憂転相成 著者:5_132様

タッタッタッ、チャッチャッチャッ……。
リズム良く階段を踏みしめる音に、鎧のこすれる音が重なる。
夕日がビュッデ・ヒュッケ城の窓から差し込みだした時刻の中、
その音の主、セシルは階段を2階へ昇り終えた。
小気味良い足取りのまま左手の通路に進む。
「おや、セシルさん。何か御用ですか?」
彼女が歩みを進めると、トーマスの執務室に立つ、衛兵の一人に声をかけられた。
彼は身体つきは大きいが、その性格は外見からは想像できないほど優しく、
男性衛兵の中でも好かれている一人である。
「あ、えーと。トーマス様に…」
セシルがそう応えると、衛兵は申し訳なさそうに眉を寄せる。
「うーん、トーマス様はまだ書類に目を通している最中みたいなんですよね。
 なんでも、ビネ・デル・ゼクセの評議会からまとまった量が届いたみたいで……。
 よろしければ、自分が用件を聞いておきますけど?」
「そ、そうですね。じゃあ、セバスチャンさんが『早いですけど、夕食の支度ができました』
 と言ってましたって、伝えておいてくれますか?」
セシルの願いに、衛兵は頷いた。
「わかりました。トーマス様の用事が終わったようでしたら、すぐに伝えましょう。
 時間を置いて、冷えたものを食べる事になっちゃ申し訳ないですからね」

にこやかに笑みを浮かべる衛兵とは対照的に、
用件を伝え終えたはずのセシルの顔には、どこか翳りが見える。
快活な彼女としては、珍しい類の表情。
その様子に気付いた衛兵は笑みを収め、心配げな視線を向けた。
「セシル…さん? どうかしましたか??」
「あっ…いえ。なんでもないです、なんでも! …じゃあお願いしますね!」
「はい、はい」
慌てて手を振り、愛想笑いをして頭を下げるセシルを見て安心したのか、
衛兵も再び明るい顔になった。
セシルは回れ右をすると、また来た時と同じように、勢いのある足音と、
それに伴う鎧のこすれ音を起こしながら、通路を歩いていった。
彼女を見送ると、衛兵はまた屹立した姿勢に戻る。

しかし……衛兵の視界から外れ、階段を下りる頃には、彼女の足取りは沈み、
人知れず悩ましげな息が、艶やかな唇から漏れるのだった。

「はぁ………」
夕食後、宿舎にある自分の部屋に戻るとセシルは大きな溜息をつく。
その身は鎧から解き放たれ、薄い上着とスカートだけの姿。

―――グラスランドを混乱に陥れた「真の紋章・強奪抗争」
このビュッデヒュッケ城に、シックスクランとゼクセン領の戦士達がそろい、
手に手を取って共通の敵を打倒したあの戦いから、4年が過ぎた。
今も完全な平和には至っていないが、カラヤ族長となったヒューゴ、
ゼクセン騎士団長のクリスらの尽力で、大規模な衝突は近年は起こっていない。

その中で、このビュッデ・ヒュッケ城は両地域の中立的位置にあり、
比較的自由に人・物の交流が行なわれている。
そういった結果、衝突を緩和する役割も果たしていて、
位置づけは決して小さいものではない。

当初こそ、ごく小規模の住人から始まったヒュッケ城のコミュニティだが、
両地域の中立的立場として、自由な気風の元、人・物の交流が進むにつれ、
城に関わる人数が増えてきた。
城を守備する私兵も多くなったのも、城の規模の増大から見れば当然である。
結果、力仕事や要所を締める男性陣と、
細かな仕事や雑用も兼任する女性陣に、区分けがなされるようになっている。
宿舎も―――その他、城に関わる独身者らとともに―――男女、別の場所に立てられている。
とは言え、想いあう男女は各所で逢瀬を重ねるぐらい、誰も咎めはしない状態なのだが。

セシルは今や17歳。肩口まで伸びた亜麻色の髪と、鮮やかなアクアマリンの瞳はそのままだが、
4年前に比べると背も伸び、体つきもより女らしくなってきていた。
彼女の年齢は若いが、最初期からの住人である事と、
何より確かな槍さばきから、女性衛兵を束ねる位置にある。
リーダー、と言っても何か特別な事があった時に報告を受ける、
トーマスやセバスチャン達からの指示を知らせる、ぐらいで、
椅子の上でふんぞり返るような立場ではない。
いつもは皆と交代で城内や、女性が多い場所を警護したり見回りする役目を担っていた。

