●空虚の解析(中編) |
神撫手における知欠ポイントの提示と解説。 ●下位知欠ポイント 【怪盗編】 ・左肩を銃で撃たれたのにピンピンしている主人公(第1話「神の御手」) 彰人少年の神撫手能力を利用するため、彰人少年を捕えようとする悪の組織。 彼らは逃げる彰人少年の左肩を拳銃で撃ち抜きます。 彼らにとっては大切なのは彰人少年の右手と頭だけであり、他の部位はどうなっても良いという話です。 ……いや、左肩撃たれただけでも死にますから。 その後、何の手当ても施さないまま「絵を描け」と強要。 真面目にやらないならもう一発くれてやる、と銃口を左肩に突きつけます。 だから、撃ったりしたら絵なんて描けませんから。 その後、主人公はさっきの傷など忘れたかのように、元気に走りまわり、格闘します。 (解説) まあ、実際のところ僕も銃で撃たれたことなどありませんし、銃で撃たれたらどの程度行動力が低下するかなどわかりません。 でも、先ほど銃で撃ったばかりの人間に「絵を描け!」はないと思います。 描かないならもう一発くらわす、など論外でしょう。 この描写自体はまったくリアリティを感じさせない、作品に対し疑問を感じさせるよろしくない描写と思いますが、しかし、あくまで漫画であること、また少年誌に掲載されていることを考えれば、何とかして頑張って騙されてあげたいと思わなくもないギリギリのレベルではあります。 この描写が読者に不信感のタネを植え付けたことは確かですが、しかし知欠ポイントとしてはまだまだ序の口、限界ギリギリ許容範囲の枠内です。 また、銃で撃たれてもピンピンしている、という知欠描写は他の漫画でもしばしば見受けられます。 知欠ポイントの中では比較的良く使われるテクニックです。 堀部先生も基本に忠実に、稼げるところで知欠ポイントを稼いだというところでしょうか。 ・電気信号は物質に数百年単位で留まる(第1話「神の御手」) 神撫手の能力とは、生物の脳や神経などに流れる微弱な電気信号を紋を有した手で増幅・発信し、触れた対象物に超常的変化をもたらすものだと作中で定義されています。 そして、主人公の母親(春栄)の神撫手能力は「物に触れることでその所有者の思いや技術を取り込み、その人物に完全になりきる」「物質に自分の思念を残し、他人に伝える」というものです。 電気信号をどう増幅すればこのような効果が得られるのかさっぱりと分かりませんが、ものすごく好意的に解釈すれば、増幅した電気信号をそれら物質に留めておいたということでしょう。 ですがここで問題となるのは、春栄の残留思念の読み取りが特殊な能力である以上、残留思念そのものは誰でも残せるものでなければなりません。 春栄は名画に触れ、「思いや技術を取り込んだ」らしいですが、その「思い」や「技術」も何らかの形で名画に残ってなければなりません。 この場合、その「何らか」は電気信号と考えるしかないように思われます。 神撫手能力者でもない一般人が残した「思念」や「技術」、これが電気信号だとすれば一般人の脳から発せられた微弱な電気信号は物質(この場合は名画)に数百年単位で留まることになります。 (解説) このようなツッコミを行う場合、僕たちは「しょせん漫画である」という認識を大切にしなければなりません。 つまり、しょせんフィクションの世界なのですから、科学的な厳密さは必要ではないのです。 問題なのは、その物語の中で整合性が取れているか、嘘八百であろうと(大方の)読者を納得させられるか、騙し通せるか、ということだと思います。 このケースでの問題点は、神撫手能力の由来を電気信号に定義したにも関わらず、その直後に「電気信号に何の関係があるんだ」と思わせるような春栄の能力設定を持ってきたことでしょうか。 彰人少年の幻覚能力なら、まだギリギリ騙されてもいいレベルだったんですが。 春栄の能力が電気信号と関係性の掴み辛いものですから、これにより「神撫手は電気信号うんぬん」という”騙されてあげたい設定”に冷や水をかける結果となっています。 いわば「神撫手」という集合的な設定は許容範囲であっても、個別的な事例である春栄の能力は”集合的な設定”に即しておらず、早くも神撫手という設定そのものを胡散臭くしているのです。 これにより、神撫手能力がより薄っぺらい空虚なものになっていますから、見事な知欠描写といえるでしょう。 ・「一つの物質」に残せる思念は「一つのみ」(第2話「切り札」) 春栄が一つの物質(この場合は主に春栄の描いた絵)に残せる思念は一つのみ、と鴨婆が説明します。 しかし、ここで僕たちは当然このように思うことでしょう。 「ひとつの思念ってなんだ」 と。 物語的には、主人公に多数の絵を集めさせ少しずつ情報を開陳していかなければならないため、このような設定にしたのでしょうが、「主人公に他の絵を集めさせる」理由付けに「一つの思念」などという概念をを用いたのは明らかに失敗でしょう。 