Revival 第一章 ノディオンの姫君
グラン歴758年初頭・・・
かつて、ロプトウスの支配から世界を救った12聖戦士の一人、黒騎士ヘズルが建国したアグストリア諸公連合。
盟主であるアグスティ王家を中心とし、周辺4国によって構成される連合国家であるこの地を巻き込む戦いが起ころうとしていた。
757年にグランベル王国南西部のエバンス城で起きたグランベル・ヴェルダンの扮装は、グランベルのヴェルダン制圧と言う形で終結した。
しかし、それは両国に隣接するユグドラル大陸第二の大国、アグストリアに波紋を投げかけることになった。
現在、グランベルは大陸北東部のイザークに派兵をしており、着実にかの地を制圧していった。
それに今回のヴェルダン制圧である。
アグストリアは、このグランベルの動向に揺れていたのだった。
イザーク・ヴェルダンの次はアグストリアにも戦火が来るのではないか?ということである。
この疑念は、前々からグランベルの隆盛を快く思わず、グランベル打倒を唱えていた者達に、グランベル攻撃の言質を与える事になった。
攻撃される前に、相手を攻撃してしまおうと言う論理である。
その中核は、ハイライン国のボルドー公、そしてアグスティ王家の皇太子シャガールであった。
彼らは事あるごとに、グランベル攻撃の機会を見計らっていた。
それを止めていたのは、アグスティ王家国王であったイムカと王家の親戚筋にあたるノディオン王国のエルトシャン王であった。
二人はグランベルとの戦いの愚を知っており、強硬派の暴発を抑えるべく、奔走していた。
しかし、この努力も突然のイムカ王の死によって崩壊した。
急病(という発表だか、真偽は定かではない)によってイムカ王は他界し、当然のことながら皇太子シャガールが王位に着いた。
彼が王位に着いて、初めての勅命はグランベル攻撃であった。
アグストリアの諸公に対しグランベル侵攻を命じ、一挙にグランベル侵略を図ったのである。
この事態に、ただ一人の非戦派となったエルトシャンは王都アグスティに上り、シャガールにグランベル攻撃の愚を述べたが、シャガールにとっては、邪魔者を一掃する良い機会であった。
彼はエルトシャンを玉座の前で捕らえ、投獄した。
そして、ハイライン公ボルドーにグランベルへの入り口であるヴェルダンに隣接するノディオン攻撃を命じた。
この時、ノディオン城に残っていたのは、エルトシャンの妹と僅かな兵のみだった・・・
「すぐに、エバンス城に駐留するシグルド様に援軍を求めましょう。」
ここはノディオン城の会議室。
今ここでは、円卓を前にして4人の人物が軍議を行っていた。
そのうち3人は、まったくと言って良いほど、同じ風貌をした精悍な男達であった。
彼ら三人の名は、イーヴ・エヴァ・アルヴァ。
ノディオン王国の精鋭、十字騎士団クロスナイツに所属する三つ子の兄弟であった。
現在、クロスナイツの主力はアグストリアの西北部のシルベール城に海賊に対する北方警護のために遠征・駐留していたため、今、アグストリア城に残っているのは、この3人を中核とした少数の兵だけだった。
この3人は、クロスナイツの中でも飛びぬけた実力を持っており、エルトシャン王にもっとも信頼厚い青年達だった。
シグルド軍に援軍を求めるイーヴの意見にエヴァ、アルヴァも同意した。
グランベル王国シアルフィ公国公子シグルドとエルトシャンとは親友同士であった。
また、彼は信頼に足る人物であるのは確かであったため、彼に助けを求めるのに抵抗はなかった。
これはグランベルをアグストリアに呼び込む事になるのだが、彼ら騎士たちにとって自分達の主君だけが忠誠の対象であり、自分達の主君が仕える主君が存在していたとしても、それは忠誠の対象ではなかったのである。
今はノディオンを守りきる事と、エルトシャンの救出こそが彼らの命題であった。
グランベルに助けを求める事は仕方がなかった。
彼らの意見を上座に座る美しき金髪の姫は緊張に満ちた表情で聞いていた。
「・・・それしか、ありませんね・・・」
エルトシャン投獄の今、ノディオン城の最高責任者となった彼女は不安の色を隠せなかった。
彼女の名はラケシス。
エルトシャンの妹にして、ノディオンの姫君。
繊細で透き通るような天色の瞳、まだ幼さは残るが小さく整った顔立ち、美しく流れるような金髪は日差しに当たれば黄金と見間違うような輝きを放つ。
そして、彼女の全身から放たれる気品と高貴さと言う名のオーラ。
大衆が姫と言う単語で連想するイメージを具現化したような少女だった。
三つ子の騎士はもとより、城に詰める者達、そして国民の誰もが、彼女はアグストリア一美しい姫と確信しており、大陸中を探しても彼女より美しき存在などないと信じていた。
「しかし、斥候の報告ではハイライン軍は既にハイライン城を出て、こちらに向かっているとの事。今からシグルド様に援軍の要請をして、こちらに到着するまで守りきれるかどうか・・・」
三つ子の次男であるアルヴァは、冷静に現状を分析した。
クロスナイツの主力無き今、ノディオン城の兵力はハイライン軍の十分の一にも満たない。
シグルド軍到着まで、ノディオン城を守れるかどうか、誰もが不安だった。
「だからと言って、このまま手をこまねいている訳にはいかない。なんとしても我々が奮起して、シグルド様の来援まで持ち堪えるしかないだろう」
三男のエヴァは拳を強く握り、気合を込めて言った。
もちろん、不利な状況とは言え、三人は逃げる事は考えてはいなかったし、それは一般の兵も同様だろう。
「ラケシス様!早くシグルド様に援軍要請を・・・事は一刻を争います。」
イーヴの声に、ラケシスは立ち上がった。
「分かりました。私はノディオン国王エルトシャンの代理として、この城を守るために全ての力を注ぐつもりです。今からシグルド様に書状をしたためます。早速、早馬でエバンス城のシグルド様の元に送ってください。」
彼女の声には、やはり緊張の成分が含まれていた。
戦いの渦に巻き込まれようとしているのだから仕方が無いだろう。
それでも、毅然とした態度で対策を講じようとするラケシスの姿に、その場にいた彼らは改めて敬意を覚えた。
ラケシスは書状を書くために書斎へと向かい、後には三つ子が残った。
「・・・アルヴァ、エヴァ・・・私たちの命に代えても、ラケシス様はお守りすんだぞ」
イーヴは静かに、だが強固な意志を込めて、二人の弟に言った。
「もちろんだ、兄さん。エルトシャン王から、ラケシス様をお守りするように仰せつかったんだ。この身が斬り刻まれようともラケシス様だけは守りきってみせる。」
エヴァもイーヴに同調した。
「私も同じ気持ちです。それに、ラケシス様を守らねば、あのエリオットの手に落ちてしまう事になる。それだけは防がなくては・・・」
アルヴァの声に、他の二人の頭の中にもハイラインのエリオット王子の顔が思い浮かぶ。
エリオットは強欲な男であり、前々からノディオンの肥沃な土地とラケシスを狙っていた。
実際には、美しきラケシスを狙っている貴族や王族は大勢おり、彼だけが特別と言うわけではないのだが・・・
それでも、根が冷酷であり、数々の不評があるエリオットの手にだけはラケシスを落とす訳にはいかなかった。
「・・・二人とも・・・私達はノディオンの聖騎士だ。必ずや、ラケシス様を守りきるんだ!」
クロスナイツ最強の誉れ高い三つ子の騎士たちは、互いに固く誓い合った。
ラケシスは書状をしたためた後、一人、自室へと戻った。
綺麗に整えられた華麗な部屋だが、彼女一人が生活するには大きすぎると自覚していた。
だが、この自分の部屋では、彼女の精神武装を解く事が出来た。
「・・・・・」
彼女は俯いた表情でベットに向かって歩き出すと、それに倒れこんだ。
