cross
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 正直、初めて見た時は愕然とした。
「…本気なの?」
 思わずたくみの口をついて出たそんな言葉に、流維は振り返る。
その目に見つめられて、ああ、まただ、と思った。
時折誰彼構わずに向けられる、攻撃的な瞳。
こんなにも露骨な視線を、身内でもある自分に向けられたのは初めてだったけれど。
「何が?」
「何が、って…この歌詞だよ」
「それ、どこか冗談に見える?」
 移籍後初のデモテープとなる曲の歌詞を書いてきたよと、
流維が何気なくたくみに渡したレポート用紙。
そこに並んだ詞のひとつひとつには、あからさまな意図が込められていた。
意図というよりは、悪意と言った方が良いのだろうか。
一見しただけで、卑下と分かる言葉の羅列。
 それなのに、さも不思議そうに問い返してくる流維に軽い眩暈を覚えて、
たくみは改めて口を開いた。
「だって、あれだけ良くしてもらった事務所に対して、これは言い過ぎじゃないの」
「昔いくら良くしてもらったからって、もう関係無いだろ。移籍したんだから」
「移籍だって…ホントは裏切るような形で抜け出したんじゃん。
その上こんな詞出したりしたら、あそこのみんながどう思うか考えた?」
 流維の鬼畜じみた眼に煽られる恐怖を押さえつけて、はっきりと云い返す。
その言葉が終わらない内に流維が足早に近付いてきて、
たくみの手から歌詞の書かれた紙を奪い取った。
「あの事務所の、誰が怒ろうが、社長が怒ろうが、俺らにはもう関係無いだろ?」
「そうじゃなくて、俺は良心の問題を云ってんの」
「踏み台にした事務所に対して、良心も何もある?」
「踏み台って…少なくとも俺はそんなつもりは無かったよ」
 流維の口から発せられる言葉は、今までに無いほど攻撃的で、
たくみの中の動揺と苛立ちを静かに煽ってゆく。
いつも笑ってその場を盛り上げるのがこれまでの流維の役所だっただけに、
半ば信じられないような思いで反論するけれど、
それを聞いた流維の頬には皮肉めいた微笑が浮かぶだけで。
「たくみ、今更何云ってんの?」
「今更って」
「云っとくけど、たくみも同罪だよ。俺たちと一緒にここに来た時点で、同罪。
それを自覚できてない奴に、いっちょまえに非難なんかされたくないね」
「…同罪って言葉使うってことは、悪い事したのは認めてるわけ?」
「悪い事?何が」
「踏み台にしたんでしょ。流維くんの言い方借りれば。
でも、流維くんにとっては踏み台でも、俺はあそこの方が居心地良かったよ」
 流維が眼を眇める。
見下ろしてくるその視線に、酷く軽蔑されたような気がして、たくみは口を噤んだ。
「そりゃあ大好きなしんちゃんも居るし、いざとなったら泣き付きもできただろうし、
たくみにとっては居心地の良い場所だったんだろうよ」
「しんちゃんは関係無いよ!」
「あ、そ。まあそれは別にどうでも良いんだけどさ。
お前が俺のしてきたことやって、それでまだ居心地が良かったなんて云える自信があるなら、
何時でもSoleilに戻れば。別に止めやしねえから」
 反射的に云い返したたくみに、流維の声が鋭さと冷たさを増す。
振り返った彼の、自嘲のような嘲笑のような表情に、たくみは一瞬身を竦めた。
「流維くんのしてきたこと、って…確かにリーダーで色々大変だったとは思うけど」
「色々、ね。大変だったよ。
バンドの為に、顔見るのも嫌な相手に媚びて抱かれてみたり?
正直、今までの人生の中で一番の屈辱だったね。
バンド伸ばすためにそこまでやった俺が、こんな歌詞書いたくらいで、
何で悪人みたいに云われなきゃなんねえんだよ」
「抱かれた…?」
 呆然として反芻するたくみを見遣って、流維は震える吐息で詰めていた呼吸を解く。
 …今でも鮮明に覚えている。
屈辱的な命令の数々に従って媚びたことや、
想像を絶する痛みに気を失いかけ、生理的な涙をこぼしながら
口唇を噛み締めて耐える流維を、ただ嘲笑う彼の眼と言葉。
内臓を突き上げられるような圧迫感と、体の奥に残る鬱熱にも似た不快感。
行為が終わってから何度も吐いたことも。
 そんなぼろぼろの心身でも、メンバーの前では明るく笑ってみせられたのも、
全てバンドのためと思えばこそだった。
 あんな苦痛と屈辱、もう二度と思い出したくも無いのに、
消せない過去が刻んだ傷は、流維の中でいつまでも傷口を開いたまま。
「抱かれた、って、流維くん」
「良かったな、社長のお気に入りが自分じゃなくて。
どっちにしたってお前には出来ないんだろうけどさ。
…そうやっていつまでも聖人ぶってろよ」
「流維くん…」
 吐き捨てるように云う流維は、こちらの表情まで歪むほどに痛々しい。
彼の態度がこんなにも変わってしまっているその理由が、
まさかそんなことだとは思いもしなかった。
 けれど――
「…それしか、無かった?」
「は?」
「あそこで生き残るために、本当にそこまでしなきゃいけなかった?
本当に、それしか…社長に体売って媚びることしか、
バンドを生き残らせる方法、無かったわけ?」
「なら、それ以外に何かあんの?イイ方法」
「普通に…頑張るだけで、良かったんじゃないの」
 苦し紛れに答える。
事実、バンド内の誰かが社長に気に入られれば、
そのバンドが優先的に良い待遇を受けられるという噂は何度となく耳にしてきた。
気に入られるというのは、端的に云ってしまえば、社長に抱かれると云う事。
流維が尊敬していた彼も、自分たちを後輩として可愛がってくれた彼も、瀞欄がもといたバンドの彼も、
