一夜
夜行性様 著


 夜がふけ、月すらも雲に隠れた闇に包まれたマケドニアの王宮の一室に二人の男の声が響く。
「それでは約定の通りに……」
 気配の一つ、この国の第一王子ミシェイルの横顔がろうそくの明かりに浮かび上がる。
「同盟の条件に自らの妹を差し出すとはな……民の人気もあるのだろ?」
 テーブルに向かい合っているもう一つの声は、漆黒のフードに包まれた男は、闇に溶け込むように表情も見せ ず、陰鬱な呟きだけがその場を支配している。
「まぁよい……貴公の働きには期待をしているぞ……聞けば有能な龍騎士だというからな……我らの手駒にもな るだろう……」
 何処からか吹き込んだ風がロウソクの火を吹き消し、再び灯された部屋の中にはミシェイルの姿だけが残され ていた……。
「すまないなミネルバ…マリア……お前達はまだ世界という物を知らない、これを機に見聞を広めてくるのだな… …」
 薄く笑うミシェイルの瞳に映るロウソクの炎の揺らめきは、心の奥に燃える野望と同じく揺らめいていた。




「本日の予定ではドルーアの王宮で夜会に招待されているのですが……これが招待状です」
 騎士団の練兵場にミネルバが姿を現すと、副官であるパオラが側にきて今日の予定を伝えてくる。
 いつもと違う歯切れの悪い報告と共に渡された招待状に目を通した時、ミネルバもパオラの困惑の理由に納得 していた。
 マケドニアの王女であるミネルバが夜会に呼ばれることは別に不思議な事ではない、今までも何度か招待され ているが、今回の招待状には直属の部下であるパオラ、カチュア、エストの名が併記されていた。
「お前達まで招待とは……貴族の前で剣舞でも披露させるつもりなのか?」
「では、断りの使者を送りますか?」
「いや……行こう、下の方に仮面舞踏会と書いてあるだろう? その時には相手の詮索をしないのが決まりのよう なものだ、気に食わない奴がいたら一人二人横面を叩いても構わんぞ」
 ミネルバがパオラの手に書簡を返しながら皮肉な笑みを浮かべる。
 パオラも傍らで草を食む天馬を横目に、風に流される髪を押さえながら微笑んで、丘の向こうから近付いて来る 二騎の天馬の姿を見つめていた。
「それではお言葉に甘えて、今夜は私達の羽を伸ばさせてもらいます」




 マケドニア白騎士団の盛装に身を包んだ四人の女性が姿を現すと、玄関ホールは羨望の溜め息に包まれた。
 もともと女性にしかなれない天馬騎士の部隊は、それだけで民衆へのアピールが強くなるため、どの国でも天 馬騎士団の制服には見栄えのする仕立てをする事が多かった。
 特に、マケドニアのミネルバ王女と、その指揮下にある白騎士団の名は、諸国に知れ渡り、凛々しくも気品と美し さを備える彼女達は憧れと羨望を持って見つめられていた。
 王女という身分を考えれば、ミネルバも貴婦人としてドレスに身を包んで現れてもいいはずだが、ドルーアの属 国となってからは公式の場には騎士団の礼服以外に袖を通す事は無くなった。
 誇張された魔導士や騎士の衣装に着替えた先客とすれ違いながら、控えの間に通される
 数人の女官が四人を出迎えたが、その身に纏う衣装にミネルバは立ち止まり、続く三人も目を見開いて絶句す るしかなかった。
 かなり年が若いのだろう数人の女官達は、制服の大まかなデザインは守っている物の、乳房に当る部分をくり ぬくように穴を開けられ、まだ未熟な果実を外気にさらしつつ、四人に向かって深く頭を下げていた。
 今夜の舞踏会にあわせ、仮面を着けてはいたが、申し訳程度に目元を覆っているだけのそれは、羞恥に頬が 染まっている様子までは隠しきれてはいない。
「皆様にはここでお召し物を脱いでいただきます」
 この中のまとめ役なのだろう、一人がミネルバ達四人に向かい、よどみなく伝えてくる。
「一体何の座興だ、客をからかうにもほどがあるだろう?」
まなじりをきつくしたミネルバの声が部屋の中を静かに流れるが、側近である三人には今の主人の心の様子が 見て取れた。
「カチュア姉さま……ミネルバ様怒ってるよぉ……」
「静かに、はしたないわエスト」
 遠くに聞こえる廊下のざわめきに隠れるようにエストとカチュアの囁きが交わされ、パオラはミネルバの激昂に 備えて、いつでも止めに入れるように体性を整えていた。