うつ伏せのまま、柔らかな羽毛が詰められたベットクロスの中に沈むラケシス。
彼女の金髪が濃紺の布地の上に無造作に広がり、それは夜空に光り輝く星々の様な印象を抱かせる。
ベットに倒れたまま、動かないラケシス。
「・・・う・・・ひっ・・・」
今まで動かなかったラケシスの体が僅かに震えだし、それと共に嗚咽も漏れ出した。
「・・・お兄様・・・エルトお兄様・・・」
皆の前では出せなかった感情が激流となって流れ出すのを自覚していた。
今、自分の部屋でなら、彼女は泣く事ができた。
自分の危機に・・・
自分の大切な人の危機に・・・
ラケシスは実の兄であるエルトシャンに儚い想いを抱いていた。
それも兄妹の間の感情ではなく、むしろ、異性の対する感情に近いものであった。
そして、その事をラケシスは自覚していた。
自分がエルトシャンを愛していると言う事を自覚していた。
(あれはもう・・・何年前になるのだろう・・・私がお兄様と出会ったのは・・・)
ラケシスはこの世に生を受けてから、エルトシャンの傍にいた訳ではなかった。
彼女は生まれてから5歳ぐらいになるまで、兄とは別に育った。
実は彼女はエルトシャンの異母妹であった。
ラケシスの母はエルトシャンを産んだ前国王の正妻の侍女であった女性だった。
貴族出身の美しい女性であり、前国王、正妻の信頼も厚い女性であったが、祝宴の席で酔った前国王の御手つきよって、ラケシスを身篭る事になる。
彼女は懺悔の念に駆られ、王宮から出て行くことにした。
前国王も反省し、正妻も彼女を引き止めたが省みることなく王宮から消え、実家に帰り、そこでラケシスを産む事になる。
しばらくは侍女の実家で育てられたラケシスであったが、祖父祖母、そして母親とを相次いで亡くし、一人ぼっちになってしまったのだった。
一人身になったラケシスは国王夫妻の取り計らいにより、彼らの娘として王宮に向かい入れられたのだった。
エルトシャンと初めて出会ったのは、その時であった。
一目惚れという言葉が一番正しいのかもしれない。
ラケシスは目の前に現れた自分の兄に目を奪われた。
年に似合わない長身、豪奢な黄金の髪、研かれたようなシャープな目線、そして力強く相手の心に響くようなオペラ歌手のような声色。
最初は彼の容姿とか、目に見えるものに惹かれた。
次に惹かれたのは内面的な部分。
若くして既に次期の王としての自覚を持ち、常に民衆と国の事を考え、騎士としての心構えを持つ少年。
目の前にそんな少年が現れた時、既にラケシスの心は彼一色になってしまったのだった。
(そう・・・私の心は、あの時からお兄様の事だけしか考えられなくなってしまった・・・)
ベットのシーツは自分の涙で濡れていた。
その感覚が今のラケシスには冷たく感じる。
(お兄様と毎日顔を合わせる事が出来る・・・それを知った時、私の心は踊った・・・)
それで異母兄妹の生活が始まったが、ラケシスにとっては辛い事が無かったわけではない。
前国王夫妻やエルトシャンは彼女に対して理解があり分け隔てなく接したが、それでも周囲の彼女への視線が全て好意的なものではなかった。
賎しい視線、中傷の視線・・・侍女に生ませた子供と言うレッテルが彼女には付きまとった。
それらの視線は、まだ子供であった彼女の心に暗闇を落とした。
その時に彼女を支えたのはエルトシャンであった。
ラケシスを励まし、場合によっては誹謗中傷をする者達を呼びつけては注意を与えていった。
この彼の行動により、ラケシスの中で一層エルトシャンの存在は大きくなっていった。
そして彼女もエルトシャンの妹として恥ずかしくないように、自分を磨くことを決意した。
王族としての嗜み、学問、作法を学び、新しい自分を創り上げていった。
侍女の娘ではない、ノディオンの姫として、エルトシャンの妹としての新しい自分を・・・
その結果、彼女は10歳の頃には、ノディオンの姫として恥ずかしくない器量を持つに至った。
元々、ラケシス自身の可憐な魅力も手伝ってか、彼女の人気は日を追う毎に城の内外を問わず高まっていき、民衆は「プリンセス・ラケシス」と敬意と歓喜をもって呼んだ。
その頃には、彼女を貶めていた者達もラケシスを中傷する事は無くなり、彼女は名実共にノディオン王族の一員となれた。
前国王が隠居し、エルトシャンが国王になった後には、さらに輝きが増した様に見えた。
だが、それはある意味、偽りの自分であった。
自分が姫と言う名の衣を纏わなければ、エルトシャンと一緒にいれなかったから。
自分が身を置く場所は、ここしかないと信じているから。
だから、自分は・・・
それでも、自分とエルトシャンは兄妹であった。
結ばれるわけにはいかなかった。
たとえ、自分がどれだけ彼の事を愛していたとしても、自分の血の半分はエルトシャンと同じ物なのだ。
たった、半分の血のために彼との至高の幸せを諦めるしかなかったのだ。
でも、自分は彼から離れたくはなかった。
エルトシャンと結ばれる事が出来ないなら、せめて、彼の妹として、常に彼の傍らにいたかった。
だから、他の誰の妻になどなりたくはなかった。
永遠に「エルトシャンの妹」でいたかった・・・
それを受容できた途端、いくらか自分に余裕が出てきた。
彼への想いの葛藤に悩むことは少なくなった。
兄が結婚をした時も、素直に喜ぶ事が出来た。
嫉妬が無かったわけではなかったが、でも、自分は妹の地位で満足していた。
(だけど・・・今、エルトお兄様はいない。今まで、ずっと傍にいる事が出来たのに・・・今は、あの人と一緒にいる事はできない。お兄様は危機に陥っているのに・・・私は助けに行くことも出来ないなんて・・・)
今まで、兄と別れることは無かったラケシスの中に、耐えられない痛みが起きていた。
もうエルトシャンとは会えないかも知れない恐怖が、自分に課せられた重責が、ラケシスを苦しめていた。
もちろん、自分にはエルトシャン不在の間、皆をまとめなければならない責任がある。
だけど、そんな事が出来るのだろうか・・・
今までは、王族としての勤めは全てエルトシャンがしてくれていた。
今の自分に、エルトシャンがいなくなるかもしれない恐怖に駆られている自分に、本当に勤まるのだろうか・・・
(エルトお兄様・・・ラケシスは不安です。本当に、私なんかに・・・・)
胸の中に広がるのは、切ないエルトシャンへの想い。
(お兄様・・・寂しい・・・です)
うつ伏せから体を180度回転させ、壁画が飾られる天井を見つめる。
しかし、彼女の目にはエルトシャンの顔が浮かんでいるように見えた。
思い浮かぶのはエルトシャンとの思い出、仕草、自分が見てきたエルトシャンの全て。
そして、頭の中にそれらを思い浮かばせるほど、目の前に浮かぶエルトシャンの輪郭がぼやけてくる。
溢れ出す涙の存在が、今のラケシスには不愉快だった。
(苦しい・・・寂しい・・・)
その時、腰の辺りにあった右腕が徐々にラケシスの体を這い上がっていった。
そして、オレンジを基調とした煌びやかなドレスの胸元辺りに添えられると、僅かに指に力を入れる。
レンスター産の柔らかな絹の布地に、細く白いラケシスの指が食い込んでいく。
「・・・ぁ・・・」
刺激と言うにはあまりに弱い圧迫であったが、ラケシスの体が微かに震え、頬が赤くなる。
ラケシスは目を閉じ、静かに、ゆっくりと指と手の平を同調させて動かしていく。
(ごめんさい・・・お兄様、貴方をこんな対象としてしまって・・・)
左手は恐る恐るスカートの裾を掴み、たくし上げていった。
彼女の美しい脚線美は、純白のニーソックスによって彩られ、それを同じ素材で作られたガーターベルトが固定しているのが見えてくる。
更に、スカートは捲られて行き、彼女の桜色のショーツが露になった。
(お兄様・・・私・・・・)
