>>> 傍 <<<
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思えばかなり短絡的な、考え無しな言動だったと、自分でも思う。
でも別に、正義感がどうこうとか、年下のメンバーを庇おうとか、
そんな気持ちが働いたわけじゃなくて、
ただ偏に、自分が思ったまま――ぶっちゃけた話、むかついたが故の言動だった。
「masashiが悪いんじゃねぇだろ!」
気付いたら、そう怒鳴ってmasashiの前に立ちはだかっていた。
それはもう、脊髄反射みたいな速さで。
だから身構える間は愚か、歯を食いしばる間もなく、
次の瞬間には流維は床に倒れ込んでいた。
一瞬遅れて、殴られた左頬に物凄い痛みと熱が沸き起こる。
「ってー…」
「流維くんッ」
どうやら口唇まで切ってしまったようで、右手で口許を拭うと、
流維の白い掌にべったりとした液体が広がった。
慌てて流維の隣に膝をつくmasashiに大丈夫だと告げて、流維は溜息をつく。
――流維から見たら全く見当違いな事でmasashiを殴ろうとした「彼」や、
その代わりに思いっきり殴られてこんな怪我までしている自分や、
唖然としてこの様子をただ眺めている他のバンドの奴ら。
状況を見直せば見直すほど、ふつふつと新たな怒りが湧き上がってくる。
「…むかつく」
ぼそっと呟いて、流維は上体を起こした。
けれど其の途端に眩暈に襲われて、再び倒れ込みそうになってしまう。
咄嗟にmasashiが回してくれた腕に支えられながら、流維は「彼」を睨み付けた。
「どうした。立てないのか」
「あんたに心配されたくねーよ!」
「…脳震盪でも起こしたんだろう。誰か空いてる部屋に連れてってやれ」
「この野郎!」
その脳震盪の原因は自分だというのに、至極冷静に流維のメンバーに指示する「彼」。
方針も性格も正反対で、元々合わない奴だとは思いながら、
それでも何とかやってきたけれど、今回ばかりは堪えきれなかった。
立ちあがれない体を呪いながら、罵声に近い言葉を浴びせる。
そんな流維の腕を、そっと近付いてきた艶が押さえた。
「流維くん」
「っさい!」
「気持ちは分かるけど落ち付いてよ」
「何が分かるんだよ!いくらお前だからって余計な口出しすんな!」
「酷いなあ…」
興奮して艶にまで当り散らす流維だけれど、当の艶はあまり気にしていないようで、
流維の暴言にもやんわりと笑う。
masashiの腕から流維を受け取り、艶はそのまま流維を抱き起こした。
足もとの覚束ない流維の体重をうまく自分のほうに乗せて、部屋を出て行こうとする。
後からついて来ようとするたくみとmasashiにそっと目配せして、艶は微笑った。
「流維くんは俺に任せてよ。この人の扱い、俺が一番慣れてるから」
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少し離れたところに空き部屋を見つけ、艶はその部屋のソファに流維を下ろした。
足の方が少し高くなるように寝かせて、隣に椅子を引っ張ってくる。
腰を下ろして流維の顔を見やりながら、艶は静かに聞いた。
「大丈夫?気持ち悪かったりしない?」
「…気持ち悪くないけど、すっげー気分悪い」
「それは…気分的な問題だね」
手で両目の上を覆ったまま、吐き捨てるように答えた流維に苦笑する。
数秒の沈黙の末に、流維にそれ以上会話を続ける気が無いことを悟って、艶は口を閉じた。
そうする間にも、段々と赤く腫れてくる流維の頬に気付く。
少し考えた末、何か冷やせるものを探そうとして立ち上がった艶の手首を、不意に流維が掴んだ。
「どした?」
「…………」
「“一人にしないで”って?」
「お前…一度死ね」
「流維くんまでたっくんみたいなこと言うー」
低く掠れた流維の声に笑うが、恐らく艶の言葉が当たっていた事に疑いの余地は無いだろう。
決して離すまいと言いたいかのように、艶の手首を掴む手に込められた力がそれを物語っている。
探しに行くのは諦めて、艶はただ腰を下ろす。
何も言わない。
触れることもしない。
こんな時、流維は酷く傷ついて要ることを隠す術を持たないくせに、
一切の慰めや優しさを拒否するかのような雰囲気を醸し出す術は持っているのだ。
普通ならそれはとても扱い辛い人間なのだろうけれど、
艶にとって、流維は「扱い辛い」の一言に収まるような人間ではなくて。
「ごめんね、何も言えなくて」
「…いいよ」
「でも、ここにいるからさ」
「……ん」
何となく言ってみた言葉に、流維は微かに頷く。
相変わらず目許を覆う手をどけようとも、艶を見ようともしないけれど、
手首を掴む力が少し弱まった気がした。
…そうしてそのまま、何分が経っただろう。
全く唐突に、流維は表情を隠していた掌をそっとどける。
心なしか潤んで、赤くなった眼で艶の顔を軽く見やって、流維は溜息を吐いた。
「…俺、カッコ悪ぃ」
「なんで?」
「…正義漢ぶってメンバーの変わりに殴られて、立てなくなってさ。
へたり込んだままで怒鳴って、艶ちゃんにも八つ当たりして。
色んな人の前で」
「うーん…まあ事実だけど」
「うん」
「でも別に、カッコ悪いってことはないんじゃない?」
「悪いよ。バカみてぇ。それにそんなこと思ってる自分もカッコ悪い」
「…何か、難しい問題だね」
あくまで軽く、傷ついていないような風を装った口調の流維だけれど、
やはり全く隠し切れていない傷が見え隠れする。
それが分かるから、艶は敢えて慰めるような言葉を避けて答えた。
大体、こんな悩みに答えてやることなんて不可能なのだから。
だったら、何を言ってやれば良いのか。
どんな言葉をかけてやれば、少しでも流維の心の奥、
見えないところの傷を塞ぐ手助けになれるのか。
「…流維くん?」
「何?」
だるそうに答える流維の金髪の頭ををぽんぽんと軽く叩いて、
艶は少しだけ微笑ってみせた。
「流維くんが自分のこと嫌いでも、
俺は流維くんが流維くんだから好きだよ」
「はぁー?」
「どこがどうとか、そういう問題じゃなくてさ。
流維くんだから好きなの。
だからそうやって悩んで大きくなりなさい」
「ちょっと…何言ってんのかわかんないんだけど」
「ま、流維くんが辛い時には、手くらいいくらでも貸してあげるからさ。
またこうやって手ぇ握って傍にいてあげる」
「…バカじゃない?」
「えー? でもさぁ、そういう人がいるだけで結構安心しない?
流維くんも俺のこと嫌いじゃないでしょ?」
呆れたような視線を向けてくる流維に、艶はそう答える。
ね、と言って同意を求めると、ややあってから、流維は肩を竦めた。
「…まあ、ね」
聞こえるか聞こえないかくらいの、ごく小さな声での肯定の言葉。
思わず微笑って流維を抱き締めた艶が、流維の平手打ちを食らったのは言うまでもない。
end
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言葉よりも、その人の存在だけが意味を持つことがありますよね。
一緒にいてくれるだけで安心して楽になったり。
結局最後にはくだらない話で笑えるようになっている自分がいたりさ。
一人きりで悩み苦しむ程孤独なことはないです。
流維も結構1人で突っ走るタイプだと思うので…
艶さんは良い歯止め役になるのではないかと。
それにしても、こんな艶さんだったら私も欲しいよ。(笑)
<のち>
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