なぜならば、思念を単位付けするなど通常人には理解が及ばないからです。 「ひとつの思念」と「ふたつの思念」の区別なんて誰にもできません。 こんな良く分からない「一つの思念」などという概念を持ち出したために、主人公が絵を集める動機がぐっと薄っぺらくなったように思われます。 (解説) ここはかなり高度な知欠ポイント。 中位知欠ポイントに入れても良いくらいです。 なぜなら、これからの彰人少年の行動目標である「絵を集める」動機付けにおいて失敗しているからです。 「ひとつの思念」というムチャクチャな概念を持ち出し、読者が「絵を集めることで得られる情報量」の具体的なイメージを持つことを阻害しています。 このように、ちょっとした言い回しに気を付けるだけでも読者を物語から遠ざけることができるのです。 自分でさえ具体的にイメージできない概念をしれっと使うことにより読者の理解を鈍らせるとは、実に良い仕事です。 母からのメッセージを得るために絵を集めるという動機付けは一見分かりやすいものですが、「どの程度の量の情報が得られるのか」を曖昧にすることで、「本当に何枚も集めなきゃいけないのか?一枚で事足りるんじゃないか?」などの疑問を喚起しているのです。 知欠テクニックとして、物語の重要な部分(主人公の行動理由など)は「一見分かりやすいが、必然性があるのかどうか割りきれない」ものにすることを押さえておきたいですね。 もっと明確に「必然性がない」ことを読者に確信させられれば、さらに程度の高い知欠ポイントとなるかもしれません。 ・神撫手は一日一回しか使えない……らしい(第2話「切り札」) 第2話にて追加された神撫手の設定「神撫手は一日一回しか使えない」。 あの……第1話では二回使ってますけど……。 (解説) 堀部先生が「矢吹先生の後継者」と言われることとなった皮切り。 伝説の設定返し。 1話目の話を2話であっさりと破壊しました。 シンプルですが、強大な破壊力を秘めた知欠ポイントです。 5話前とか10話前の話ではなく、わずか1話前というのがすごいですね。 このように破壊力の高い知欠ポイントを早くも2話から用いることにより、読者に「やべえ、この作者マジで何も考えてない!」と思わせることに成功しています。実に見事です。 堀部先生はこれがやりたくて週刊連載を勝ち取ったんじゃないかと邪推してしまうほどです。 ・一眠りすれば回復するの?(第3話「少女」) 上記「神撫手は一日一回しか使えない」に関連し、第3話冒頭の鴨婆のセリフ「一晩眠れば回復するでの」。 この日の夜、彰人少年は盗みに入り、その場で神撫手を使います。 そして、この一言。 「一眠りしてきて正解だったな」 一日一回とは聞いていましたが、「一眠り」が能力回復のタイミングですか。 要するに精神的体力を考えると一日一回が限度で、精神的体力が回復さえすれば能力使用OKということでしょうが、それでは結局「精神的体力次第」ということになり、一日一回という設定があやふやです。 どうして遊幽白書などで「一日〜発」の縛りを厳密に描かないのか分かった気がします。 回復のタイミングは言及すればするほど曖昧になるからです。 (解説) 触れなくていいところを触れることで物語を薄っぺらくする、藪を突ついて蛇を出した好例。 回復のタイミングについて触れることでわざわざ"一日一回"の能力制限を曖昧にしています。 第3話の描写だと日が変わったかどうかも怪しいですし。 黙っておけば、第2話から一日なり二日なり経ったということで脳内補完できるのに見事な薮蛇です。 読者が脳内補完で補おうとするところを作者が言及し、さらに物語を悪い方向へ進める。 物語に及ぼす影響自体は小さいですが、テクニック的にはかなり難しい部類に入ると思います。 ・ドガの「少女」のモデルが楓花?(第3話「少女」) 楓花がドガの「少女」(のパスティーシュ)を欲しがる理由は、少女のモデルが楓花だったからというお話。 しかし、ドガの「少女」として展示されてきた少女のモデルが楓花というのは一体どういうことなんでしょうか。 モデルが違っても、それが「ドガの『少女』」として今まで成り立ってきたということは、春栄は楓花をモデルにする気がさらさらなく、自分の神撫手能力だけで描いたということでしょうか。 (解説) 結構重要な知欠ポイント。 第3話で最も重要なポイントである「なぜ楓花はドガの『少女』を欲しているのか」という疑問に答えを出したつもりで、より混迷の度合いを深めるだけになっています。 好意的に読み解けば、ドガが描いたであろう作風や当時の画材を用い、ドガの『少女』の構図で楓花をモデルに絵を描いたということでしょうが、それがいままで「ドガの『少女』」として扱われていたことを考えると、本当に春栄が楓花をモデルにする気があったのかどうか疑問です。 