ラケシスが自分を慰めるのは、これが初めてではなかった。
彼女自身、今までに2回エルトシャンを被写体にして下着に手を伸ばしていた。
最初に、自分が自慰をしたのはエルトシャンの結婚をした日の夜だった。
寂しさと複雑な想いを胸に城中歩いていた時、たまたまノディオン城のメイドであるミリーが控え室で自らのスカートの中に手を伸ばしているところを見てしまったのだ。
ミリーもどうやらエルトシャンに儚い想いを抱いていたらしく、彼の名を呼びながら自らを慰めていた。
エルトシャンの魅力からすれば影ながら想う女性が何人いてもおかしくないと思っていたので、ラケシスはミリーの行為を見ても彼女に嫉妬や嫌悪感を抱かなかった。
むしろ、「ミリーも苦しんでいるのね・・・」と同情したぐらいだ。
それよりも自分もミリーのようにすれば自分を慰めることができるのか?という無知ゆえの興味の方が先に来てしまった。
しばらく彼女の行為を影から見つめた後、自らの部屋に戻って自らを慰めようとした。
しかし、胸を愛撫する動きはミリ−の手の動きを見て分かったが、スカートの中でどんな愛撫をしていたかは分からなかった。
彼女が覗き見していた時は、ミリ−がスカートの中に手を差し入れ、何かをしていると言う事しか分からなかったからだ。
自慰初体験のラケシスにとって、できる事と言えば下着の上や足の表面で適当に手を動かす事だけだった。
それでも胸を愛撫する動きは分かったので、それだけで彼女は些細な快感を感じる事が出来た。
だが、彼女はその段階で行為を止めてしまった。
下着の上に湿り気を感じた時、恥ずかしくなって止めてしまったのだった。
もう、こんな事はしない・・・と心に誓ったのだった。
それでもエルトシャンと顔を合わすたびに何度も切なさに襲われ、何度もしてしまいたくなる衝動に駆られた。
そして、ノディオン王国建国記念日にラケシスがお酒を口にした時、エルトシャンと彼の妻が笑い会うところを見て胸が張り裂けそうになり、再び自分を慰めてしまった。
今度は酒が入っていたこともあり大胆に自らを責め、頭の中が真っ白になるまで昇り詰めたのだった。
だが、余韻が抜け、酒気が抜けると、自分の情けなさに泣いてしまった。
だけど、こうしなければ、気が狂いそうになってしまう。
一度、自らを慰める事を知ってしまったら後戻りできないのだ。
どこまでも甘い世界に身を委ねたくなってしまうのだった。
(ごめんなさい・・・エルトお兄様・・・でも・・・でも・・・)
着込んだドレス姿で自らの体に手を這わせるラケシスの姿は、あまりにふしだらな印象を与える。
ラケシスは少し体を横に向けて背中を浮かすと、後ろのボタンを外した。
そしてドレスをはだけさせ、白い上半身を露にしていった。
ショーツと同じ色の桜色のブラはラケシスの形の良い乳房を包み込んでいる。
体が高ぶってきているのか、彼女の肌はほんのりピンク色になっていた。
ラケシスはブラのフックを外し肩口からストラップをずらして、乳房を露にした。
意外と着痩せする性質なのか、ラケシスの胸は見た目以上に豊かであった。
頂にはベビーピンクの色をした可愛らしい乳首があり、男達がそれを見たら頭の中に一気に血が上ったであろう。
ラケシスは露出した右の胸をゆっくりと揉むと、時々、人差し指で乳首を転がしてみる。
酒気を帯びていない彼女は、いまだ激しい愛撫と刺激に抵抗があるみたいであった。
ラケシスの手の動きは愛撫と言うより、擦ると言う表現の方が正しいかもしれない。
恥ずかしさのために頬がほんのりと赤くなり、口と目尻が僅かに震えていた。
「・・・ぁ・・・あ・・・は・・・」
(お兄様なら・・・こんな感じで愛撫してくれるの・・・かな・・・一夜を共にしたら・・・)
少しだけ、二本の指で突起をつまんでみる。
「・・・ああっ!」
(こんな風に・・・愛してくださるのかな・・・?)
左手もゆっくりとした動きでスカートの障害をなくした下半身を這う。
太腿やお尻を摩るたびに、ラケシスは性感と言うよりも安らぎに似た温かさを感じていた。
しかし、着実にラケシスの体は熱くなっていく。
口からは甘い吐息が漏れ始め、薄く開いた目の奥は切なげな視線が見え隠れする。
徐々に彼女の指は彼女の大事な部分へと近づいていく。
自分の指とは言え、それが自分の花園に近づいていく事にラケシスは興奮をしてしまっている。
しかし、迷いながらも足の間に潜り込んだ左手はしばらくは動こうとはしなかった。
ラケシスにとっては自分が背徳的な行為をしてしまっているような錯覚があった。
その躊躇いがラケシスの動きを緩慢なものにさせていた。
(でも・・・裂けてしまう・・・心が・・・私の体が・・・)
だが、一度体感した快楽とエルトシャンへの想いがラケシスの心を侵食していく。
人差し指が動き出し、ショーツの上をなぞり始める。
言い知れぬ快感にラケシスはビクビクと震えた。
「ん・・・う・・・ああぁぁっ・・・」
声を出すたびに、ショーツを這う指の動きが速くなっていく。
最初は無秩序であったラケシスの指であるが、そのうちショーツの上に現れた窪みを重点的に摩り始める。
「んんっ・・・!!」
自らの愛撫によって出してしまった声を歯を食いしばって抑えようとするラケシス。
彼女の理性が自分の皮肉な反応に苦笑していた。
胸への愛撫も速さと力が増していった。
痛みを感じない程度の力強さで、そして更なる刺激を搾り取るかのように速く胸を揉んでいく。
足の間に差し込まれた手も、指を二つに増やして動かし続けた。
シルクで作られた布地がクニクニと彼女の秘唇に押しつけられる。
その度に徐々にだが溢れ出した愛液が付着して染みを浮かび上がらせていった。
「・・・あ・・・また・・・」
(また・・・濡れてきちゃった・・・)
最初の時、彼女はこの段階で行為を中断してしまった。
自分が失禁してしまったと勘違いしてしまったからだった。
だが、その後、自分なりに情報を集めた結果、それが失禁とは別の物だと知った。
それからは、いまだに多少の抵抗は残っているものの、何とか先に進む勇気を手に入れたのだった。
(ごめんさい・・・エルトお兄様・・・ラケシスはいやらしい女です。でも・・・でも・・・)
染みが発生した地点を更に指で擦り続ける。
(私は・・・お兄様が好きです。愛しているんです・・・だから・・・だから・・・この一時だけでも、私に貴方を愛させさせてください・・・)
ラケシスの目から涙が零れていく・・・
ラケシスがエルトシャンを愛する事が出来るのは、この瞬間しかなかったのだ。
自分の中でしか、エルトシャンを愛する事はできなかった。
コリコリと勃起した乳首を弾き、溢れる蜜を感じながら、ラケシスは悶える。
「ハァ・・・ぃ・・・あ・・・んっ・・・くうぅ・・・」
しかし、ラケシス自身、分かっていた。
自分の体はさらなる刺激を求めている事を・・・
(今のままじゃ・・・苦しいだけ・・・)
ラケシスは意識をショーツに覆われた花園に集中させる。
熱くとろとろしたものを自分が分泌しているのが感じられた。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・」
一旦、手の動きを止めて、今までの余韻を感じると同時に、いくらかの迷いに苛まれていた。
自分の花を直接に嬲る事はラケシスには抵抗を覚えている。
殆ど、経験がないのだから仕方が無いだろう。
だが、ここで止める事は燃えてきた体が、そしてエルトシャンへの想い続ける心が許す事はしなかった。
ラケシスの左手がへそのあたりまで引かれたと思うと、恐る恐るウエイトから進入していく。
高ぶっているラケシスには、その瞬間さえも刺激と感じられた。
そして中指の先端が溢れ出す蜜の泉に到達する。
(こんなに・・・濡れているの・・・?)
