シーナ×アップル 著者:17様
「はぁ、まったく。何であなたがついてくるんですか」
じろりと眼鏡を押し上げながら彼女は顔をあげた。へらへらと笑っているその顔が忌々しい。
「まぁまぁ俺だって遊学の旅に出ている身で、アップルと同じハルモニアに行こうとしていたんだからいいじゃないか。アップルのこと守って見せるさ」
「守って見せるなら、どうしてオウランさんを雇うんですか!」
アップルが叫ぶ。
「安心しな、守って見せるさ」
にっこりとオウランは笑う。
「ま、念には念をっていうじゃないか。山賊どもが山ほど押し寄せてきたらどうするんだよ。流石にこの俺のキリンジだって持たないかもしれないじゃないか…さ、行こう行こう早くしないと日が暮れて野宿になってしまうぞ」
「し、シーナさん!引っ張らないで!」
「シーナ!何するんだい!」
金色の短髪がふわりと浮かぶ。
シーナがアップルとオウランの手首を掴んで走り出す。もつれる様に2人も走り出した。
(まったく!シーナさんは本当に私のこと好きなの!?)
話は3日前に遡る。
デュナン統一戦争が終結して3ヵ月。
アップルはトラン解放戦争の最中に亡くなった師・マッシュの
伝記を執筆するための旅を再開することを決めた。
「…そうか」
その旨を彼女の兄弟子のシュウに伝えた時、
こころなしか彼の表情が寂しそうだった。
大広間に同盟軍全員を呼び、事実上の解散宣言から3日。
ルルノイエ陥落後、戦後処理に明け暮れていたアップルだったが、
ようやく昨日終わった。
今までは統一戦争に巻きこまれて中断していたが、
本来の旅の目的を決して彼女は忘れていなかった。
「これから、どっちに行くんだ?アップル」
「セイカやグレッグミンスターの調査は終わったので、ここまで来たことですしハルモニアまで行ってみようと思っています」
「気をつけていけ。街道筋の町に俺が交易商だった時に世話になった奴がいる。紹介状を書いておこう。何かあったらそいつを頼ることだ」
そう言いながらシュウはペンを手にとる。
スラスラと文章をしたため、きっちりそれを3等分に折り畳み、封筒にいれた。封蝋をたらす。それをアップルに渡した。
「ありがとうございます、シュウ兄さん」
「俺にできることはこれくらいだからな。いい伝記をつくれよ、アップル」
破門された身のシュウにも負い目があるのだろう。それが彼なりの償いだった。
アップルは微笑んで頷き、シュウの執務室を辞した。
思いもかけない人間がそこに立っており、アップルは軽く目を大きくした。
「やぁ」
そこには壁にもたれかかったシーナが佇んでいた。
シュウの執務室の前にいるなんて珍しい。
「シーナさん…珍しいですね、用があるんですか?」
「ああ。だけど、用があるのはシュウじゃなくてアップルだよ」
「え!?私ですか?」
「そう。ちょっとそこまで付き合ってくれない?」
そう言って有無を言わさずぐいぐいと引っ張っていく。
手首を掴む力が思いのほか強いことに驚く。
華奢な身体のどこにこれほどまでの力があるのだろう?
「シーナさん!?」
階段を登り、着いた先は屋上のテラスだった。湖は青く穏やかに煌き、潮騒が聞こえる。
中天には真ん丸になりかけた月が晧々と湖と城を照らしていた。湖から吹きつける風が心地良い。
はぁはぁとアップルが息を切らす。
「…もぅ!シーナさん、何なんですか」
ようやくシーナがアップルの手を離す。シーナはテラスの桟の方を向いていてアップルには彼の顔が見えなかった。
アップルは彼のすぐ後ろでただただ彼の背中を見つめていた。
「……行くんだろ」
「え?」
「シュウの部屋に行ったのも、旅に出るからなんだろ?」
なんでいきなりそんなことを言い出すのかアップルにはわからなかった。
「何でシーナさんがそのことを知っているんですか」
「……やっぱりか。そうじゃないかと思ってたよ」
「だからどうだって言うんですか!シーナさんには関係ないでしょう?」
「関係、あるよ」
そう言ってシーナは振り返った。その真摯な眼差しがアップルに何か訴えかけてくる。
「……アップルは気がついていなかったかも知れないけど、俺はアップルのこと好きだから」
「えぇっ!?」
アップルが驚くのも無理はない。女といえば見境なく声をかけまくる女ったらしもいいところの放蕩息子が自分のことを好きだとは…
「何の為に俺がここまで旅に出たと思っているの?」