「申し訳ございません……今回の主催者の意向で私どもはこのような服装をしておりますが、他のお客様も同じよ うにお出迎えしております、一夜の余興としてお聞き届けいただけませんでしょうか?」
 見れば年格好は三姉妹の末っ子であるエストと同じか、それよりも下に見える少女達を罰するほどミネルバは 非情にはなれず、無言で襟元の留め金を外していった。
「今宵の宴……元は取らせてもらうぞ」
 主が一番に従ったために、三姉妹もそれぞれの女官に衣服を渡していく。
「これも……脱がなくては駄目なのでしょうか?」
「隣りに湯浴みの用意が出来ておりますので、全てのお召し物をお預けください」
 下着姿になったカチュアの控えめな言葉に女官のよどみない答えが返され、恥ずかしそうに下着に手をかけて いく。
 四人の姿態が部屋の空気にさらされた時、隣りの部屋には先ほどの女官達が湯浴みの用意と香油を手に待っ ていた。
 肩口で切り揃えた赤い髪に、凛々しいとも取れる切れ長の瞳、普段から化粧というものをしていないはずなの に、白磁のような頬と、うっすらと紅をひいたような唇は瑞々しさをたたえている。
 肌の隅々まで清められ、香油を擦り込まれた姿は蜀台の明かりに輝き、豊かな張りのある乳房や、引き締めら れ、無駄な肉の無い腹部と鍛えられた足に向かって柔らかな陰影を映し出していた。
「ミネルバ様……やっぱり綺麗だなぁ……」
 女官達が下がり、室内に裸の四人だけが残された時、思わず漏れたエストの声を聞き、照れたように無言のま ま後ろを向いてしまうミネルバを見て、パオラは楽しそうに微笑み、カチュアの方はといえば、自分の乳房と繁みを 手で隠して小さく肩をすくめていた。
「エスト……ミネルバ様が困ってますよ」
「エスト、はしたない事は言っては駄目よ」
「姉さん達は余裕があるからいいよね……私が一番下じゃなかったらもっと喜べるのに……」
二人の姉にたしなめられたエストが、自分の胸元を見下ろしながら、大袈裟な溜め息を吐きつつ不機嫌な表情を 作ってそっぽを向いてしまう。
 パオラもカチュアも成熟した女性のラインをして、ミネルバにも負けないほどのプロポーションをしていたが、末っ 子のエストには、それがコンプレックスとなっていた。
「エスト……胸が大きいからといってあまり良い事は無いぞ、騎乗においては動きが鈍るし、第一他の者に舐めら れる……」
「……………………!」
 ミネルバとしては、一人の騎士としての意見だったのかもしれない一言は、エストの何かにとどめを刺してしまっ たらしい、先程とは違う本当に重たい溜め息を吐き、がっくりと肩を落としてしまった。
「ミネルバ様……その表現もどうかと……それに逆効果です……」
 論点がずれている事に気付かないミネルバが、カチュアの進言に不思議そうな顔をする脇で、パオラがエストを 抱き締めていた。
「エスト、焦らなくても大丈夫だから……私達の妹なんだから、必ず素敵な女性になれるわ」
 その双乳の柔らかさに包まれ、短く切り揃えた髪を撫でてくる姉の優しさに、エストの落ち込んだ気持ちも立ち直 ってくる。
「パオラ姉さん……」
照れ隠しに笑顔を浮かべたエストを安心させるように微笑むパオラの後ろから、再びミネルバの声がかけられた。
「パオラ、カチュア、鎧鍛冶の方から胸当ての調整に来るそうだから、見てもらった方が良いのではないか? 先日 きつくなったと言ってたようだが……」
「「「!?」」」
 その一言で室内の時間は凍りつき、エストの笑顔はそのままに瞳に大粒の涙が溢れ、パオラは、エストを抱き締 めたまま笑みがひきつり、ミネルバの後ろではカチュアが慌てて胸元を隠していた……。
「姉さん達の裏切り者〜っ」
 落ち込むエストを慰める事のできる人物は、すでにこの中にはいなくなってしまっていた。




「これは……?」
 元の間に戻ってきた時、四人の前にはきらびやかなドレスが用意されていた。
 純白のレースをふんだんに使い、胸元から腰までの引き締まるようなラインを残しつつ、脇から挟み込むように 入っている枠に支えられる芯によって大きく開いた胸は、下に重ねられたコルセットに飾られた刺繍を見せてい る。