このような毎日で、普段は仕事での充実振りが光っている彼女だが、
近頃、急に溜息をつく回数が多くなってきた。
その理由とは―――。
「トーマス様……」
部屋でベッドに腰掛け、セシルは密かに想う相手の名前を呟く。
トーマス―――ヒュッケ城・城主
20歳を数えた彼は、今や立派に城主の役を果たしている。
この4年、彼の基本的な人柄は変わらない。
やや優柔不断なところがあるものの、情が深く気も利くため、城内の信望も厚い。
……そう、彼は変わらない。
しかし、彼とセシルを取り巻く状況は変わってしまった。
城の規模が大きくなり、職務が増え、日々自らの仕事に勤しむ二人の距離は開かざるを得ず、
個人的に会話を交わす事など、めっきり減ってしまっている。
性格上、感情的に疎遠になるはずもなかったが、
状況が親交を交わす時間を奪ってしまったのだ。

……今日も衛兵に言付けを頼むだけで、直に話す事さえ出来なかった。

セシルは城が大きくなる事が、嬉しくもあり悲しかった。
自分の仕える場所が隆盛する様は望むところだが、
それでトーマスとの距離が開くのは耐え難い。
最後に会話をしたのはいつだったか―――そう思い返してみる夜には、
切ない溜息が漏れる。
そして―――、
「んっ……」
彼女の手は、寂しさを紛らわすかのように快楽を求め彷徨う。

……いつからだろう、自分を慰める行為を始めたのは。
トーマスを想い、切ない想いに心が締め上げられる度、
決まって彼女の指は股の間で踊るようになっていた。

既にセシルはベッドに横になっている。
片手の指を軽く噛み、もう片方の手は下着の上から秘所をさすり始めている。
すぐにその部分が熱くなり、湿り気を帯びていった。
「ん、ふっ……んん…んぅっ…!」
くわえた指の隙間から、淫らな息が漏れる。
脳の中心から、白い、快楽のもやが広がり始め、彼女の意識を支配していく。
最初はゆるゆると動いていた指が、次第に大胆に、リズミカルに動き、
下着に生まれたシミを広がらせる。

「んぁぁ……こん…なのって……私ぃっ…」
この指があの人のものならば……あの人に抱かれているのならば……。
トーマスの優しげな顔を脳裏に浮かべ、倒錯的な想像にかられると、
余計にココロが昂ぶってくる。
下着の上から触れていたはずの手は、いつの間にか下着の中に滑り込み、
直に秘裂をなぞっていた。…と、指先が最も敏感な肉芽に触れる。
「ひゃあぁっ!」
強烈な快感が背筋を走り、身体がビクリと跳ねた。でも…快い―――。
溢れ出す愛液は内股をしとどに濡らし、粘り気を帯びたそれが手に絡みついている。
「ダメ……こんな時に…ぃっ、敵が攻めてきちゃ……あ…何にもできな…い…」
あり得ない言い訳を口に出しながら、何とか肉欲を抑えようとするが、
指の動きは止まらない。クチュクチュと淫らな音を立てて、さらなる快感を引き出そうとする。
はっ、はっ、とセシルの息は乱れ、ねっとりとした熱気が身体から立ち昇っていく。

指が秘裂の内側をこすり始めると、身体が浮び上がるような感覚を覚えた。
意識が頂きに向け引き上げられてゆく。
「もぅっ……私…ひっ……トーマス様ぁぁッ…ああぁぁああっ!」
際立って高い嬌声を上げ、セシルの身体が二度三度、ビクン、ビクンと痙攣する。
そして少しずつ力が抜け、口から湿っぽい吐息が溢れた。

「私……どうしちゃったんだろ……」
トーマスを想うが故に、悦びを求めてしまうようになったココロとカラダ。
軽い自己嫌悪―――自らを慰めた後には、その感じが心に浮き出てくる。
自分が情けなく、また哀しい。そしてそれ以上に切なかった。
ばふっ、と枕に顔をうずめると、一筋の涙が目じりから流れ出る。
トーマス様、会いたいよぉ―――と、かすかに呟きながら。

