幸せ、お届けいたします - garduate for a day -

「はぁ〜あ、やってらんねぇよなぁ。」

 吐く息が白い。ずいぶん寒いもんな。

「ったく、こんな日まで勉強してられるかっての。」

 誰に言っているんだか、オレは。
 寒さに震え、可哀相なオレ。鈴森真琴。中学三年生。そう、受験生なのだ。本来ならば、当然のごとく冬期講習のために塾に通っているはず。そして、あの異様な熱気の中、冷たい講師の、つまらん講義を聴いているはずなのである。
 今日は12月24日、クリスマスイヴ。何も、こんな日まで勉強しなくったっていいだろ。と、思って午前、午後の講義を受けていたわけだ。で、さすがにイヤになって、夜の部をサボってここにいるわけ。この寒い、人っ子一人いない公園のブランコに。

 久しぶりだな...。もうどれくらい前だろう、最後にブランコに乗ったの。はぁ、あのころは良かったなぁ。勉強なんてしなくて良かったんだもんなぁ。ふぅ、それに比べ、今のオレは...。

「あぁ〜あ、やってらんねぇよなぁ〜。」
「何がですか?」
「へっ!?」
 あわわわわわぁ、な、な、なんだぁ? だ、誰だ?
「ふふっ、驚きました?」
「と、とーぜんでしょーが。驚くですよ、そりゃ。」
「あのぉ...。」
「は、はい?」
「日本語、めちゃくちゃですよ。」
「...はぁ、そりゃ、どーも...。」
 誰だよ、こいつ。失礼なヤツだな。
 ...可愛い、女の子、だな。
「いえいえ、どういたしまして。」

 外灯の光を浴びて、女の子の黒髪が闇に舞う。
 綺麗な長い髪。それには何となく似合わない、可愛い顔。小さな身体。
 舞い踊る髪とは対照的な、雪のように白いコートにスカート。
「あのぉ、どうかしましたか?」
「イヤ、何ともないよ、うん。」
「そうですか。良かった。」
 本当に安心してくれたような笑顔が可愛い。
 んでも、お前誰なの? 可愛い容姿に目がいって、そのことを忘れてたよ。
「あ、そうそう、忘れていました。」
「ん?」
「私、あまぎみさと、と申します。『天』空の『城』に住む、『美』しい『聖』女、なぁんて覚えていただけると嬉しいです。」
「ぁ、オレは、すずもりまこと。『鈴』の鳴る『森』の...。ダメだ、わからん。」
「いけませんよ、受験生さんがそんなんじゃ。もっと、お利口さんじゃなきゃ。」
 初対面の相手に、こういう態度で接するというのはどういうことなんだか。それになぜ、なぜオレが受験生だってわかったんだ。いったい、この子、何なんだろ。
「あのねぇ、君。ちょっと可愛いからって、さっきから何なの? 第一、なんでオレのことを知っているわけ?」
「ありがとうございます。可愛いなんて誉めてもらって、私、嬉しいです。」
「っぁ、あぁ。って、それよりも、君はどこの誰なんだよ。」
 あぁ、つい「可愛い」なんて言ってしまった。なんか、相手の思うつぼっていう感じがしなくもないなぁ、悲しいけど。
「ですからぁ、天城美聖、です。美聖、でいいですよ。」
「...んじゃぁ、美聖...ちゃん。なんで僕が受験生だってわかったんだい? ここであったのが初めてだと思うんだけど...。」
 オレの疑問をさらりと受け流すかのように、嬉しそうな笑顔で答える。
「鈴森真琴。中学三年生。駅前の塾で一応最上位クラスに在籍。でも、常に最下位を保っているおバカさん。今日も、朝は補習、午前、午後と授業に出るが、夜の部でサボり、明日、また補習が待っている。そして、サボった理由が『彼女とデート』ならまだ格好の付くものの、『これ以上補習を受けたくない』じゃお話になりませんねっ。」
「う、うるせぇよ。なんでもいいけど、なんでそこまで知っているわけ?」
 およよ、もしかして「ずっと、見つめていました」みたいな答えが待っていたりして。オレも捨てたもんじゃないな。これで、今日サボった正当な理由もできるというものよ。それにしても困ったなぁ。あぁ、こんなとき、か弱い子猫ちゃんにはどのように答えてあげれば...
「あ、今『ストーカーか? オレも結構やるじゃん』とか思ったかもしれませんが、ハズレです。」
「んなこと思ってないぞ、オレは。」
 結構痛いところをつかれたのは事実だが。さらりと言ってのけるあたりが、なんか、こちらとしては黙らざるを得ない。

