徐々にはっきりとしてくる意識、ぼんやりと見えてくる天井、朦朧とした頭のまま、シンジはベッドの上に上半身だけを起こした。

「…碇君、気がついたのね………まだ寝ていたほうがいいわ。」

横を見ると、レイが心配そうな瞳でこちらを見つめていた。

ずっと看病してくれていたのだろうか、そう思うとシンジは改めてレイに対する愛おしさがこみ上げてくるのだった。

「うん、ありがとう綾波。でももう大丈夫だから。……ごめんね、心配させて……」

「そんなことない、あれは碇君のせいじゃないもの。作戦も立てずに碇君を出撃させた葛城三佐達の責任よ。」

いつになく強い口調で喋るレイ。シンジはそんなレイの様子に驚きの色を隠せなかった。

「でも綾波を守るって決めてたのになんか情けないな。」

その言葉にレイは静かに首を振った。

「……碇君はもう何度も私を守ってくれた……これからは私が碇君を守るわ……」

それはいろいろと考え抜いた末の彼女なりの決意であった。

  

第八話、決戦!第三新東京市

 

同じ頃、作戦室ではミサトが頭を捻っていた。彼女の前のテーブルには飲みかけの超ストロングコーヒーと、第五使徒についてのデータが記載された書類が置かれている。

それによると今回の使徒は肉眼で確認できるほどの強力なA・T フィールドを持ち、なおかつ一定距離内に外敵が進入すると、荷粒子砲によって瞬時にして反撃を行うという厄介な特徴を持っているとのことだった。

「……攻守共にほぼパーペキ……まさに空中要塞ね………」

「どうします? 白旗でもあげますか。」

思わず呟いたミサト。それにわざと軽くつっこんだのはオペレーターの一人、日向(ひゅうが)だった。

重苦しい場を和ませようとした日向の真意がわかっているため、特に咎める事なくミサトは応じる。

「グッドアイデア! ……でもその前に一つだけ、やっておきたい事があるの。」

そう言うと、彼女はいつもとは違う笑いを漏らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ということよ。あなた達にはこれからエヴァにのって双子山まで向かってもらうわ。」

「そ、そんな作戦。本当にできるんですか?!」

驚きの声を上げるシンジに、ミサトはその厳しい表情を崩さずに一言だけ答えた。

「理論上はね。」

 

ちなみにミサトのたてた作戦とは、超々距離からの巨大エネルギーを使った射撃。

早い話が敵の攻撃範囲に入らない位置からポジトロンライフル(陽電子砲)を装備したエヴァが使徒を狙撃するというものだった。

これではシンジが驚くのも無理はないといえる。おまけにその「巨大エネルギー」を日本中の電力をもって補おうというのだからますます尋常ではない。

なにやら重くなってしまった空気を吹き飛ばすように、ミサトは意識して明るい声を出した。

「さ、具体的な作戦内容は向こうについてから伝えるから早くエヴァに乗って。」

「……はい。」

「……わかりました。」

  

 

 

ゴゴゴゴゴ…

 

第三新東京市内の山の山腹がやけに不似合いな音を出しながらゆっくりと開き、そこからシンジとレイ操る二体のエヴァが出現した。

ここ第三新東京市は一見ただの地方都市だが、その実使徒撃退のためのあらゆる設備、改造が施された、まさに要塞都市なのである。

大きな足音を響かせながら夕日の中を進む巨大な人型汎用決戦兵器、エヴァンゲリオン。

 

その異様な光景を学校の屋上から静かに見守る者達がいた。トウジとケンスケである。

ケンスケの父がネルフに勤めているため、違法ながらも今日の作戦の概要やエヴァの通り道などがわかったのである。

じっと目の前を通るエヴァを見つめているトウジとケンスケ、ふとトウジが口を開いた。

「あいつら、これから戦場にいくんやなぁ。」

「ああ、無事に帰ってくるといいな。」

「アホ!そんなん当たり前や。ケガなんかしてたまるかい!」

それを聞いてクスクスと笑うと、ケンスケはトウジのほうに顔を向けた。

「まったく、トウジは素直じゃないなあ。心配なら直接あの二人に言えばいいじゃないか。」

「言うったって会えないんじゃどーしよーもないやんか。」

「あ、それもそうか。じゃあ今度からそうすれば?」

「余計なお世話や!…ったく。」

仏頂面で言い放つトウジ。すでに彼の視界にはエヴァの後ろ姿しか映ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