その日、セシルはトーマスの執務室ドアの前にいた。
いつものような鎧をまとっているわけでもなく、
今日の姿は彼女が好むチェック柄のスカートに、草色のゆったりとした上着。
頭には鈴付きの髪飾りなどを挿し、いかにも年頃の乙女姿の格好をしている。
一人、高鳴る鼓動を抑え、軽く握った拳でドアを叩こうとした。

時間は30分ほど前―――。

「あ、セシルさぁん。やっと見つけたぁ」
「あれ、どうしたんですか?」
セシルは背後からの声に呼び止められた。
振り向くと、1才年下の―――衛兵としての経験はセシルよりずっと浅い―――女性私兵が、
少し息を切らせながら胸を押さえていた。
おそらく、セシルを探し各所を走り回っていたのだろう。
「はぁ、はぁ、ふぅ……えーと、セシルさんに言付けを頼まれたんで、探してたんですよぉ。
 あのですね、トーマス様が『ちょっと執務室に来てくれないか』って言ってたんです。
 もしお仕事が忙しくなければ、なんですけど……」
「……?」
セシルは首をかしげた。ここ数日、何かしら目立ったことが城にあったわけでもない。
呼び出しを受けるには心当たりが無かった。

「ちゃんと伝えましたからね。それじゃ!」
「あ、はいはい。ありがとう」
片手を軽く挙げて了解の意を示すと、その女性私兵は持ち場へと去っていった。
一人残されたセシルは、彼女なりに考えをめぐらす。
呼び出しの心当たりはない。何より、公的に城に関する出来事なら、
自分だけではなく、他の主だった者にも一斉に召集がかかるはず……。
そういった形でもない以上、もっと別な、あるいは些細な事なのか―――。

(もしかして……)
不意に彼女の心は高鳴った。
城の出来事で無いならば、ごくプライベートに関する事なのかもしれない。
それも一対一でセシルを直々に呼び出すほどの……。
そう思うと、セシルの顔はポッと熱くなった。
二人だけでの馬の遠乗りか、湖にある船の上での語らいか、それとも別の何かか―――。
「と、とりあえずこんな格好じゃ…!」
やや先走った考えという事には意識付けできず、セシルは宿舎の部屋に飛んで帰った。
少々汗ばんだ鎧を脱ぎ捨て、あれやこれやと服装の物色を始める。
その中でも動きやすく、色合いも優しい服装に身を整えると、
改めてヒュッケ城の二階へ向かった。

コンコン―――。
「セシルです。入ってもいいでしょうか」
ノックの後に、了解の意思を確認する。
「あ、セシルだね。どうぞ」
穏やかな口調での返事を受けると、セシルはノブを回し執務室へ入った。

「ン……」
セシルが入ってきた姿を見て、トーマスはやや驚いたような瞳に変化させる。
今の彼女が纏っているのは、いかにも女性らしさが押し出された服装なのだから。
てっきり、見慣れた鎧姿をしていると思っていたのだろう。
それでも、彼女が非番のため、私服に身を包んでいるとでも思い至ったのか、
すぐにいつものような素振りに戻る。
「あの、いつもの衛兵さんは?」
「あぁ、彼にはちょっと休みをあげてるんだ。
 イクセの村のお母さんが熱を出して倒れた、って言ってたからね。
 『いいですよ』って言ってたけど、やっぱり自分の母親の事だし……。
 ちょっと無理やりだけど、看病のために休ませちゃった」
この城に来る前……まだ老いもせずうちにこの世を去った、自分の母親の事を思い返すのか、
トーマスの目はどこか遠くに向けられる。
「ま、平和な時だしね。代わりの人を立たせるのも悪いから、
 2〜3日はそのままにしといてもいいかなって。その間なら不都合も無いし、さ」
こういったさりげない気遣いが、トーマスの長所と言えるだろう。
セシルはそういうところを慕っていたし、今のような話を聞くと、その想いがさらに強くなる。

「何かお話があると聞いたんですけど……」
高鳴る鼓動を必死に押さえ、セシルはトーマスに問い掛ける。
「そうそう。実はね……」
彼の顔に浮かんだ優しげな笑み。
それを見て、セシルの心は期待に膨らむ。続く言葉はなんだろうか……と。

