喫茶店物語
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どの出逢いが掛替えの無い出逢いになるかなんて、そんな事は後になってみないと分からないもの。
初対面の印象のままの付き合いになる人も居れば、
初めは仲良く慣れそうな予感がしても、案外すぐに分かれてしまう人が居たり。
逆に、初対面の印象が悪かった人ほど、後々、自分の掛替えの無い人になっていったりもする。
MICHIにとってのTAKUYAは、まさに最後のカテゴリーに分類される存在だった。
TAKUYAに初めて会ったのは、今から9年近く前。
その時受けた印象は、今でも良く覚えている。
明るく社交性もありそうで、周囲の人間を引っ張っていきそうな、
――自分の苦手なタイプだと。



×××



その日は何てことの無い一日だった。
学校のつまらない授業をやり過ごし、適当にその辺で時間を潰してから帰宅する。
――当時のMICHIは、意図的に家に居る時間を減らしていた。
三人兄妹の中で一人だけ母親との折り合いも悪く、家にいる方が気詰まりだったのだ。
そのため、何時もは十一時を過ぎてから帰るような生活を繰り返していたのに、
何故かその日だけは八時過ぎ頃には帰ってきていた。
それはほんの偶然やただの気紛れに過ぎなかったけれど、そんな些細な事で、人生は幾らでも変わって行くのだと。
後々、彼との出逢いに教えられる事になる。

「…ただいま」
「あら…今日は早かったのね」
MICHIの実家は喫茶店を営んでいる。
閉店時間を回り、人も掃けた店内に入ってきたMICHIを、母親は不思議そうな表情で出迎えた。
けれど彼女はすぐに店内を向き直って、残っていた一人の店員に声をかける。
「TAKUYA君、ちょっといい?」
「はい?」

呼ばれてこちらにやってきたのは、一人の青年。
エプロンを着けているあたりから察すると、大方アルバイトか何かなのだろう。
「…あんた誰?」
見慣れない、少年のような顔をしたその人に、MICHIは無愛想に問い掛けた。
しかしMICHIのそんな態度に気を悪くした様子も無く、彼――TAKUYAは軽く頭を下げる。
「初めまして。今日からここでバイトすることになったんで」
「この子がさっき言ってた下の息子なの。ほら、貴方も挨拶なさい」
「どうも」
母親に急かされて一言だけ言うと、MICHIは社交辞令程度に軽く彼の手を握った。
その手を、不快でないくらいの力で握り返して、TAKUYAはにっこりと笑う。
意思の強そうな目の割に、人懐こそうなその笑顔が印象的だった。
「MICHI君って言うんやろ? よろしくな」
「…こちらこそ」
「俺、MICHI君と一つしか違わないから。話し相手になってや?」

愛想の無いMICHIにも気軽にそう言う彼は、小柄で、細くて、一歳違いとは言っても年下のようにしか見えない。
それでも、彼自身のまとう雰囲気からは、彼の持つ社交性や魅力というものがありありと窺えて、それが余計に嫌だった。
それと同時に羨ましくもあった。
恐らく彼は、自分とは正反対のタイプの人間だろうと。
だから自らは近寄らないようにした。
自分と逆の属性を持つ人間に近寄る事で、自分の「影」みたいなものが浮き出るのを恐れていたのかもしれない。

けれど逆に、TAKUYAはMICHIによく声をかけた。
高校にも行かず、昼間からライブハウスを出入りしたり、そうでなければ用も無いのに店の方に入り浸るMICHIを、
当然、店長でもある母親は疎む。
それは他の従業員たちも同様のことだったけれど、何故かTAKUYAだけはそんな仕草一つ見せなかった。
MICHIが暇そうにしているのを見つけては、何かと話題を振ってくる。

「今日は何処のライブハウスに行ってたん?」
「何かいいバンド、あった?」
「今度俺の知り合いのバンド見に行かへん?」

――そんな他愛の無い話題ですら、以前だったら迷惑に感じていただろう。
それくらい、人と接するのは苦手だった。嫌いだった。
なのに何故か、TAKUYAに話しかけられるのは嫌ではない自分がいて。

「今日は、ただの打ち合わせ」
「最近、また見たいと思うバンドが無くてつまらない」
「機会があったら…」
そんなふうに、無愛想な、つまらない言葉しか返せない自分を、初めて悔しいと思った。

それでもTAKUYAは上手く会話をつなげていってくれる。
MICHIの短い、すくない言葉の中から、話題になりそうな要素を汲み取って。
その中で、お互いにプロ思考の下で音楽活動をしており、将来的に一緒にやって行くメンバーを探している事や、
TAKUYAには既に二人のメンバーがいることなどを聞いた。
二人が急速に近づいて行ったきっかけには、そんな事実も関わっていたのだろう。

「MICHIはヴォーカルやろ? まだバンドは組んでないん?」
「迷ってるところ。今やってる奴らとは、一回ライブやるつもりやけど…」
「そうなん? それ、俺も見に行きたいなぁ」
「来てもつまんないよ」
「またそんなこと言って」

投げやりな言葉を吐くMICHIに、TAKUYAは苦笑する。
こんなやりとりは、その後もかなり長い事続く事になるのだけれど。
「つまんないかどうか、それは俺が決めることやろ。何時やるん?」
TAKUYAの口調は優しいけれど、その中に、有無を言わせない、けれど不快でない強さというものがあった。
一瞬その不思議な強さに言葉を失ったMICHIだったけれど、すぐに答える。
「…再来週の日曜」
「じゃ、その日は早番にしてもらって行くから」
そう言って微笑んだTAKUYAに、自然と笑顔を返せる。

