娼館シリーズ・ゼラセ編 著者:義勇兵様
いきなり腰掛ければ思い切り沈み込んで、そのまま後ろにひっくり返っちまいそうなフカフカのベッドの上で
オレは期待に胸を膨らませてその時を待っていた。
街外れに建つ娼館。いつか行ってみたくて、女房に隠れて小金をコツコツ貯めること数ヶ月。
ようやく軍資金を確保したオレはいそいそと、しかし知り合いに見つからないよう、こそこそとやってきたと言うわけだ。
オレのお目当ては涼やかな目元に白い肌、でっかいオッパイの黒衣の美女。
ああいうクールな女をヒイヒイ言わせてみたいと常々思っていたのだ。
この部屋に案内されてから今か今かと瞬きする間すら惜しんで、扉を見つめ続けている。
しかし待てど暮らせど彼女は現れない。ちくしょう、焦らしプレイかやってくれるぜ。
「早く来ないかなあ」
思わず声に出して言ってしまってから、オレはひっくり返るほど驚いた。
「とっくに来ています」
「へえっ!?」
急に石をどかされた虫みたいに無様にあがいて、オレは声の方を振り向く。
なんということか、視線の先にはさっきからずっといました、みたいな平然とした顔で
黒衣の美女――ゼラセ、って名前のはずだ、がソファにゆったりと座っていた。
「い、いつの間に?」
部屋に入ってきた時は確かに誰もいなかった。そしてオレはそれからずっと扉を見つめていたのだ。
いったいどこから、いつの間に入ってきた? 窓か? いやしかしなんで娼婦が客の待つ部屋にわざわざ
窓から入らんといかんのだ。だいたい窓が開く音だってしなかった。だったら――。
「なにをしているのですか」
「え」
「なにもする気がないなら、帰らせてもらいますが」
「え、え、いやちょっと待って」
いかんいかん、あまりのことに驚きすぎて硬直してしまった。
まあ気になるといえば気になるが、オレはやれればそれでいいんだ。
「じゃ、じゃあよろしくゼラセ様」
「ええ」
あ? 今オレなんてった? ゼラセ様? なんで娼婦のお姉さんを様付けで呼んでんだオレ?
なぜかそう呼ぶのが当たり前のようにサラッと…。
おっと、うっかりまた硬直しちまった。もう細かいことは気にしないで、さっさとやることやっちまおう。
「それじゃ早速…」
それにしてもエロい格好だな。
ブ厚いフードつきのローブを頭からすっぽり被ってるけど、胸のところの切れ込みが凄くて
縦にかぶせた薄手の帯? でちょっと覆ってるくらいで半乳が見えてる。
とりあえずローブは脱がすとして、この帯はズラすだけにして残しておこう。
全裸にしちゃあ、せっかくエロい服着てるのに意味がなくなっちまうからな。
「いてーっ!?」
なんてことを考えながらローブに手をかけようとしたら、その手に鋭い痛みを感じてオレは思わず叫び声を上げてしまった。
痛みの先を辿ってみると、手の甲に長い針が突き刺さってやがった。なんだこりゃ!?
視線を動かしてみると、いつの間にかゼラセ様の手の中に同じ針が出現している。彼女がやったのか!?
「な、なにすんだよ!? 血ぃ出てるよ血ぃ!」
「針で刺したのですから血がでるのは当然です」
急いでいつも携帯してるおくすりで手当てをしながら文句を言ったが、彼女は平然としている。
なんなんだよ、なんのつもりだ!?
