■ P4 アルフェイス領教会 夜勤日誌 |
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○月 ○○日(晴) 担当:リューイ・レイア そろそろ見回りの時間である事に気がついた若い神官騎士が日誌を閉じて立ち上がった。 壁にかけてあるランタンに火を移し、護身用の剣を帯びる。 不規則に揺れる影をじぃっと見つめる。 時折吹き込む夜風が肌寒く感じられるにも関わらず彼の額に滲むのは汗。 「何もありませんように。先輩、鐘突き堂に幽霊が出るだの、墓地で白い人影を見ただとか聖堂に響く夜中の賛美歌だとか、怪談ばっかりしやがって・・・」 呟く彼の名前はリューイ・レイア。この協会に赴任して間もない22歳、慎重派。彼女募集中。 濃い茶色の髪を揺らし、神官騎士の証である制服の襟元を緩めながらリューイは真摯に祈った。 「幽霊が出ませんように」 剣技に優れ、神聖魔法をも使いこなせる子供たち憧れの神官騎士なのだが、どういうわけか彼は幽霊、お化けの類が苦手だった。 日勤の間はまだいい、夜勤でも同僚が居るならなんとかなった。しかし、今夜に限って相方が腹痛(どうせ仮病だろう)で欠勤している所へ引継ぎに来た先輩のヤニヒが嬉しそうな顔でこの教会にまつわる怪談をリューイに向かって一つ一つ語り聞かせていったのだ。 聞きたくも無い怪談を聞かされた後に独り取り残されてこなす夜勤。 彼に出来ることは事務所の明かりをできるだけ大きくし、熱い紅茶と共に夜勤日誌を読みふけって現実逃避をはかる事だった。 しかし、4時間ごとの見回りは夜勤の勤め。いやいやながら覚悟を決めたリューイはカンテラを下げ、腰に吊るした剣をしっかりと握りしめて薄暗い廊下へと歩き出した。 こつ、こつ、こつ、こつ。 自分の足音が誰もいない廊下に響く。曲がり角に見えた影は自分のだろうか、それとも・・・。 そういえば、ヤニヒが「孤児院の建物には遊び相手を求めて徘徊する子供の霊」がいるとか言っていたような・・・。いや、違う、そんな者はいない。幽霊なんていない。いないったら居ない。そんな存在は迷信。 握りしめた手が汗でじっとりと濡れていたことに気がついたリューイは慌てて制服の裾で手を拭った。いざという時に剣を握る手が滑ったりなんかしたらいけない。訓練でそう教えられた。 彼は時折不規則に揺れるカンテラの明かりがつくる影にも怯えながら、夜風が窓を叩く音に硬直しながら、ゆっくりと、慎重に見回りを続けていった。 食堂、鐘突き堂、寝所などを回り、何事も無い事を必要以上に確認しながらリューイは最大の難所、墓地へと続く道の前で硬直していた。 夜間の墓地への侵入は認められていないため、見回りは墓地の入り口に設けられている詰め所の台帳にサインしてくるだけ。中に入る必要はない。 建物から墓地までは数百メートル。大した距離ではないし、夜空には銀色の月が浮かんでいる。 ただ、この季節にしては少し肌寒い風が木々を揺らし、カンテラの光を乱すたびにリューイは音を立てて鳥肌が立つ感覚を味わうのだった。 「・・・天に座します我らが神よ。我を見守りたまえ・・・。寝てるなんてナシですよ」 祈りの聖句に不謹慎な本音を付け足して十字を切り、意を決して墓地への道へと歩き出す。 ふと振り返った教会の建物は昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていて同じ建物とは思えない。 「昼と夜じゃ、別の世界みたいだよな・・・」 鈍い銀色の月明かりに照らし出された建物に抱いた正直な感想を呟き、大きく頭を振って不気味な思考を振り払う。 「・・・さっさと済ませよう。」 思考を今するべきことに切り替えたリューイは足早に詰め所を目指した。見回り済みの記帳を済ませて最後の聖堂へと足を運ぶ。 普段から開きっぱなしの聖堂の扉は今夜もやはり開けっぱなしだった。 結婚式や葬式、特別に行事を行う事などがあればその扉は閉ざされるが普段は「誰もが気軽に祈る事が出来るように、神様の力が大地に溢れるように」という司教様の計らいで聖堂の扉は開け放たれている。 「・・・。異常なし、っと」 そうっと覗き込んだリューイは呟いて帰ろうと踵を返しかけた時、白いものが見えたような気がして慌てて振り返った。 よくよく目を凝らしてみると、天窓のステンドグラスから差し込んだ細い月光の下に人影のようなものが見える。 「あの、誰か・・・居るんですか?」 聖堂の中に踏み込みながらたまたま迷い込んだ浮浪者か何かである事を祈りつつそう声をかけた。 答えは無い。 「こんな夜更けに危ないですよ。懺悔なら明るくなってから司祭様にご相談してはいかがですか?」 