改めて、自分の出した愛液の感触にラケシスは顔を赤らめていた。
ゆっくりと自分の泉の形を見極めるように指を動かし、淵を沿っていく。
「ああっ!・・・だ、ダメ・・・」
自らの愛撫に悲鳴を上げるラケシス。
甘い刺激を求めて、更に指を動かしていく。
最初は戸惑い気味の動きだったラケシスの指も、少しずつだが調子という物が分かってきたみたいだった。
自らの弱点を見極められると、そこに指を這わせ続けた。
(確か・・・ここに・・・)
ラケシスは花園の中で僅かに突起している果実を探ると、そっと撫でてみた。
「!?・・・きゃふっ!」
ラケシスの体が電撃でも受けたかのように震えた。
体が一瞬、弓のように反り返り、彼女が受けた衝撃を物語っていた。
(前に・・・ここを触っていたら・・・頭の中が真っ白になって・・・)
一回、二回と指を這わせるたびに、ラケシスの蜜の量が激増していく。
(私って・・・こんなに流して・・・本当にふしだらな女なんだ・・・これじゃ、お兄様に愛される資格なんてないよ・・・ね・・・)
既にショーツはグチョグチョになっていた。
「はあぁぁ・・・それでも、私は・・・貴方が好きです。お兄様・・・!」
初めて、心の中ではなく声に出してエルトシャンへの想いを吐き出したラケシスであった。
今だけなら、この自分の空間だけなら、自分に素直になっても良いはずだった。
「お兄様・・・もっと、お兄様の指で・・・私を愛してください・・・」
(最低・・・私・・・こんなこと・・・お兄様を貶めるだけなのに・・・)
兄に愛されたい気持ち、兄を自らの欲望の対象とする事への罪悪感。
葛藤を続けながらも、ラケシスは自らの果実によって狂わされていく。
「ひゃあぁ・・・ああ・・・はああぁぁっ・・・!」
狂わされれば狂わされるほど、ラケシスの頭の中はピンク色の靄に包まれ、葛藤を飲み込んでいってしまう。
果実を弄る動きが速くなり、ラケシスの体の震えが止まらなくなる。
胸の愛撫の荒々しいものに変化し、ラケシスは明らかに自分の体を責める事に興奮していった。
延々と続くかに見えたラケシスの手淫も彼女の中で膨らんでいく物の存在により、終わりに近づいている事を物語っていた。
(私・・・また・・・あの時みたいに・・・)
前回の時に初めて知ったオーガズムの存在。
経験の少ないラケシスは激しすぎる性的な爆発に恐れを抱いていたが、自らの体はそれの到来を待ち望んでいた。
(また・・・おかしくなる・・・いいえ、違う・・・もう、私は狂っている・・・)
自らを狂っていると比喩し、ラケシスは躊躇の暇なく絶頂への階段を登って行った。
溢れ返った蜜はショーツはおろかスカート、シーツすら濡らすほど出している。
濡れたショーツと同じく濡れた媚肉が合わさるたびに、自分が股間をまさぐる度にいやらしい水音が部屋の中に広まっていく。
「ああ・・・いやらしい音が・・・お兄様・・・私・・・わたしぃっ!」
白い肌は上気し、熱い汗が体を伝っていく。
ニーソックスに覆われた魅力的な足も見えない糸に引っ張られているかのように、突っ張っている。
今の彼女の体を支配しているのはラケシスではなく、疼きと性感と言う小悪魔の兄弟達であった。
「いや・・・はあぁぁっ・・・あふうぅっ!」
(・・・いやらしい液が・・・止まらない・・・卑猥な声が・・・抑えられないよ・・・!)
「お兄様・・・もっと・・・ああぁぁ・・・っ!」
(お兄様・・・ごめんさい・・・ごめんさい・・・)
男を知らないラケシスは自らの手と欲望によって、めくるめくる快感の波に飲み込まれていった。
もう、何も分からない・・・
ただ、エルトシャンの凛々しい顔だけが脳裏に浮かぶ。
その顔が一瞬、光に包まれたかと思うと・・・
「くうぅぅ・・・! はああぁぁぁ――――っ!」
自分の体が空に浮かび上がるような錯覚に包まれた。
彼女はエクスタシーまで駆け上がったのだった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
絶頂に余韻に浸るラケシスはあまりに乱れていた。
ドレスをはだけさせ、涎を流し、自らの蜜でベトベトになってベットに横たわる深窓の姫君。
世の男どもがこの光景を見たら、欲情を暴発させたに違いない。
そんな姿のラケシスであったが、ふいに仰向けからうつ伏せにひっくり返った。
そして、思いっきり泣き出したのだった。
最初に自分を慰めた時も、その次の時も・・・
いや、自分がこの城に来てから、泣く理由はいつも同じだった。
どれだけ自分がエルトシャンの事が好きでも、彼と結ばれる事は出来ない・・・
自分の心の中でだけ彼と結ばれたって、それが何の意味があるというのか・・・?
