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自分さえ捨ててまで、守るべきものを守ること?
滑稽なもんだね、正義ってもんは。


「クロウ、だから言ってるじゃないか」
ベランダで月夜、黒を身に纏う青年がその言葉に笑った。透けるような肌は、闇の中でむしろ青白くさえ見えて、スキャンは怖くなる。
「そうやって、何でもかんでも楽しいからって、首突っ込むんじゃないって」
「ボクの勝手」
「そりゃそうだけど……!」
「王子サマ、ボクは役目を果たしたのにご褒美はないわけ?」
「………」
うっすらと微笑まれてしまえば、自分には何も言えない。遠い昔、血の因果によって結ばれた契約は、こんな時忌々しい。いや。
(こんなものでなければ、お前と出会えなかったことが忌々しい――――)
事務的ではない、豪奢な机の上に置かれた文書。それを手に取り深いため息をつく。
敵対する国の軍隊が、不正な賄賂を受け取っているという証拠だった。近く和平を結ぶのだが、まさかそれに対してフィフティフィフティの状態で行う馬鹿はいない。出来うる限り、相手の弱みを握りこちらに有利な条件で持ち込まなければならない。
キュィ!と、早くしろ、言わんばかりにクロウの肩に乗る鳥が鳴いた。体が白く、くちばしは灰色。瞳はクリムゾンという不思議な鳥――――神の鳥と言われる伝説の生き物だ。
分かったよ、と頷いて引き出しから小さな粒を取り出した。屋敷一つは買える、高価な餌だ。
椅子から立ち上がり、ベランダにいるクロウの手のひらに渡す。
「情報を持ってきてくれるために必要なのは分かるが、”使者”が聖騎隊に入るなんて無謀過ぎる。神の審判はくだらなかったのか?」
「はん、神?」
吸い込まれてしまいそうなほど、澄んだ黒い瞳が、くるりと動く。血が通うようには見えない薄い唇が、嘲りをあらわにした。
「スキャン、本当にそんなもの信じてるの?」
「神を崇める国の王族としては、否とは言えない」
「真面目に聞いてるんだ」
くいいるように、視線が自分の唇に注がれるのが分かる。灯りなど一切付けず、天上から差し込む月の光だけの空間。

「信じてる」

我ながら、馬鹿馬鹿しい程に堅い声だった。
「――――そうじゃなかったら、救われない」
「誰が? スキャンが?」
「民……いぃや、人が、だ」
「目に見えないものを見ようとすると、頭が悪くなるよ」
くすくす、と。唇に軽く指をあててクロウが笑った。
「神かぁ、だから人はどんどん愚かになるのか」
「……クロウ」
「チューゼフの聖騎隊は面白いよ。ここより、ホントに馬鹿なんだ。『神の御名のもとに!』たったこの一節の言葉のために、奴らは吐きながら異教徒を殺し尽くすんだ。目隠しをして刀を振り回すんだぜ? 想像してみろよ」
「……神がいないことなんて、本当は知ってる」
俺が呟くと、クロウは押し黙った。笑みが、突然無表情になる。まるで「笑み」の仮面をかなぐり捨てたみたいに。
「奇蹟の慈悲がないことなんて、とっくに。なぁ、クロウ。だから人は救われていると思わないか」
刀を握り、マメがつぶれて堅くなったてのひらを差し出した。クロウは、それを無言でただ見つめるだけだ。俺は続けた。
「人は動けるよ」
す、と視線が俺の顔へと。
「神がいないから、運命を変えられるような気がしないか」
「……スキャン」
「絶対者がいないから、走っていられるような気はしないか」
「くだらないから」
ぴしゃり、と。叩き付けるようにクロウは俺の言葉を遮った。
「もうおしゃべりはやめてくれるかな、オウジサマ」
「神に祈るという行為は――――」
「スキャン……」
「――彼の人が、いないことを肯定する……っ」
パシッ、と、頬に熱い何かが走る。思わず息を呑んで、頬に手のひらを当てた。血が溢れている。クロウの従えている鳥のくちばしの所為だろう。
「……悪かった」
「いつものことサ。さて、ボクに用事はもうない? なら、もう行くけど」
「……ない。和平条約が締結するまで、好きな所で待機していてくれ」
「リョーカイ」
細く美しい指先を、クロウは夜空へと向ける。身に纏っていた黒衣が、やがてその闇の色ととけあう。ばさり、白い鳥が羽ばたく音がすると、舞う数枚の羽根以外に残るものは何もない。

「……悪かったよ」

いないと知っていて、謝罪を風に乗せる。今はもうこの国にはいない、クロウに。
「他の誰より、お前が神を信じたいのに」
動きたく、ないのに。
神の意志を疑わず、祈り続けるべき種族――――翼を持つ使徒。
だが、遠い昔。彼は神に裏切られこの世界に残されたのだ。そうすることが正義だと、信じ身を裂くような痛みを堪えて、剣を握り鎌を振り下ろし喉が張り裂けるまで歌い続けたのに。
彼が――――クロウが、かつて守りたかったものとは何なのだろう。
「……祈る」
クロウ、お前と共に。

神がいないこの世界で――――神がどこかにいることを。




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意味分からへーん! ってな感じで。
今回はファンタジー風SSー☆

2002/11/03 真皓拝
イラスト タイトル「使者」/by 匿名希望様
有り難う御座います!

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