side A 響兵
「えっ…。」
響兵。DAS:VASSERのボーカル。
確かに、俺は細い。それに背もそれほど高くはない。
ファッションとしてロングカートもはく。
中性的だともしょっちゅう言われる。
…だからといって、男に見えないわけではない、と思っている。
なのに、今俺は男に襲われている。
スタジオでの練習が終わり、家に帰る電車の中、俺自身困惑しているが、
ただ明らかなのは、痴漢にあっている、ということだろうか…。
その男は、背も高く、すらっとした感じの人だった。
年は二十五ぐらいで、サラリーマンらしく、スーツを着ていた。
衣服の上から俺の後ろをまさぐっている手は確実に激しさを増している。
初め、痴漢だということを全く気が付かなくてほっといてしまったのが原因だろう。
逃げ道はない。
こんな時にかぎって電車の最後尾の、さらに端っこに俺は立っている。
練習後の疲れた体では立っているのがやっとだった。
座って帰りたかったが時はラッシュ。
壁にもたれ掛かれる分、運が良かったとそのときは思った。
それがこんなことになるなんて…。
そんなことを考えているうちに、いつのまにか俺はその男に抱き抱えられていた。
男の手は右手は上半身を撫で、左手は下半身へと伸びていった。
シャツの下の二つの突起を手の平で転がされ
下半身に伸びた男の手はそろそろと俺のアソコを撫でている。
抵抗はした。
けど、ただでさえ非力なのに、さらに練習後の疲れで立っているのがやっとなのだ。
「……っ…はぁっ…」
アソコをいじられて感じない男がどこにいるというのか。
しかも同じ男だ。
感じる所などすべて熟知しているのだろう。
感じずにはいられない自分の体がうらめしい。
男の手がズボンのボタンにかかった。
必死の抵抗のかいなく、男の手が侵入してきた。
直に握られ身動きが全くとれなくなった。
上と下を同じに責められ、理性をとばしそうになる。
すでにもう俺のアソコはかたくなっている。
細かに動く男の手は自分でする行為なんかとは比べられないほどいい。
この状況下で周りを忘れ、許してしまっているのはそのためだろう。
急に男がアソコの根元をきつく握った。
快楽の出口を失い、熱さが体中をかけめぐる。
「いいこだから、ここでは我慢して。」
そう男が耳元でささやいた。
「続きをしよう。楽しんでるだろ?ほら、こんなにたってる…。」
その言葉で羞恥心がつのり、我にかえった。
必死に身なりを整え、男を押し退ける。
「まもなくー、××駅に到着します。」
ちょうど地元についたとこだった。
電車をおり、逃げるようにその場から立ち去った。
「はぁ…はぁっ。」
必死に走ったからか、気が動転しているからか、
自分の家についても、胸の動機がおさまらなかった。
ベット倒れ込んだ俺は無意識にアソコに手を伸ばした。
まだ熱を持っていたアソコはあっという間にはりつめた。
「はぁ…っ……っぁあ…っ…。」
男の手の感触が残っている。
その手の動きをまねて自分自身を追い詰める。
一定のリズムを保ちながら、時々変化をつけて…。
いつしか俺の妄想はあの男ではなくなっていた。
あんな知らない男なんかじゃない。
今俺のを愛してくれてるのは「あの人」…。
そう思った瞬間、波が押し寄せてきた。
「はぁ…っ……ぁあ……い……ち…ろっ…っ。」
その名を口にしたと同じに俺の中の快楽がときはなたれた。
そう、あの人、俺の叶うことのない恋、その相手、DAS:VASSERのギター、一狼。
side B 一狼
その日、響兵の様子がおかしかった。
なにか思い悩んでいるような、心ここにあらず、といったとこだろうか。
目があってもすぐにそらされてしまう。
昨日は別になんともなかったのにな。
ついつい響兵に目がいってしまう。
「おい、響兵。やるきあんのか?」
ちょっと怒ったように秀暁がいった。
「あっ、ごめん。調子が悪くて。」
申し訳なさそうに響兵が答える。
ツアーが終わってまだちょっとしかたっていないし、疲れがとれていないのは明らかだった。
「…ったく、やめやめ。今日は終わり。帰って寝ろっ。」
怒ったように秀暁はいうが、これが彼のやさしさだということはみんなわかっていた。
「ごめん。明日には元気になってくるから。」
弱々しく響兵が答えた。
みんなそれぞれ機材を片付けていた。
そのなか響兵は一人思いにふけっていた。
…でも、昨日はもうちょっと元気だったのに、そんなことを思いながら響兵に声をかけた。
「響兵、飯食いに行かない?」
「あっ、えっ。」
なんだか戸惑っていた。
俺の方を向かない。
「あっと、俺も一狼に話があったんだ。あ、でも、金ない。」
やっとこっちを向いた。
けどまだなにかを考えてるようで俺の誘いにのってこない。
いつもなら俺が誘うと嬉しそうな顔をするのに。
すると、何か思いついたように響兵がいった。
「うち来る?」
「それもいいな。金使わないし。こないだ言ってた映画でも借りてみよーぜ。」
やっと響兵が笑った。
その顔を見て、俺も少し安心した。
実家住まいの俺はちょくちょく一人暮らしの響兵のうちに遊びにいってたし、よく泊まったりもしてた。
その日もいつもと同じような気持ちで響兵のうちに遊びにいった。
夜通し二人で曲を作ったり、バンドのことを話あったり、ケンカもした。
練習のときは無口な響兵も二人のときはなんでも話してくれて、嬉しかった。
響兵はステージの上ではあんなにも堂々としてるのに、
普段だとメンバーのなかですらあまりしゃべらない。
じゃあ、と秀暁と汰楼に別れをつげた。
くだらない話をしながら駅へと向かっていた。
響兵はなんども何かを言い出そうとしてて、けれどもそのたびに言葉を飲み込んでいた。
「電車混んでんなー。」
そう俺が言うと、響兵の顔が一瞬こわばった。
「どーした?」
「あっ、いや、なんでもない。あのさ、車両変えない?」
「え?どーして?響兵の駅の改札ってこっちだったよな?」
「あ、うん。そうなんだけど、ここ混んでるし…。」
「混んでるったってどこも一緒だろ。っと電車出るっ!いこ、響兵。」
そう言って強引に俺は響兵の手を引っ張って乗ってしまった。
…このとき、ちゃんと響兵の話をきいとけば良かったのかもしれない。
もっと響兵の気持ちをさっすることができたら、あんなことにはならなかったのかもしれない。
いや、でもこれで良かったのだ。
やっと自分の気持ちに気付く事ができたんだから…。
そう、俺、一狼は響兵のことが好きなのだ。
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