身を引き裂かれるような切なさに涙するだけであった。
「・・・ううっ・・・お兄様・・・エルトおにいさまあぁぁっ・・・!」
自分の部屋でだけラケシスは自分に素直になる事が出来た。
そして同じ数だけ苦しむのであった・・・
ラケシスがシグルドの元に援軍の要請をしてから三日後。
ついにハイライン軍がノディオン城西方に現れた。
これに対して、ノディオン軍は城の中に引き篭もって防御の構えをとった。
ノディオン城はノディオン平野の只中に存在する平城である。
防御には適さない城であったが、兵力差が歴然としている以上、野戦で戦う事は出来なかった。
ノディオン軍は最初から篭城戦の構えだったのでハイライン軍は難なくノディオン城を包囲する事に成功した。
エリオットは兵力の優勢に物を言わせ力攻めでノディオン城に猛攻を掛けてきた。
城は周囲を高い城壁で囲み南・東・西に門を構えており、その中でも南門は正門として一番大きく威容を誇っていた。
ハイライン軍は南門を中心として全ての門に対して攻撃を仕掛けてきた。
ノディオン軍は南門にイーヴ、西にはアルヴァ、東にはエヴァの隊を配置して迎え撃った。
城壁に取りつく敵に矢を浴びせ、梯子で城壁を駆け上がってくる敵には落石や丸太を見舞った。
三つ子の騎士たちは武芸だけではなく指揮官としても優れており、兵士達をまとめ上げ、ノディオン城の門を守りきっていた。
だがハイライン軍も負けてはおらず、矢を城壁に向かって放ち多数の犠牲をノディオン軍に強いた。
そんな攻防が五日も続いた。
城壁の内側では傷ついた兵士達の呻き声と断末魔が鳴り響いていた。
城を守るために果敢に戦った兵士達であったが、既に五体満足で戦える者は殆どいない。
多くの死者を出し、また多くの負傷者も城壁の上から下に降ろされ治療を受けていた。
城下町の人々などの非戦闘員の中にはノディオン軍に進んで協力する者がたくさんおり、彼らの手当てでどれだけ多くの兵士達が一命を取り留めた事だろう。
だが、どちらにしても、ノディオン軍の戦力は底をつきかけていた。
ラケシスも戦装束に身を包み、皆の治療をしながら励まして回った。
今の彼女の姿は十字と双獅子のノディオン紋章を刻み込んだ白き胸当てとレザーソックス、マントをつけ、腰には祈りの剣を吊るしていた。
神が遣わした麗しきヴァルキュリアような姿に、見る者は心奪われた。
彼女は武門の誉れ高いノディオン王家の姫として、一通りの鍛錬は行っていた。
この場に敵兵が現れたら剣を抜いて戦う覚悟は出来ている。
しかし、今の自分に出来る事は城の責任者として城中の者を労う事と、僅かながらに使える回復魔法を唱えることだけだった。
城の防御も殆どがイーヴを始めとする騎士達が執ってくれている。
本当は自分も戦場に立ちたかったが、皆に反対されてしまった。
何も出来ない自分が歯がゆかった。
そして、攻撃から五日目の夜の事だった。
場内の教会の聖堂でラケシスは度重なる激戦で傷ついた勇士達の治療を手助けしていた時、イーヴが彼女にもとに走ってきた。
「ラケシス様・・・ここにおられたのですか・・・」
「どうしたのですか?そんなに息を切らして・・・」
「実は先ほど・・・ハイライン軍より書状が届きまして・・・」
イーヴの手にはラケシス宛ての書状が握られていた。
「・・・ハイライン軍・・・」
ラケシスとイーヴと教会の控え室に入ると、書状を開いた。
見る見るうちに、ラケシスの表情が強張ってくる。
それはハイライン軍指揮官エリオットからの降伏勧告だった。
ノディオン軍の武装蜂起と城の開城、そしてラケシスの身柄をエリオットに預けよとの事が書いてあった。
さもなくば明朝、全軍を以って総攻撃を仕掛け、城の中にいる全ての者を皆殺しにするとの脅しの言葉で終わっていた。
「・・・・・・」
「ラケシス様・・・」
ラケシスは目を通した後、書状をイーヴに渡した。
イーヴもそれに目を通した後、驚きの表情を見せた。
ラケシスはその間、控え室のドアを少し開けて聖堂で休んでいる負傷兵達の見つめる。
「なるほど・・・しかし、ラケシス様。こんな脅迫、気にする事は・・・」
「私は・・・その降伏勧告、受けても良いかと考えています・・・」
あまりの衝撃的な発言にイーヴは思わず耳を疑った。
「ラケシス様!今なんと・・・」
「私をあのエリオットに差し出せば・・・城の皆が助かるというのなら・・・」
「何を仰るんです!」
イーヴは声を荒げるが、ラケシスの視線は聖堂に向けられたままだった。
「でも・・・今の状態でハイライン軍の攻撃を凌ぎ切るのは難しい。そして、私たちが負けた時、それは罪もない人々が犠牲になる時でもあるのです。それを防ぐ手段は・・・今は・・・私を差し出す事しか・・・」
(今の私に出来る事は・・・それぐらい・・・)
ラケシスは自分に何も力がないと考えていた。
自分にはエルトシャンのような国王としての力はない。
皆を守り抜くだけの力がない。
だが、自分一人が犠牲になって、この城が救われるのなら・・・と思うと、それでもいいと言う考えが自分の中に広がってきていた。
「何を気弱な事を・・・ラケシス様・・・貴方はあのエリオットに降ると言う事がどういう意味か分かっていってらっしゃるんですか!?」
イーヴの声が高くなるが、ラケシスも引かなかった。
「分かっているわ!私だってあんな男は大嫌い!顔も見たくない!でも・・・私はノディオン王エルトシャンの妹・・・この国の民と城を守る責務があります。私の身がそれの役に立つというのなら・・・」
「ラケシス様・・・」
「見てください・・・あの聖堂で傷つき休んでいる皆を・・・これ以上、誰かが傷つくのは・・・」
本当はそんな事はしたくはない。
だけど、自分は「エルトシャンの妹」なのだ・・・
(そう・・・私はエルトシャンの妹。守り切らなければ・・・この城を・・・)
エルトシャンの妹でいられるなら、それはエルトシャンと一緒の地平線でいる事ができた。
自分がこの城を守り抜く事が出来ないこと・・・それは即ち自分が王族、エルトシャンの妹として失格の時。
彼女にとっては兄と一緒にいられなくなる事と同意義だった。
自分の我侭であることも自己満足である事は知っている。
だが、たとえ自分の自己満足でも、それの結果、誰かの命が救われるというのなら・・・
「イーヴ・・・今までご苦労様でした・・・あなた達の奮闘と忠誠。忘れません・・・」
「ラケシス様!!」
自分なりの結論を出したラケシスはイーヴの言葉も聞かず、部屋を出て行こうとした。
だが、ドアを開けた瞬間、彼女の顔は驚きの者に変わった。
聖堂に収容されていた負傷兵達が控え室のドアの前に集まっていたからだ。
「な・・・!?・・・あなた達は・・・」
皆、ボロボロな姿であったが、真剣な目でラケシスを見つめていた。
先頭にいた兵士が開口一番、自分達の意思を伝えた。
「ラケシス様!・・・申し訳ありませんが、中でのお話・・・聞かせていただきました。お願いです。ハイライン軍に降伏なんてしないでください!」
ラケシスより7歳は年上であろう男の兵士は松葉杖を付きながら兵士達全員の意思を代表した。
「私達の犠牲なんて考えないでください!確かに私達はノディオン城を守るために戦っています。しかし、それだけじゃない。ラケシス様・・・貴方を守るために私達は戦ってもいるのです」
「な、何を言っているの・・・?私を守るためだなんて・・・どうして・・・」
「・・・分かりません。貴方が私たちの暮らすノディオン王国の姫君だからかもしれません。ただ、それだけじゃないんです。私達は貴方の姿を見るたびに力が湧くのです。『ラケシス様を守らなくてはならない』『ラケシス様のためなら戦える』という気持ちが頭の中に起こるんです。私達にとって貴方は確かにノディオンの姫です。ですが、それ以上の存在に見えてならないんです・・・」
「あなた達・・・何を言って・・・」
兵士達だけではなかった。
この教会で治療に当たっていた町の女子供達も同じ視線でラケシスを見る。
そして皆、口を揃えて言うのだった。
「自分達の事を考えて、ご自分を犠牲にしないでください」と・・・
「なぜ・・・あなた達・・・」
分からなかった。
ラケシスには分からなかった。
自分をハイラインに差し出せば、彼らは戦いから解放されるのである。
それなのに、彼らは自分を守るために戦うという。
なぜ、自分のために苦しい道を選ぶというのか?なぜ、そこまで自分のために尽くしてくれるというのか?