「私は、いっつもあなたのお隣の教室でお勉強しているんですよ。」
「オレの隣の教室...塾の隣の教室ね...、アレ、あそこは中学二年だよな。授業時間帯が違うはずだけど...。」
「そうです。でも、私いつも残されるので...。お隣の、三年生のみなさんと同じくらいの終了時間になっちゃうんです。」
「なぁんだ、オレと大差ないじゃん。それがイヤで、今日はサボると。」
「落ちこぼれの真琴くんに、そんなことを言われたくはありません。私は、今日、授業ありませんから。」
「その、落ちこぼれとかやめてくれないか。オレの成績を知って言うならまだしも。」
 イヤ、確かに落ちこぼれなんですけどね。最下位なんですけどね。
 まさか、初対面の女の子にそんなことを言われるとは思わないだろ。絶対に失礼だよな、こういうの。
 当然、オレがどう思っているかなど知らずに、相変わらず可愛い笑顔でさらりと言う。
「知っていますよ。だって、いつも補習授業を受けているじゃないですかぁ。」
「ちょ、ちょっと待てよ。なんでそこまで知っているんだよ。」
「それは簡単です。先ほども言いましたように、私も同じように補習授業を受けているからです、えへっ。」
「はぁ...。」
 えへっ、じゃないの、ったく。それにしても、こんな子、いたかなぁ。いつも同じような時間帯に塾にきて、授業を受けて、同じように帰るならば、見たことあってもいいと思うんだけどなぁ。見たことないんだよなぁ。
「でも、いいんですか。」
「何が?」
「ですから、授業に出なくて。」
「あぁ。クリスマスプレゼントだよ、自分への。」
「ふぅ、そういうの流行りませんよ。だから勉強もできない上に、彼女の一人もできないんですよ。」
 勉強できないとだな、補習やら宿題やらで、時間的な余裕ってものがないのだよ。どうやったって彼女なんかできっこないわけさ。というのは、やはり言い訳かもな。なぁんか、この女の子、オレのことずいぶん良く知ってるなぁ。まるで、オレが次に何を考えるかさえ知っているみたいだよ。
「あのなぁ、余計なお世話だ。んなこと言うために来たんなら、とっとと帰れ。」
「ぁ〜あ、ダメです。こう言うとき、女の子は優しい言葉を待っているものですよ。」
「お前は別だ。」
 優しい言葉が似合う女の子と、似合わない女の子って言うものがいるんだよ。わかってるのか、お前。なんて強がりだな。でも、つい言っちゃうんだよ。
「もぉ、素直じゃないですねぇ。ホントは私のこと、可愛い女の子だな、って思っているんでしょ?」
「お前、良くそんなことを言えるな。」
 あ...、心の奥底まで読まれているのかも...。
「お前、じゃなくて、美聖、がいいな。」
「はいはい、美聖ちゃん、良くそんなことが言えますねぇ。」
「よくできましたぁ。」
 あぁ〜、なんか疲れる。はぁ〜、授業出た方が良かったかなぁ。
 良かったかなぁ...。

 と、女の子の顔から、急に笑みが消えた。
「...クリスマスプレゼント、欲しいですか?」
「と、突然なんだよ。」
「ですからぁ、プレゼントぉ。」
「ん、まぁ、なぁ。ないよりは、あった方が...。」
「ハッキリしない男、嫌われますよ。」
「なにぃ? あのさ...。」
「はぁ〜い、しーっ。お口を閉じてくださいね〜。」
「ん、あぁ。」
「......。」
「......。」
「............。」
「............。」
 いったい何なんだろう。この子の顔を見ていると、なんか、こう、不思議な...。
 そして、その顔は一段と真剣みを帯びる。さっきまでの笑顔とは別人のものみたいだ。
「プレゼント、あげますね。」
「へっ?」
「目を瞑ってください。」
「ぁ、あぁ。」

 ...ん、何だ。なんだか、ぼーっと...。

「...ぅん、真琴くぅんってばぁ。」
 ...ぁ、あれ、オレ、何してたんだ。確か、プレゼントがどうとか...。
 っあ、そうだよ。この子が真剣な顔をして目を瞑ってくださいって...。あらら、今はまたもとの笑顔に戻ってる。俺の夢だったのかな...。まさかねぇ、今、ここにこうして、女の子はいるわけだし。
「ふふっ、今、何時ですか?」
「えっと...11時52分...。っへ、11時ぃ、バカな。」
「その時計、あっていますよ。ほら、公園の時計も。」
 いえいえ、そういう問題じゃなくてですねぇ、私はどうしていたのかという...。確か、ここに来たのが8時頃。もうすぐ12時。4時間も何してたんだろ。
「そういわれても、オレ、今まで何してたんだぁ?」
「...真琴くん、ひどい。私にあんなことをしておいて...。」
「ば、バカな。オレは何にもしていないぞ。決して何も。」
 イヤ、オレは断じてそのようなことは。まさか、無意識のうちに、んなことをやるほど堕ちてはいないぞ、オレは。信じてくれよぉ、なぁ。
「わかっています。」
「だからぁ...。」
「何もされませんでしたよ。」
「ふぅ...。」
 ったく人騒がせな。
 それにしても、この子の、この笑顔は何なんだろう。見ていて、落ち着くような、落ち着かないような...。何とも言えず、不思議な感じがする。