 スカートにもレースが重なり、まるで大輪の白薔薇が花開いているようだ。
 しかし、四人の洩らした疑問の声は、そのドレス一着だけが部屋にある衣服だった事だ。
 慌てて戻ろうとした時には今入って来たドアには鍵がかけられており、残りのドアをパオラとエストが確認する。
「ミネルバ様、こっちのドアも鍵がかかってます」
「まさか……閉じ込められたとでも言うのか?」
 慌てるエストの声にミネルバの思考が最悪な予想をするが、会場へと続く扉を調べていたパオラが、困惑した様 子で答えを返していた。
「それは無いようです……ですが……」
 パオラがほんの少しだけ扉を開けると、囁き声のように聞こえていた広間の喧騒が、控えの間に流れ込んでく る、それは部屋から出るためには夜会の広間にいくしかないという事を示している。
「つまり……私達に恥をかかせる為にこのような手の混んだ真似をしているというのか……?」
 ミネルバの呟きとともに四人の視線が、自然に純白のドレスへと集まり、思考をめぐらせる。
 一人が全てを身に着ければ、他の三人が一糸纏わぬままでいなければならない、だからと言って、四人で分ける には、あまりにも恥ずかしい格好をする事になる、誰もがその考えに行きつき、不安げにミネルバを見つめていた。
「出るしかないが……」
 うめくようなミネルバの声に三姉妹が後ろで見つめあい、いくつかの確認を交わすとパオラがドレスを手にとって ミネルバに差し出した。
「ミネルバ様はこれをお召しになってください、少なくとも私達三人よりはマシですから……」
「パオラ……」
 素早くミネルバの後ろに回り、大きく開いたレースを整えながら、パオラがドレスをミネルバに着せ付けていく。
 その隣りでは、カチュアとエストがそれぞれの手に残りの下着を取り身につけていた。
「お前達……そんな格好で出るつもりか? 私のことは気にせずにお前達が……」
「ミネルバ様! 私達の主はミネルバ様なのです、主人に恥をかかせる訳にはいきせん!」
 強い調子でミネルバの反論を封じ、ドレスの着付けを調えたパオラは、妹達二人を振り返る。
「パオラ姉さん、これでいいの?」
 そこには、エストが下着と一体になったコルセットを身に着けていた。
 胸から腰までをレオタードのようにエストの身体を包み、精緻な刺繍を施されたそれは、エストの華奢に見える体 形を女性らしい引き締まったラインに整えている。
 だが、本来はドレスの下に身に着けるための下着でしかないそれは薄く伸縮性に富んでいる布地で出来ている ために、ピッタリとエストの肌に張り付き、身体のラインを浮き立たせていた。
「大丈夫、とっても魅力的よ♪」
 たとえ気休めだとしても明るい声を上げるパオラが、自分の身支度を整えていく。
「でも……これだと姉さんの着る物が……」
 下着の上下とガーターベルトに吊られたストッキングを身につけ、モジモジと落ち着き無く膝をすり合わせている カチュアが、残った衣服を見て眉を寄せていた。
 残っているのは肘までの手袋と、胸元を飾る幅広の首飾り、薄く透けるようなショールが残っているだけだった。
「平気よ、これだけでもこうすれば……ね」
 大き目のショールを幾重にも巻き着けてローブのように形を整え、肘までの手袋と幅広く編まれているネックレス を胸元に飾ると、三人の前でポーズをとってみる。
「ほら、踊り子の衣装みたいでしょ?」
「そんな格好で行こうと言うのか……」
「パオラ姉さん……」
「……………………」
 ミネルバとエストの声は震え、カチュアはパオラの姿に頬を真っ赤に染め、耐えられないというように目を瞑って いた。
 明るい調子で語るパオラの姿は、確かに踊り子のようだったが、あまりにも薄いショ−ルは、パオラの肌を浮かび 上がらせたまま、臍の形や繁みの陰すらも透き通らせ、胸元の宝石が乳房を隠すだけのあまりにも扇情的な姿を さらす結果になっていた。
「パオラ姉さん、やっぱり私のと交換しよう」
 自分の着ている物を脱ごうと手をかけるエストの手を優しく包み込み、羞恥に肌を染めつつも力強い瞳で止め る。
「いい? あなた達が恥ずかしい思いをしなくてもいいの……それは私の役目。だって私はあなた達の姉なんだ から……」
