絡繰運命 <前>
自分に好意を寄せる後輩が可愛くないわけがない。
アイジだって人並みの心は持ち合わせているのだし、そんなことは当然だ。
ならば何が悪かったのか。
その答えはひとつしかない。
Toshiyaの性格だ。
マイペースな仕草から喋り方から、どこか間の抜けた言動、何か指摘されるとすぐにおどおどして
謝る様まで、全てがアイジの嗜虐心をそそった。滅茶苦茶に痛めつけたくなる。
そう、Toshiyaがアイジと出逢ってしまった運命自体が、そもそもの間違いだったのだ。
――そんなことを言うと、アイジの腕の中で、キリトは可笑しそうに笑った。
「何だよ」
「ローディーにまで手ェ出すなよ」
「んー・・・手出しっつーか味見?」
「オマエ最低」
平坦な口調で言って、キリトはアイジの額を指先で弾く。
「・・・ま、Toshiyaはちょっとイライラするけどね」
「だろ」
「アイジの場合は単にアイツで遊びたいんだろ」
軽くかわして、キリトは笑う。
彼には嫉妬心や執着心というものがなくて、アイジが他の女や、稀に男を抱いても、
怒ったり拗ねたりした試しがない。
自分に害のない、或いは面白いということなら、大概のことはあっさり受け止めるのだ。
そしてどうやら今回のアイジの意図は、後者の方に引っかかったらしい。
「そんなシチュエーションだったら、いくらでも作ってやるよ」
歌うような口調でキリトは言う。
残酷な悪戯を思いついた子供のような微笑みに、アイジも口唇だけで笑った。
キリトの言葉が実現したのは、それから一週間もしない日のことだった。
ライブハウスでのライブをこなしたピエロだったが、その最中に、機材のトラブルで
アイジのギターの音が出なくなるという場面ができてしまったのだ。
その時の機材の担当はToshiya。
トラブルの原因も分からないまま必死で謝るToshiyaに、他のメンバーは笑って応えていたけれど、
アイジにはその原因は分かっていた。
「・・・お前だろ」
部屋の隅でペットボトルに口をつけていたキリトに問うと、彼は平然として答える。
「場面設定してやるって言っただろ?これで苛める口実ができたしね」
「性格悪いなー」
「お互い様」
酷く残酷な会話に、ふたり顔を見合わせて笑った。
そこに、Toshiyaがおどおどした様子でやってくる。
「あの、アイジさん・・・」
「・・・ああ」
躊躇いがちな呼びかけに、アイジは、瞬時に表情を切り替えて冷たく返した。
それを聞いてたキリトが、背後で眼を細めて笑う。
――そうして、人形遊びの始まり。
自分の予想以上の惨劇が待ち構えている事など、Toshiyaは知る由も無い。
打ち上げの会場を抜け出し、ホテルの一室で二人きりになったところで、アイジは
ごく冷淡な口調で切り出した。
「で、言い訳は?」
「言い訳っていうか・・・本当にごめんなさい。ちゃんとチェックしたんですけど・・・」
「でも実際はどっかおかしかったわけでしょ?」
「・・・・・・はい」
アイジの容赦無い返し方に、Toshiyaは頷いて黙り込む。
事実、Toshiyaのミスはこれが初めてというわけではない。
第一にToshiyaは性格的にマイペースで、その上どこか要領が悪くて、
一生懸命やっていてもどうしてもミスをしてしまうのだ。
そんな辺りが、見ているだけでイライラする。
「・・・大体さ、お前ローディー辞めたら?向いてねぇよ」
「それは分かってます・・・っ」
「自分のバンドだったらともかく、ピエロに迷惑かけてるんだぜ?
“悪気は無いんですけど”で済むと思ってんの?」
「・・・・・・っ・・・・・・」
アイジの叱責に、Toshiyaは口唇を噛んでうつむいた。
確かにアイジの言っている事は正論なのだが、その口調は必要以上に刺々しいような
気がしてならない。
他のローディーの仲間が同じようなミスをしても、こんなには責めないだろう。
・・・もしかしたら、機嫌が悪いのかも?