たったそれだけのことが、MICHIにとってどれほどの前進であっただろう。
他人との会話を嫌い、笑顔なんて滅多に見せなかったのに。
TAKUYAの前だと、何故か楽に話が出来る。素直に笑える。
今思えば、現在につながるふたりだけの愛情や信頼関係というものは、その頃からゆっくりと、密かに、
そして着実に育まれて来たものなのだろう。



TAKUYAの言葉を信じていないわけではなかったけれど、全面的に信用していたわけでもない。
だから、そのライブの日、TAKUYAがMICHIが家を出るのを待って、
何時頃に行けば良いのかと聞いてきた時には思わず笑顔を零してしまった。
「7時に来れば充分」
「じゃあそれくらいに行くわ。頑張ってな!」
交わした会話は簡潔で短いものだったのに、TAKUYAの励ましに、何故か張り詰めていた気持ちが解れて行く。
それには、単に同じアーティストを目指す者同士だから通じると言うものではなくて、
やっぱり個人としての信頼が関わっていたのだろう。

純粋にMICHIを可愛がっていたTAKUYAに、純粋にTAKUYAを慕うようになっていたMICHI。
その頃、お互いがお互いをどう思っていたかはもう忘れてしまったけれど、
その頃から信頼関係があったことは二人とも良く覚えている。



そうして言葉通り、MICHIのライブを見に来たTAKUYAだったけれど、
初めて耳にするMICHIの歌声には圧倒されるばかりだった。
彼が歌をやっているのは当然知っていたけれど、正直、これほどのものだとは思わなかったのだ。
音域や発声といった技量的な面にはまだ未熟さが残るものの、
その不足分をカヴァーして尚余るほどの表現力が、彼にはある。
自分の声の特性や、歌詞を最大限に生かす歌声の使い分けというものを知っている、
ヴォーカリストとして絶対的な強さが彼にはあった。

それを確信した時点で、TAKUYAの心は決まっていた。
MICHIと組んで、一緒に音楽をやってみたいと。



次の日、いつのまにか習慣のように店内の掃除を手伝っていたMICHIに、TAKUYAは単刀直入に切り出した。

「MICHI、俺と組まへん?」
「組むって…バンド?」
「そう、バンド。一緒に音楽やらへん? って事なんやけど」
「だってTAKUYA、もう二人メンバーが決まったって…」
「それはベースとドラムの奴だけや。
ヴォーカルだけがまだ決まってないんやけど、MICHIなら絶対にいい曲ができるって、今日確信した。
他の二人の人格も、俺が保証するから」
「…そんな急に言われても」

TAKUYAの誘いは、魅力的なものであるとは言え、唐突過ぎる。
今のメンバーとはいずれ分かれて別のメンバーを探すつもりのMICHIではあったが、TAKUYAや、
TAKUYAの集めたメンバーの実力がどの程度のものかも分からない。

何にしても、今すぐ返事をするのは不可能だから――そう答えようとしたタイミングを見計らったかのように、
TAKUYAはもう一度畳み掛けてくる。

「実力だって釣り合うと思うし、四人でやったら、理想通りの音が作れると思う。
…何より俺は、MICHIと一緒にやってみたい」

そう言って、まっすぐに見つめてくる瞳。
誰かから真剣に自分を求めてられるという事を、この時初めて、身を以って知ったように思う。
人から求められることの何たるかと、それにどう応えるべきかを、漠然と感じたように。
だからといって、その結論は単純だったかもしれない。
感情任せの、根拠の無い自信。人に言わせれば、「情にほだされた」と言われるかもしれない――
けれど、間違いではなかった。、
これほどまっすぐに思いをぶつけてくれるTAKUYAを信頼してみようかなという想いは、正しい選択を導いた。


「…よろしくお願いします」



そう言って、初めて自ら手を差し出したあの日。
8年以上も前のあの日の事は、もう手の届かない遠い遠い日の出来事のようだけれど、
今でも二人の記憶の中では鮮明な思い出だ。
そして今も、あの日に握り合った手は繋がれたまま。



「あーもうっ! 自分で出したもんは自分で片付け、いつも言うとるやろ!」
「今片付けようと思ってたんだってば…そんなに怒らないでよ。ね?」
「甘えてもダメ」
「そんな冷たいこと言わないでよ。俺、たくちゃんのことがこんなに大好きなのに」
「それは知っとるから。ほら、俺に抱き着いてる暇があったらさっさと片付ける!」

――MASCHERAとしての夢は終わりを告げたけれど、幸せな日常は続行して行く。


そう。
今は、二人だけの夢を一緒に見ている。

 

++end++



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+アトガキ+

はいはい、やっと公開できました、喫茶店物語★
雪緒ちゃんが私の誕生日にくれたものです。(愛)
そして、本当にミチ実家は、喫茶店でカラオケ屋。謎。
学生時代は無駄にずっと店でボーっとしてて、
店員に「あれは店長の差し金か」と疎まれてたそうで。
そんでもってタクちゃんは学生時代バイトでフライパン振ってたそうで。
んじゃーミチん家でバイトでいいじゃん、とこの構想ができたわけです。
この話は架空です。
本当はタクちゃんがミチのやってたバンドの解散ライブを見て
一目惚れしたとか。
それも「骨格」に一目惚れしたそうです。(笑)
でも本当にこんな出会いだったらいいね♪
「喫茶店物語」は仮題だったんですけど、
いい題名が思い浮かばなかったので、これにしちゃいました。テヘ。

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