「……実はね、女性私兵さん達の中から、
 何か城に対して要望が無いか、って事を聞こうと思ったんだ。
 ほら、セシルはみんなの事、よく知ってるだろ?」
「……え゛?」
思い描いていたものとはかけ離れた話題に、セシルは少なからず戸惑う。
そんな彼女を見て、トーマスも唐突に過ぎたと思ったのか。
補足的な説明を続ける。
「城の周りの店、家もかなり増えてきて、この城に落ちるお金もかなり多くなってるんだ。
 セバスチャンさんと収入・支出を突合させたら、けっこうあまっちゃう事がわかったんで、
 もっと城に使えることは無いかなぁって」
側の書類を指先でトントンと叩くと、その先を話す。
「この事は男の衛兵長さんや、図書館管理してるマイクさんさんにも聞いてるんだ。
 ボクが勝手にお金を使う場所を決めてもいいけど、現場の人たちの話を聞いたほうが、
 効率的にお金を配分できるんじゃないかな、そう思ってね」
「それで……私に?」
「ウン、そういう事」

セシルは拍子抜けた顔をしていた。
それでも必死に思考をめぐらし、トーマスの質問に答えようとする。
「え、えぇと……特に無い……あ。ありました、ありました!
 女の子の宿舎の二階物置で、ちょっと雨漏れがしてるって話が…。
 その他にはあまりないかもしれないです。あとは軽装鎧でガタがきたのがあれば、
 それを修理して欲しいぐらいで……」
「宿舎の雨漏りに……鎧の修繕、っと。そんなものかな?」
「は、はい!」
覚え書きの紙にスラスラと筆を走らせると、トーマスは満足そうに頷いた。
「うんうん。これぐらいなら十分応えられそうだね」

「あ、あのぉ……」
セシルはおずおずと尋ねる。
「もしかして……お話ってのはこれだけ…ですか?」
「あぁ、ゴメンね。こんな事でわざわざ呼び出しちゃって。
 たださっき言った通り、みんなの意見を聞いておきたかったから……」
他意はないように、少し申し訳なさそうに苦笑しながら、トーマスは言った。
「そ…そうですか」
表面には出さないようにしながら、セシルのは内心ガックリとした。
同時に、一人、勝手にのぼせ上がって、服装を整えてきた自分がひどく滑稽に映る。
何か情けないような気持ちにさえなった。
「ありがとう、助かったよ」
そんな彼女の複雑な気持ちを知ってか知らずか、城主は明るい言葉で礼を述べる。
「い、いえ。それじゃ、失礼……し………ま…………」
両手をスカートの前で組んで、一礼をしようとして、そのままセシルは固まってしまった。
(バカだ……一人で先走って、勘違いして、期待して…。
 こんな服装に改めてまで、私は何をトーマス様に求めていたの?
 単純なバカッ、バカなんだから、私は……!
 でも……でも………)
自分に対する叱責、失望―――そして押さえきれぬトーマスへの想い。
下手に心が高まったままココを訪れただけに、
肩透かしを食らった感情はうねり、セシルの心で暴風のように吹き荒れる。
自らの気持ちをコントロールできず、彼女はただ立ち尽くすしか出来ない

「セ、セシル…!?」
返事が途切れた事を不審に思い、再びセシルを見やったトーマスの目に飛び込んできたのは、
俯き、ただ涙を流す彼女の姿だった。

トーマスとしては戸惑うのもムリはない。
彼女に意見を求め、他の人のように要望を聞き出した。それだけなのだから。
あとはそれらに城主として応えられれば上々だ、そういった達成感すら覚えていたのである。
ところが、目の前には哀しげに涙を流す女性の姿。
予想外の出来事に、彼は混乱していた。

「セ、セシル? どうしたの、どこか痛いの?」
「ち、ちがいますぅ、ヒック…グス…そんなんじゃなくてぇ……」
トーマスの問いに、涙で声を濁らせながら首を振るセシル。
だが自分でも泣く理由が見出せないのでは、具体的な理由など言えるはずも無い。
それでも、ただ事ではない気配は察知したのだろう。
トーマスは開き気味になっていた入り口のドアを閉め、カギをかけた。
これなら遠くには泣き声など届かない。
ややあって、セシルの肩を持つと、トーマスは呼びかけた。
「ほ、ホラ。落ち着いて……あっちの僕の部屋で話を聞くから…さ」
目をしっかりとつぶり、だが大粒の涙を流す彼女の手を引き、
トーマスは隣の私室へと導いた。
中に入り―――椅子には本が山積みされていたので仕方なく―――ベッドの縁に座らせると、
自分もその側に座る。
そのまま、ヒン、ヒン、と泣き声で喉を鳴らすセシルが落ち着くのをじっと待った。