彼らにとって自分はただの「姫」でしかないのに・・・
(これが・・・ラケシス様の魅力なんだ・・・いや、他の誰にもない能力なのかも知れない・・・)
ラケシスを止めようとする人々の様子を後ろから見ながら、イーヴは心の中で呟いた。
(この方には人を惹きつけ、奮い立たせる何かがあるんだ。誰もがこの方を目の前にしたら、守るために、またはこの方のために戦おうとする気にさせてしまう。これほど人に影響を与える事はエルトシャン王も出来ないだろう。
ラケシスを見ると、人々は一種の狂気に包まれると言えた。
誰もが、ラケシスのために戦えるようになるのだ。
(この城に皆が同じ気持ちで戦っていたんだ。ラケシス様を守りたいという一心で・・・私と同じように・・・)
「ラケシス様・・・戦いましょう!一緒に・・・お願いします!」
口を揃えて言われたラケシスは気勢を削がれていた。
自分がなぜ、こんな扱いを受けるのかが分からなかった。
(あなた達にとって・・・私は王の妹でしかないのに・・・どうして・・・)
ラケシスの戸惑いを感じ取ったイーヴは後ろから話し掛けた。
「ラケシス様・・・城の皆がこれだけ望んでいるのです。もう少し、この城を皆と共に守る努力を致しましょう。もうすぐシグルド様が助けに参られるはずです。決して無謀な試みではないはずです。」
傷ついた兵士達に詰め寄られたラケシスは、結局イーヴの意見を受け入れた。
ノディオン城の総攻撃の予告を前に、奇妙な興奮状態にあった。
全てはラケシスを守るために・・・その一念が熱となりノディオン城を包んでいた。
ただ、守られるべきラケシスは悩んでいた。
本当にこれで良かったのかと・・・
自分は責任者として重大な過ちを犯してしまったのではないかと・・・
次の朝は清清しい快晴であった。
雲一つない青空の存在が戦いを前にした戦士達には皮肉のように見えた。
これから、血と死体を量産する凄惨な祭が始まろうとしているのだから・・・
(本当にいい天気・・・戦いの前とは思えない・・・)
戦装束のラケシスはアーチの上から空を眺め、心の中で呟いた。
ラケシスはイーヴと共に南門の守備に当たる事にした。
皆が王宮に留まる事を進言したが、自分が一番安全な所に留まるつもりはラケシスにはなかった。
せめて自分の身を危険に晒さねば戦っている戦士達に悪いと思ったからだ。
ラケシスはそれを王族としての最低限の義務だと考えていた。
空を眺めるラケシスの眼下では、ハイライン軍が攻撃のために展開中であった。
ラケシスはその風景を見て、恐怖を感じていた。
しかし、逃げることも泣き出すことも許されない。
自分はこのノディオン城に残った兵士達のシンボルとして皆の士気を煽らなくてははならないのだから。
事実、今のノディオン軍の士気は今までにないほど高まっていた。
興奮状態の兵に笑顔を見せながら、心の中で遠くの兄に語りかけた。
(お兄様・・・どうか、この城を守るだけの力を私にください・・・)
「突撃――――!!」
ハイライン軍の指揮官エリオットの号令で戦いが開始された。
ハイライン軍は南門を中心に全ての門に対して攻撃を仕掛けてきた。
それぞれの門を守る兄弟と兵士達はこれまでにない奮闘を見せ、おいそれとハイライン軍を城の中に入れようとはしなかった。
特に南門にはハイライン軍の六割に当たる兵が攻撃してきたが、イーヴの部隊は圧倒的な強さを見せていた。
圧倒的な兵力を誇りながらも、ノディオン軍の何倍もの被害を受けていた。
いまだに門を破る事が出来ない味方の不甲斐なさにエリオットは苛立っていた。
「何をやっているんだ!?我が軍は・・・エルトシャンが不在で烏合の衆になったノディオン城相手にこれほど手間取るとは・・・」
不見識極まりない言葉を吐くエリオットは側近に怒鳴りつけた。
(あの小生意気なラケシスめ・・・とことん俺を馬鹿にしおって・・・俺を相手にして本当に城を守りきれると思っているのか?自惚れやがって・・・・)
エリオットは歯軋りをしながら、ラケシスの美貌を思い出していた。
(いいだろう・・・これからお前の自惚れを絶望に変えてやる!お前を捕らえ、これ以上ないほど犯してやる!お前の宝石のような瞳が涙で溢れ返す様が目に浮かぶわ!)
どうやら、このエリオットと言う男・・・評判通りの男であるみたいだった。
「おい!例の黒衣の魔導士を連れて来い!薄気味悪い奴だが、その力を貸して貰おう」
「ラケシス様!我々は優勢です!このままなら敵の総攻撃を防ぎ切る事が出来るでしょう!」
アーチの上で戦況を眺めていたラケシスに伝令の兵士は嬉々として報告した。
ラケシスの隣に控えていたイーヴも近衛の兵も喜んだが、ラケシスから出た言葉は一同の予想とは掛け離れていた。
「まだ、戦いが終わったわけではありません!確かに我々は優勢ですが、誰も状況を優勢と思い込み、気が緩んだ瞬間が一番危険なのです。我々が気を緩めて良いのは、シグルド様が到着して、ハイライン軍を撃退してからです!それまでは皆、一瞬たりとも気を緩めてはなりません!」
ラケシスの透き通った声で出された檄は周囲にいた皆の油断を一気に薙ぎ払った。
顔が崩れかけていた伝令は再び緊張を帯びた表情で、ラケシスの命を伝えに降りていった。
(この方は・・・紛れもない・・・獅子王エルトシャン陛下の妹君なのだ・・・)
周囲の人々は誰もがそう感じていた。
今まで彼女がこの最前線に出る事が許されなかったため、誰もがラケシスの言葉に驚いていた。
今の彼女の姿はノディオン城の華として謳われた姫ではない。
戦場に降臨した黄金の髪を靡かせた戦いの天女ヴァルキュリアと言えた。
ラケシスは今まさにノディオン城を守っている要であった。
彼女の存在が兵の士気を上げ、彼女の檄は味方の油断を払った。
彼女がいなければノディオン城はとうに陥落していたであろう。
だが、戦いが膠着状態になった時、ラケシスの立つアーチが爆発音を立てて揺れた。
「きゃあっ!?・・・な、何!?」
彼女はふらつく体のバランスを取りながら、状況を確認しようとした。
程なく、血相を変えた兵がラケシスの元に来た。
「ラケシス様、大変です! 何か、黒く巨大な光が門に命中し、破壊されてしまいました!」
ラケシスの顔か蒼ざめていく。
「門が破られたと言うの・・・あのノディオン城の強固な門が一撃で・・・」
ラケシスの頭の中に敵が攻撃魔法を使ったという結論が浮かび上がった。
(確かに、ハイライン軍にも幾人かの魔導士がいるはず・・・でも、あの門を一撃で破壊する程の魔法なんて・・・黒い光?・・・そんな攻撃魔法なんて聞いた事がない・・・)
しかし、今のラケシスには悩む暇など与えられなかった。
「皆の者!敵が城門から城内に進入してくるぞ!ここに続く階段の守備に回れ!ここに敵を通してはならぬ!」
イーヴの命令に他の兵達が階段から下に降りていった。
「私も行きます!」
ラケシスも祈りの剣を構え、侵入してくるであろう兵の迎撃に向かおうとした。
「なりません!ラケシス様、お逃げください!門が破れた今、ノディオン城を守りきる事は出来ません!すぐにこの城を落ち延びてください!そしてシグルド様の元に!どうか、再起の機会を・・・」
イーヴの発言はラケシスの感情を刺激した。
「馬鹿な事を言わないで!この城を守るためにどれだけの者が死に、今も戦っていると思っているの!?私はそんな彼らを置いて逃げる事など出来ないわ!それにエリオットの言う通りならこれから惨劇が・・・それを見過ごして、自分一人逃げる事なんて出来ないわ!」
ラケシスの負けを確信していた。
エルトシャンから預かったこの城を守りきることも、王族としての自分の責務も果たす事は出来なかった。
今、ラケシスは自分の全てが音を立てて崩れていくのを感じていた。
「我侭をお言いにならないでください!早くお逃げを!」
