トーマス×セシル 著者:6_719様
「トーマス様、最近武術訓練してませんでしたよね。」
ビュッデヒュッケ城から移した船上執務室の中、
セバスチャンの入れたお茶を飲みながらうららかな午後を楽しむ僕に、
突然セシルが声をかけてきた。
「うん? セシル、なんだいいきなり。」
「だからぁ、最近モンスター倒してませんよね?」
ガシャン、と鎧の音と共にセシルが不満げな声をあげる。
確かに、モンスター退治なんてここしばらくはずっとしていない。
ゼクセンとの連絡も、この城に仲間を集めるという仕事も、外でできる仕事は
炎の英雄の遺志を継いだヒューゴ君とその仲間達がしてくれているからだ。
元々、何の武術も習得しておらず、一般人としての戦闘能力しか持っていない
僕が出て行く必要などまったく無くなってしまった。
「そうだね。前は君と一緒に平原でモンスターを倒してたりしてたね。
僕は、時々モンスターから倒されたりもしたけれど。あはは。」
懐かしい、という感情も笑いながら僕が言うと、
「そうですよ! この前まで私と一緒にモンスターを倒してレベルも上げてたのに、
炎の運び手さんたちが来てから全然戦闘しなくなっちゃったじゃないですか!
このままじゃレベル差が開いて戦闘で役立たずになっちゃいますよ!?」
ガシャガシャと鎧を動かしながら必死に抗議するセシルもかわいいなぁ、
ってそんなこと考えてる場合じゃないか。セシルは何か勘違いしてるようだから訂正しなきゃ。
何も今更役立たずになるんじゃなく、既にまったく役に立たないんだ。僕は。
各地で秘密任務を行う傭兵さんたちやら、人間では担げない武器を振り回すトカゲさんやら、
平原を駆け抜ける戦闘部族さんやら、ゼクセンの誉れ高き6騎士様やら、
ましてや伝説でしか聞いたことのない真の紋章を宿している人たちやら。
そんな人たちに混じって、普通の能力しか無い僕が役に立つわけが無い。
この城の内政を、しっかりと守っていくのが僕にできる精一杯の仕事だ。
「あのね、セシル…」
「このままじゃ駄目です! トーマス様は城主としてすごい人なのに、
このままじゃ皆さんから駄目な人と誤解されてしまいます!
そこで、私が聞いた『レベルが10倍になる方法』を一緒に試しにいきましょう!
ここからカレリアまで、走って往復すればいいそうです!」
鼻息も荒く言い切るセシル。むふーっていう効果音が似合うね。かわいいけど。
って、待った待った。何だって? ビュッデヒュッケ〜カレリア間横断マラソン?
いや、そんなこと僕にできるわけないじゃないか。途中にボスまでいますよ?
と言うより、ヒューゴ君たちそれいつもしてるよ。レベル上げに走りまくりだよ。
なのに、レベルが10倍になるとか聞いたこと無い。絶対嘘だ。
だ、誰だそんな信じるに値しない嘘情報ばらまいたのは。
…いや、考えるまでもないか。こんなことを言うのは…。
「セシル、それ、誰に聞いたのかな。」
「ロディ君からです。彼は、もう出発したそうですよ。」
ああ、やっぱり…。
師匠のことを信じて必死にカレリアまで走っているロディ君の姿が目に浮かぶよ…。
ロディ君が騙されて苦労してるのはいつものことだからいいけど、
僕までそれに巻き込まれたらたまったもんじゃない。それに、
「駄目だよ、セシル。僕にはこの城で色々こなさなきゃならない仕事が…。」
「あー大丈夫大丈夫。」
突然、やる気の無い声が、部屋の入り口から聞こえてくる。この声は。
「「シーザーさん!」」
「2人で声を揃えて呼んでくれてありがとう。で、だ。
仕事があるのにレベル上げもしたい、そんな悩みにお困りの城主様のために、
俺が代わりに書類仕事をしてやろうと思ってね。ああ優しいな、俺。」
いきなり登場して、劣勢な僕の立場に追い討ちをかける赤毛軍師。
く…この人、いつも毎日の雑多な仕事からは逃げるくせに。
戦争の時とかピンチの時以外は、僕やアップルさんに任せっぱなしなのに。
何でこういう時だけ余計なことをしてくるんだろう?
そういう疑問の視線をシーザーさんにぶつけていると、
「俺にとってはおもしろいことだけがやる価値のあることなのさ。」と言ってきた。
僕の心を読んだのか? いやだからそういう洞察力も別の場所で使ってください。
「ありがとうございます、シーザーさん! 私とトーマス様のために
仕事を代わってくれるなんて、何て優しい人なんでしょう!」
いや違うよ? セシル。この人のは決して優しさじゃない。
「それじゃあ早速!」
僕が、このおかしな話の流れを修正する前に、セシルの腕が僕の腕に伸び、
執務室の椅子から僕を引きずり出していた。力強いなぁセシル。かわいいけど。
「力強いトーマス様目指して、しゅっぱーつ!」