Precious
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「紺ちゃん紺ちゃんっ!!」

相変わらずの調子で、騒がしく駆け寄ってくる。
その声を聞いて立ち止まる紺。振り返れば、やはり声の主はユウヤだ。_
茶色の髪を揺らして廊下を駆けてきたユウヤは、紺の前で立ち止まる。

「おなかすいた。どっか連れてって何か食べさせて」
「…そんなこと、いきなり言われても」
「おなかすいた〜」
「一人で食いに行けばいいだろ、子供じゃあるまいし…」
「だからー、紺ちゃんどっか連れてってよ。一人で行ったってつまんないじゃん」

紺の言うことなどまるで聞いていない。
マイペースな自己主張に、紺が再び溜息をつくと、ユウヤはちょっとの間だけ口を噤んだ。
しかしそれもほんの一瞬のことで、すぐににこにこと機嫌良さげな表情をするユウヤ。
紺の頭に手を置き、笑顔のままで言う。

「紺ちゃん小っちゃいな〜」
「あのなぁ…」
「かわいいよね〜、紺ちゃんって」
「…おまえ、それ嫌がらせだろ?」
「何で? 紺ちゃん小っちゃくてかわいいじゃん」
「…………」

――メンバーの中で最年少のユウヤは、何かと話題を振っては、その場を盛り上げてくれる。
そのように、いちばん賑やかで奔放な性格だが、努力家でもあるのだろう。
ドラムが徐々に上達しているのは、メンバー全員の認めるところでもある。
けれど、こうして人が気にしていることなんかを、
悪気のないような顔をしてさらっと言ってくるところが憎らしい。

「…分かったから、その頭に手置くの止めてくれ」
「え、何かおごってくれんの?」
「それでいいから、手どけろ」
「やった〜、紺ちゃん大好きっ!」

仕方なく言うと、ユウヤはあっさりと手を離した。
本当はこれから少し寝ようと思っていたのだが、こうして屈託ない笑顔で喜ばれてしまうと、
今更嫌だとも言いづらい。
諦めてエレベーターの方に向きを変えると、ユウヤも横に並んでついてくる。
既に話題を変えて、好きなブランドの話をしているユウヤを見つめて、紺は苦笑してしまう。

「ホントどうしようもない奴だな、おまえ」
「なんでや!」
「何もかも」
「ひっどいなー、紺ちゃん」

口ではそう言ってはいるが、本当のところ、ユウヤはあまり気にしていないようだ。
さっさと先程の話の続きを始める。
ユウヤのおしゃべりに耳を傾けてやりながら、紺は、内心で三度目の溜息をついた。
甘いとは思うけれど、どうやっても、ユウヤのワガママにはかなわない。
まあそれも、かわいい弟分だと思えばこそのことなのだけれど。

「ねーねー、どこ連れてってくれんの?」
「安いところ」
「まあ、貧乏だもんね。オレたち」
「分かってるならおごらせるなよ」
「でもおごってくれるんじゃん」

そんな会話をしながら、スタジオの玄関を出る。
と、ユウヤは振り返って笑顔を見せた。

「紺ちゃんのそんなとこが好きなんだよねー」
「何でもいいけど、イスケとかには、“おごってもらった”なんて言うなよ?」
「だいじょぶだって、それくらい分かってるから」
「…………」
「何?」

あまりあてにならない“大丈夫”の響き。
どう返そうかと迷う紺に、ユウヤは不思議そうな顔をする。

「変なのー。早く行こ」
「分かったよ」

促されるままに、紺は歩き出した。


(ホント仕方ない奴だけど…。これでも、大切なメンバーなんだよな)


そんなことを思いながら。


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