燃えよ剣非公式外伝 燃えよ魂 序章
1840年初夏―
世は江戸時代の末。まもなく動乱の時代「幕末」を迎えようとしていた。
そんな時勢の1835年、武州多摩の石田村に、後に「幕末」という時代を駆
け抜け、華やかに散っていった真の武士「土方歳三(ひじかたとしぞう)」は生
まれた。
歳三は富農の家に生まれ、父は生まれる前に亡くなり、母は三才で亡くすが、
気の良い兄弟に支えられすくすくと育っていた。
そんなある日の昼下がり―
「姉さん、!おのぶ姉さん!!」
まだ幼い少年は、一番頼れる三つ年上の姉を、庭から大声で呼んだ。よく日焼
けした、元気な男の子である。
「なあに、歳。またおもしろいものでも見つけたの?」
応えたのは前述した歳三の三つ上の姉、のぶ。武州の女らしく気丈な面もある
が、歳三にとっては一番頼れる姉だ。歳三もこの姉に一番なついていて、おもし
ろいものを見つけると、すぐこの姉に報告していた。
ちなみに、土方歳三は少年期並びに親しい者には愛称の「歳」と呼ばれていた。
京に上ってからは立場上、そう呼ばれるのを拒んでいる。
「いや、ちょっと違うんだ。うちに、竹の苗ってある?」
「竹の苗…?」
のぶは、やんちゃな弟の意外な要求に少々戸惑ったが、心あたりはあった。
「家にはないだろうけれども、確か…おじさんの家には生えていた筈よ。後で
頂いて来なさい」
「はい。ありがとう、姉さん。早速今から取りに行って来ます」
「え、今から…?そんなに急に?」
いきなり竹を欲しがり、しかもこんなに急にという弟に疑問を抱いたが、その
瞳の真剣さに負けて、承諾した。
「わかった。気をつけて行ってらっしゃい。でも、暗くなる前には帰って来る
こと」
「はい。では、行って来ます」
そう言って少年は、初夏の眩しい日差しの中を走っていった。
そして、辺りも暗くなりかけた刻限、泥まみれになりながらも誇らしげに竹の
苗を持って帰って来た。
次の日―早朝。
庭の方からザクッ、ザクッという土を掘る音が聞こえたので、のぶは不思議が
って寝巻き姿のまま縁側から庭へと進み出た。
「あっ、姉さん。おはよう」
「…!歳、どうしたのこんな時間に…」
見ると歳三は、庭の隅の荒地を素手でやさしく、かきわけるように掘っていた。
横にはもちろん、昨日の竹の苗が置いてある。
「竹を植えるんだ。早朝の方が、育ちがいいらしいからね。あ、兄さんには言
ってあるから大丈夫」
歳三は、六人兄弟の末っ子である。最も、一番歳三の事をかわいがってくれて
いたのはのぶだが。
「そう。でも、何故竹にこだわるの?」
歳三、土を掘る手を止めずに答える。
「戦国の昔から、武士の家の庭には必ず竹が植わっている。なのに、うちには
植わってなかったからね」
「歳…」
のぶは、「武士になる」という言葉に内心驚いてはいたが、子供の戯言だと安
堵し、しばらく後ろ姿を見守り、去っていった。
このとき、彼が歴史上重大な役割を果たす武士になるなど、誰が思ったであろ
うか…。
「これでよし」
のぶが去ってしばらくした後、歳三は苗を植え終えた。その顔は、満足感でい
っぱいだった。
そして、改めて今苗を植えた場所を見、
「吾武士となり、その名を天下に知らしめる候」
と、堅く決意をした。
ちなみに、歳三が植えたこの竹は、現東京日野市にある土方歳三生家付近で繁
殖しているという。
―第一章へ続く―