所変わって双子山山頂。

今やここには所狭しと機材や機械などが置かれ、おびただしい数の人間達が十二時の作戦時刻に間に合うようにと必死に体を動かしていた。

その一角にあるエヴァの仮ケージにて、シンジとレイは今回の作戦-「ヤシマ作戦」-のレクチャーを受けていた。

「いい? シンジ君は初号機で砲手を担当、レイは零号機で防御を担当ね。」

「これはシンジ君のシンクロ率のほうがレイより高いためよ。今回はより精度の高いオペレーションが必要なの。」

シンジは反論しようと口を開きかける。しかし、それを咎めるようにリツコが言った。

「シンジ君の気持ちもわかるわ。でもこれはレイの希望でもあるのよ。まあ、そうでなくともさっき言った理由から担当は決まっていたでしょうけれど。」

驚きとともにレイのほうを振り向くシンジ。自然と疑問の言葉を口にしてしまう。

「え…? なんでなの、綾波……」

「…病室で言った通り、今度は私が碇君を守るわ。」

じっとシンジの瞳を見つめるレイの紅い瞳。だがシンジはそのレイの言葉に取り乱さずにはいられなかった。

「そんな、でも綾波……」

 

 パンパンッ!

驚いて振り向くシンジとレイ。さっきから二人の様子を見ていたミサトが手をならしたのだ。

「落ち着きなさい、これはもう決まったことなのよ。それにシンジ君が失敗しなければレイは危ない目にあわなくてすむわ。だから、ね。」

そう言ってミサトは立ち上がると、多少強引にシンジとレイを更衣室へ送り出したのだった。

 

「ふぅ」

シンジとレイがいなくなったケージでため息をつくミサト。そんなミサトにリツコが問いかけた。

「まったく…ちょっと強引だったんじゃないの?」

「…レイを防御に回したこと? シンジ君を無理矢理納得させたこと? どっち?」

「両方。本当にこれで良かったのかしら。」

「…レイを守るってシンジ君が気張るのはそのうち重みになるわ。作戦上も……二人の関係の上でもね。」

「さすがは経験者、言葉に重みがあるわね。」

「うっさいわねぇ。そんなんじゃないわよ……それより作戦準備の進行状況はどうなの? 間に合いませんでしたじゃ洒落になんないわよ。」

「そっちのほうは心配しなくても大丈夫。何とか作戦開始時刻の前には間に合いそうよ。」

「そう、わかったわ。じゃあ私少し眠るから、後よろしくね〜。」

「はいはい。」

信頼関係の上に成り立つ二人の会話。

リツコは仮眠ベッドの上に無造作に寝るミサトの横顔を見て、一人優しく微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンジは一人、初号機の中にいた。

本当なら作戦開始時刻の少し前に搭乗すればいいのだが、シンジは一人になりたかったため、レイより大分早めに搭乗していたのだ。

一人宙を見つめながら考え事をするシンジ。その口から、気泡とともに出てきたのはさっきまで考えていたことの結論だった。

「…結局、綾波と二人で話さなきゃわからないや……」

シンジは少し自嘲気味に微笑む。そこにミサトから通信がはいった。

「わかってるじゃない、シンちゃん。」

「うわっ!ミサトさん。聞いてたんですか?!」

「ま〜ね……。シンちゃんが一人でうじうじ悩んでたって何も解決しないわよ。

あなたがレイを守りたいって思うのはいいことだわ。でもね、レイだってただ守られてるだけじゃないのよ。それを忘れちゃダメ。」

言い終わるとミサトはウインクひとつ、顔の前にブイサインを作って見せた。

「ミサトさん……」

「ほ〜らほら、感激してるヒマはないわよ。そろそろ狙撃地点へ移動して。あ、それとポジトロンライフルを持ってくの忘れないようにね、接続は向こうでやることになってるから。」

「……はい、わかりました。」

そうして、シンジはさっきのお返しとばかりにミサトに微笑んで見せた。

「その意気よ、シンちゃん。 ……頑張ってね。」

 

現在、午後十一時十七分。この四十三分後、「ヤシマ作戦」はスタートすることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシュウウゥゥゥ・・・

 

 

ドン!!!

 

 

「くっ、ミスった!?」

 

「…第二射きますっ!!」

「こっちも充電開始!早くしてっ!!」

 

 

 ズザザザザ……

 

「綾波ぃ!!………

「くそ、くそ、早く…………

 

 

 

 

 ザザザザ……

 

 

 

 

「……充電完了。第二射、撃てます!」

「シンジ君!」

 

 

「うわあああああ!!!」

 

 

 ドン!!

