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空想の書斎
この森の管理人の生み出した空想と妄想を詰め込んだ書斎。
泡沫の夢と消えるか、永久に残るかは管理人次第・・・。

■ P10 エピソード BAR 鳥の尾
ささやかな喧騒が漂う、程よく抑えられた証明が灯る酒場で、ティアは人を待っていた。
かれこれ小1時間程。会話はカウンターのバーテンダーにオーダーするのみ。
小さく身動きをする度に揺れる赤い髪と、その頭に飾られた白いウサギ耳のヘアバンド。
太腿も、胸元も背中もむき出しの、攻撃的なアサシンクロス衣装に酔っ払い達が時折、好色な視線や野次を飛ばす。
その全てを視線の一撃。あるいは尖った靴先で退けつつ、辛抱強く人を待っていた。

「…おかわり。オススメは何?」

氷だけになったグラスをバーテンダーに示す。

「そうですね。カクテルにしましょうか? グレープフルーツでサッパリと」
「そうね。…軽いのがいいわ」

心得たバーテンダーが控えめに、ティアの好みを捕らえた提案をする時だけ、彼女の唇に笑みが浮かぶ。

「はい、おまたせしました」
「キレイね。…名前はあるの?」
「インスタント」
「…ふぅん? …それって適当ってコト?」
「いや、ははは。バレてしまいましたか。思い付きです」
「そう、アリガト。…あら、美味しいじゃない」
「ありがとうございます。ごゆっくり」

可愛らしく飾られたカクテルグラスの縁をなぞるティアの耳が、コロリとドアベルが小さく鳴くのを捕らえた。
仕事柄、足音や気配だけで人物の人となりを無意識で探る。
軽い足音、その気配には白と赤のイメージがついて回っていた。

「あ、えと。…お待たせ、しましたか?」

薄い桜色の髪に、血の色をそのまま映す赤い瞳。ティアの知識で言う「アマツ風」の白い衣服に身を包んだ小柄な姿。
待ち人のラフィルだ。
こういった場には不慣れなのだろう。バーのスタッフに案内され、勧められた椅子に腰掛ける様子がいかにも場違いに映る。

「んー、そうね。酔っ払うにはちょっと早いかしら?」

視線だけでバーテンダーを伺えば、グラスを拭く仕草に合わせてかすかに頷いた。

「中々、抜け出せなくって。ごめんなさい」
「いいのよ。可愛い子が来ると思えば待つのも楽しいわ」

からかい混じりのティアの言葉に、ラフィルの白い頬に赤みが差す。

「か、可愛いとかそんな…。あ、えぇと。…ここ、ティアさんの行きつけ…ですか?」
「2,3回目かなー。男連れ込むには上品すぎるかなーって気もするけど、雰囲気いいし」

不慣れな場所で緊張しているだろうラフィルを気遣って、軽口を叩いてみるが彼女にはやや下品な印象を抱かれてしまったらしい、赤みが増した頬に少しだけ罪悪感が沸く。

「あ、何想像した? …ひどいわー、アタシか弱いウサシンよ? 草食よ?」

普段の言動を知る人が聞いていれば一斉に突っ込みと石が飛んでくるようなティアの言葉に、ラフィルは慌てて言葉を取り繕う。

「え? …いやそういう意味、じゃなくて。…えぇと」

退路を探して右往左往するラフィルの救いの手は、バーテンダーが差し出してくれた。

「お待たせいたしました。…好みがあったら仰ってくださいませ」

カウンターに置かれたグラスは薄い白の液体で満たされ、ミントの葉と小さな鳥の羽が飾られていた。
底に沈んだ一粒のチェリーがなんとも可愛らしい。

「さ、乾杯しましょ。お酒は美味しいうちに飲まなきゃ」

小一時間前からは想像もつかないような上機嫌でティアはグラスを手にする。
つられてラフィルも華奢なグラスを恐る恐る持ち上げ、小さく掲げた。

「…美味しい」
「良かった。あ、でもそれお酒だから」

飲んでも居ないのにあっさりと指摘するティアに、ラフィルが小さく首を傾げた。

「そんな感じはしないのですけれど…?」
「鳥の羽。それがお酒の目印なんだってさ」

ラフィルのグラスに控えめに飾られた白い鳥の羽をつついて、ティアが笑う。
自分のグラスとティアのグラスを交互に見たラフィルがまたしても首を傾げる。

「あれ? じゃぁティアさんはお酒ではなくて?」

ティアのグラスには羽根など飾られていなかったからだ。
ティアが自分のグラスを傾けてからにこりと笑う。

「ノンアルコールなんてお呼びじゃないのって言ったら、次から羽根がついて来なくなっちゃった」

イタズラっぽくバーテンダーを睨むティアの仕草に、ラフィルから小さな笑いが零れる。
バーテンダーの方は聞いて居るのか居ないのか、グラスを拭く手を止める事無くこちらを小さく伺うのみ。