「プレゼント、あげましたからね。」
「っえ? オレ、何ももらってないけど。」
「...私を...あげたじゃないですか...。」
「...ちょ、ちょっと...。」
「きゃはっ、冗談です。でも、似たようなものかな...。」
「は?」
「それはさておき、そろそろ塾に戻った方がいいですよ。」
「あ、あぁ。」
 さておかれても困るんだけどなぁ。似たようなものって、何だよ。なぁ、教えてくれよ。
 すると、その疑問に答えるかのように、じっとオレを見つめる彼女。笑顔の中に光る目は、ちょっと悲しげ。どうしたんだろ、さっきまでは...。

「...実は、私、嘘ついていました。」
「何のこと?」
「私、人間じゃ、ないんです。」
「へ?」
「わかりやすく言うと、天使、みたいなものかな。」
「...天使?」
 ちょっと、おい、待て。なんでこの子はこう突然なんだ。話の流れっていうものを知らないのかぁ。んなこと突然言われて、はいそうですかって聞くヤツなんかいるわけないだろ。だいたい、天使なんてバカなことを...。
 人の気も知らないかのように、そう、笑顔で言われたってだねぇ...。
「信じられないとは思いますが、まぁ、聞いてください。私は、ホントに天使なんです。クリスマスの夜、みんなにプレゼントを配るための。人間さんたちの言う、サンタクロース、みたいなものかな。あんなの、ホントはいませんけど。」
「どういうこと?」
「この世界には、クリスマスの夜にプレゼントを配る、専門の天使がいるんです。プレゼントといっても、目には見えないものですけどね。心理的なもの。みんなに幸せになってもらうんです。」
「天使、って、あの?」
「うーん、人間さんたちが考える天使はちょっと違うかな。人間さんの考える天使との大きな違いはですね...。まず、身体を持ちません。私が今、こうしているのは『身体を作ったから』です。天使は、人間の目に触れる際、好きな外見になれるんです。そんなことは滅多にないんですけどね。それで、私は今、こうして女の子になっているわけです。」
「ふぅん、おもしろそうだなぁ。」
「はい、それはもう。人間さんを、だまし放題ですから。」
 純粋な眼差しでオレを見る。
 はぁ、その純粋な瞳にだまされる方の身にもなってくれよ。
「...天使って、性格悪いんだね。」
「あら、ひどいですよ、それ。で、ですねぇ、他には、人間と同じくらいしか生きられないっていうのも、人間さんは良く勘違いします。人間さんのイメージだと、不老不死みたいですけど。」
「それじゃぁ、美聖ちゃんが中学二年って言うのは嘘でもないわけ...?」
「はい、ホントです。それで、そんな天使なわけですが...、クリスマスプレゼントを配れるようになるには、それなりのお勉強が必要なんですよ。」
「ははぁん、良い就職のためのお勉強、っていう人間の世界と大差ないんだね。」
「はい、そうです、同じようなものですね。それで、人間さんの言う中学校ってヤツもありまして、今日が、その、学年末テストの日なんです。」
「それをサボって、今日ここへ、っていうわけか。オレと大差ないな。」
「勘違いされては困ります。私のテストは、一人の人間さんに『幸せ』になってもらうことなんです。それで、ここに来たんですけど...。」
「そうは言っても、その人間が幸せになったかどうかなんて、わからないじゃない。」
「そんなことありません。わかるんです、その人間さんが幸せなのかどうか...。本当の天使ですから、先生は。」
「そっか。」
 と言ってみるものの、わからん。だいたい、急な話の上に、説明下手だぞ、見習い天使ちゃんってば。まぁ、人間と天使、言葉が通じるだけでも奇跡みたいなものか。そう納得することにしよう。

