから海に来たんだぜ。泳がないなら俺は帰るぞ」
立ち上がって帰ろうとするナッシュ。
「待たぬか。つれないヤツじゃな。わらわといるのがそんなに嫌か?」
そう言いながらも、シエラは寝転がったままだ。
仕方なくナッシュは再び腰を下ろし、シエラと顔を合わせる。
「だから、俺は仕事があるんだって。一日中ここでのんびりしてるわけにはいかないんだよ」
「あの鳥がおるではないか。…なんとかゲスとかいうナセルバトが」
「ドミンゲスは頼りになるヤツだけどな、だからって任せっきりってワケにはいかないだろ」
それに、あんまりコキつかって機嫌を悪くされたらたまらない。
機嫌が悪いと、本部から送ってくる資金をこっちに渡してくれないなんてこともある。
だから、シエラが泳ぐなら付き合ってあげないこともないが、そうでないなら早く帰りたいのが本音だった。
「…わ、わかったわかった。泳げばよいのじゃろう」
シエラは渋々立ち上がると、しかし海の方ではなく海岸に沿って歩き始めた。
そのまま真っ直ぐ行くと、あまり人気のない崖の方へ向かってしまう。
「おーい、どこに行くんだ?泳ぐならそんな方に行かなくても…」
「ここは人が多いからの。もっと静かなところで泳ぎたい」
そんなことを言いながら、シエラはどんどん歩いて行く。
「…?しょうがないやつだなあ。おい、待ってくれ」
ナッシュも仕方なくシエラの後を追って歩き始めた。
シエラの後ろを少し離れて歩いていると、周囲からの視線がシエラに集まっていることに気づく。
それはそうだろう。美しい銀色の髪に、抜けるような白い肌。そして一見すると可憐な少女のような顔立ち。
その実800歳などと知る由もない周囲の男どもは、どうやって声をかけようかなどと話し合っているに違いない。
「ねぇねぇ、君どこから来たの?俺たちと一緒に泳がない?」
ほら来た。二人組の軽薄そうな男がシエラに声をかけている。
だが、シエラは黙って二人組を一瞥すると、ぷいと顔を背けてしまう。
「あ、冷たいなぁ。いいじゃん、一人なんでしょ?」
「そうそう、俺たち泳ぎ上手いんだぜ?」
なおも食い下がる二人組。
後ろから見ていたナッシュは、あんまりしつこくしてシエラの電撃をもらったら可哀想だと、
二人組とシエラの間に割って入り、シエラの腕に自分の腕を絡ませる。
「ごめんごめん、遅くなって。あ…俺の彼女がなにか?」
二人組は顔を見合わせていたが、「なんだ、男連れかよ」などと言いながら去っていった。
周囲の他の男たちも、ナッシュに嫉妬と羨みが混じった視線を向けながら散っていく。
ナッシュがほっと一息つくと、シエラがじろりと睨んでくる。
「……誰がおんしの彼女なのじゃ?」
「あ、そういう言い方はないだろ。助けてやったんじゃないか」
「ふん、あのテの連中のあしらい方くらい知っておるわ。それより早く腕を離さぬか」
まだ組まれたままの腕をぐいと引っ張りながらそう文句を言うシエラを、ナッシュはまぁまぁとなだめる。
「いいじゃないか。また変なのに絡まれないように、このまま向こうまで行こう」
シエラはしばらく黙って組まれた腕を見ていたが、やがて仕方なさそうに肩をすくめた。
「……ま、今だけは許してやるとしようかの」
「さて、この辺でいいだろ?」
二人はしばらく歩いて、人気のない崖下近くまでやってきた。
あまり崖に近づくと危ないので、ある程度は崖から離れているが。
「う、うむ…周りに人もいないようじゃし、この辺でよしとするかのう」
そう言いながらも、シエラはなぜか落ち着かない様子でそわそわしている。
「どうしたんだ?早いとこ泳ごうぜ」
「…わ、わかっておる……とりあえず海に入ればよいのじゃろう?」
一歩、また一歩とゆっくり砂を踏みしめながら、シエラはおっかなびっくり海に入っていく。
波が押し寄せ、また引いていく際に足元の砂がさらわれると、それだけでシエラはびくっとして足を止めている。
そんな様子を見たナッシュは、笑いながらシエラに近づくと、思いっきり腕を引いて海へ引っぱり込んだ。
「ほら、早く来いよ!」
「わわっ…や、やめぬか!こら、引っぱるでない!」
急に腕を引かれて足をもつれさせたシエラは、ナッシュの胸に飛び込むような形で倒れてしまう。
「あ…」
「あっ…」
肌を寄せ合い、しばし見つめ合う二人。シエラの白い頬に、わずかに朱が差したように見える。
「(な、何をドキドキしておるのじゃ…相手はナッシュじゃぞ?)」
