優しい歌


人類が生まれ、愛の歌は幾億あれど。
憎しみの歌は数少ない。




「そうだな」

 そう言うと、室井さんは途端に無言になってそのままディスプレイに向かった。それがとっても気にくわない。この人は分かってるんだろうか、自分が約束をやぶっているんだって。

「やぶってなんかないだろう。ほら、一緒にいる」
「……子供の約束じゃないんですから」
「当たり前だな。私は成人男性だし君もそうだ」
「一緒にいるって、普通こういうのとは違うと思います」
「君の普通と私の普通は違う。どけ、手伝う気がないならいい。邪魔だからあっちに行ってろ」
「……………」

(……酷い。酷すぎる)

 リビングにある結構広いテーブルが、いまや一面殺人事件の証拠写真で埋め尽くされている。久しぶりに休暇のかちあった恋人を迎えるのに、こんな状態にしてるってやる気ないと思う。
 なんのやる気かって、俺と会うやる気。

「…死体と見つめ合って楽しいですか」
「仕事だ」
「現場の刑事に任せておいたらいいじゃないですかー。一日くらい」

 ぴくっ、と彼の華奢な肩が震えた。お?と俺は彼が座るソファの後ろで、腕を組みながら少し身を乗り出した。やっとこちらに向いてくれる気になったのだろうか?

「青島」
「はいはい?」

 くるり、と振り向いた室井さんの、端正な顔を鼻先がくっつきそうな程間近で見つめる。吸い込まれそうな漆黒の瞳は綺麗で、思わず唇が緩むくらい嬉しくなる。と、彼の瞳がまるで笑っていない事に気づいた。

「君は、私が誰かに殺されてもそう言うのか」
「!」
「弁解は許さない。そんなに私は優しくない」
「……………」

 しまった、失言だった。
 事件に大きいも小さいもない。けれど特に命を奪われてしまった事件は、やはり心にくるものがある。法がないのなら、許されるのならその犯人めがけて被害者の恋人や、家族など親しい者は復讐したいと強く思っている。自分の大切な人の命を奪った相手を、探す者たちが同じ気持ちになっていなかったとしたら。どんなに苦しい想いをするだろうか。
 捜査に私情は挟まない。これは鉄則だ。けれど思いやるとは別の話だ。
 自分は、思いやりのない発言をした。
 もしも室井が殺されたら?たとえ一日でも休暇を楽しみ刑事をよく思うだろうか?いいや、犯人同様に憎く思ってしまうだろう。頭のどこかでは分かっている。刑事もロボットじゃない。休みは必要だし、家族や大切な人と過ごす時間はあってしかるべきだ。

 けれど。

 感情が、それをきっと許さない。
 心のどこかがすり切れて、体のメーターの針が振り切れてしまう限界まで。相手を捜し出し、自分の前に付きだしてくれと願うに違いないのだ。


 弁解を許さない、と言った室井さんの背中は酷く綺麗だった。


「憎しみの歌があればいいのに」
「被害者の遺族がこぞって歌いそうだな。葬式の場で」
「愛の歌なんかよりよっぽど売れますよ」
「歌ってみろ。聴いててやる…耳はあいてるんだ」
「………そんなの知りません」
「作れ」
「才能ありません」

 ぶーとソファに腕をおき、しゃがんでだらんとフロアに寝ころんだ。うつぶせで寝て腕だけソファの手すりに置かれている状態。ぺちっと室井さんが俺の手の甲を叩いた。鬱陶しいという意味らしい。

「抑揚はいらない。歌は最初の頃は、ただの言葉の寄せ集めだ」
「…じゃあセンテンスだけでもいいんですか」
「たぶんな。とりあえず色々唄ってみろ」
「じゃあ…」


 嫌い。


 ぽつっと言う。そろっと目を上げて室井さんの横顔を伺い見れば、気づいたようで目線はそのままにこくんと頷いた。…促されている…憎しみの唄を作るのを。


 貴方が嫌い。
 いなくなってしまえばいい。
 動かなくなってしまえばいい。

 呼吸をしないで。
 瞬きをしないで。

 心臓さえ止めて
 死んでしまえばいいのに。



 そう言っても室井さんの視線は写真や書類に向けられるばかりで。


 まず目を潰そう。
 耳を塞いで。
 腕を切り取って。
 足を縛り付けて。



「口はどうするんだ?」
 そう続けると、初めて室井さんがくすり、と笑った。
「唇はそのまんまです。声は聴きたい」
「…悪趣味」
「だってそうすれば、室井さんは世界を認識出来なくなる」
「…優しくしてくれない恋人は嫌いか」
「ええ、大嫌いです」
「ほぉ。私はさぞ憎らしいんだろうな」
「ええとっても」
「仕事がなければいいのにと思っているだろう」
「―――――……はい」
「正直者め」

 くすくすと笑い続ける。

「随分と優しい歌だな」
「………え?」

 一体どうしたの、と俺は驚いて体を起こした。この人は一体何を言い出すのか。きょとんとして見た。

「”嫌い”だなんて。」
「……そ、それの…どこか優しいんですか」
「もしも私が憎しみの歌を作るのだったら、そんなにセンテンスは作らないぞ」
「へ?」
「”死ね”のリピート」
「きっつー」
「だって憎しみの歌だろうが」
「それにしたってさー」
「本当に憎むんだったら、複雑な思考回路なんかもうない」
「……そうっすか」
「そう。一対一の要求だ」

 カチャン!とキィボードの音が鳴り響く。無機質なそれが、とても冷たいものに聞こえた。

「愛の歌の方が、よほど凶器かもしれない」
「…どうしてですか」
「”死んで”よりも要求が多い。一に対して十や二十なんてざらだ。そんなものを捧げられた日には大変じゃないか?」
「ぶっ……室井さんらしーっ!」
「そうか?」
「そうっすよー!」
「そうか」


人類が生まれ、愛の歌は幾億あれど。
たった一つしか望まない優しい歌は数少ない。





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こんばんわー。真皓です。青室リハビリ中でございます。思えば「花月」でも夏美ちゃんしか書いてなねぇよ。やべぇ・・・(遠い目)ちゅーことで「優しい歌」ですが、内容は大変腹黒です。書きながらごめんなさいーとか思ってしまいました。「亡くなる」という事柄をこういう風に扱うのは大変おこがましいことです(汗)
「死ね」なんて言葉は軽々しく口にしてはなりませぬ(涙)テロ事件の後だから無意識にこんなモノを書いてしまったんでしょうか・・・それにしても(苦)
今売れてる「優しい歌」はまだ聴いたことがありません。いい歌らしいですが。


01/9/17 真皓拝

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