*おまけ*

 朝の日差しを頬に感じ、千里はまだ重い瞼をゆるゆると開いた。
 傍らに視線をむければ、若を間近に見つけ自分の姿態を思い出し、気恥ずかしさを感じながらも、瞼を閉じれば思いのほか幼く見える若の寝顔に、思わずじっと見入ってしまった。
「ん…」
 僅かに寝返りを打つ。そう言えば、以前にもこんな風に若の寝顔を見つめた事があった。
 柔らかな髪に手を触れる。
「……千里…?」
 その感触にか。若が眼を醒ました。
 起こしてしまったと慌てて手をひっこめても、もう遅い。
「ごめんなさい。起こしちゃった…」
 半身を起こした若に千里は申し訳なさそうに謝罪する。
「気にするな」
 千里の頭に手を置き、若は床から身を上げた。
 後を追おうとする千里はしかし下胎に走る鈍痛と、一糸纏わぬ互いの姿に慌てて掛け布団の中に舞い戻る。
 朝の光に晒された、若の背に腕に残る幾筋もの紅い痕―――。
 千里の白い肌。その全身に、くまなく施された若の験―――。
 今更に顔を合わせるのが恥ずかしく、千里は頭まですっぽりと布団を被りこんでしまった。
「千里」
 早々と衣を着込んだ若が、布団の中の千里に声をかける。だが、千里は一向に顔を出す様子も無く、布団の隙間から碧い瞳だけがこちらを見ていた。
「千里。これを」
 瞳の先に差し出された物は。
 純白の絹一反。
「……本当は、まだ早いと思っていたんだが」

 お前が大人になったなら。

 続けられた言葉に、千里は一瞬時を忘れた。
 ぽそり、と布団が体から落ちるのも構わずに、じっと若を、頬を紅く染めた若の顔を見つめる。
「受け取ってくれるか?」
差し出された絹を、ゆるゆると伸ばされた二つの小さな手で受け取る。
抱きしめて思わず涙が零れた。
「……うん……若様…」
 嬉しすぎて、他には何も言葉を返せなかった。


 いつか自分はこの絹を纏って若の隣に立つのだろう。
 その時はまだまだ遠い先だけれど。
 それでも、必ず。

着物を着替えて帯締めて
今日は私も晴れ姿
春の弥生のこの好き日
何より嬉しい雛祭


* *おまけ(その2)**

 若の部屋を訪れた千里の頬が薄紅に染まっていた。
「あの…若様…」
 扉を背に立ち尽くし、もじもじと何かを言いよどむ。
 言いかけては頬を紅く染め、両手で顔を覆い隠し、いやいやと首を振ってから、でも意を決してか顔をあげ。そして言いかけては。くり返し。
見ていて飽きないものだから、若も――決して意地悪くからでは無く―そんな千里の様子を笑みを浮かべて見守っていた。のだが。
 流石にこのままでは埒が明かないと、千里に歩み寄り肩を抱いて引き寄せたのは、既に四半刻ばかりが過ぎてから。
 顎をとらえ上を向かせる。
 視線を合わせれば恥ずかしそうに微笑む千里に、思わず口付けを落としてしまった。
 始めは啄ばむだけの軽いものが、柔らかな感触をもっと感じたくて、口付けはどんどん深く重なってゆく。唇を甘噛みし、舌を絡ませて。貪るように。
 長い時間の果てに小さな音を立てて離れた唇は、濡れた銀色に光る細い糸で名残惜しげに繋がれていた。
「若様…」
 くったりと身を若に預け、千里は先ほどとは違う意味で頬を紅く染めていた。
 若の腕にすがる手は、最早力など入っていない。支えがなければ、たちどころにへたりこんでしまいそうだった。
「何かあったか?」
 若の胸に寄せた耳に優しく届く問いかけに千里は小さく頷くと、そっと顔を上げ、こぼれるような微笑をこぼす。
 唇が動くのだけれども、微かすぎる声に若は耳を口元に寄せた。
「あのね…」


赤ちゃんが…できたの………

 それは千里、十六歳。若、ニ十八歳の、ある春の日の出来事―――

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