ドキドキドキドキ
「シエラ……」
「な、なんじゃ…?(えーい、落ち着かぬか!)」
ドキドキドキドキドキ
「もしかしてと思ってたが…泳げないのか?」
――ガクッ
思わず膝から崩れ落ちるシエラ。
ナッシュにしがみつきながら、なんとか身体を支える。
「そ、そんなこと…どうでもよいではないか…」
「いや、悪い。さっきから様子が変だったから。…ほら、立てるか?」
「う、うむ。……いや、この際だから正直に言ってしまうが、その…実を言うと泳げぬのじゃ…」
頬を染めて俯きながら、シエラはポツリとそう呟いた。
16歳の時に月の紋章を宿して以来、シエラはずっと蒼き月の村から出ずに過ごしていた。
そしてネクロードに紋章を奪われてからはそれを取り戻すのが先決で、泳ぐ機会などなかったのである。
泳げないのになんで海に行きたいなどと言い出したか……
そこは複雑な『乙女心』というものであり、一言で言い表すのは難しい。
ナッシュに教えてもらおうというスケベ心が全くなかったかと言えば嘘になるし、大人しく水遊びで済ませよう
という気持ちも多分にあった。あるいはもっと単純に、海が見たかったというのもある。
…800歳のオババのどこが乙女だというツッコミをしてはいけない。
言葉遣いと尊大な態度はともかく、外見と心は少女のままである……ことにしておく。
「なんだ、やっぱり泳げないのか。ハハハハ……あ、いや、悪い」
思わず笑ってしまったナッシュ。シエラに上目遣いに睨まれて、慌てて詫びる。
「…わかった。俺が教えてやるよ」
「……よいのか?」
多少はその展開を希望していたとは言え、やはり悪い気がしなくもないシエラ。
「あぁ、任せとけ!」
だがナッシュは気合十分。何が彼をそうさせるのか…
「(こうやって恩を売っておけば、今後はあまり無茶を言わなくなるだろう)」
…意外に情けない理由であった。
そして、ナッシュの鬼のような特訓が始まった。
「まずは基本!水に顔をつける!」
「う…やはりそれは避けられぬか…」
「そのくらいはできるだろ」
「俺が手を持っててやるから、バタ足の練習だ」
「バタ足じゃと…そんな高等技術を…」
「おい、基本だって」
「イルカの浮き輪に掴まりながら波に乗って砂浜まで泳ぐ!」
「ま、まだひとりで泳ぐのは無理じゃ!」
「何事もなせばなる!」
2時間後…
特訓の賜物か、シエラはとりあえず足がつく所でなら泳げるようになっていた。
しかしさすがに疲れたのか、波打ち際で膝をついて息を荒げている。
「はぁ…はぁ…す、少し休憩にせぬか……?」
「そうだな。じゃあ休んでてくれ。俺はちょっと泳いでくるから」
そう言いながら、ナッシュはどんどん沖へと出て行く。
砂浜から50メートルほどは離れただろうか。大きく手を振ってシエラに声をかけた。
「おーい!後でここまで泳いで見ないかー!…足つかないけどな!」
「う……あ、足がつかぬのか…それはちょっと…」
などとシエラが口ごもっていると…
不意にナッシュの様子がおかしくなった。
もがいているように見える。
「ナッシュ…!?どうしたのじゃ!?」
何がなんだか分からないまま、ナッシュを助けようと海に入るシエラ。
波をかき分けて突き進み、やがて水が腰から胸へ、胸から首へと深くなっていく。
「こ、これ以上は足がつかぬか…」
躊躇している間に、ナッシュの姿は完全に水中に消えてしまった。
「……行くしかないか…」
シエラは意を決すると、海底を蹴って泳ぎ始めた。
一方、ナッシュは…
「(あ、足がつった……イテテテテ!)」
どうやら久々なのに長時間泳ぎ続けたのが拙かったらしい。
「(こういう時は慌てないで…と)」
息を止めて、ひとまず水中に潜ってしまう。
あとは足の親指を掴んで引っ張れば…
「(…よし、とりあえず治った!)」
水面に浮上し、大きく息を吸うナッシュ。
…と、近くでばしゃばしゃと水音がする。
「がぼがぼがぼがぼ…」
「……!?」
誰かが溺れている。
「…シエラ? な、なんでこんなとこに?」
浜の方を見てみるが、シエラの姿はない。
やはりすぐそこで溺れているのはシエラに間違いなかった。
「そうか…俺が溺れたと思って助けに……って、そんなこと考えてる場合じゃない!」
ナッシュはシエラに泳ぎ寄って助けようとするが、既にシエラはぐったりとしている。
「おい、大丈夫か!おい!…こりゃマズイかな……」
シエラを抱きかかえて急いで砂浜へ戻ると、彼女の身体を横たえた。
