報告書ナンバー02

「訪れるのは静寂か。精神の安寧か。希求せよ」




 変わらず、いつまでも変われずにいられなかったこと…(鳥の詩から抜粋)


 『死』は柔らかな真実だと思う。
 『生』はそれだけで、もう不公平だからだ。
 『死』は何者にも平等だ。確かに訪れる早さ、プロセスは千差万別だが、その事柄事態は全く平等と言ってよい。どんな生物にも、悪人にも善人にも訪れる事だからだ。

「…楽しかった?」

 手のひらにのった、ほのかな小さい魂。淡く白く輝いて、くるくると回る。勾玉の形をした光は、そのまま飛び上がり、アリスの周りを飛び回った。楽しくてしょうがないのか、髪をひっぱったり、頬を叩いたりしている。

「あはは…こぉら、やめい。くすぐったいやんかぁ」

 よかった、と心の中でため息をつく。ほんの少しだったけれど、寄り道をして遊園地に連れて行けてよかった、と思う。
 この魂の持ち主は、まだ幼い少女だ。たった数時間前に、父親の虐待で死亡した。アリスはその現場近くの塀でしゃがんで待っていた…ずっと。彼女が死亡するまで…ずっと。

(泣かない)

 泣かない。

 これは仕事。声をだして彼女を救いだすことも、父親を非難し止めることも、絶対にしてはいけない不文律。その不文律によって生きることを許されている自分は、絶対にそれを犯してはならない。
 だからずっと待っていた。死亡者名とその場所、死亡理由、没年数。すべて書かれたその書類をくしゃくしゃになるまで握りしめながら。
 『魂運び』と悪魔たちはこの仕事を言う。最下級の悪魔が任される、時給が低くて労力が半端じゃない仕事だ。大抵は勉強して、魂をいっぱい集めて、上に(役所に)運んでいく。そうすれば自動的に階級が上がり、もっと楽な仕事を貰えたりする。
 悪魔になってもう十年近くになるが、未だにアリスはこの仕事にあり続けていた。今では最古参だ。

「さ…行こか?」

 優しく言うと、魂はするりと手のひらに戻ってきた。地上になんの未練もないらしい。いや、きっと血の繋がった父からの暴力をもう受けないと思うと、嬉しくて仕方ないのだ。自分を庇って殴られる母をこれ以上見なくて済んで、ほっとしているのだ。

「………いいんか?」
 もう、本当にいなくていいのか?
「どっか、見たいとことかあるか?……そか、じゃ、もう少し待たん?大阪タワー行こ?夜、すんごく綺麗やよ?」

 ぴょんぴょんと跳ねた。楽しみのようである。

 魂は本当になら、すぐにでも運ばなくてはならない。
 天使は天国に。悪魔は地獄に魂を持っていく、と思われているようだが、実際は違う。天国に行くも地獄に行くも、死した魂が一番最初に持って行かれる場所は一緒だ。その後で選別を受けた魂を改めてそれぞれに導くのだ。だから、天使も悪魔も地上にいる最下級の者は、実際は同じ仕事をしている。

「え?天国に行けるかって?悪いなぁ…俺には分からんし…。でも、きっと行けるで」

 そう、選別された魂を導く役目は、またアリスより一階級上の悪魔が担当している。だから今この少女の魂を役所(『死聖所』と呼ばれている)に持っていったら、二度と会うことはないだろう。まさしく『魂』を運ぶ、という仕事しかしていない有栖は。

「だって、嬢ちゃん、何も悪い事しとらんもん。それに可愛いしなぁ…。きっとお偉いさんもメロメロやで〜。ん、大丈夫大丈夫」
 くるりん、と魂がアリスの周りを飛んだ。スキップのつもりなんだろうか。
「お世辞なんかやないて。いっちゃん可愛い。そ〜そ、にこにこ笑っててな」
 生きている間、きっとこの少女が笑っていた事などなかった。

(どうして)

 どうして、あの男が死なずにこの少女が死ななければならない。
 何故、この少女が笑って生きる事が出来ない。

(こんな世の中、間違ってる)