 同じように自らの衣装に手をかけていたカチュアを目で諭し、部下といえども本当の姉妹のように気を許してい た三人に、そのような恥をかかせてしまう事になった自分への怒りに震えているミネルバに向き直る。
「ミネルバ様、このような事になってしまいましたが、どうかお気になさらぬようお願いします。たとえ何者かの嫌が らせだとしても、このような事で自らの立場を危うくする事は無いのですから」
「……………………お前達……すまない」
 臣下の礼をする三姉妹の進言に、ミネルバはやりきれない思いを瞳にたたえて頷くしかなかった。
 ミネルバのために用意されていた仮面は、薄い皮で飛竜の翼を模しており、パオラ、カチュア、エストの三人に は、天馬の翼を模した白い羽の仮面が用意されていた。
 四人はこの痛烈な皮肉とも取れる悪意に唇を噛み締め、拳を握る事しか出来なかった。
 扉の向こうから、司会の声が聞こえ、夜会が始まり会場へと続く扉が音も無く開かれていく、控えの間に流れ込む 会場のざわめきが、自分達を隠す最後の砦となる仮面に手を伸ばす事を急きたてていた。




 夜会の会場は、混沌とした華やかさに彩られていた。
 年に数回行われるこのパーティーは、若い貴族達が近隣の娼館から選りすぐりの娼婦を呼び寄せて行う娯楽で あり、集うメンバーは年若い貴族の子爵達が多く、その中にあって艶やかな花を咲かせている女性達は、ある者 は気品と知性を漂わせ、またある者は己の武器である肢体を扇情的な衣装に包んでいる。
 貴族の夜会に呼ばれても違和感が無いほどの作法と知性を身につけた彼女達は、娼婦の中でもトップレベルの 者達で、これを機にパトロンが見つかればさらに優雅な世界が待っているという思いを胸に己を磨いてきた者ば かりだ。
 そのような事を知らずに招待されているミネルバ達は、仮面に隠された素顔を思う余裕も無く、会場の喧騒に足 を踏み入れていく。
 広間にその四人の姿が現れた時、人々のざわめきが止まり、楽団の演奏するプレリュードだけが静かに出迎え ていた。
 純白のドレスに身を包み、溢れるほどのレースの隙間から肌が覗くミネルバを先頭に、レオタードのように体を覆 うコルセットを身に着けたエスト。ガーターに吊るされたストッキングに申し訳程度の下着を身に纏うカチュアが続 き、肌を透かせたローブに身を包み、胸元を幾重にも重なるきらびやかな宝飾品が、かろうじて乳房を覆うパオラ が三人に守られるように緑の髪を揺らしている。
「ほぅ……これは美しい……」
「一体何処の館のものだ?」
「いや……これほどの上玉ならば噂の一つも流れるはずだが……聞いたことは無いな……」
 無遠慮な視線と、品定めをするような男達の話が耳に入ると、まるで自分達が、奴隷にでも堕とされ、これから売 られてしまうような不安と屈辱が身体を駆け巡る。
 四人は壁際に寄り添い、柱の影に隠れるようにしてようやく回りを見回す余裕が出来た。
「何なのだこれは……」
 ミネルバの呟きは、四人共通の感想だった。
 男達は、まだ年若く、少年とも呼べそうな背格好の者達も混ざり、その中を華やかに彩る女性達は恥らう事無く、 己の乳房や肌をさらして談笑をしている。
「皆様、お飲み物はいかがでしょうか?」
 多彩な飲み物を乗せたカートを押しながら現れた女給は、先程の控えの間で見たように、胸の部分をくり抜か れ、豊かな双乳を揺らしながら、仮面の下で微笑んでいた。
 四人は自分達こそが、この中で異端者だと言う事実に気付かされ、お互いに話をする事も無く会場の空気に困 惑していた。
 楽団の演奏するプレリュードが終わり、曲がワルツに変わると、ホールの中央に次々とパートナーの手を取り踊 り出す。
 その様子は、普通の夜会でもおなじみの光景だが、仮装をした男性と、扇情的な女性のカップルが踊る様は、噂 に聞く邪神の儀式のように破滅的な何かを漂わせていた。
 緊張に震える体は喉の渇きとして現れ、四人が手にしたグラスにいつの間にか注がれている飲み物を、無意識 のうちに飲み干していく。
「いや……私達は結構だ……」
 流騎士としてのミネルバが放つ殺気を込めたその一言は、今までの下心しか持たない軟弱な貴族達を退散させ る事に成功していたが、その事がミネルバ達を注目させる結果になってしまっている。
