迷宮賛歌



 ――――ああ、もう。早くしないと学校に遅れてしまう

 ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら、どこまでも白い”廊下”を走る。今日で幾つめの迷路だったろうか。父の迷路好きにも困ってしまう。家の部屋や廊下を、ランダムに入れ替える『迷路家』なんて本当に作らなくたっていいものなのに。
 しかもトラップつき。
 迷路開始の合図……賛美歌……が流れて。自室から約一時間以内に脱出してリビングに行き、食事をし、再び出口という名の玄関へ(この時また入れ替わっているので、リビングを出てから再スタートとなる)走らなければならない。トラップはもう、足を侵食し始めている。
 ――――こんな魔法まで、律儀にかけて……。
 ため息まじりに壁に印をつけつつ、足を止めることなく走り続ける。母なぞ、迷路族の出自で無かったために(自分は父から血を受け継いでいるから)この生活に疲れ果ててトラップにかかってしまった。今はこの家の何処かで、『影』になって漂っているだろう。責任を持って、父が家事をしているが。このことが母方の親族にばれたりなぞしたら、この家は即刻取り壊されることだろう。
 ――――んー、ここかなぁ。
 そんな風に父を詰りつつも、毎朝毎朝この迷路に付き合っている私は、やっぱり血筋なんだろう。無数の組み合わせによって変わる道筋を解いていくうちに、目が覚めてきてしまうんだから。
 ――――知的興奮を覚えていない以上、まだ子供なのよね。きっと。
 鞄は玄関に転送してある。喧噪が聞こえてきたから、もう出口は近いだろう。
 かちかちかち、と頭の中でピースが重なる。今日通った道のりの復習。大体の間取り図の完成――――すなわち現在の迷路の地図だ。
「……やっと学校に行けるわ……」
 ちょうど右を曲がると、玄関が見えるだろう。腰かけて靴を履けば、今日の迷路時間は終了になる筈だ……と。
 がしゃん!と音がして、地震のような震動が私の体を揺らした。思わず壁によりかかってしまう。
 ――――え!? ま、まさか!?
 賛美歌が流れた。
 近づいていた筈の外の音が、途端に聞こえなくなってしまう。
「嘘でしょ!? タイムオーバー!?」
 トラップの影が、もはや制服のスカートにまで侵食している事実よりも恐ろしい事態だった。あっちゃー!とその場に崩れるようにして座り込んでしまった。時間制限内に脱出出来ない場合、振り出しの自室前に着てしまう。しかもトラップは継続したまま。
「あぁん、もう! いい加減にして頂戴!」
 めまぐるしく思考を回転させながら、私は時計と睨みっこ。今日は期末テストなのに! 遅刻するわけにはいかないのよ!
「携帯持っててよかった……」
 スカートのポケットから取り出し、短縮番号を押す。学校の担任に電話をかけた。
 「あ、スルゥゼ先生ですか? すみません、ラッツイェです。今日、母が倒れてしまいまして……」
 そんなのとっくの前のことなんだけど。ここぞとばかりに利用した。ごめんね、母さん。今日は、ちょっと頭にきたわ……学校から帰ってきたら、父に抗議してやるんだから。迷路なんて、仕事場で充分作ってるんだからって!
「最短記録で、脱出してやるんだから!」
 そして私はまた、ぱたぱたと迷路の廊下を走り始めるのだった。







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同タイトルの、イラストからインスピレーションで書きました。
即興です……あははは。ファンタジー。
2002/11/28 真皓拝
イラスト タイトル「迷宮賛歌」/by 匿名希望様
有り難う御座います!

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