いかほどの時間が経ったのか。セシルはようやくしゃくり上げをやめ、手のひらで涙をぬぐった。
シバシバする目をこらし、横を向くとトーマスの顔がそこにある。
困ったような、気遣うような、そんな曖昧な表情。

自分の望みやまなかったヒトが、すぐ隣にいる。
ブラス城にお使いに行った時―――、
評議会の私兵を撃退した日の前夜―――、
シンダル遺跡から脱出した時―――。
今となってはひどく懐かしい、『自分がトーマスの側にいられる』事。
ほんの少しの間だけ再現された状況で、抑えたと思った想いが再び溢れ出し、
遂に理性の壁を乗り越えた。
「トーマス様ぁっ!」
「うわわっ!?」
並んで座るトーマスに、セシルは横から飛びつくように抱きついた。
不意討ちを受けたトーマスは、彼女と、自らの勢いを受け止めきれず、
身体を抱きとめたままベッドに倒れこむ。
セシルはトーマスの上で「トーマス様っ、トーマス様っ」と、口早に呟きながら、
彼の上着にしがみついている。
「セシ、ちょっと待っ……お、落ち着いてってば、ね? ほら、一度離れて……」
「イヤです、イヤです! 離れたくなんか…ありませんっ!」
勢いよく顔をブンブンと振って否定する。
プンと香る、かすかな香水の匂いをかぎながら、トーマスは目を白黒とさせる。
いったいぜんたい、なんでこんな事になってるのか、彼の理解の範疇外にあった。

「こんなにっ、離れたくなんか無いのに……」
顔を相手の胸にうずめたまま、セシルが声を出す。
「でも…でも……それじゃいけないんですよね。
 トーマス様にも…お仕事はあるし。私だって……」
「セシル……」
「だから……」
一度言葉を切ると、上着にしがみついたまま上目遣いでトーマスの顔を見上げる。
「…だから、一度だけ私を愛してください。私の身体にトーマス様を刻み込んでください…!」
「な、なんだって…!?」
「そうすれば、この先も我慢していけます……例え、トーマス様と話すことが無くったって、
 会える機会が減ったって、一度でも想い出をいただければ、
 私っ、この城で立派に働いていけますから、だからっ…!」
「だ、ダメだよ。セシル、今日の君はおかしいってば」
「お、おかしくてもいいんです……」
セシルは恥ずかしさと緊張で顔を真っ赤にしながら言った。
『自分を抱いてくれ』……そんな破天荒な事を口にした以上、中途半端には終えられない。
「私、このまま、ただこのお城に仕える事、それだけの事の方が辛い……。
 トーマス様の近くにいるのに、側には行けない。そんなのが今から先も続いちゃうと、
 もっと、もっとおかしくなっちゃいますよぅ!」
そう言うと、再び涙が流れ始めた。今までの、寂しく、切ない日々。
そんな毎日を思い返すと、胸がキュッと痛みを帯びる。
「セシル、君…」
「私、離れませんからっ。トーマス様が『ウン』と言ってくれるまで、離れませんからぁっ!」
彼女にとってはまさに必死の行動だった。
夫婦でも恋人などでもないのに、一方的に性交渉を願い出るなど、自分勝手もいいところ。
それでもこの状況で受け止めてもらわねば、もう二度とトーマスには近寄れないだろう。
いや、どちらにせよ不興を買った報いとして、暇を与えられるかもしれない―――。

さらに強くしがみついたセシルを見て、トーマスは軽く溜息をついた。
彼は彼なりに、セシルの必死な行動の重みを感じている。
「……君は、それでいいのかい?」
「はいっ、はいっ…」
「もしも、僕がセシルの事を全然好きじゃないとしても?」
「はいっ…それでも、私は願いが叶えば…」
その言葉を聞いて、「うぅん」とも「うぅむ」とも、言葉を飲み込む音を鳴らす。
何しろ彼にしても、何とはなく知識はあるものの、女性経験自体は無い。
ただ、この状況でセシルを拒めば、傷つくどころの話じゃすまないだろう。
他に、彼女の心の軋みを癒す事など思い浮かばなかった。
それ以前に、下に敷かれてしがみつかれたままでは、トーマスとしては抗いようも無い。
「…わかった」
「えっ…」
「あー…うん、と……セシルの、望むようにしてあげるよ…」
「それじゃあ……」
「その前に、ちょっとどいてくれないかな。下に敷かれたまんまじゃ、身動きも出来ないから、さ」
「あ、ハイ…」
弾かれたようにセシルは身を離し、先ほどのように側に座る形になる。
上半身を起こすと、改めてセシルの肩に手を伸ばす。
トーマスの手が触れた時、一瞬ビクッとセシルの身体が揺れる。