状態を確かめると、呼吸が止まっている。
「…こりゃ人工呼吸するしかないか……」
ナッシュは適切な手順に沿って準備をすると、シエラの唇に自分の唇を重ねて息を吹き込んだ。
「………んん………む…!?」
気がついた瞬間、シエラの視界に映ったのは心配そうに自分を見つめるナッシュの顔。
「お、気がついたか?」
「うわっ!…な、なななんじゃ!?」
慌てて起き上がろうとするシエラだったが、ナッシュに身体を押さえつけられて耳元で囁かれた。
「あんまり暴れるな。今まで気絶してたんだぞ」
「……ゴホッ、ゴホッ……そ、そうか。あの時おんしを助けようとして…」
疲れていたため身体が思うように動かなかったシエラは、ナッシュを助けに行く途中で力尽きてしまったのだ。
「ふぅ……すまぬな。おんしが溺れているように見えたから……」
「あぁ、足がつっちまってな。心配させて悪かった」
「…別に心配などはしておらぬ。おんしは簡単にくたばる様なタマではないからの」
シエラはそう言いながら、照れ隠しのつもりかそっぽを向く。
そして立ち上がろうとして、足がふらついた。
「おい、無茶するな」
ナッシュに身体を支えられてなんとか立ち上がる。
身体が重かった。泳ぎ疲れが抜けていないうえに、溺れた時のダメージが大きい。
そのためか、妙に気弱になってしまう。
「……すまぬ。本当に…迷惑ばかりかけておるな、わらわは……」
「なに言ってんだ、あんたらしくないぜ」
そして。
ナッシュはいきなりシエラを抱き上げた。
「な、なにをする、下ろさぬか!」
「いいからいいから。もう今日は宿に戻ろう。あんたも疲れただろうしな」
そんなことはどうでもいいから、シエラはこの恥ずかしいお姫様だっこを早くやめて欲しかった。
しかもナッシュは人が多い方へ戻って行くではないか。
「わかった。わかったから下ろしてくれぬか」
「ダメだ。このまま宿まで行くぞ」
「こら!ナッシュ!」
それでもシエラは、いつものように電撃を浴びせることなく、ナッシュにされるままになっていたのだが、
本人もそのことは自覚していないようであった。
夜、ドミンゲスから監視を引き継いだナッシュは、部屋の窓から対象がいる小屋を見張った。
対象が寝静まるのを確認して監視を終えたのは、夜遅くなってからであった。
「…ナッシュ、飲まぬか?」
部屋へ戻ってきたシエラが、赤い液体の入ったグラスを差し出した。
「あぁ、悪いな……これは…カナカンのワインか?」
「うむ、なかなか上物らしいぞ」
ナッシュの隣の椅子に腰掛けて、シエラもグラスを傾ける。
そして小さな声で詫びた。
「今日はすまなかった…わらわが海に行きたいなどと言ったばかりに……」
「またその話か?あんたらしくないな…別に気にしてないさ」
「いや…それではわらわの気が済まぬ。…じゃから……」
シエラはそう言いながら、ナッシュに顔を寄せて唇を重ねた。
「んっ!……ぷはっ。い、いきなり何を…」
「昼間の礼じゃ…わらわに人工呼吸をしてくれたのじゃろう?」
「いや、それは人命救助だし…」
普通ならばキスくらいでうろたえたりはしないナッシュだが、相手がシエラというだけで、
キスに慣れていない少年のように、なぜか胸が高鳴っていた。
「ふふ…顔が赤いぞ。キスなど慣れていると思ったが…」
そんなことを言いながら再び唇を重ねる。
今度はそれとともに舌を挿し入れ、ナッシュの口内をかき回す。
ナッシュもそれに答えて、シエラと舌を絡ませ、唾液を交換し合う。
1分ほど互いに唇を求め合い、ようやくシエラは唇を放した。
「…ふぅ、おんしなかなかキスが上手ではないか…少し…感じてしまったぞ」
小さく笑いながら、シエラはナッシュにしなだれかかる。
「な、なんだ。もう酔ったのか?」
「ニブイ男じゃな…まだわらわの礼は済んでおらぬと言うのに…」
「いや、だから別に礼なんてそんな」
ナッシュの言葉が終わらないうちに、シエラはナッシュの手を取り、自分の胸に当てる。
「…!」
シエラの胸が高鳴っている。
よく見ると、顔もほんのりと朱に染まっている。
シエラは酒に強いので、これは酒のせいではないだろう。
「おかしなものじゃ。昼間おんしに助けられてから、どうにも胸の高鳴りが治まらぬ……」
「なぁシエラ…やっぱ」
「今は何も言わずに…わらわを受け入れてくれぬか…?」
普段見せたことのない潤んだ瞳で見つめられて、ナッシュは頷くしかなかった。
