プロミス
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雨が降っていた。
ついさっき振り出したばかりだったのに、今はもう、地面に叩き付ける音がうるさいくらいの激しい雨。
お互いの小さな声なんか、ほとんど聞き取れない。
だから、腕を伸ばした。
いつからそうしていたのか、ぐっしょりと濡れて冷え切った肩を抱きしめる。
躊躇うように抱きしめ返す指先が、細かく震えているのが分かった。
…今まで、訴える言葉ひとつなく。
訴える表情ひとつなく。
そして今、彼はどんな思いでここにいるのだろう。
どれだけの痛みを抱えたまま、こうして抱き合っているのだろう。
抱きしめた場所から震えが伝わってくる。
嫉妬とエゴと、当然の権利を侵される苦痛を、笑顔で受け流したその結果がこれだ。
痛みは全て伝えて欲しかった。
痛みを感じない振りで、忘れた振りで、守れるものなど何もないのだから。
「…ごめん……」
きつく、痛いくらいに抱きしめて呟く。
何かのまじないのように、繰り返し繰り返し、何度もその言葉だけ。
それ以外に伝えたい言葉なんてなかった。
伝えられる言葉はそれしかなかった。
それっぽっちで、自分が彼に刻み付けた傷を癒せないことは分かっている。
それでも繰り返さずにいられない。
それが、不器用な二人の愛。
「ごめん…ごめん、タクヤ……気付いてあげられなくて……」
×××
「…飲む?」
ベッドの上で膝を抱えたタクヤに、ホットコーヒーの入ったカップを差し出す。
一瞬躊躇ってから、タクヤはそれを受け取った。
ようやく血の気の戻り始めた頬に、ぎこちない笑顔をかたどる。
「…ありがとな…」
「ううん。…ここ、いい?」
隣を指して尋ねると、やっぱり一瞬置いて頷く。
以前と変わってしまった仕草に、激しい痛みを感じた。
けれどなるべくそんな様子を見せないように、ミチはタクヤの隣に腰を下ろす。
「寒かったでしょ…いつからあそこにいたの?」
「…1時間…くらい」
「…………」
「馬鹿やなぁ。俺」
1時間。
この季節、それだけの時間をつめたい雨の中で過ごしたタクヤを思うと、また言葉が見つからなくなる。
そんなミチの沈黙を呆れと受け取ったのか、タクヤは自嘲的な微笑みを浮かべた。
ミチがかけてやった毛布で覆われた膝に顎を乗せて、こちらを見ようともしないまま、少しずつ言葉をつなぐ。
「…俺はもうええから、ガクんとこに行ってやれ、って言おうと思って…
そのためにあそこまで来たのに、どうしてもそれ以上は行けへんかった」
「……うん」
「それで…本当は、もう帰ろうと思ってたんや」
「…うん…」
頷くことしかできない。
タクヤをそんな行動に駆り立てた、その理由が痛いくらいによく分かるから。
「ガクトがそうするから」
そんな安易な理由で、タクヤの前であろうと何だろうと構わずに、ガクトを抱きしめ、ガクトにキスをしてきたのは自分だ。
そして、そんな時にも何も言わないタクヤに甘えていたのも、他ならぬ自分。
意識のどこかで知っていた自分の残酷さが、今になって自分を傷つける。
タクヤに刻んだいくつもの傷を思い知らされる。
「…すぐ、帰るから。ごめんな」
「駄目」
「駄目やない。もう終わりにしよ」
「タクヤ、聞いて」
ごく穏やかな口調で、けれど強い意志を孕んだタクヤの言葉に、本能的な恐怖にも似たものが走った。
大切なものを失ってしまうという危機感。
衝動的に、タクヤの体を抱きしめる。
前にこうして抱いた時よりも、またいくらか痩せた。
そんな事に気付かないくらい、こうしてタクヤを抱きしめることがなかったなんて。
「…俺は、タクヤよりもガクのことを優先してきたよね」
そう切り出すと、タクヤの体がぴくりと震える。
抵抗はしない、けれど抱きしめ返してもくれない体をますます強く抱いて、ミチは続ける。
…自分が犯してきた残酷な所業を見つめることは、とても辛いこと。
でも、そこから逃げ出して、大切なものを失うのは、何よりも辛いことだから。
「それは、自分でも分かってたのかもしれない。でも、それはタクヤに対する甘えだった。
…自分でも、そんな理由で許される事じゃないとは思う」
都合が良すぎると、分かっている。
それでもこれが、最後に残った答え。
「分かって欲しいなんて言わない。ただ、聞いてほしい」
「…なに…」
震えた声で、急かすように問うてくる。
抱きしめた体を少しだけ離して、ミチはタクヤの目を見つめた。
これが最後の謝罪。そして最後の告白。
「…俺がいつまでも傍にいたいのは、タクヤだから。
それだけが、俺の本当の望みだから」
…そうして、どれだけの時間が流れたのかは分からない。
雨が止み始めて、静寂が二人を満たし始めた頃、タクヤがふいに身じろぎした。
躊躇いがちにミチの背に腕を回して、縋るように抱きしめる。
「…本当に、信じてええの…?」
×××
遠い夜明けまで寄り添って過ごしたい。
何もなくても、ただ、触れ合う場所から伝わる優しさだけはなくさないように。
言葉は交わさなくても、キスで相手の想いを感じて。
「…何で、こんなにミチのことが好きなんやろなぁ…」
口唇を離すと、タクヤはそう言って微笑んだ。
ようやくやわらかな光を取り戻した瞳から、幾筋もの涙が零れる。
「…俺もね、どうしてこんなにタクヤが大切なのか分からないよ。でも、それでいいんじゃない?」
だって、愛に理由なんて要らない。
ただ、改めて知った大切なものを、二度と手放しそうにならないように。
この愛しさを、それゆえの痛みを、決して忘れないように。
それだけが、二人をつないでゆく約束。
<END>
**********************************まだ解散の知らせが来る前に雪緒ちゃんが私にくれたSS。
PCが壊れてネット出来ず落ち込んでいたときでした。ホントにありがとうね!
そして復帰し、さぁミチタクやるぞーーー!というときに解散の知らせ。
このままミチタクを続けて行きたいけど…。正直どうしたらいいのか分かりません。
だってこんな同人女ですけどMASCHERA大好きなのに…。
でももしかしたら「もうミチタクやめて」っていう人もいるかもしれないな〜とか思って。
もしよかったらあなたの意見をお聞かせ下さいね。