片恋
―――――――――――――――――――――――――「・・・京くん、また寝てる」
思わず笑ってしまう。
撮影のために借り切った、都内のあるスタジオ。
楽屋のソファに横になって、京は、いつの間にか眠りについてしまったようだった。
どうやら熟睡しているようで、軽い寝息が聞こえる。
「京くんって、寝てるとカワイイよねー。ねえ?ダイくん」
京を起こさないように、小さな声でトシヤは、雑誌をめくっていたダイに話しかけた。
雑誌から目を上げて、ダイは曖昧に笑う。
「・・・ホンマ、よく寝るなあ」
「ね。疲れてるのかな」
「さあなー。いつも寝とるし、疲れてんのか何なのか分からんな」
「ひどいよ、そんな言い方」
ダイの言葉に困ったように笑って、トシヤはソファの傍にしゃがみこんだ。
手を伸ばして京の髪に触れ、くしゃくしゃと撫でる。
そうされても起きないあたりが、小さな子供みたいだ。
「・・・熟睡してる」
そう言って、にっこりと笑う。
すごく――この上なく愛しいものに対するような表情だった。
珍しくトシヤが見せたそんな表情を、ダイは、複雑な思いで見つめる。
トシヤにそんな顔をさせるのは、京しかいない。
同様に、京に同じような表情をさせられるのも、トシヤだけで。
それが何を意味するのかなんて、言うまでもない。一目瞭然だ。
「・・・おまえなー、そうやって見せつけんなよ」
「え? あ、・・・ごめん」
半ば無意識のうちに出た言葉は、あながち冗談でもないのかもしれない。
慌てたように立ち上がって、トシヤは照れたような笑顔で謝ってきた。
二人の関係を肯定されたようで、余計に切なくなる。
「あの、ダイくん・・・」
黙ったままの――いつもと違う雰囲気のダイを不思議に思ったのか、トシヤが名前を呼んでくる。
何だか、答えるタイミングが掴めない。
「・・・俺、コーヒー買ってくるね」
「ああ・・・・」
微妙な雰囲気になってしまったその場に居辛くなったのか、トシヤは財布をつかんで楽屋を出て行ってしまう。
その後ろ姿を見送って、ダイは、ゆっくりと京に近づいた。
――こんな、あどけないほどの顔で眠っている姿を見てしまうと、どうしても本気にはなれないのだ。
京からトシヤを奪ってしまうなんて、できそうにない。
「・・・俺も、情けない奴やなあ」
自嘲じみた言葉を、溜息交じりにこぼす。
欲しいのはトシヤのはずなのに、京にも甘いなんて。
「でもなあ、あんまり寝てばっかやったら、そん時は‥‥」
言いかけて、聞こえてきた足音に、そこで口をつぐむ。
それとほぼ同時に、先に撮影を済ませていた薫が、楽屋の扉から顔を覗かせた。
「ダイくん、撮影始めるって。準備できた?」
「おう、すぐ行くわ」
いつも通りの調子で答える。
薫がスタジオの方に引き返すのを見届けてから、ダイは、もう一度京を振り返った。
その光に透ける金の髪を撫でていたトシヤの姿を思い出して、あーあ、と苦笑する。
(しゃあないなあ。しばらく、このままにしといたるか)
――しばらくはこのまま、子供みたいな片想いを続けるのもいいかもしれない。
end
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