 間違っている。こんな『運命』。そう思う。誰より生きたいと願い、きっとこの世界の…まだ見たこともないような美しさを知る事だって出来た命。

 『天使』なら、止める事も出来るのに。

 天使は、悪魔と違って『自然死』以外の『魂運び』は一切しない。だから、必要によっては『助ける』事も出来る。それは『人間』に限らす、植物、動物でもそうだ。悪魔は突発的に起きる事故で死んだ魂を運んだら、ボーナスが振ってきたようなものだが、天使がそれに出くわした場合、是が非でも止めなければ『減点』となる。

(なんで俺、悪魔なんやろ)

 『天使』だったなら、助けられたのに…この少女だって。
 男から引き離して、施設なりなんなりの対策だって。
 『死ぬ』事より酷い事なんて、きっとないと思うのだ。確かに『生』とはいつだって不公平で、不平等だ。でも唯一誰にでもある『死』は何も生み出さない。『死』とは何もかも失う事で、奪われてしまう強制終了みたいなもの。誰かにブチンと無造作にスイッチを押されて、なんの準備も出来てないのに終わらせられてしまう。

(パソコンなら、イかれてまう)

 こんな仕事、大嫌いだった。
 だからせめて、哀しい死を迎えた魂には出来る事はすべてさせてやっている。それがアリスの信条だった。有栖川有栖としての、意地だった。
 少し上がり案配の道。そのまま徒歩も面倒だったので、少女を促して空に舞い上がった。もう既に太陽は灰色のビル街に隠れて、沈み始めている。

「気持ちエエの?よかった〜。そ、俺らは今空飛んどんのや。みんなが出来へん事やで。自慢したいな〜」

 きゃっきゃっ!と風にのってふわりと宙返り。とても可愛らしい。
 アリスが顔を綻ばせていると、唐突に携帯の着信音が鳴り響く。少女はびっくりして一度おちそうになる。慌てて手のひらを広げて拾い上げた。そしてもう片方で携帯にでる。

「はい有栖川で…へ?あ、担当さん!?」

 あった〜!額を手のひらで叩いた。ヤバイ、そうだった。担当の人を待たせていたのだった。締め切りは明後日なのに、連載の短編は一行も書かれていない。やばい…。
 アリスの副業は、小説家…それも推理作家だった。生憎売れっ子ではない。

「す、すんません。今郊外のレストランで書いて…ええ、はい。気心知れてるトコです、ええ。だから姿くらました訳やないんです…はい、あ…ええ」

 なになに?どうしたの?と少女が飛ぶのをやめたアリスを見ている。ごめんな、と視線で謝り、締め切りには提出すると約束した。ピッと切る。するとどうしたのどうしたのと少女が周りをくるくると飛び回った。アリスが困った顔をしているので、心配になったようだ。

(優しい子や…)

「すまんな、大したことないんや。気にせんでええ。行こう?」

 うん、と少女は答えた。互いににっこりと笑いあって、更に高く舞い上がる。明日からは原稿地獄だとは分かっていても、この魂と別れるのは難しかった。もっと遊ばせてやりたい、もっと笑っていて欲しい、とそう思うからだ。すでに『肉体』はないけれども。
 せめて、『死』がもっとよいものであったならいいのに。
 確かに少女にとって『死』は、『よいこと』だった。理不尽な『暴力』から『解放』されたのだから……。

「あ〜〜!!やめやめ!!」

 自分がうだうだと考えた所で、少女が生き返る訳ではない。無駄な事というものだった。いつもそう思うのに、幼い子供だったり、哀しい死を迎えた魂を運ぶ時はどうしても考えてしまう。
 ?と少女が疑問符を飛ばしている。すまんすまん、と謝って、今度こそ一路(空路?)二人は大阪タワーへと向かった。





「よお」

 低いバリトンの声にそう言われ、一瞬アリスは歩くのを止めた。何だろう、とても響く声だ。心地よくて。もっと何か喋ってくれないだろうか、と思わせるような声だ。少し高い…聞きづらい自分の声とは全然印象が違う。

「おいって」

 誰かに声を掛けているのだろうか。

「おい!!有栖川有栖っ!!」
「あ?」

 呼ばれて振り返る、と夜のネオンに飾られて、颯爽と歩いてくる男がいた。口に煙草をくわえて、酷く気怠そうに。ネクタイは緩められて、髪はそのままだった。けれどそれが不潔に感じないのが男の凄さなのかもしれない。それが一種のスタイルなんだろうと、思わせる何かがあった。