だが、ラケシスは頑なにイーヴの進言を拒んでいた。
「おやおや・・・どこに行こうとしているのだね・・・?ラケシス姫・・・・」
「馬鹿な・・・正門が破れたというのか・・・」
東門の守備に当たっていたエヴァはその報を受けて、愕然とした。
「エヴァ様、我々も正門に・・・ラケシス様をお助けに!」
「分かっている!このままではラケシス様が危険だ!東門も敵に渡す事になるが仕方がない。もう、ノディオン城の命運は尽きた。せめて、ラケシス様だけでも安全な所に・・・」
と言って、南門に向かおうとしたエヴァの耳に別の報告が届いたのは、その数秒後だった。
「エリオット!」
階段から上がってきたのは、ハイライン軍司令官であったエリオットであった。
彼は数人の兵を引き連れて、ラケシスとイーヴを包囲した。
イーヴはラケシスの前に出る形で彼女を守る。
「ラケシス・・・お前の守ろうとしたノディオン城は落ちた・・・お前は負けたんだ・・・素直に俺のものになれ・・・」
そう言ったエリオットに向かってイーヴは飛び掛っていった。
「ラケシス様お逃げを!エリオット!覚悟!」
イーヴは自分がエリオットの相手をしている間にラケシスを逃がそうとした。
「・・・ふん、馬鹿な奴め・・・」
だが、そんな彼の行動をエリオットは一笑した。
その時、どこから飛んできたか知らない黒い光がイーヴの目の前の地面に炸裂した。
大爆発を起こし、噴煙と破片がイーヴを・・・そして、離れていたラケシスにも届いた。
「きゃあああ!!」
彼女は石つぶてを受けて悲鳴を上げたが、次の瞬間、イーヴの苦痛に満ちた声が聞こえた。
「ぐはっ!!」
爆発に吹き飛ばされたイーヴの体はラケシスの傍にあった壁まで吹き飛ばされ、背中から激突した彼は短く悲鳴を上げた。
「イーヴ!」
ラケシスは飛ばされ、血みどろになって倒れたイーヴに駆け寄った。
「・・・ラケシス様・・・お逃げを・・・」
一瞬、首を上げて、苦しみながらも言葉を出したイーヴであったが、すぐに激痛のために意識が遠のいていった。
ラケシスは彼を抱きかかえたが、彼は意識を失っていた。
幸い、息はあったので気絶しただけだった。
彼女は安堵したが、すぐに緊張に包まれた。
(・・・今の魔法は・・・あっ!あれが門を破壊したという魔法・・・)
「馬鹿な男だ・・・私に向かってくるとはな・・・くくくっ・・・」
楽しそうに笑うエリオットは手をあげ、さらに兵士達が上がってきた。
10人以上に兵がイーヴを抱えるラケシスを5Mぐらいの距離で包囲した。
「・・・・・・」
ラケシスは少しの間無言だった。
ほんの数呼吸であったが、その間の表情はエリオット達には見えなかった。
だが、その後、ラケシスはイーヴを静かに石床に置くと、立ち上がりエリオット達に向き直った。
その表情、動作にはまったくの怯えている要素は入っていなかった。
透き通った天色の瞳のシャープな視線に一瞬、エリオットを含むハイライン軍は後ずさりした。
(な、なんなんだ、この女・・・怯えもしないのか・・・?それにあの瞳・・・)
エリオットの背筋を冷たいものが走り抜けていく。
言い知れぬ小柄なラケシスの迫力は、体格豊かな男達を圧倒していた。
静かに、ラケシスの口が開かれる。
「エリオット殿、我々は降伏します。お受け入れくださいますか?」
ラケシスの口調は先ほど兵士達を鼓舞した声とは違い、熱は入ってはいなかったが、逆に冬の冷風のような印象があった。
「何を!・・・馬鹿かお前は!?昨日の書状を見なかったのか?既にこの城の連中は皆殺しされる運命なんだ!」
エリオットはいきり立ったが、ラケシスは動じない。
「分かっています・・・だけど、あなた達にとっても、この城の皆を殺戮する事に何の益もないはず。違いますか?」
「・・・くっ・・・」
エリオットは見事にラケシスに看破されてしまった。
実際問題、ノディオン城の市民を殺戮してもハイラインには利益はない。
国とは土地だけではなく、その土地に住む者たちを含めてを言うのだ。
無人の荒野と化したノディオンを奪っても、彼らには何の意味もなかった。
エリオットにとっては殺戮宣告などラケシスを脅すための材料でしかなかった。
「もちろん・・・あなたの通告を無視した報いを受ける必要が私にはあります。あなたは私を所望していたと聞いています。私があなたの物になると言うことで、この城の者達の安全を保障してはくださいませんか?」
ラケシスは感情もなく、まるで人事のようにエリオットに淡々と交渉を持ち掛けた。
「・・・うっ!」
エリオットは歯軋りしていた。
ラケシスの態度が憎たらしかったのだ。
彼はラケシスが膝をついて嘆願してくる事を望んでいた。
だが、実際はどうか・・・
ラケシスは殺戮を実行しない事予想し、さらに冷静に、威厳に満ちた表情と言葉で、そして自分自身を武器にして、こちらに交渉を持ち掛けてくる。
(こんなはずじゃない・・・俺はこの女を屈服させる事が望みだったんだ。これじゃ、立場が逆じゃないか!?)
実際、今のエリオットはラケシスに主導権を握られていた。
彼女に負けていたのだ。
それがエリオットには我慢できなかった。
最終的にラケシスを物にできれば良いという事ではなく、彼女を王族としてのプライドも威厳も奪い、敗北感に苛まれた状態にする事を欲していたのだ。
それがエリオットの自我を満足させる事が出来るのだ。
そんな欲求と不満がエリオットの理性を奪っていった。
「甘いなラケシス!別にそんな要求を飲まずとも、お前は既に私の手の中にあるも一緒だ!お前を手に入れ、そして城内の者を殺戮する事だってできるのだぞ!」
エリオットは自分の欲求に従って暴走し始めた。
周りの兵士達もエリオットの常軌を逸した言動に動揺し始めた。
「ぬはは!どうだラケシス!お前の浅知恵など俺には通用しないんだぞ!」
ラケシスもエリオットがおかしくなり始めた事を感じていたが、動揺はしなかった。
「・・・そうでしょうか?」
といったラケシスは、腰に掛けてあった鞘から祈りの剣を抜き放ち、自分の首筋に添えた。
「!?なに!!」
「あなたが私の要求を飲まないと言うならば・・・私はここで自害します・・・」
それはラケシスの最終手段だった。
エリオットの自分への執着を武器とする最後の賭けであった。
エリオットはラケシスの宣告に驚愕したが、今の彼を支配しているのはラケシスに負けたくはないという一心であった。
「馬鹿め!温室育ちの深窓のお姫様であるお前などに自分から命を絶つ勇気があるものか!?」
「・・・試してみますか・・・?」
ラケシスはゆっくりと剣を引いていった・・・
ラケシスの最後の賭けの瞬間であった。
だが、エリオットは既に狂気に思考をストップさせていた。
「脅しになど乗らん!やれるものならやってみろ!」
ラケシスは自分の賭けに負けた事を悟った。
「・・・・・」
(お兄様・・・ごめんなさい・・・)
ラケシスは目を閉じ、自らの最愛の兄に謝った。
ラケシスの白い肌に刃が触れようとした・・・
その時であった。
階段を急いで駆け上がっていく音が聞こえたかと思うと、ハイライン軍兵士が現れて・・・
「大変です、エリオット様!グランベル軍です!エバンス城のグランベル軍が現れました!」
その報にエリオットとラケシスは思わず兵士を振り返る。
「なんだと!?」
「グランベル軍は東門に展開していた部隊を一蹴しました。その後、二手に分かれ、一方は場外の我が軍を・・・そして、もう一方は東門から城内に入り、こちらに向かっていると・・・うぎゅああああ!!」
兵士は報告の途中で絶叫を上げた。
気が付くと、兵士の胸板に槍の刃が突き出していた。
兵士は即死であったのだろう、刃が抜かれると、階段を転がり落ちていった。
変わりにそこに現れたのは、槍を携えた蒼き髪が印象的の青年であった。
年齢はラケシスより2歳ぐらい上か?