やはり怖いんだな―――そう解釈すると、城主はもう一度確認の声をかける。
「本当に……いいんだね?」
「は、は、ハイ!」
返答を聞き終えると、ゆっくりとセシルの身体を引き寄せた。

待ち望んだ、男性の顔がそこにある……そう思うだけで、セシルの脳はパンクしそうになり、
自分を落ち着かせるように目を閉じた。
そんな彼女に、ゆっくりと唇が重ねられる。
「ン……ウン…」
少しずつ、進入してくる舌先。夢中になって自分の舌を絡め合わせると、
互いの口が徐々に開いていく。
チュ、チュと音を立てて吸い、生き物のように動く舌を求め合う。
ツー、と軽く唾液の糸を引いて口を離すと、
トーマスはセシルの服を脱がしにかかった。
初めての事で躊躇しながらも、上着、スカートと外していき、
下着に手をかけようとする。そこに至って、セシルが控えめな抗議を唱えた。
「あ…ん。ゴメンなさい。トーマス様も、その…脱いでもらえませんか? 私だけじゃ……」
「あ、あぁ。そうだね」
彼女の言葉に従い、トーマスももどかしそうに衣類を身から外していく。

彼の上半身が露わになると、「あぁ…」と憧れとも、ためらいともつかない声を出し、
セシルはクテッと身体を預けた。
そんな彼女を抱きとめ、トーマスの手がセシルの下着を取りにかかった。

何も纏わぬ様になった彼女の肢体は、日々の仕事で引き締まっている。
それでも、トーマスがその肌に触れると、明らかに男のそれとは違う柔らかさがあった。
どちらかというと小ぶりな乳房に手を添えると、セシルはくぐもった声を出す。
「う、うぅん……トーマス様ぁ…」
余りボリュームはないが、それでも男の手の動きに従い、
胸は形を変えて揺れ動く。
そのうち、片方の手が腹から下腹部に降り、陰部の薄い毛並みを掻き分け、秘所に到達した。
こちらも初めての経験であるトーマスが、ぎこちなく秘所で指を走らせる。
「こ、こんな感じかな…?」
「そ、そうです…んんっ、あふっ……っうぅ…」
秘裂の縁で指が動くたび、セシルの背筋をぞくぞくとしたものが走り、
脳内で官能の小渦を巻き起こす。
それに反応するように、トロリと半透明の液が漏れ始め、
女性の部分を滑らかにしていく。
滑らかになったせいか、幾度か秘裂をなぞった指がつい、クチュンと中に滑り込んだ。
「はっ、ううっ!」
胸を揉む腕も止め、驚いたようにトーマスが問い掛ける。
「だ、大丈夫? 痛くない?」
「い、痛くないですよ……それより、もっと…」
はぁはぁ、と次第に息を荒くしながら、セシルは更なる刺激を求めた。
トーマスもその要求に応え、再び彼女の口を吸いながら、
秘裂に差し込んだ指で小さく「の」の字を書いたり、特定の箇所をこすっていく。
「んあっ…そんなの……イイッ…でも……ダメ……トーマス様ぁっ…」
吐息を甘いモノにし、セシルは身悶える。より強い快楽を得ようと、腰もくねり始めている。
快感に囚われた彼女を見ていくうちに、トーマスのほうも少しずつ心が昂ぶっていった。
既に彼のモノは勃ちあがってしまっている。