皆社長に「気に入られていた」とか、そんな具体的な話もあって、
それを聞く度に複雑な気持ちになっていたものだけれど。
 それでも、そんな噂が本当だということは愚か、
自分のバンドまでがそんなやり方で上を目指していたなんて。
 …とても、厭、だった。
流維は流維なりに必死で、血を吐くような思いでやってきたのだろう。
けれどたくみは、純粋に音楽で生きて行こうと決めて、ALPHAに入ってここまで来た。
ALPHA時代も、Ashになってからも、バンドに関することはメンバー全員で決めようと約束していて、
今までそれが破られたことは無かったと思っていたのだ。
それなのに、流維が独断でそんな手段を使ってしまっていたことが、
悔しくて、悔やまれて、悲しくて。
だからただ、そこまでしてバンドを伸ばさなくても、と言いたかっただけ。
けれど流維は、容赦無くたくみの言葉の揚げ足を取ってくる。
「たくみはそう思うんだ。じゃ、体売って上に媚びる俺なんかと一緒にやってないで、
別のバンドに入って、ただ純粋に音楽で頑張ってみれば」
「俺、そういうことが云いたいんじゃなくて」
「ほんと、もういいから。たくみが何云いたいのか知らないけど、
とりあえず俺のやり方が気に食わないんだろ。
それならそれで別に良いけど、あくまで非難する気ならここから出てけよ」
「…………」
 云いかけた弁解を遮る流維の痛みをきつく感じる反面、
同居する排他的な口調には、フォローのしようが無いことをたくみは感じた。
それどころか、次第に流維の自己中心的な物言いには腹が立ってきてしまう。
 それに何にしたって、SINYAのことを持ち出すのはたくみにとってのタブーなのだ。
そのことへの意図的な復讐と云う訳ではないのだけれど、
こんな時、つい口を突いて出てしまう名前がある。
「…そんなんだから、紺さんに振り向いてもらえなかったんだよ」
「紺さん?ああ、あの人ならもう随分前に堕としたけど?」
「…え?」
「紺さんなら、もう随分前に、やっちゃたよ、って云ったの」
 一瞬の間を置いて問い返したたくみに、流維は一言ずつ区切って答えてきた。
その言葉の明確な意味が分からず、ただ流維を見詰めるたくみを見て、
流維は口許に薄い微笑を浮かべる。
「何時だったか忘れたけど、打ち上げの時にね。
かなりべろんべろんに酔ってる時に、好きです、って告ったら結構嬉しそうにしてたから、
そのまま拉致してホテルに連れ込んだわけ。
いつもは大人ぶってなびかない割に、大した事無かった」
 淡々と、何でも無いことのように云う流維。
何かにつけ紺さん紺さんと言って、尊敬してやまない姿を見せていたあの流維とは、
まるで別人のようだった。
あまりの豹変振りにたくみが返す言葉を見つけられない内に、
流維は留めのような言葉を吐き捨てる。
「もうどうでも良いんだよ、紺さんなんて」
「…そんな云い方、」
 云いかけて、途中で声が詰まった。
咎めようとした自分の声の響きは、余りに白々し過ぎる。
 ――確かに、流維だけが味わってきた苦痛がある。
プライドの高い流維にとって、その屈辱感、敗北感は並大抵のものではなかっただろう。
其れを知らずにここまでのうのうとやって来た自分には、
何をどう非難する権利も、流維の云う通り、無いのかもしれない。
それでも、流維のやり方には賛成出来ないのも事実だし、
かと云ってこのバンドを出て行く気など全く無いのも事実だ。
 けれど、そのように複雑に入り乱れる思いの中で、ただひとつだけ確かな感情があった。
「…流維くん、可哀想」
 溜息のような、掻き消えそうな声で、たくみは呟く。
其れ以外に、流維を表す言葉がなかった。
 そんなたくみの言葉が意外だったのか、一瞬だけ眼を見開いて、
――流維は上辺だけで笑う。
その眼は凍り付いたように何の感情も移さないまま。
「何、云ってんの?わっけわかんねぇ」
 返された流維の言葉は、明らかな嘲笑だった。
うすい口唇を噛み締めてから何か云おうと口を開いて――けれど、言葉が出てこない。
 流維の痛みも歪みも虚勢も、全てバンドを思う心の強さ故。
このバンドを大切と思う故のそんな傷を、
どうやったら自分如きが癒せる?
今までただ流維に任せ続け、頼り続けてきた自分が。
「…………」
 別れの言葉すら言い出せないまま、たくみは流維に背を向ける。
じゃあねとかまた明日とか、今まで何の気無しに使ってきた言葉を云うことが、
こんなにも気力の要ることなのかと思い知らされたのは初めてだった。
そして無言の静寂を破ることなく、部屋の外、流維と隔離された空間へと出て行く。
 ドアを閉める瞬間、流維の表情が今にも泣き出しそうに歪んでいるのが見えたような――。


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2人で遊んだ時に、話してたら思いついたネタ。Will you die?ネタです。
ていうかこんな早く書いてくれるとは思わなかった!すごい、偉い。
それも期待以上の出来映えだよぉ!さすがだ…。
「わっけわかんねぇ」 これを言わせたかったんだよねっ。
KAIKI×流維とか流維×紺とかそういうことはおいといて、
流維の苦しみとかたくみのショックとかを感じてもらえたらなと思います。
なんかホント…リアルだよ〜。


<のち>

2001.08.07


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