背筋はあまり高くはないが、青年の年齢を考えると、まだまだ伸びるであろう。
線は細いかもしれないが、敏捷性を誇るような身体つき。
何よりも幼さが残るか、大人離れした勇壮な表情が印象的な青年であった。
「貴様!何者だ!?」
エリオットは蒼髪の男を怒鳴りつけたが、彼は何も応えずにエリオットに向かっていった。
「!?・・・こいつを殺せ!」
青年の発する殺気を感じたエリオットの命令に兵士達は動き始めた。
しかし、蒼髪の青年の動きは素早く、鋭かった。
一気に距離を詰めると、槍を繰り出して、剣を抜いた兵士を串刺しにした。
その両翼から別の兵士が二人駆け寄ってくると、素早く槍の刃を抜き、左手の男に向かって構えた。
二手から迫ってくる兵士は同時に持っていた槍を突き出したが、通用はしなかった。
素早く体を左手に動かした青年はまず左の兵士の槍を槍で叩き、そして体を動かした事によって到達に時間差が出た右手の兵士の槍を柄で防いだ。
二本の槍を防いだ青年は槍を振るって二人の兵士を薙ぎ払った。
こんな感じで彼は兵士達に対して槍を振るい、突き出し、さらに回転させて、倒していった。
彼の槍捌きは攻防一体であり、彼に近づくことも攻撃を防ぐことも兵士達にはできなかった。
そんな事で、彼はハイライン軍の兵士達をほんの少しの時間で全滅させてしまった。
「な・・・な・・・なにいぃぃぃっ!?」
エリオットは自分の兵士達が全滅させられ、うろたえながらも腰の剣を抜いたが遅かった。
青年は槍をくるりと一回転させると逆手に持ち、エリオットに向かって槍を投げつけた。
それは剣を抜こうとしていたエリオットの胸に突き刺さった。
「ぐぎゃああああぁぁ・・・!!!」
エリオットは絶叫を上げながら悶え、よろめき、そして倒れたのだった。
その光景を見ていた男がいた。
「馬鹿な男だ・・・これだけお膳立てをしてもノディオン城を落とせないとはな・・・」
ラケシスたちのいるアーチから30Mほど離れた櫓の上で黒き衣を纏った男は呆れたように呟いた。
(やはり・・・アグストリアにノディオンのエルトシャンとエバンスにいるシグルドを排除させる事は不可能か・・・)
彼は立場が逆転し、敗走を始めたハイライン軍を見ながら分析をしていた。
「仕方がない・・・マンフロイ様に計画の変更を申し出るか・・・」
独り言を呟いた男は何かの呪文を唱え始めた。
次の瞬間、一陣の風と共に男の姿は消えていた。
「ふう・・・」
ラケシスの前で信じられない力を見せ付けた青年は少しだけ息を吐き、今までの緊張をほんの少し解いた。
ラケシスは呆然と彼の顔を見ながら立ち尽くしていた。
そんな彼女の存在を思い出したかのように青年はラケシスの元まで小走りで走ってきた。
「あ、ノディオン城のラケシス様ですね?ご無事でしたか!」
青年の声はまだ若い。
どうやら、彼は実年齢以上の実力を持つ戦士のようだった。
「遅れて申し訳ありません。ですが、もう大丈夫です。シグルド様が全軍で来られましたので、ハイライン軍を駆逐するのも時間の問題です・・・・・・?」
青年はラケシスの前で膝をついて現状を説明したが、彼の目にはラケシスが聞いていないように見えた。
「・・・ラケシス・・・様?」
まるで魂が抜けたかのようにラケシスの様子に青年はうろたえていた。
「・・・う・・・」
「・・・?」
「ううっ・・・! うううぅぅぅっ!!」
突然、ラケシスの体が震えたかと思うと、突然ラケシスは泣き出した。
「ら、ラケシス様!」
泣き出したラケシスは壁に背をつき、そしてゆっくりと腰を落としていった。
最後には床にぺたんと腰を落としてしまうラケシス。
だが、ラケシスはそんな事を気にせずに、顔を両手で覆い、泣き出した。
ラケシスは自分達が助かったと理解した瞬間、全ての重圧から開放されたのだった。
この城を守らなければならない重圧。
戦いの場に身を置いた重圧。
敵に囲まれても膝を屈しなかった重圧。
そして、自らの貞操を捧げようとした重圧。
その全てが姫である前に一人の少女であるラケシスには辛過ぎるものだった。
彼女は無理に無理を重ねていたのだった。
しかし、彼女はそれを耐え切り、責務を果たす事ができたのだった。
それが分かった途端、彼女の瞳から涙が止まらなくなってしまった。
青年の前で子供のように泣くラケシス。
そんなラケシスに蒼髪の青年は明らかに混乱していた。
「あの・・・どこか傷でも負ったのでしょうか?」
見当違いな言葉を掛ける青年であった。
そんな彼の胸にラケシスは飛び込んだ
「!?・・・あの!・・・ラケシス様!?」
突然、飛びつかれて、胸板に顔を埋めるラケシスに青年の顔は真っ赤になった。
どうやら、この青年、女性に対する抗体は少ないみたいであった。
ラケシスにとっては、今は誰でもいい、傍にいて欲しかった。
大きなのプレッシャーに耐え切った少女の心は、誰かの温もりを欲していたのだ。
誰かの胸で思いっきり泣きたかった。
それは王族としてではない、か弱い乙女としてのラケシスの無意識な行為であった。
「・・・ごめんなさい・・・もう大丈夫です・・・」
「あ・・・はい・・・」
今だに顔を埋めたまま謝るラケシスに掛ける言葉がないほど緊張している青年。
二人は今、非常に奇妙な空気に包まれていた。
そんな中、ゆっくりとラケシスは顔を上げていった。
「変な姿を見せてしまいましたね・・・恥ずかしいです・・・」
顔を上げたラケシスの顔には王族としての威厳も何もなかった。
あったのは、涙で目を赤くし、頬を桃色に染めてしまった一人の顔があるだけだった。
そんなラケシスの顔を見てしまった青年は不思議な印象を受けていた。
「すいません・・・あなたの服をこんなに濡らしてしまって・・・」
「いいえ、気にしないください。ラケシス様・・・」
二人は立ち上がり、ゆっくりと向き合った。
もう、ラケシスの顔には姫としての顔が戻ってきていた。
「そう言えば、まだあなたのお名前を聞いていませんでしたね・・・あなたはシグルド様の軍の方ですか?」
ラケシスの問いに、青年ははっきりとした口調で答えたのだった。
「私はレンスター王国のキュアン王子に仕えているフィンという者です。以後、お見知り置きを・・・」
続く