「君……えと……ひ…ひ…ええと…?」
「火村英生。なんだよ、印象薄かったか?俺」
「いや……そうやない、けど……」
「まあいいが…。よ、どうだ?一本。お仕事ご苦労さまだったな?」

 差し出された煙草の箱。軽く頭を下げて一本貰う。火は要らなかった。先程街中で配られていた安いライターがあったからだ。

「なんでここが分かったん?」
「いや…今日俺も仕事があってな…予定表にお前の名前があったから。役所のヤツに尋ねていきそうなトコ聞いたんだよ。随分時間掛かったな。ぐずられたのか?」
「いや。俺が連れ回した」
「え………。なんでだよ。予定時間内に引っ張ってこないと、金どんどん引かれるんだぞ?ポイントだって少ないし」
「分かってる」
「…………ふぅん。まあいいけどよ?彼女、喜んでたか?」
「――――…たぶん。まあ、俺の勝手なんやけど」

 少女を大阪タワーのてっぺん(本当のてっぺん)に連れていき、ぎりぎり時間が許す限り夜景を見せた。その後、役所に行き引き渡してきて、また下界に降りてきたのだ。もう日にちはとっくに変わっている。深夜タクシーの運転手も路肩に車を止めて体を休めているし、店を開いているのはコンビニとバー。駅も人がまばらになっている。

「本当に変わり種なんだな、アリスって」
「………なんで急に呼び方が変わってんねん。火村サン?」
「いいじゃねぇか。これから相棒だぜ」
「いつから相棒やっ!勝手に決めんなやっ」
「だって嫌なんだろう…?」
「!」

 嫌なんだろう?自分の仕事が…?

「そ、それは…!!」
「本当は、天使の仕事がしたかったんだろ?だから、手伝わせてやるって言ってるんだよ。まあ…その、ポイントは俺に入るが」
「結局自分が楽したいだけなんとちゃうか?」
「まあなぁ…それもそうだ。楽して出来るだけポイント稼ぎたいんだ」
「な…っ!」

 なんてヤツだろう…!?
 こうもぬけぬけと、ポイントが稼ぎたいなんて言うものだろうか、普通!?

(最っ悪…!!)

「どうだ?お前の生活は俺がなんとか養うから、天使の仕事手伝うってのは?」
「なんやて?」
「だから、悪魔の仕事放棄したら、つ〜か手伝いとかしてたら、やっぱ支障きたすだろう?
アリスがどんな副業しているか知らないが?」
「作家や!!」
「なんて名前で?」
「………有栖川…有栖で」
「………………知らないな」
「五月蠅いっ!」

 まあまあ、と手でアリスの怒りを収めるようなジェスチャをし、火村はぬけぬけと笑顔で言い放つ。

「ま、とりあえず明日ここに来いよ、さっそく仕事だから。あ、朝八時に集合な」
「はあ!?まだ俺はなんも…!!」
「いいっていいって、分かってるさ俺は。じゃ、ゆっくり寝ろよ。おやすみ」
「って去るな―――――!!」

 叫んだ時には後のまつり、彼の姿はとうに消えていた。『移動』したのだおそらく。
 ちっと舌打ちして、アリスは火村に無理矢理手渡された紙切れを見た。右上がりの癖字で書かれた日時と場所。そして携帯番号。

「何なんや…一体アイツ」
 悪魔に、天使の仕事手伝え、なんて。型破りも良いところだった。
「しかし…俺のが型破りなんやろうなぁ〜……」

 はあ、と深いため息をしてその場にしゃがみ込む。側の道路を暴走族がけたたましい音を振りまきながら通り過ぎていった。小さい声だったので、アリスの呟きは消えてしまっている。

「嬉しいなんてな…」



『死』の他に、平等なものとは何か、教えて欲しい…――――








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こんばんわ〜…久しぶりの更新ですみませんです、真皓です。「ペーパームーン」、第二話お届けに上がりました。なんで真皓だけ別部屋なの?とお思いの方多いかと思いますが、まあ色々あって(笑)Σあ、別に管理人同士が不仲とか、そんなんじゃないですよ(笑)
いかがでしたでしょう…一話からもう二ヶ月経ってしまってますが(汗)次回はもう少し早めに仕上げたいと思います〜〜vvそれでは、感想お待ちしてます。では☆

01/7/1 真皓拝


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