「あなたごときが私の服に触れようとはなんのつもりですか」
「は? なんのつもりって、だってオレ客ですよ」
「客ならば私の服に手をかける権利があるとでも?」
え? ないの権利? だってここ娼館じゃん。オレ客。彼女娼婦。オレは金を払った。彼女はここへ来た。
オレは彼女の服を脱がそうとした。何か間違ったことしたか? いやしてない。
「いいですか、私はプロです。あなたはド素人です。ド素人がプロを差し置いて主導権を握ろうなどと
おこがましいとは思わないのですか。あなたは私の指示に従い木偶のように動けばいいのです」
なんて言い草。そこまで言うのならプロの腕を見せてもらおうじゃないか。さあやってみやがれ。
憤慨して偉そうに胸を張ってみたが、実は内心けっこうドキドキ。
だってこの人怖いって、普通いきなり刺さないって。痛えよ、あんな長い針で刺されちゃってさ。
まさか実はこの人そっちのプレイ専門で、このまま待ってたら身体中をあれで刺されてあっちの世界へ
連れてかれたりなんて…自分の想像で背筋に寒気が走る。自慢の息子も恐怖で縮こまっちまった。シット。
「……」
「……」
「……」
…あれ? あのー、さっきからプロの指示を待っているんですが。
「なんですか、さっきからジロジロと。不愉快です」
「なにそれ!?」
待てと言うからおとなしく待っていたら、出てくる台詞がそれか。
もうこうなりゃこっちから脱いでさっさとやってやる。鼻息も荒くベルトを外して、ジッパーを下げる。
氷のような冷たい視線に一瞬怯んだが、とにかくアクションを起こさなきゃダメだと自分に言い聞かせ
そのままズボンも一気に引き下ろす。さあ見るがいい! コレがオレの自慢の…自慢の…。
威勢良く披露したまではよかったが、針で刺されたショックと、マジ怖い絶対零度の視線にビビってしまったのか
オレの息子は自分でも情けなくなるほど萎んでしまっていた。
「なるほど…」
嘲笑われるかと思ったが、ゼラセ様は興味深げにオレのものを見下ろしている。
お? なんだか知らないがひょっとして好印象? やっとまともに楽しめるのかな。
「よくわかりました」
「それは嬉しいです」
「それでは失礼します」
「おおいっ!」
くるりと踵を返して本当に出ていこうとする彼女の肩を掴んで引きとめようと…うおっ!
危ねえ、間髪避けた。細かく震えて床に突き刺さっている針にビビりながら頑張って言葉を紡ぎ出す。
「あんた、さっきからなんなんだよ。オレ高い金払ってわざわざ来たのに…」
「あなたはここになにしにきたのですか」
「へ?」
なにしにって…その、エロいことをしにだよな。うん、間違っても針で刺されて血飛沫あげたり
おっかない目で睨まれて萎縮するためじゃない。
ということを伝えると、ゼラセ様は表情一つ変えずに言ってのけた。
「嘘はおやめなさい」
「なんですか嘘って。オレは…」
「あなたはここに欲望を処理しにきたと言いました。そうですね」
そこまでストレートに言った覚えはないが、まあ間違っちゃいない。
「しかし言葉に反してあなたのそれは萎えきっています。そう、まるでしなびた野菜のように。見るに耐えません」
うわっ、なんかひどいお言葉。しかしオレの胸の中で何かがうごめいたような。
やめろ、オレはそっちのケはないんだ。静まれ、静まれ。
「それが何よりも雄弁に語っています。あなたに処理すべき欲望はない。つまりあなたはここにいるべきではないのです」
いやそれは違う。今は緊張と恐怖でこんなになっちゃってるけど、それはこれからプロのお手並み拝見で…。
「ゆえに私がここにいる意味もありません。わかりましたか?」
「え、あ。いや、そんな…」
わかるか。
必死で止めようとしたけど、近づいたら針だ。
どうしようどうしようと思っている間に、ゼラセ様はもう扉に手をかけていた。
「あ、あのっ! だったらせめてお金返して」
もうこの人はいいや。今夜はツキがなかったと諦めて、後日別の女の子を指名しよう。
そう思ったオレに対する彼女の返事は、これ以上ないほど冷たいものだった。
「あなたは私の貴重な時間を無駄に使わせました。あのお金は埋め合わせとしてもらっておきます」
ガチャン。
無情な音を立てて扉が閉まる。
オレは萎えた下半身をさらけだした無様な姿のまま、己の星のめぐり合わせの悪さを嘆くしかなかった。
「ゼラセ…困るのよね。ここで働く以上は、ここのルールに従ってほしいのだけど」
「何を言うのです。ここのルールは男の溜め込んだ欲望の処理をすることでしょう。
しかしあの男は欲望を溜めていなかった、だから出てきただけのことです。それがおかしいと言うのですか」
無茶苦茶なことを言っているが、彼女にその自覚はあるまい。
「はあ…今夜はもう休んでくれていいわ」
「そうさせてもらいます」
悠々とした足取りで立ち去る黒衣の美女を見送って、ジーンは一人溜息をついた。
(終)