「姉さん、みんなが私達の事を噂してるみたいだよ……」
 口元を覆い隠しながら視線を向ける女性や、何人かで集まって談笑しているグループを見る度に、まるで自分 達の事を話しているのかと思ってしまうほどに、エストも意識し始めているようだ。
 壁際に寄り添う花達を手にしようと、ゆるんだ口元を隠そうともせずに寄って来る男達を断り続けていた四人の 元に、新しいグループがやってくる。
「せっかくの夜会です、そのような所に集まっていないで、私達と踊っていただけませんか?」
 見れば、まだあどけなさが残っている四人の青少年達が、無邪気とも言える笑顔を向けてそれぞれに手を伸ばし ていた。
「そんな……ボク達、お姉様達と踊りたいんです」
「だって、他の人達みたいに楽しそうじゃないし……」
 少年達は何の迷いも無くミネルバの手を取り、無邪気ともいえる強引さでホールの方へと引っ張ろうとする。
「本当に、私達には構わないでくれ」
「私達も踊りませんか?」
 カチュアとエストの前に二人の人物が手を差し伸ばしてきた。
 透き通るような金髪を丁寧に撫で付け、軍の礼服をデフォルメしたような大仰なスーツに身を包んでいる二人は、 鏡で写したようにそっくりな姿で微笑んでいる。
 ただひとつ違ったのは、カチュアに手を伸ばしている人物の胸元は豊かに膨らみ、唇にはうっすらと紅を差してい る事だけだ。
「え? ……あなたは……」
 まさか女性からの誘いを受けるとは思ってもみなかったカチュアは目を丸くして、その女性を見つめる事しか出 来ない。
「あはは……こんな格好で驚きましたか? 私はこの子達の姉でしてね、いわば保護者のようなものです。今宵は 美しきお嬢様方に出会えて思わず声をかけてしまいましたがご迷惑でしたか?」
 ハスキーな声は男装に似合い、その悪戯っぽい笑みに困惑しつつもカチュアは何とか断ろうとする。
「迷惑という訳ではないですが……あの……私こんな格好ですし……」
「おかしな方ですね、周りを見てください、あなた達よりもっと派手な格好をしている女性ばかりじゃないですか」
 確かに下着姿の女性というのも多数いるこの会場では、今目の前にいる女性や、ドレスを着ているミネルバのよ うな女性の方が、紙に落ちたインクのように目立つ存在として浮いていた。
 だからと言って、日頃真面目な騎士でいようと思うあまりに、そのような話題にはわざと近付かないでいたカチュ アが、開放的な場所に突然放り出されてまともにふるまう事が出来る訳も無く、ただ混乱しているだけだった。
 隣ではエストも熱心に誘われているようだ。
「どうか、私と踊っていただけませんか?」
 文字通り、姫君に剣をささげる騎士のように芝居がかった仕草でエストの前にひざまずく青年の仕草に、笑みを こぼしながら。
「どうしようかしら……こんな格好じゃなければ、喜んでお相手するのですけど……」
 などとおどけた様子で答えている。
「エスト……恥ずかしくは無いの?」
 周りに聞こえないように耳元で囁くカチュアの声に、エストのほうは意外そうな表情を浮かべている。
 いつの間にか空けているワインがだんだんと回ってきたのだろう、頬を赤く染めたエストの表情がゆるんだま ま、いつも自分がカチュアにされている「お説教のポーズ」を真似ながら向き直る。
「姉さんは固すぎよ、少しは周りの雰囲気に合わせないと余計に浮いちゃうわ」
「そんな事……言われても……」
 妹からの予想外の反撃に、真っ赤になるカチュアの姿を見て、パオラや、ミネルバですら、失笑を洩らしてい た。
 二人の青年(?)に誘われるカチュアとエストの後ろでは、少年が何とかミネルバの気を引こうと、かいがいしく飲 み物や食べ物を運び、ミネルバも少年達に強く出る事も出来ずに困ったような笑みを浮かべている。
 どんなに誘おうとも頑なに拒否をするミネルバの様子に一人が、不審そうな表情を作る。
「もしやあなた方は? ……いや……しかし……」
 何かを思い出そうとしている青年に緊張感が走り、身を硬くした瞬間、パオラが青年の手を取り中央へエスコート していった。
(パオラ!)
((姉さん!))