「ふふ、ごめんなさい。でも、いいお店ですね」
「でしょ? …ここなら、アンタとゆっくり話できるかなーって思ってさ」
「話、ですか…? どういった?」

丸く目を瞬かせ、首を傾げるラフィルに、ティアの目がきらりと光る。

「アンタとクレスってさ、どうなってるのかなって話。…悩みとかあったら聞くよ?」
「…へ? えぇぇ!? いや別に何とも…。悩みなんて、別に…」

うろたえる姿は数瞬。動揺を押さえ込んだ赤い瞳が伏せられる。
視線を逸らし口元をグラスで隠す姿に、ティアはこっそりとため息をつく。
分かりやすすぎるのだ。

「これだけ一緒に居て、何も無いってのもある意味病気っていうか何ていうか…不自然なんだけどさ」

何も無いんだ。と呟くティアにラフィルが小さく頷く。

「クレスさんは、あの施設の責任者ですし。…その、忙しい方ですから」
「…忙しいから、構われなくてもいいって?」
「そういうわけじゃないですけれど…。でも、そう言うのはワガママなような気がして」

…面倒くさ。とティアが内心ツッコむ。
喜怒哀楽は素直に表現する性質のティアにとって、相手を思いやるが故に自分の心を隠し通すといった精神は理解不能である。
両方に中々素直になれない事情があるというのは軽く知ってはいる。
方や一神教に所属する施設の責任者。
方やそれに属さない。別個の理で奇跡を操る術士。
いくら個人同士で想い合っていても、対外的に難しい条件が揃いすぎている。

「…じゃぁ、諦めたら?」

冷たく突き放して見せる。
空になりかけたラフィルのグラスをつつき、自分のも干してバーテンダーを視線で呼ぶ。
やってきたバーテンダーに短く「お代わり」とだけ告げ、隣に座る白い人を促す。

「…少し、強めでお願いします」

これ以上の話は無いかと思ってたティアだったが、ラフィルの意外な言葉に面白そうな笑みが浮かぶ。

「なんだ、飲めるんだ。じゃぁもっと早いトコ誘えばよかった」
「嗜む程度、です。 …素面じゃ、難しくて」

迷いながら、自分の心が欲した言葉を零すラフィル。
末の妹に少し似ているかもしれないとティアは思う。
自分の欲を認められず、裡に溜め込んで自滅するタイプだ。

「そうね。…アンタの好きなだけ、付き合ってあげる。飲みじゃ負けないわよ?」
「…お手柔らかに、お願いします」

始めて、ラフィルの赤い瞳が柔らかく細められる。
二人の間にボトル、氷等がさりげなく並べられ、仕上げとばかりにバーテンダーがボトルの首に羽根を模した銀色のプレートを下げる。
ガラスと金属が触れ合い、涼しげな音を奏でた。



「…だから、あんまり望まないようにって、思ってたんです。…思って、たのに」
「まぁねー、いい事ありすぎると反動来るんじゃないかってアタシも思うことあるしー」

ラフィルの言葉。心の裡に秘めて隠すには多すぎるあれこれを零す言葉はどうにも取りとめが無い。
普段のやわらかな物腰や口調に騙されている男達に石を投げたい衝動を抱えてティアは杯を重ねていく。
ラフィルの零す言葉は、言い知れない不安の塊だ。

「私が…私のせいで、クレスさんに迷惑がかかるかと思うと。…何も、言えなくて」
「言っちゃいなよ。…世の中言っても分からないヤツばっかりだもの。言わなきゃもっと分かんないわ」
「でも、それは…私のワガママじゃない、ですか?」
「それがアンタの望みなんでしょ? 他人がそれを受け入れたら「かわいいおねだり」で無理って思ったら「ワガママ」になるのよ。ワガママかそうでないかを判断するのはアナタじゃないわ」

そして、零す言葉を拾う内に気付いた事がある。
ラフィルは、恐ろしいほど自分に対する評価が低いのだ。
教会の司祭の奇跡よりも遥かに効果の高い癒しの術も、詰め込んだ知識やスキルも「大したことがない」と一笑に付し、「出来ない事」の数々を悔いて嘆いている。
魔術的な才能をサッパリ持ち合わせていないティアには羨ましい限りの頭脳であり魔力であり、誇るべきポイントなのだがどうも彼女にその気はないらしい。
自分を道端の石ころよりも価値の無い存在だと評し、そんな自分が何かを望む事など分不相応だと諦めようとしている。
そして、望んだ事など無かった事として誰かの都合の良いように生きようとしている。
そして、誰かに捨てられる事を極端に恐れている。
肩身の狭い、窮屈な生き方だなとティアは思うが、そうでないと生きていくのが大変な道を歩んできたのだろうと思えば、これを手ひどく批判する気も起きない。
ティア自身も砂漠の町のスラムで育ち、スリやかっぱらいをして生きていなければシーフギルドやアサシンギルド等からは無縁の人生を送っていたに違いないからだ。