 そして、そんな奇跡の使いが、オレのことを見つめて言う。
「そうなんです。」
「それで、さっき、オレを眠らせたんだな。」
「はい。眠そうでしたから...、他のことを忘れて、休んで欲しいな、と思いまして。」
 はい? それだけなんですか? なんか、寝ている間にもっと壮大なことをやってくれたんじゃなくて? そんなことだから、いつまで経っても見習い天使なんだよ...。でも、なんだか、凄く真剣な眼差し。純粋な瞳。オレのこと考えて、よく考えてやってくれたことなのかな。とはいえ、寒いぞ...。
「あのなぁ、こんな寒い中で寝たら、風邪ひいて不幸になるに決まってるだろ。そんなことも習わなかったのか? 人間の生態、とかさぁ。」
「...っ、ごめんなさい...。やっぱり、私、ダメなのかな...。」
 可愛い純粋な瞳がきらきらと悲しい光を放つ。
 風邪ひけば不幸なのか。そんなことない。オレにとって幸せって何だ。わからない。でも、美聖ちゃんが一生懸命やってくれたんだ...。

 そうだ、今度はオレがプレセントをあげるよ。幸せにしてあげるよ。一緒に幸せになろ。
「そんなことないよ。」
「..っへ?」
「そんなことない。幸せになれたよ、だから、泣かないで。」
「そんな嘘を言っても、ばれちゃいます。」
「嘘だと思う?」
「...はい...。私、ダメ天使ですから...。」
「ねぇ、じゃぁ、どんなのが幸せかって、わかる?」
「えっ...、そ、それは...。」
「そっか。じゃぁ、オレの幸せに、つきあってよ。」
「は、はい。もちろん、お仕事ですから。」
 そう、君には、美聖ちゃんには笑顔が一番似合うよ。
 天使には笑顔が似合う、人間さんの決めつけかもね。でも、やっぱり笑顔が一番だよ、美聖ちゃん。
「ありがと。」
「...っぇ!」

 すっかり人間の身体なんだな。こうやって抱いてみても、特に変わったところなんかない。そう、すっかり人間なんだよ、きっと。オレと同じ...。
「......なんか、いいな。天使に恋をした人間、か。」
「そ、そんなこと言われましても、困ります...。」
「イヤ? ...イヤなら...。」
「......あったかい...。」

 瞳の輝きは、もう悲しげではなかった。聖夜にきらめくイルミネーション。
「...私、幸せってどんなものか、少しだけわかったような気がします。」
「...オレも、かな。」
「...私...、授業、サボっちゃおうかな。」
「え?」
「12時から、授業があるんです。」
 そうか...。引き止めるわけにはいかないな...。美聖ちゃんには、授業があるんだ...。
「...ダメだよ...、授業に出なきゃ...。」
「でも、いいんです。私も、サボっちゃいますから。今日だけ、今日一日だけ。私へのクリスマスプレゼントです。」
「...そういうの、流行らないよ。だから、彼氏の一人もできないんだぞ。」
「......人間さんじゃ...ダメかな...。」
「...どうかな...。」


「アレ、お前、カギかかっているのになんで入れたんだ? そうか、昨日の深夜、補習を受けた後、帰らなかったのか。」
「イヤ、そんなことは...。」
 ったくなんだよ、このタコ講師が。オレは昨日、授業さえ受けてねぇよ。
 ...っあ、そうだ。昨日...。
「まぁ、勉強熱心なのは良いことだがな、ちゃんと帰れよ、今日は。ところで、お前、なんでそんな可愛い格好をしてるんだ? 白いコートに白いスカート。はぁ、お前が女の子ならなぁ。」
 んだとぉ。...ぁ、ホントにホントだよ。白いコートに白いスカート。可愛いよ、服だけは。可愛い、可愛いじゃまずいだろ、男だぞ、オレは。スカートはまずいぞ。
「す、すみませんっ。すぐに着替えてきますっ。」
「ったく、そういう趣味は、受験のあとにしろ。」
「ご、誤解です。絶対誤解です。」
「個人の趣味にはとやかく言わん。とりあえず着替えてこい。じゃ、あとでな。」
「誤解ですってばぁ〜。」

 そうか...、あのダメ天使。余計なことをしてくれちゃって...、ん? 手紙?


 真琴さんへ

 おはようございます。美聖ですよぉ。
 真琴さん、勉強をサボったりなんかして、とってもいけない人なんで、今日は、塾の中に缶詰にしてあげます。というわけで、今頃、講師さんに起こされた頃ですね? そして、きっと「その格好は何だ?」とか言われているんでしょうね。ふふっ。

 私も今日の授業をサボっちゃったので、これからまた怒られちゃいます。
 でも、いいかな、それも。なんか、今、とても楽しいんですもの。

 試験に合格して、卒業したら、真琴さん、一緒にお祝いしましょうね。真琴さんも、ちゃんと合格してくださいよ。なんて、人のことを言えたものじゃありませんけどね、私も。

 それでは、また、あの公園で待っています。

 天城美聖

 P.S. コートとスカート、差し上げますね。
    私だと思って、大切にしてください。なんてね。

あとがきに続く。

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