「ミネルバ様、このままダンスに誘われましょう」
「……な!」
「……私……そんな……」
「姉さん!」
 パオラの進言に、絶句するミネルバと、とまどうカチュア、しんじられ無いという表情を浮かべるエストの声が重 なる。
「正直な話、この状態では私達が詮索される事は間違いないでしょう、ならばダンスに誘われたまま夜会の終わり までうやむやにするのが一番だと思われます」
「しかし……お前のその格好では……」
「この位の方が目眩ましにはなるでしょう、カチュア、エスト、辛いかもしれないけど……」
「……ええ」
「わかったわ」
 妹達に頷き、青年に向き直ると何事も無かったかのように微笑みつつ腕を引いていく。
「このような時に女性の詮索などをするのは失礼じゃないかしら?」
 飲み干したワインのせいか、仮面から除く瞳を潤ませ、頬を染めながら艶然と微笑みつつ、その青年の手を取る パオラは、ミネルバ達三人に目配せをしてワルツを踊る人の群れへと入っていく。
 青年がパオラの手を取り、ゆっくりと調子を取るようにステップを繰り返す、何小節かの確認をすると二人は本格 的にワルツのステップを踏み始める。
 パオラ達姉妹もミネルバの直属の部下であることから、騎士としての作法のほかにも夜会でのマナーや、たしな みとしてのダンスのレッスンを受けている。
 それが普通のドレスを身にまとっているのなら、さぞや見栄えのする物だったのだろうが、今のパオラの姿は、優 雅と言うにはあまりにも淫靡だった。
 動く事で一気に回ったアルコールは、パオラの思考を鈍らせ、自分がどのような姿をさらしているのか、気がつか ないほど余裕をなくしている。
(……ミネルバ様のため……ミネルバ様のため……)
 まるで呪文のようにその事だけがパオラの脳裏を駆け巡り、自分の物ではないように、機械的に身体が動いてい く。
 身を包むのは薄いショールであり、パオラの肌を隠す役目をしてくれる事は無く、滑るような足運びで円を描く度 に緑の髪がなびき、桜色に火照る肌が汗を滲ませる。
 汗を吸った薄い布がパオラの肌に張り付き、ステップを踏む度に揺れる乳房や、形を変える尻肉を隠すことも出 来ずに浮き立たせ、あまつさえ股間の繁みすら透き通らせてしまう。
 胸元を覆っていた宝石は、身体を捻るたびに左右にずれ、興奮に尖る桜色の乳首を見え隠れさせ、ショールの 陰影は、パオラの姿態をある時は隠し、ある時は全てをさらけ出していきながら、ワルツにあわせてただよってい る。その姿を目にした者は、しばし自分達の踊りを忘れて見入っていた。
 カチュアや、エストも、パオラに劣らずそのステップは周りの視線を集めている。
 ふだん姉妹の中では一歩引いた所に構え、決して前に出ようとせずに冷静な立場で周囲に気を配るタイプのカ チュアにとって、今の状況は理解の範疇を超えていた。
 白でまとめられた下着は、幅広の帯を巻くように胸元を押さえるタイプの物であり、下半身を覆うのは丁寧に編 みこんだガーターベルトに吊るされた太腿の半ばまで覆う純白のストッキング、ふっくらとした尻肉と、髪の毛と同 じブルーの恥毛を控えめに隠している布切れのようなショーツだけだった。
 確かに周囲を見回せば、身体のラインをピッタリと浮き立たせる肌着の女性や、手足をさらして大胆に踊る少女 もいる。
 しかし、この姿そのものが理不尽な仕打ちであるカチュアにとっては、足を運ぶ度に体を流れる空気に怯え、あ まりにも頼りない布地の感触に泣きたくなるのをこらえる事しか出来なかった。
 羞恥心に乱れる心はステップにも現れ、リードしている男装の麗人に追い付く事も出来ずに無様な姿をさらして しまう。
 男物の衣服に収めるには不釣合いに大きな胸を揺らせて踊るパートナーに、同性に見つめられる独特の違和 感が追い討ちをかけ、余計に男達の視線を意識してしまう。
「いけない……みんな見てる…こんなはず……」
 焦るほどに乱れるステップに周りの視線を感じ、さらに焦りが生まれる悪循環のまま、小さな布地が徐々にずれ ていく事にも気づかないカチュアの姿はまるで自ら衣服を脱ぎ出そうとしているかのように妖艶な空気を撒き散ら していた。
 大きく踏み出すステップは秘唇を外気にさらし、震える乳房の頂上に尖る乳首は胸に当てられた布を通して自 己主張をしている。
(このまま最後まで踊るの?……私……)
 小刻みに振り乱されるセミロングの髪は、光に当ると夜空のようなブルーから海のように明るい色までグラデー ションを見せながら輝き、アルコールに侵された表情は恍惚の表情に見えるほど溶け崩れていた。
(姉さん達……綺麗……)
 少し離れた場所でワルツに興じている形になったエストには、二人の姉の姿がよく見えていた。