 

 

 

 

 

 

 

シンジ、いや、初号機が放った一撃は使徒の体の中心を貫通した。

 

それを確認し、喜びにわく司令部の面々。

だがシンジにはなにも見えてはいなかった。自分の撃った一撃が使徒を倒したことさえもわかってはいなかったかもしれない。

ポジトロンライフルを放り出すと、零号機に向かって飛ぶ初号機。その勢いのまま零号機の装甲を引き剥がすとエントリープラグを強制排出させる。

「綾波、あやなみ、あやなみぃっ!!」

叫ぶシンジ。そうでもしないとおかしくなってしまいそうだからかもしれない。

自分も外に出るとレイのエントリープラグへ走り寄る。

 

 ジュウウウウ……

 

扉の取っ手に掛けた手が嫌な音をたてる、だがシンジには痛みを感じている余裕は無かった。

渾身の力を込めて取っ手を回すと、すぐさまプラグを覗き込む。

「綾波!大丈夫か!? あやなみっ!!」

シンジの問いかけに、レイはうっすらと眼を開けた。

「…碇君……」

「あ、綾波………よかった……うっ…」

安心から嗚咽するシンジ。そのままレイの足元にへたれこんでしまった。

「……ごめんなさい……」

「…綾波?」

シンジが顔をあげると、すまなそうな顔をしたレイが目線を少しずらして見下ろしていた。

「……私…碇君を守ろうと思って……でも碇君に心配かけてしまって………だから…ごめんなさい……」

「……綾波………」

おもむろに立ち上がるとシンジはレイを抱きすくめた。そして驚いているレイの耳元でささやく。

「いいんだ、綾波。僕のほうこそごめん。綾波の気持ち、わかってあげられなくて………

でも今ならわかるよ、好きな人が危ない目にあってるのがどれだけ辛いのか…………」

 

「…碇君……私、碇君を守れた…?」

「うん、でも今度からはもうこんなに危ないのはやめてほしいな。」

「…碇君も…」

「え? あ、そうだね。あはははは……」

シンジがレイを見るとレイも微笑んでいた。

その美しさに、シンジは今さらながらはっとする。レイは不思議そうに問いかけた。

「? …どうしたの? 碇君……」

「あ、いや、な、なんでもないよ。あはは……」

さっきの笑いとは異なり、やけに乾いた笑い声をだすシンジ。

それを誤魔化すかのように、レイを抱いている腕を少しずらしてちょうど肩を持つような格好にする。

「綾波、立てる?」

「……大丈夫……」

「じゃあ行こうか、ミサトさん達も心配してるだろうし……」

こくん

頷くレイ。

シンジはそれを確認すると、レイを支えながら山頂へ向かって歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

頭上には、彼らを祝福するかのように美しい満月が照り輝いていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、このまま終われば趣深いラストなのだが、そうは問屋がおろさないのがこの世の常(なに言ってんだ)

 

二人が歩いているのを山の小高い部分から見下ろす怪しい男が一人、いや、二人。

そのうちの一人、色メガネをかけた背の高い男が声をあげた。

 

「………機は熟した……今こそ『碇家補完計画』発動の時!!!」

 

「…声が大きいぞ、碇。あの二人に気づかれたらどうするつもりだ。」

「む。すまん、冬月。」

「『碇家補完計画』……碇家の欠けた家族愛をレイによって補完する計画か……確かにここまでは順調に進んでいるようだな。碇。」

「うむ…。 ユイよ、見ていてくれ。俺は必ず二人で夢見た『理想の家庭』を実現してみせる!!」

なにやら遠くを見ながら柄にもなく熱血しているゲンドウ。

背後に佇む冬月は、例の邪悪な笑みを浮かべていた。

「碇、確か『碇家補完計画』とはレイとシンジ君の兄弟愛を利用し、お前とシンジ君、そしてレイが『理想の家庭』を実現させるといったものだったな。」

「うむ、それがどうかしたのか? 冬月。」

「いや、なんでもない。そうか…兄弟愛を………ふふふ……」

(ここが私にとっても正念場だな……碇を止めることができれば私の『ユイ君の孫(女の子限定)誕生計画(仮)』も本格的に軌道にのる……)

 

「わっははははははは……」

「…むふ、むふふふふふ………」

 

 

 

 

 

 

月明かりの下で無闇に笑う二人の変態。夜空に浮かぶ満月は、恋人達と同じようにこの変態達も祝福するのだろうか・・・・?

 

……まあそれはともかく、月は先刻と全く変わらない美しさをたたえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  


2002.3/15 加筆修正(戦闘の部分はすっぱり省略してしまいました。原作を知らないと厳しいかも……これじゃホントはいけないなあ)

 ここまでのストーリーを加筆修正しました。

 かなり多くの部分を修正したため、設定等も多少変化しています。

 とはいえ、ストーリー全体に影響を与える修正は行っていませんのでその点はご安心ください。

 また修正によって不明な点を持った方は遠慮せずハルカにメールをお願いします。できる限り対応させていただきますので。

 

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