ものすごく好意的に読み解けば、春栄の「少女」がモデルを楓花にしていたけど、周りの人たちの見る目が全然なくて幸いにも当分の間は気付かれず、しかし、あるとき疑いがかけられて倉庫行きになっていたと考えれないこともないです。 この知欠ポイントは意外と気付かれにくく、僕も発見したのはつい最近のことです。気付けて良かった。 【能力者バトル蒼眼編】 ・彰人の耐久力が落ちている(第6話「北斎の眼」) 蒼眼との戦いで倒れた彰人少年。 家に連れ帰られた彰人少年は3日間寝こんだらしいです。 鴨婆がいいます。 「肩に一太刀、腹に一蹴り、そして神撫手を使っただけで倒れるとは情けないのう」 確かに第1話では肩に銃弾を撃ちこまれても彰人少年はピンピンしていました。 今回よりも遥かに重傷と思われますが、彼はピンピンしていたのです。 彰人少年の体力が大幅に落ちています。 というか、これが普通なんでしょうけど。 (解説) 実は内容的には「当り前」な展開なので、これ単独で知欠ポイントというわけにはいきませんが、第1話での前フリがあったため、ここが知欠ポイントとなり得ています。 これにより、第1話での「ギリギリ騙されてあげても良いかと思う許容範囲」は、「作中ですら矛盾している」ということで、どうにも許容できないレベルとなったのです。 そつがありません。良い仕事です。 ・動態視力が審美眼!?(第6話「北斎の眼」) 専門家ですら真画と見抜けない春栄の絵を彰人少年がどうやって見抜いていたか? 彰人少年は「パッと見てわずかな違いを見極める」といいます。 あまり長い時間見てるとかえって分かりにくくなるからだそうです。 それで、その瞬時に真贋を見極める能力が、イコール動態視力が優れている証だというのです。 ものすごい話です。 止まっている絵をパッと見て、真偽を見極める能力は動態視力だというのです。 確かに春栄の絵が時速300キロで空中を飛びまわっているならば、彰人少年のそれは動態視力でしょうが……。 パッと見て分かるというのは、直観力とか、勘が鋭いとか、そういう問題だと思います。 (解説) 神撫手最大の知欠ポイント。 全ての読者が突っ込んだと思われる開いた口がふさがらないものすごい論理。 バトル編にも関わらず主人公の戦闘能力アップの前振りがこれですから、その後の「動態視力」を用いた描写全てが胡散くさいものになっています。 実に見事です。 ・うp神も律儀に始末(第6話「北斎の眼」) ネット上に自分の収賄工作の証拠をアップしようとしている人に刺客を差し向け殺害する政治家大泉。 ネットの中では、密輸・故売・人殺しまでしているとすっかり評判なのに、そちらにはノータッチです。 (解説) 2話前の話で、ネット上に流れる大泉の悪行を開陳しているにも関わらず、いまさら抑止策(しかも殺人!)に動き出す大泉。 好意的に読み解けば「前回で反省した」とも考えられますが…… ・蒼眼に罪を被せて良いのですか?(第7話「開眼」) ワナにはめて蒼眼がモネを盗んだことにしたてようとした大泉。 蒼眼が絵を取り外そうとガタガタやってるところで、大泉登場。 「そこまでだ。手を挙げて降りるんだな…」 「盗んだ瞬間のいい絵面は撮れている」 つまり、大泉的には蒼眼が絵を盗もうとする様子をビデオに撮っておき、蒼眼は始末しつつ、そのビデオを証拠としたいようなのです。 ですが、先ほどのセリフにもある通り、ビデオに収められた映像は 「蒼眼がモネの絵をガタガタして、手を挙げたまま絵から離れたシーン」 です。 全然盗んでる瞬間じゃありません! また、蒼眼が大泉の側に付き従っていることはある程度知られた事実であり、今回の件が明るみに出れば「なぜ政治家が17歳程の子供を側に置いているのか?」と(大泉の犯罪性を知らない一般市民にまで)疑問を持たれることは必至です。 蒼眼は刺客としてやとっていたのだから、正直に言うわけにもいかないでしょうし。 でっちあげる犯人に蒼眼を選ぶのは間違っていると思います。 (解説) 地味ですが、大切な知欠ポイント。 敵同士の反目やお互いの思惑など、少し難しいことを描こうとしても必ず自分の足元をすくう見事な仕事です。 大泉の策略も基本的には悪くないのですが、「蒼眼は秘密の存在のはずなのに」「だからそのビデオじゃダメだって」など、計画に粗を残しまくっています。 このときの堀部先生はおそらく「まずアイデアありき」。 最初に「大泉の罪おっかぶせ計画」を思いついて嬉々として使ってみたのではないでしょうか。 蒼眼が犯人扱いされたときの不具合などはまったく考えなかったのでしょう。 ビデオに関しては完全なミステイクだと思います。 アイデア自体は悪くないのに、根幹に間違いを残し(蒼眼が犯人はまずい)、細部でクオリティを下げます(ビデオ撮れてないじゃん)。 これだけで第7話は見事にボロボロです。 とりあえず一巻まで二巻はまた次回。 |
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