愛撫に耐えられないような気分になったセシルの方から、
無意識にトーマスの股間に手を伸ばし、それを求めるようにさすった。
「私…ぃ……もう…もうダメです。トーマス様、お願い……そろそろ…ぉ」
「う、うん」
一旦、セシルの身体から手を離し、ベッドの上に横にさせる。
セシルはもちろん、自分にとってもまだ知らぬ体験―――。
大きく深呼吸すると、彼女の股の間に身体を入れ、くびれた腰に手を回してから、
亀頭を肉壁の中に進ませていった。
「う、あぁ…ぁぁ」
「あうっ!?  ぐ……つぁぁんんっ……」
二人の口から出されるうめき声。
ただ、トーマスのそれは味わった事のないものに対する驚きからくるものに過ぎなかったが、
セシルの声には明らかな苦しみの色が混じっている。
幾多の戦いで傷を負ったことはあったが、そんなものとは明らかに違う痛み。
身体のうちから突き上げられる感覚に、喉から何か這い出るような錯覚に陥る。
「セ、セシ……」
「はっ…うぁっ…ん……だ、大丈夫ですよ、私ぃっ……んぐ…」
また、雫が目じりから流れる。
痛み―――? 充足―――? 今度の涙が何を表しているのか、セシルにもわからない。
「大丈夫…です、から……もっと『刻み』をくださ…い。……私が、忘れない…ぐらいに…」
セシルの中は狭く、強い圧迫感を男根に与えている。
ただでさえぎこちないトーマスは、苦労して挿入のペースを掴もうと腰を揺らす。

……そういった、経験無き故の戸惑いが逆に良かったのかもしれない。
満足に動けないまま、微妙に加えられた振動がほどよい刺激になり、
より多くなった愛蜜によって、膣内の滑らかさがいくぶんか増した。
ぐっちゅん、ちゅくん、ずぷん―――。
粘着質の音が漏れ、トーマスの腰が前後にゆったりと動き出し、
互いの口から新たなあえぎが生まれ出す。
「はぁっ……はぁっ…」
「あ…ぐ……ふぁ……ぅん……」
最初は張り詰めていた声色が、少しずつ別なものに変わってゆく。
相手を抱く男は柔らかな息の出し入れ、相手に抱かれた女は甘みを加えた吐息へと。

「ト、トーマス様ぁ……」
トーマスのモノを受け入れながら、セシルは下から彼の顔へ手を伸ばす。
それまで、トーマスも愛撫を加えるなどの余裕を持つ事ができず、
ただ出し入れを繰り返すのみだった。
ようやく相手の仕草に気づくと、正常位で繋がりを保ったまま身体を前傾させる。
まるで大切な宝物を受け取るように、トーマスの頬を両手で挟むと、
そのまま近づけセシルの方から口付けを求めた。
「ン……ンッふ…」
身体を貫く痛みは消えないが、愛しき人に抱かれているという充足と、
こうやって他の箇所に加えられる刺激で、それを和らげさせる事はできた。
トーマスが、はぁっ…という吐息とともに唇を離すと、
セシルの目じりに浮かぶ涙を、ペロリ、ペロリと優しく舌で舐める。
(あぁっ……)
いたわられている―――そう解釈し、セシルの心は打ち震えた。
軽く目をつぶると、トーマスの舌の動きをそのまま受け入れる。

こうしている間にも、ペースを掴んだ互いの腰の動きは少しずつ早さを増し、
比例するように激しい感覚が二人を襲ってきた。
「あぁっ、はぁ、はぁ、うんっ」
「トーマス様ぁっ……私…忘れませんっ……んぁっ……ぜった…いっ…!」
「ダメ、だっ……セシル…僕、もうっ……」
トーマスの中で、背中から押し出されるような衝動が急速に高まっていく。
「は、はいっ……はいっ…わかって、ますぅっ……」
「んぐっ!」
今一度、セシルの中に深く挿し込み、最後の刺激を受けると、
ぢゅるっ、と男根を引き抜く。
びゅくん、びゅくんっ―――ドクッ、ドクッ!
その瞬間、愛液にまみれた先から白濁とした液体が飛び出し、
快感で紅潮しているセシルの脚や腹部にちりばめられた。
「あ、ぁぁ…あぁ……」
セシルは痛みを感じたし、最後の絶頂まで導かれこそしなかったが、
想い人に『抱かれた』という事実そのものと、相手が自分で感じてくれた事で、
穏やかな幸福感が心に広がっていた―――。