「それは…レパント大統領があなたに見聞を広めさせるためだと思っていましたけど」
「あの親父はそんな優しいもんじゃないぜ。
親父は俺を大統領秘書官にして嫌でも監視下に置こうとしていたんだ。
それを振りきってきたのはあんたが旅に出てしまったからだよ」
「そんな!?」
「俺はあんたを追いかけて都市同盟に来たんだ。
まさか、こんな戦乱にまた巻き込まれるだなんて思ってもみなかったけど。でも、このおかげでまた会うことができた。なのに、アップルはまたいなくなろうとしてる……そんなの、俺は嫌だ」
「……!」
ぎゅっときつく抱きしめられ、アップルは唇を奪い取られた。
息ができない。
吐息が吸い取られ、目の前がくらくらした。痺れるような感覚がアップルの中からじわりと生まれてくる。
「んぅ…!」
軽くついばむようにしてから更に深く口付ける。さすがに女ったらしの異名を持っているだけはある。アップルは火がついたのかように熱く感じた。膝の力が抜ける。
口接けしながらシーナは片手だけ使って器用に上着を脱ぎ、石畳の上に投げる。そのままその上にアップルを横たえ、シーナはその上に覆い被さる。
「…シィ、な…さ…」
口接けが徐々に下の方へ降りていく。頬、首…
シーナの右手がアップルの服を脱がし、
左手がアップルの身体をいとおしそうに触れていく。
次々とシーナの陰になったアップルの肌に赤い痕がつけられていく。
「……や…」
胸の突起に刺激が加えられたときにアップルの身体が跳ねた。
「……や、やめてくださ…いっ……シーナさんっ」
愛撫を加えていたシーナの手が止まった。
はっと強張った表情でシーナがアップルを見る。
アップルは泣いていた。
潮騒が聞こえる。
「……ごめん」
そう呟いて、シーナは自身が脱がしたアップルの服を彼女にかけた。
「!」
アップルの眼鏡を取り、涙を指で拭った。そしてそのまま立ちあがる。
「俺、男として最低だな…」
アップルが服をかき寄せて半身を起こした。
「シーナさん…」
「ごめん、俺、アップルの気持ち考えなかった。もうしないから。怖がらせてごめん」
そう言ってシーナは階段へと歩き出す。
何がなんだかわからなく無意識にアップルは手元にあった物を掴んだ。
「…え?」
拾い上げてみるとそれはシーナの緑色の上着だった。アップルが痛くないようにシーナが敷いていた物だ。
「待って、シーナさん!!」
―シーナさんはいつだって自分に対して優しかった。それに何で気づかなかったのだろう。
アップルが慌ててシーナの上着を掴み、シーナを追いかける。
階段の踊り場でシーナを捕まえた。
「アップル…」
茫然とした表情でシーナは彼女を見た。右手に握っていた彼女の眼鏡が軋んだ。
「私だって、謝らなくちゃ…ずっと、優しくしてくれていたのに気づかなかった。
無意識に私はあなたを傷つけていました。
今日のことは、私は驚いただけで、私はあなたのこと嫌いじゃないです!」
上着のボタンを留めずにきたらしくあられもない格好でアップルが叫ぶ。
シーナは嬉しいような申し訳ないような気持ちになって、
目を横に逸らしながらアップルが握り締めていたシーナの上着を取り返してアップルに着せた。
「……そういう格好、他の人に見せたくないんだよね」
「シーナさん」
「で、俺のこと本当に好き?」
逡巡した後にアップルが頷いた。
シーナが満面の笑みを浮かべアップルを横抱きに抱えあげた。所謂お姫様抱っこだ。
「し、シーナさん!?」
うろたえた声をアップルはあげた。耳まで赤くなっている。
シーナは面白がるようにアップルの耳に口付ける。きゃぁっ!っとアップルが顔を竦めた。
「じゃあ問題ないじゃん!俺の部屋で第2ラウンドだ」
「誰もそんな事言ってませんっ!」
その夜、アップルの叫びがデュナン湖のほとりの城から聞こえたという。
今日朝早くに今まで暮らしていた本拠地を出たとき、城門で待ち構えていたのはシーナとオウランだった。
「何でですか!?」
へらへらとシーナは笑う。
「いや、俺も遊学の旅に出ようと思って。ハルモニアに」
「え!?」
「私はシーナに雇われたんだよ。いいとこの坊ちゃんだしね」
そう言ってナイスバディの女ボディーガードはにっと笑った。
「!!!!!!!!」
シーナがその時アップルに耳打ちした。
それを聞いてアップルの顔が赤くなる。
「あなたはっ!!」
―シーナがアップルに言った言葉はアップルしか知らなかった。
<了>