琥珀の蝶〜the butterfly in amber〜

 既に、囚われているから…。

 油屋から戻り、家に帰ると、石化した筈の両親はいつの間にか元に戻ってけろりとしていた。外泊の理由を雨にうたれた急な体調不良ということで、ハクの義母に送られてきた千尋は、何だか久しぶりの自分の部屋で休息しながらも、ぴったりと背後霊よろしく、黒衣の元魔物の視線にさらされ、落ち着かない心地だった。

「…なんか、落ち着かない。」

 体を起こし、ベットに腰掛け、目の前のハクに向かって言った。

「すぐに慣れる。」

 確信犯めいた笑みで返されると、毒気を抜かれてしまう。

 ふう、と軽く溜息をつくと、慣れた手つきで風呂の準備を始める。とにかく落ち着きたかった。
 チェストからいつものように下着を取り出し、パジャマと共に抱え、階下のバス・ルームへ行き、ジャージを脱ぎ、脱以籠に放り込み、Tシャツを捲くり、目の前に変わらずいるハクに驚いた。

 あわててTシャツで前を隠す。

「えっ!えええええっ!?…もしかして、お風呂の時も一緒なの?」

「何、すぐに慣れる。」

「慣れないっ!!」

 目を閉じて、扉を指差す。

「…出てって!」

「それは無理だ、私は千尋から離れられない。」

 しれっと、言い切る。

 千尋の顔がぼっと赤く燃える。

「…、じゃあ、じゃあ、せめて目は瞑ってて。」

 真っ赤になって怒りながら言うのがまたかわいらしいのだが、それ以上口にすると本気で泣かれそうなので、ハクはしぶしぶ目を閉じた。

 Tシャツを再び捲り上げる…が、いくら目を閉じていたところで、堂々と着替えられるほど、千尋の度胸は座ってはいなかった。

「…ハク、…姿を消しておく、とかはできないの?」

 両目を閉じて、手で目を覆いながらハクが答える。

「ああ…それなら、できる。」

「じゃあ、ちょっとだけ姿を消していて。」

 千尋が言うと、すうっと、ハクの姿が消えた。

 そうそう、これができるなら、初めからこうしてもらえば良かった。と、安心して、いつも通り、入浴の準備にとりかかった。

 Tシャツを脱ぎ、下着を外す。乳色の肌はやわらかそうで、白い柔肌にはらりと髪が落ちかかる。再びタオルで髪をあげると、うなじが剥き出しになる。無粋なタオルでその身を隠し、風呂場へ続く引き戸を開けた。

(姿を消せ…とはいったが、消したら見るな…と千尋は言わなかった)

 と、えらく自分勝手な解釈で、ハクは千尋を観察する。やっていることはストーカーか覗きと変わりが無い。

 恐らく、千尋は着やせする性質なのだろう。豊かな双丘の先端はツンと上を向き、全体的な形も良い。

(湯気が邪魔だ…。)と、心からハクは思った。

 上半身からゆっくりと石鹸の泡でおおわれていき、白い泡の隙間から桃色の先端が覗いている。
 すっかり泡を流すと、今度は髪を洗い始める。長い髪を桶に浸して洗う姿は変に艶めいて、怪しいいたずら心を起こさせる。
 千尋の意識はすっかりハクの存在を忘れ、髪を洗うのに夢中のようだった。

 すきをついて、するり、と手を滑り込ませる。

 すでに幽体となっているハクの接触は、千尋の五感に影響を及ぼさない。だが、その接触に気をよくしたハクは掌で豊かな丘を弄ぶ。さすがに千尋も何だか変な気分になってしまった。

「ハク…いるの?」

 黙ってハクは答えない。

「何…?何だか、ヘンな…気持ち…、あ…ン」

 椅子に座ったまま、後ろから腕を差し入れられ、激しくもみしだかれる。

「ン…あ…や…っ、あッ…ああん。」

 髪を洗う手を止め、シャンプーを流すのも忘れ、快感に耽る。

 千尋の反応に気を良くしたハクは、差し入れた腕の片方を下へ移動していく。指先が・・・湯ではない、別のものでしとど濡れた場所を捉える。

「あ…ッ、やッ…。」

 器用に動く両手は、片方は先端を弄び、片方は深く深く差し入れられる。微妙にリズムの狂った動きが、さらに千尋を狂わせる。

「ハ…ク…ッ!!ハク…でしょおお?!い…ッ、やぁ…ッ…ダメ…、ああッん」

 咎める声を遮るように、さらに動きは激しくなる。

 もはや、千尋の声は言葉にならない。

「ああぁぁ…ン」

 ひときわ甘い嬌声を上げて、千尋の快感が頂点に達した。

 シャワーにもたれて、肩で息をする。

「…、また、洗わなきゃ…。」

 ぼそっと呟くと、千尋は髪に残ったシャンプーを洗い流した。

 いつの間にか、女の表情をするようになった千尋に驚きながら、ハクは少し失敗したな、と思っていた。艶かしい千尋を見るのは悪くないが、後がまずい、何と言っても、今の我が身には肉体が無いのだ。これ以上のいたずらはできない上に、もやもやとして、満たされない気持ちだけが残るのだ。

 すごく、すごーーーーく、残念だが、もう、これきりにしよう。

 と、千尋の思いがけない部分で、ハクが敗北宣言をしていることを、彼女は知る由も無かった…。


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