日は少しずつ傾いてきている。外の景色はオレンジ色に染まりつつあった。
お互いに衣服を整えた後、ベッドの上で座り込んだまま、セシルはちょこんとトーマスに頭を下げる。
「あ、あの……今日は……ありがとう、ございました。
 私、急に変なこと言っちゃって……」
改めて、恥ずかしく思い、相手の顔を見る事が出来ぬまま、礼を述べる。
「わ、私…これで大丈…夫だと、思いますから。
 明日から頑張れますから……。ここでまた、働かせてください…」
「う、うん、構わないよ」
トーマスの控えめな声にホッと胸を撫で下ろす。
それを確認すると、再度少し胸が痛くなる。

一時だけの思い出……一度きりの交わり……。
明日からは、また話を交わせない日が始まる。
……でも、それが当たり前。それが普通。
今日、自分からの一方的な願いが叶えられただけでも、十分に良かったではないか。
ならば、もう哀しむ事など許されはしない―――。

どうにか笑顔を作ると、再びセシルは顔を上げる。
「私、嬉しかった…です。………じゃ、帰りますね……」
ここにいては、すぐにでも泣き出してしまうかもしれない。
怖くなり、わずかに急いでベッド脇のクツを履こうとしたその時、
自分の腕がグッと掴まれ、思いも寄らない強い勢いで身体が引っ張られた。

「あっ、えっ!?」
彼女が気づいた時には、ベッドに座したままのトーマスの胸の中に身を置かれていた。
両腕が背中に回され、強く、だが優しく抱きしめられている。
トーマスは耳元に口を寄せると、少し厳しい口調で呼ぶ。
「セシル・女警備兵長!」
「はっ、ハイッ!」
混乱する頭の中でも、セシルは条件反射的に応答した。
改めて、フッと口調を和らげると、トーマスの言葉が続く。
「ビュッデヒュッケ城城主、トーマスの名の元に命令するよ。
 『君が寂しくなったら、慰めて欲しくなったら、僕のところに会いに来る事』
 それから、
 『城主から誘われる事があったら、不都合でない限り受ける事』
 ……承諾してくれるよね?」
「あのっ、トーマス様…??」
「ま、まぁ、あんまり仕事が忙しい時はダメだけど。
 もっと工夫すれば、お互いに時間は作れると思うから……」
そう言うと、トーマスがはにかみながら、セシルの瞳を覗き込む。
改めて、言葉の意味を咀嚼し、自分に対して個人的な付き合いを持ち出されている事に気付く。
瞬間的にセシルの頭に血が上り、顔がボッと熱を帯びた。
「…そんな……だって、さっきは『僕がセシルの事を全然好きじゃない』って……」
「あ、えーと……あれは『もしも』って言ってるように、仮定の話で……。
 うーん…と、最初から僕は…セシルの事を嫌ってなんかないし……」
もごもごと呟くトーマス。それでも抱きしめる腕は緩めない。

「…ゴメン。僕も君が悩んでる事に気付けなくて……忙しいって言っても、
 君や他の城のみんなに、もっと気を回す暇はあったはずなのに、ね…」
「い、いいえっ、いいえっ! そんな……トーマス様はいつも頑張ってますよぅ!」
まるで自分の事、という風にセシルが否定する。
答えを聞いて、少し肩をすくめるとトーマスはまた微笑する。
「うん……ありがとう。でも、これからはもうちょっと頑張ってみるよ。
 城の事もちゃんと考えて…んで…え、と……僕と、ココにいる女の子が、
 共に楽しく過ごせるぐらいにさ。それぐらい両立できないと……ダメだよね」
セシルは声を出せない。何と言っていいのかわからない。
驚きと、その何倍もの嬉しさが膨れ上がり、また気持ちをコントロールできなくなっていた。
そして―――、
「うわぁぁぁぁぁぁん! 私、私…トーマス様ぁ、とーますさまぁァァァ!!」
涙腺を開け放すと、腕に抱かれたまま赤ん坊のようによりすがる。
「あぁ、ホラ……だから…泣いちゃダメだって……もし、こんなトコ見られちゃ……」
あたふたとしながら何とかなだめようとするトーマス。
だがその戸惑いにも、どこか満ち足りた感情が含まれていたのだった。

これから数年後、ビュッデヒュッケ城城主・トーマスは一人の妻を娶る事になる。
そのトーマス夫人が、かつて城の守備長だったという、女性として珍しいエピソードは、
後世の数々の伝記書においても、その多くに記述されていくのであった―――。

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