Dear my...
―――――――――――――――――――――――――
君が泣いていようが笑っていようが怒っていようが、
ただそうやって素直な感情を見せてくれるだけで嬉しいよ。
君は大事な人だから。
メンバーとかリーダーとか、或いは友達?恋人と云えたらもっと嬉しいけど。
でも、そういう名称以上に、君は偏に大事なひと、大事な存在なんだからね。
だからひとりで抱え込まないで、もっと傍に来て。
「今日は流維君、随分機嫌良いねえ」
「えー?」
俺の言葉に振り返る流維くんの顔には、やっぱりどこか嬉しそうな色が見えた。
今日は取材だとか打ち合わせだとか、一日中休む暇もないような一日で、
疲労も隠し切れてはいないんだけど。
「疲れた割には嬉しそうな顔してるよ」
「ああ。まあね」
「何がそんなに嬉しかったのー。俺もう疲れて死にそう…」
ぐったりして身を投げ出したままの俺をちょっと見やって、流維くんは微笑う。
ここ最近見られなかった、穏やかな表情。
移籍を決めた頃以来、初めて見たように思うその光景に、不意に胸を締めつけられる思いがした。
(…流維くん、一人で抱え込むからなぁ…)
リーダーという肩書きのためなのか、それとも本人の性格なのか、
何かと一人で引き受けて、一人で解決しようとする流維くんは、頼りになるようで、
時折壊れそうな表情をする。
そうやって俺の前では比較的よく弱さも見せるのに、それでも頼ろうとはしない
流維くんだから、不意に素直な表情を見てしまうとこんな思いになるのかもしれない。
「でもホント何か良いことあったの?話してよ」
「別に大したことじゃないよ」
「聞きたいの!」
「んー…まぁホントに大したことじゃないんだけどさ」
強情を張ってみた俺に、苦笑する流維くん。
大したことじゃないって繰り返すけど、あんな表情できるくらいなんだから、
きっと良いことがあったんでしょ?
倖せなんて小さなものの方が良いんだよ。
「何かさ…事務所変えたり、バンドの名前変えたり、瀞欄くんが入ったり…ホント最近
色々あったじゃん?それも殆ど俺が突っ走ってて…だから不安だったんだよね」
「不安?」
「うん。おまえ達がホントにこれで良いと思ってるのか、とか、…これは仕事の話に
なるけど、雑誌とかライヴとかちゃんと続けられるか、とか。
でも今日、すごい忙しかったけど、仕事が忙しかった分不安が解消された感じで」
それで嬉しかった。
流維くんが小さな声で、そう付け加える。
「…だから、とにかく有り難う」
「え?」
「艶たちがいなかったら、ここまで来られなかったし。
何かね、ちょっと感謝してる…俺のこといつも見てくれるしさ」
更に小さな声になって、いつもの流維くんからはとても考えられないような様子で、
そんなことを言われて。
「…………流維くん、まじ可愛い…
素直なお礼なんか言うのが気恥ずかしいのか、心なしか赤い顔をする流維くんに、
俺は思わずそう言ってしまう。
「何だよ、可愛いって!」
「だって可愛いじゃん!あー俺、流維くん好きでよかった…」
「バカ…」
“可愛い”を聞いた途端に普段の調子に戻る流維くん。
そんなところも好きだけどね。
でもやっぱり、時々そうやって少しだけ素直になって照れるところも見せて欲しい。
八つ当たりされたり、泣かれるのもそれはそれで頼ってくれてる証拠なんだろうし、
嬉しくない訳がないんだけど。
――実際、流維くんに八つ当たりされて泣かれた夜もあった。
不機嫌な雰囲気を隠そうともしないで、いきなり家に来て、そのくせ何一つ文句も言わないで。
「…何かイヤなことあったんだったら、話してよ」
沈黙が気まずくて、口唇を噛む流維くんが痛々しくて、
思わず考え無しにそんなことを言った俺に、流維くんは
あの傷つけられた動物みたいな眼を向けた。
「艶…」
「うん?」
「おまえ、いつもそうだ」
「いつもって…何かした、俺?」
「いつもそうやって、余裕見せてる。それが腹立つんだよ」
「……そう」
流維くんの抑えた声。
押し殺したような色々な感情が見え隠れする言葉に、俺は何も反論できなかった。
ただ一言、
「ごめんね」
と謝る。
途端、流維くんは俺を睨んでいた眼を逸らした。
すごく気まずいことをしてしまった時みたいな反応。
「…別に、余裕見せつけてるつもりはないんだけどね。
でも今は俺の方が余裕あるのは事実だしさ」
なるべく冗談ぽい感じで言ってみる。
一瞬だけ窺うように俺の方を見て、流維くんは溜息を吐いた。
震える吐息の延長線みたいな、掠れた弱々しい声で、俺こそごめん、なんて言う。
「…酷いこと言った」
「いいよ、別に。俺、そう簡単に凹むタチじゃないし」
「……艶、」
――俺、何なんだろ?