 日頃から姉達を「大人の女性」として憧れの目で見ているエストには、まるで光の粒を纏っているかのようなパオ ラ、陶酔するように流れるステップを踏みながら肌を流れる汗を輝かせるカチュアの姿に嫉妬にも似た羨望の眼 差しを送る事しか出来なかった。
 そんなエストの姿も胸元を押さえるコルセットと一体になったボディースーツのような物であり、なだらかな肩から 伸びる腕も、太腿の付け根から引き締まったラインを見せている足も隠す事無く見せつけていた。
「もっと綺麗になりたいな……」
「僕から見れば十分魅力的ですけど?」
「え?……あっ!ヤダッ……ごめんなさい!」
 思わずもれた呟きをパートナーである青年に聞かれ、真っ赤になりながら謝ってしまうエストだったが、魅力的と 言われた事にくすぐられるような恥ずかしさを感じて微笑んでしまっている。
 酒の力も手伝っているのか、四人の中では一番解放的な気分に浸っているエストは、姉達と違って力強いステ ップを踏みながら人の波を漂うように踊っていた。
 激しい動きにも乱れる事の無いピンクのショートカット、悪戯っぽい瞳の少女が浮かべる微笑から視線を下に移 して見れば、すんなりとしたうなじを通って華奢な肩を支える鎖骨のくぼみに溜まる汗、これからの成長が楽しみ な双乳を寄せ上げる布は精緻な刺繍が施されているが、布地は薄く、胸の膨らみの曲線を余す事無く浮かび上 がらせている。
 しかし余裕があるのはここまでだ下半身を覆っているショーツと一体になった布も、身体のラインを整えるため に伸縮性の高い素材を使っている事で、エストが踊れば踊るほど丸く張り出した尻肉の谷間に食い込み、そのま まフロント部分も秘唇を割り開くようにねじれていく。
 結果としてエストの股間になびくピンクの繁みも布の脇からはみ出す結果となった。
「パオラ……すまない」
 パオラの隣りで踊らされているミネルバは耐えるように目を伏せてもワルツは無常に続いていく……その周りで はカチュアやエストも手を取られ、しなやかな肢体を躍らせて周囲の視線に耐えていた……。
 しかし、パオラ達が一番マシだと渡したはずのミネルバのドレスにも主催者の悪意は潜んでいた。
 大きく開いた胸元は、下につけるはずだったコルセットの刺繍を見せるための物であり、幾重にも重なったレー スは、翻るたびに下に来ている下着の影を見せる事で陰影を生み出す作りになっていた。
 ミネルバのパートナーとなったのは、先程からミネルバに懐いていた少年だった。
 背丈はミネルバの方ほどしかない少年は、パートナーとしては随分とたどたどしいステップを踏む姿は微笑まし くもあり、ミネルバとしても邪険に扱う事も出来ずリードするように踊り続けていた。
 ミネルバの誤算はその衣装の悪意に気がつかない事だった。その見せるはずの下着は全て三姉妹に渡してし まったために、ミネルバは下着一枚すら身につけないままこのドレスを着ている。
 大きく開いた胸元は押さえる事の無いまま揺れるミネルバの双乳がはみ出そうと揺れ動き、レースが翻るたび に覗くのは、下着ではなく真っ白な素足の色と、その付け根に翳る赤毛の繁みだった。
(下着が無いという事がここまで不安にさせるとは……)
 少しの違和感に気を取られた隙に、少年がステップを乱れさせ、ミネルバに寄り掛かるように倒れこんでくる。
「あっ……すみません」
 胸の中に抱き込むように支えたミネルバに手を取り直して踊り出す少年の目の前には、形よく実ったミネルバ の双乳が、ドレスの布を押し広げて顔を覗かせていた。
「ああ……かまわん…気にする……な」
 微笑みかえそうとしたミネルバが視界に入った光景を理解するまでに数瞬の時間を使い、すでに遅い思考の結 果は、肌が赤く染まるほどの羞恥心となって身体を駆け巡っていた。
「ちょ……ちょっと待て……これを直さなくては……!」
 慌てた声で自らの姿を隠そうとするミネルバに、不思議そうな表情をする少年は手を離す事無くステップを続け ていた。
「どうしてですか? こんなにお姉様の胸は綺麗なのに……」
 何の疑問も持っていない少年の瞳に見つめられ、ミネルバの方が自分の理性を疑ってしまう。
「そんな事を言うな、私はそんなふしだらな女ではない」
 戦場を駆ける姿に敵も味方も畏怖するマケドニアの竜騎士の面影を見せる事も出来ず、一人の女としての弱さ がミネルバの声から力を奪っていく。
(こんな事で……私が弱いと言うのか……このような子供にすら抵抗出来ぬとは……)
 周囲を見回せば、形よく震えるミネルバの乳房を見ようと周囲の男達の視線が突き刺さり、それすらも隠す事 が出来ないまま、ワルツは流れていった。