「ねぇラフィル。アタシ思うんだけどさー。コレ、アタシの未確認情報だけどさ」

アルコールが血流に乗り、硬く強張った思考も心もほぐしてくれている事を願う。

「クレスの方も、同じ事考えてる気がするんだよね。アンタに迷惑かけたくないって」

隣に座る白い人は、随分と回ってきたらしい。白い頬を赤く染め、眠気の為か潤んだ目元をしきりにこすっている。

「ほら、アイツってばアンタの上司見たいなモンじゃん。そんなアイツがおおっぴらに「アンタが好きだ」って言ったら、それってヤバい感じしない。見た目?」

それでも、一応耳を傾けてはくれているようだ。定まらない視線がティアをかすめて揺れていく。

「だから、言えないんじゃないかなーって思うの。…間違い情報かも知れないけどね」
「…それは、分かっている…つもり、です。…確かめて………違うって言われるのが、怖くて」
「でも、わからないのも、怖い?」

かくりと、ラフィルの細い首が縦に揺れ。カウンターに突っ伏し、そのまま動かなくなる。

「…そうよねー。アタシもそれは怖いわ」

最後の言葉をグラスに残った琥珀色に溶かし、一気に煽る。
自分の時はどうだったのかと思い返し。返事を聞くまではやはり多少の恐怖があった事を思い出す。
もう随分と長く付き合いすぎて、「そうでなかった時」がどんなだったかはうまく思い出せない。

「ね、お水くれる? 飲みすぎちゃったみたい」

バーテンダーが手早く氷水のグラスを寄越す。

「…ね。でも、このままアンタがガマンしすぎて潰れそうなのを見てるのも怖いのよ」
「………ごめんなさい。でも、どんな顔で聞けばいいのか…聞いていいのか…」

頼りなく揺れ、俯いたままで零される言葉。
冷たいグラスとおしぼりを押し付けた手で、ティアはラフィルの髪を撫でる。
暖かい色の照明を映す白い髪はふわふわと柔らかい。

「…大丈夫よ」

優しく、力強く響いたティアの言葉に促されたように、ラフィルの視線が上がる。

「アナタみたいな可愛いコ、幸せになるってアタシが保証してあげる」

潤んだ赤い目元を指先で優しくぬぐい、白い額にキスを残したティアはにこりと笑うとカウンターに硬貨を積む。

「…ティアさん」

酔いだけではなく、頬を赤らめたラフィルがそれだけを口にするが、言葉の続きはティアの指先によってふさがれてしまった。

「上手く行ったら、ここで祝杯あげましょ。…ダメだったら、好きなだけアタシの胸で泣かせてあげる。超レアよ?」

にこりと笑うティアの頭上で、真っ白なウサギの耳が揺れる。
豊かな胸元を強調した衣装で胸を張るティアの姿につられたように、ラフィルの背が少し伸びる。 少しだけ上を向いたラフィルの視線に、ティアが満足げに頷く。

「そうそう、胸張っていればいいの。人間、最強の武器は自分のカラダとココロよ」

励ますように肩を叩かれ。はっとした時にはティアはカウンターのスツールから立ち上がっていた。

「送っていくわよ」
「へ? あ、いや一人で帰れますよ…あぅ」
「…全然大丈夫じゃなさそうだし」

慌てて立ち上がり、よろけたラフィルに手を貸したティアが小さく肩をすくめる。
カウンターの奥で静かにグラスを拭いていたバーテンダーに軽く手を振り、バーを後にする。
バーテンダーは静かに一礼しただけで二人の女性客を見送った。

なお、帰宅したラフィル達は偶然にも起きていたお局シスターに発見され、全く部外者であるはずのティアが身なりや言動から小一時間みっしりと説教をされたのは余談である。


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絶対領域装備の肉食系ウサシンと後ろ向き華奢系和装娘のコンビ。
ティア嬢が姉さんっぷりを遺憾なく発揮しています。
ラフィル嬢に本音をゲロって貰うには酔わせるしかないと気付いた時のお話です。
もう、全部吐けよ。吐いて楽になってくれ…orz
2011/09/08

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