シエラに優しく口付けしながら、その身体を抱きしめるナッシュ。
その身体は思っていたよりも華奢で、力を込めたら折れてしまいそうだ。
「(そうか…吸血鬼の始祖とか真の紋章の継承者とか言っても、身体は16歳のままなんだよな…)」
そのか弱い少女のような身体を優しく抱きしめながら、首筋へ口付ける。
そして薄い純白の衣服の上から、やや控えめな胸のふくらみに、そっと手のひらを重ねた。
そのまま優しく胸を揉みしだくと、シエラの口から小さく声が漏れる。
「…んっ……ぁ…」
こんな可愛い声を出すこともできるのかとちょっと驚きながら、ナッシュはさらに胸を責めていく。
と同時に、再びシエラの唇に自分の唇を重ねて互いの舌を絡めていき、むさぼるようにシエラを求める。
濃厚な口付けをしばらく交わしながら、衣服の中へと手を入れて直に胸に触れる。
「はふっ…んっ……っ…」
普段は弱気な所など見せたことのないシエラが自分を求めてきた。
命を助けられたからにせよ、彼女にしてみればそれは一時の気の迷い程度のものなのかもしれない。
だとしても、自分はそれに答えてやりたい。
なぜなら自分は…。
「今ならやめられるぞ…いいのか?」
ベッドに横たわったシエラの前で、ナッシュは最後の確認をする。
これ以上進んだら、後戻りできなくなりそうだから。
「……構わぬ。…続けて…」
シエラはそう言いながら、今度は自分から唇を求めてくる。
ナッシュはそれに答えて舌を絡めながら、ゆっくりと腕を下へ動かして、シエラの下着に手をかける。
下着の上からその秘所にそっと触れると、既に少し湿り気を帯びたそこが、柔らかく指を押し返す。
ナッシュはその秘裂を下着の上から優しく指でなぞり、少しずつほぐしてゆく。
「んっ…はっ……あぁっ……」
しだいにその秘所からは泉のように愛液があふれ出て、下着を濡らしていく。
ナッシュはぐしょぐしょになった下着を剥ぎ取ると、その秘裂に指をそっと挿し入れて直に中をかき回す。
「あぅっ!…はぁっ、ナ、ナッシュ……!」
ナッシュの名を叫びながら、力強く抱きしめてくるシエラ。
「シエラ…」
ナッシュもそれに答えてシエラの名を呼びながら、彼女をしっかりと抱きしめた。
「じゃあ…挿れるぞ」
「…う、うむ……」
シエラが小さく頷くと、ナッシュは自身をシエラの秘所にあてがった。
ゆっくりと、しかし確実にナッシュ自身が入ってくるのを、シエラは感じていた。
性の営みなど久しくしていなかったが、ナッシュが優しく念入りに身体をほぐしてくれたおかげで、
痛みもほとんどなく受け入れることができた。
「動かすぞ…」
「……あぁ」
ぐちゅぐちゅと音を立てながら、ナッシュ自身がシエラの中で動き回る。
「はっ、あぁっ、んぁっ…ナッシュ…ナッシュ……!」
シエラはしっかりとナッシュを抱きしめ、また、ナッシュ自身を締め付けた。
身体の奥深くから波が押し寄せてくるのを感じながら、シエラはより深くナッシュを包み込もうとする。
「うっ…シ、シエラ……!」
ナッシュもまた、シエラをしっかりと抱きしめると、より激しくシエラの中を責め立てる。
「ナッシュ…頼む…このまま中に……!」
「シエラ…わかった……」
「うぁっ、はっ、あぁぁぁぁぁぁっぁぁっ!」
シエラが大きく身体を反らせて痙攣すると同時に、ナッシュも絶頂に達する。
シエラは自身の中にナッシュの精が放たれるのを感じながら、快感に身をゆだねた。
「(礼などと言ったが、これでは逆じゃな……)」
そんなことを考えながら、快感の余韻に浸るシエラ。
ナッシュはそんなシエラを見つめながら、優しく声をかけた。
「なぁ…前にも言ったかもしれないが、俺はあんたと共に生きても構わないんだぜ」
それはナッシュにできる精一杯のアプローチ。しかし…
「……その気持ちは嬉しく思う…じゃが、それはやはりできぬ…。
気持ちだけで…その気持ちだけで十分じゃ……ありがとう…」
翌朝、目を覚ますとシエラの姿は既になかった。
書き置きもなにもなく、どこへ行ったのかも分からない。
「やれやれ…また置いて行かれたか。ま、仕方ないか」
例えいつも一緒にいることができなくても、時おり会うことができればそれでいい。
だから、シエラがどこへ行ったのか分からなくても、それほど寂しさは感じないのであった。
「またそのうち、ふらりと姿を現すだろうからな、あいつは…」
シエラが残していったグラスを手に取りながら、ナッシュはそう呟いた。
―終―