 赤い髪が波うつ度に震える乳房と、赤く染まる肌、下着を着けないままさばくスカートの影から見え隠れする真っ 白い尻肉と、股間の繁みを隠す事も出来ないままに……。




 数曲が終わり夜会も終わりに近付いた頃にようやく四人は解放された。
 ミネルバの胸は放り出され、唇から荒い息をつきながらスカートの乱れも気にする余裕も無いまま壁に寄り掛か っている。
 エストもコルセットがもう少しでずれ落ちそうになりながらも、なんとか身に纏ってはいたが、股間に食い込む布 は秘唇をはみ出させたまま汗に濡れ、アンダーヘアーの色合いを滲ませている。
 震える体を抱くようにして戻ってきたカチュアは、エストの姿を見つけると、駆け寄って抱きついてしまった。
 その姿は、火照る肌を冷ますために噴き出したはずの汗が、カチュアの肌を油を塗ったかのように光らせ、濡 れた布地は肌に絡まるようにずれたまま、はみ出した乳房のふくらみがかろうじて隠され、ショーツは己の役目を 放棄する事は無かったが、青色に濡れる繁みを隠す事は出来ないまま、危うい所で秘所を覆っているだけだっ た。
「ミネルバ様……エスト……私……私……」
 あまりにも理解を超えてしまった環境に放り出されてしまったためだろう、普段は冷静に周囲の状況に目を配 り、姉やミネルバをサポートしているカチュアから想像もつかない弱々しい声ですすり泣いていた。
「ミネルバ様……二人とも……ここだったのね……」
 ミネルバとエストがカチュアを慰めている時に、ようやくパオラが解放されてもどって来た。
「パオラ……」
「パオラ姉さん……その格好……」
 汗に乱れた髪はミネルバやカチュア達と同じだが、その姿は「妖艶」としか言いようが無いくらいに乱れていた。
 はだけたショールはパオラの肌を隠す事を諦めたかのように、四人の中でも一番の大きさの乳房や、絵筆をな ぞったかのように流れる腰から下腹部へのラインをさらし、布が覆っているはずの場所でも、吸い込んだ汗に透 き通った布地が火照った肌を見せていた。
「結局……皆で恥をかく事になってしまいましたね……招待した者にとっては笑いが止まらない事でしょう……」
 四人はそれぞれの衣服の乱れに驚き、無言のまま俯く事しか出来なかった。
「あぁ……っ!!」
 突然響いた嬌声に、自らの羞恥に震える四人が見回すと、会場のそこかしこで乱れた姿のまま、男達に身体を 弄ばれている女性が何組も見受けられた。
 ある者は柱の影で、またある者はテーブルに押さえつけられながら、男達を誘うように腰を動かし、理性のタガ のゆるんだ数人が思うがままにその身体を味わっていた。
 「商談」が成立した者は連れ立って会場を離れ、別の部屋や、屋敷に戻り始めている。
「ここは早く離れたほうがよろしいですね……」
 むせ返りそうな淫臭が辺りを支配する会場に残る危険を察知したパオラが、ミネルバと妹達を促し、自分達が 入って来た控えの間に戻っていく。
 控えの間には来た時と同じように女官が待ち構え、慣れた仕草で四人の衣服を脱がしていく。
 まるで全ての生気を抜かれたかのように女官に言われるままに隣りの部屋で湯浴みをし、何時の間に洗濯した のか、ノリの効いたマケドニア白騎士団の礼服に袖を通すと、四人は馬車に乗り込んだ。
 四人だけになり、石畳を走る振動に包まれた時にようやく羞恥の思いが行き場の無い怒りへと塗り替えられて いく。
「ミネルバ様……」
 おずおずと、様子をうかがうように口を開いたエストも、押し潰されるような沈黙に口をつぐみ、途中から降り出 した雨音に耳を傾ける事しか出来なかった。
「………………いつか」
 絞り出すようなミネルバの声が三姉妹の耳を打つ。
「この恥辱……いつか必ず晴らすぞ」
 四人の中にひそやかな決意が絆となって結ばれた瞬間だった。




 この日を境にミネルバ達は、けして公式の場に出る事が無くなった。
 彼女達が再び夜会のドレスに身を包んだのは、メディウスを倒したアリティアの祝賀パーティーでの事である。





あとがき
始めまして、夜行性と申します。
 マケドニア白騎士団の饗宴(嬌艶?)はいかがだったでしょうか?
 ネタそのものは「暗黒竜と光の剣」の時から頭の隅に眠っていた物ですが、フラッグマン様と知り合うことで形に なりました。
 個人的にお気に入りのシチュエーションを優先するあまりに「本番」が無いというかなり特殊なSSになっていま すが「こんな奴も居るんだなぁ」 と思ってくだされば幸いです。
 ご厚意で掲載する場所を用意してくれたフラッグマン様と、最後まで読んでくださった皆様に感謝しつつ。

 夜行性でした。



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