努めて何事も無い風を装う・・・が、ちょっと膝と声は震えていたかもしれない。 少なくとも無理やり浮かべた笑顔は引きつっていた自覚はある。 近づいてみる人影は小柄だった。 短めにカットされた白い髪はふわふわとしており、その身にまとう袖のゆったりとした白い服と天窓から降り注ぐ月明かりが合わさって全身がほのかに輝いているようにリューイには見えた。 反応は無い、立ったまま寝るなんて器用な真似が出来るだろうか。 「あの、もしもし?」 そうっと声を掛け、顔を覗き込んでみる。 少女の虚ろな瞳は飾られているホーリーシンボルに向けられていた。 両手を組んではいるが、教会の祈りの姿勢とは少し違う。 肩を軽く叩くと不意に糸の切れた人形のように崩れ落ちる。 「え、あ? あ、ちょっとっ!?」 軽い衣擦れの音と、冷たい石の床に伏せる少女。 「そのっ、大丈夫ですか? どこか具合でも悪いので?」 カンテラを置き彼女の肩に手を回すと、彼女はその手を振り払い、拳を胸元で握り締めて大きく息をついた。 「大丈夫です、ちょっと・・・その、立ちくらみしただけですので」 伏せられた赤い瞳がそっと上がりリューイを写す。先ほどの虚ろな輝きは消えたようにリューイには見えた。 「こんな夜中に立ちくらみですか? あまり出歩かないほうがいいと思いますよ。いろいろとホラ、危険ですし。出るって聞きましたよ、この教会。あはは。」 リューイは笑顔、に見えなくも無いように口元をひきつらせ軽口を叩く。 「えぇ、はい。・・・そうですね」 つられたように笑顔を見せた彼女はゆっくりと立ち上がり、念入りに衣服の乱れを直している。 「送りましょうか? この近くに住んでらっしゃるので?」 若い女性を夜更けに一人放り出していくのはあまりにも無用心だと思い。リューイは声をかけた。 「ありがとうございます。でも・・・大丈夫ですから。お騒がせして申し訳ありません。」 深々と頭を下げる彼女。つられて頭を下げたリューイが顔を上げたときには彼女は聖堂の扉に手をかけていた。 「見張り番、お疲れ様です。」 振り向いて扉の向こうに消えていく。軽い足音が少しづつ遠ざかり、唐突に消えた。 「あ、ちょっと・・・」 慌てて聖堂を飛び出しかけたリューイは誰もいない廊下に立ちすくんだ。 「まさか・・・白い人影って・・・彼女。幽霊・・・?」 ほんの数分前、確かに触れたはずの手をじっと見つめる。 無意味に手のひらを数度握り締めてからふと我に返った。 「・・・これで見回り終わりだよな・・・戻ろう。」 無事に見張りを終えたリューイは次なる難関、夜勤日誌の前で唸っていた。 「あれをどう書けばいいんだ〜? せめて名前くらい聞いておけば後で分かったかもしれないのに〜」 ペンを放り投げて淹れたばかりの紅茶をすする。日誌には日付と担当のサインだけが書かれている。 ソファでたっぷり数十分はごろごろ悶絶した後、彼が日誌に書き残したのは「異常なし」の文字だけだった。 〜翌日〜 「あ、ヤニヒ先輩おはようございます。ちょっといいッスか?」 「おう、お疲れリューイ。目が赤いぜ。夜の見回りはちゃんと行けただろうな? にしし。」 「そりゃもう先輩のおかげで。それで、ちょっと気になる事があったんですけど・・・」 「ぉ、墓地の幽霊にでも会ったか?」 「またヤな事言わないでくださいよ〜。ホントそういうのダメなんですから。」 「わはは、すまんすまん。で、何かあったのか?」 「昨日の夜勤の時に白い髪に赤い目の女の人に会ったんですけど、名前聞くの忘れちゃって誰か分かんないんですよ。先輩ご存知ありません?」 「あー、それだ。・・・そいつは墓地の幽霊さ」 「っ!? じゃー僕が昨夜話しかけたのって・・・」 「新入りのお前に挨拶にでも来たのかねぇ。律儀なこって」 「〜っ!? 帰るっ! クレス隊長に転属願いだしてきますっ。っていうか今日の夜勤先輩代わって下さい〜っ!」 「わわ、暴れるなちょっとまてリューイ! 冗談だってだから隊長の所行くのは待てオレが悪かったからっ!」 |
ルシード様の世界設定にある地方 アルフェイス領にあるキリスト系列っぽい教会、そこの孤児院の設定を借りた物語です。 ラフィルさんはそこの団長、クレス氏の紹介でスタッフとして居候してますが、自然神とヤオヨロズ信仰の彼女にとって、唯一神の存在というのはどんな風に映っているのでしょうか。 知識として聖書、教本の類は読んでいると思われますが、祭礼、行事は一体どうしているのか、謎は尽きません。 2009/02/01
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