兄妹(シュラ・ジョセフィーヌ) 著者:9_716様
王子軍・本拠地
夜も深まろうかというころ、王子の部屋前の目安箱に急ぐ一つの影があった。
…影という言葉には不釣合いなほど派手な出で立ちだったが。
「うふふ…。今回は自信作ですわよ。」
ピンクのドレスの令嬢、ジョセフィーヌである。
彼女は過去3回にわたり、王子の新しい衣装のスケッチを目安箱に入れたのだが
一向に採用された気配がない。
一度王子に直接問い詰めたことがあるのだが、複雑な笑みでやんわりとはぐらかされた。
しかし、今回こそは自信があった。
「…これを見たらあの方、どんな顔をするかしら。」
――ふと、自分の考えた衣装に身を包み、戦場で勇ましく戦う王子を想像した。
敵軍を蹴散らし、城門を開け放ち、城を制圧する王子。
そしてその夜、自分の部屋を尋ねるのだ。
『ジョセフィーヌ、今日の勝利は君のおかげだよ。』
『あら、それは王子自身が文化的に戦われた結果ですわ。ワタクシは少しお手伝いしただけに過ぎません。』
『いや、君の考えてくれた衣装が僕に勇気をくれたんだ。あの衣装に身を包まれてる間、君を傍に感じてた。』
『お褒めに預かって、光栄ですわ。』
『…僕はもう、君と君の衣装なしでは生きられないよ。これからもずっと僕の傍にいてほしい、ジョセフィーヌ…』
王子が立ち上がり、息がかかるくらいの距離まで顔を寄せる。
『お、王子…いけませんわ……。』
『…やめてよ、王子だなんて。名前で呼んで……』
『ファ…ファルーシュ…さ…ンッ!』
突然、唇で言葉を遮られる。お互いの唾液が口の中で混ざり合う。
そして……
「!! あ、あら。ワタクシったら、なんてはしたないことを……」
…意識が数分飛んでいた。
ジョセフィーヌは頭をぶんぶんと振り払うと、再び目安箱へ歩を進める。
……しかし、そのにやけた表情と、真っ赤に火照った頬までは振り払えなかったようだ。
「……ユマ、何をしている?」
「あれぇ? こんな遅くにどうしたんですかぁ?」
「!!」
…一番見つかりたくない相手に見つかってしまった。
兄、シュラ・ヴァルヤと元女王騎士、ミアキスである。
おそらく廊下で立ち話でもしてたのであろう。
「す、少し夜の散歩をしていただけですわ。」
咄嗟に目安箱への投書を後ろに隠す。
「今後ろに隠したものはなんだ? 見せてみなさい。」
「お兄様には関係のないものですわ! …今、お二人に用はございません。失礼させていただきます。」
「そうは行かない。兄は、また何かお前がおかしなことをしでかさないか心配なのだよ。…ミアキス殿、お願いします。」
「え? いいんですかぁ? …ごめんねぇ、ジョセフィーヌちゃん。」
…言葉とは裏腹に、表情はまるで新しい玩具を見つけた子供のように楽しそうだ。
一瞬のうちに背後に回りこまれ、紙を取り上げられる。
「あっ!?」
「はい、どうぞぉ。」
ミアキスの手からシュラに紙が手渡される。
「ありがとう、ミアキス殿。」
「か、返して!!」
紙を取り戻そうとシュラに掴みかかろうとしたが、すぐさまミアキスに腕を拘束される。
「ダメですよぉ、暴れちゃ。寝てる人もいるんですからぁ。」
「ミ、ミアキスさん…あなた…」
憎憎しげにミアキスを睨みつけるが、彼女はその人懐っこい笑みを崩そうとはしない。
そうこうしている内に、シュラは投書を読み終えたらしい。
「……ユマ。なんだ、これは?」
幼い頃からよく聞いた、静かだが威圧感のある声。
「何って…王子の新しい衣装のスケッチです…ゎょ……。」
声がだんだんと小さくなる。
「こんな奇想天外な衣装を着て戦争をする指揮官がどこにいるというのだ?」
「そ、それはお兄様がアーメスのような文化後進国にずっといたから、真の文化というものが分からないだけですわ!」
「では、お前の憧れた文化先進国の元女王騎士殿に意見を伺おう。…ミアキス殿、この衣装をどう思います?」
「え? えぇーと…ずいぶん独創的なセンスで、いいと思いますよぉ?」
「ほ、ほぉら御覧なさい! やはり分かる人には分かるのです!」
「……本音は?」
「うーん……。コレを着て人前に出られる人のセンスを疑っちゃいますねぇ。」
「!!!」
「……と、言うことだ。」
「う… う……!!」
――恥ずかしさと、怒りと、あとなにやら訳の分からない感情が入り混じる。
…この兄は、絶対に自分をいじめて楽しんでいるのだ。
昔からそうだった。
こうやって完全に逃げ道を断ち、自分が苦しむさまを見ているのだ。
……そして今回もまた、幼い頃から何百回となく言ってきたセリフを言わされるのだ。
「…うわぁぁぁぁぁぁん!! お兄様のバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「あーあ…。泣かせちゃいましたねぇ。」
「ふむ…。ちょっとやりすぎましたか…。」
ジョセフィーヌが走り去った後の廊下で
シュラとミアキスが再び言葉を交わす。
「まあ、不肖の妹にはいい薬ですよ。」
「またまたぁ。ホントは妹さんが大好きなんでしょぉ?」
「…わかりますか?」
「えぇ、それはもぉ。」
「お恥ずかしい話ですが、ユマのあの不貞腐れたような泣き顔…あの顔がもう可愛くて可愛くて。
よく、あの顔が見たいがためにからかったりもしました。
あの子には少し可愛そうでしたけど、こればかりはやめられなくて。
……この数年、あの子の顔が見られなかったのは本当に寂しかったですよ。」
ミアキスはシュラの手を両手でガシッと掴んで、こう言った。
「それ、ものすごくよく分かりますぅ!!」
……心の底からの同意だった。