――そんな薄い望みをかけてみたりするけれど。
「ホント、役に立たねえ奴」
「・・・ごめんなさい」
短い、けれど残酷な言葉に、涙が溢れそうになる。
Toshiya自身、自分がローディーに向いた性格だとは思っていないのだ。
それなのに、何故ピエロのローディーに就いたかというと、理由はただアイジの傍にいたかったという事。
自分にはない華やかさを持つアイジに魅せられて、憧れて、辛いのを承知でこの仕事を選んだのに、
現実は予想以上に辛いことばかりだ。
「・・・ごめんなさい・・・」
他に言う言葉が思いつかなくて、目を伏せたまま、もう一度繰り返す。
そんなToshiyaを見つめて、アイジは溜息をついたToshiyaの肩が震える。
「どうしてもローディー続けたいわけ?」
「それはもちろん・・・アイジさんさえよければ」
「そんなに俺のことが好き?」
「え!?」
軽く問い返すと、Toshiyaは面白いまでにわかりやすい反応を返した。
白い頬が一瞬で赤く染まる。
「俺の近くにいたいからローディー続けたいんだろ?バレバレだっつーの」
「・・・あの・・・あ、・・・ごめんなさい」
「さっきから何謝ってんだよ」
自分でも無意識なのか、或いは癖なのか、咄嗟に謝るToshiyaを鼻先で笑う。
「どっち?ローディー辞めてもいいの?」
否定の答えを見越して問うと、Toshiyaはふるふると首を横に振った。
追い詰められた姿が、痛々しい程に可笑しくて。
「辞めたくない・・・です。続けたい・・・」
「なら、楽しませてみろよ」
「は・・・」
冷めた眼で見上げる。
その言葉の真意が読みとれなくて口ごもるToshiyaに追い打ちをかけるように、
アイジは奇麗に微笑んだ。
「俺を楽しませられたら、ローディー続けてもいいよって言ってんの」
「アイジさん・・・何言って・・・」
「嫌?じゃローディー辞める?続けたいんじゃなかったの?」
「・・・あ・・・・・・」
容赦のない言葉が突き刺さる。
いつだってそう。
この人は、相手の言葉を自分の武器に変える方法を知っていて、それが道理であれ非道理であれ、
反論させない物言いをするのだ。
「どうすんの?」
追い詰めるように問いかけると、Toshiyaは目を伏せて言葉を失う。
薄い唇を噛んで戸惑うその立ち姿は、まるで少女のよう。
無理矢理に押し倒したいような衝動を感じなくもない。
残忍な想像に、つい笑い出しそうになる。
「早く決めないと、俺帰るよ」
「・・・・・・・・・」
口唇を僅かに開いて、すこし視線を彷徨わせた後、Toshiyaは言った。
「・・・・・・やります」
屈辱の証拠に、いくつもの痣を胸に散らした。
逃れたい本能と、アイジの傍にいたい願望に苛まれて抵抗も反応もできない姿を、言葉でなぶって。
そうして、やさしさの欠片もない仕方で、無理矢理犯した。
「・・・どうした?出来るんだろ?」
「ぃっ・・・あ!」
アイジの上に座り込んだまま動けないToshiyaに、意地悪く問う。
促すつもりで腰を掴んで軽く揺すると、Toshiyaは細い悲鳴を上げた。
その辺の女よりも細いような足腰。
内股に伝う赤い血が、何だか妙に哀れを誘う。
「んっ・・・も、やだ、あぁ」
動くことすら侭ならないのか、Toshiyaは震える指でアイジの手首を掴んだ。
何とかして逃れようとしているのだろうが、その追い詰められた様が、逆に嗜虐心をそそる。
「やるって言ったじゃん。嘘吐き」
「ひっ・・・あぁあ!」
「・・・つまんねえなー」
どうしても動こうとしないToshiyaに軽く舌打ちして、アイジは無理矢理に体勢を入れ替えた。
その瞬間、Toshiyaが声にならない悲鳴を上げて、逃れようともがく。
「怖い?」
体重をかけて押さえ込みながらそう問うてみると、Toshiyaはこくこくと頷いた。
こちらを見つめたまま言葉を失う姿に、ますます煽られていくのが分かる。
この痛々しい表情が、余計にこちらを駆り立てるのだ。
「・・・ぁ・・・ゃぁ・・・っ」
青ざめた頬に涙を零しながら、Toshiyaはアイジの責め苦から逃れようと身を捩る。
その不用意な行為で、余計な痛みを負うことになるとも知らずに。
「・・・あっ・・・あっ・・・あ・・・・・・!」
アイジが腰を動かすたびに、押し出されるようにして声を上げる。
アイジの肩に縋るように掴まって、強く爪を立てて。
「っ・・・ぅ・・・」
「痛いだろ。“こんなに痛いなんて知らなかった”?」
「・・・・・・ゃだあっ・・・離し、て・・・っ」
残酷な言葉と行為に、ぼろぼろと涙が零れる。
――そう、知らなかったのだ。アイジの言う通り。
けれどそれよりも、こんな行為にもつれ込んでしまったことの方が痛かった。
アイジの体が欲しかったわけじゃない。
抱きしめて欲しいともキスして欲しいとも、一度だって思ったことはなかった。
ただの憧憬。純粋な尊敬。
誰とでもすぐに仲良くなれる人懐こさや社交性、それに、同じアーティストとして魅かれていた。
だから、傍にいて、その姿を見ていたかった。
それだけの話なのに、この結末はあんまりだ。
自分で選んだ結末とは言え、ひどく痛い。
体と、体より体の奥。
心が痛い。
「やめて・・・やめて・・・・・・」
「今更何言ってるんだよ」
肩を震わせて哀願するToshiyaに、アイジが返すのは冷酷な微笑みと言葉だけ。
Toshiyaのか細い悲鳴を聞きながら、アイジはそのたよりない体を姦し続けた。