「…え」
聞こえてきた言葉に、思わず問い返してしまう。
およそ流維くんらしくない言葉だった。
流維くんはいつも元気に頑張ってて、ややもすれば突っ走り気味で、
何かあると凹むよりは毒を吐いたりアグレッシヴになるタイプで。
「…どうしたの」
項垂れて小さく震える流維くんの肩を、思わず抱き寄せる。
思っていた以上に痩せて細いことを、今更知った。
「今日は随分凹んでるねぇ」
抵抗しない流維くんをあやすように軽く揺らしながら言う。
不規則な呼吸の仕方で、流維くんが泣いているのが分かった。
「何かあるなら言っちゃいなよ。楽になるから」
「…俺さ…」
「ん」
「…何もできない。何なんだろう…俺」
「…………」
途切れ途切れで、疲れ切った声色の流維くん。
初めて見るこんな姿に、心配をかき立てられるのと同時に、
何故か俺は僅かな安心も覚えていた。
初めて流維くんの弱さを見た。
流維くんの虚勢の向こう側の、素直な思いを見せてくれた。
それが八つ当たりでも泣き言でも、どんな形でも、素を見せてくれたことが、
すごくすごく嬉しくて。
「…誰もさ、大したことはできないよ。誰も強くなんかない。
弱くて良いよ、流維くん、無理しないで」
思うまま、その言葉にどれだけの説得力があるかも分からないまま、
俺はそんなことを流維くんに言い続けたっけ。
結局流維くんはそのまま疲れ果てて寝ちゃって、次の日の朝には、
いつも通りの元気で毒舌な流維くんに戻ってた。
頬を涙で濡らしたまま眠ってしまったとは思えない笑顔で、
「昨日はゴメン」とか何とか言って。
流維くんが元通りになってくれて安心したのは当然だけれど、
その笑顔も無理してるのって訊きたかったことは、今でも言ってない。
「――艶?何ぼーっとしてんの?」
「えー?あ、うん、倖せに浸ってたの」
「まだ言ってるよ」
前のことを思い出してた俺は、内心慌てて取り繕う。
苦笑した流維くんの雰囲気は、すごく柔らかい。
――流維くんがそうやって笑ってる姿、大好きだよ。
でもたまには泣いてみせて。怒ってみせて。
どんな表情だって受け容れて、傍にいるから。
そして二人で一緒に眠って、二人で同じ夢を見られると良いね。
明日もまた、その笑顔が見られるように。
----------------------------------------------------------------------
ジャンヌの『Z-HARD』というアルバムに入っている「Dear
my...」を元にしています。
2人してこの曲に萌えてたよね!や、ホント良い曲なんですよ…。歌詞も、曲も好き。
「自分が小さく見える時もある 誰も強くなんかない」このフレーズが好きですね…。
そんでね、この曲だったら艶流維だねぇと。
その時の艶流維ブームの流れにのって、速攻で書いてくれたよね。お疲れさまです。
弱さを見せても頼ってはくれない、そのはがゆさってなんか分かります…。
でも頼ることのできない流維の気持ちも痛いほど分かって。
リーダーとか取りまとめる人ってきっと誰もがこういう辛さを抱えてるんじゃないでしょうかね。
<のち>
2001.06.08 yukio
Back