素敵なイヴ - 約束の魔法 -

「あの...、先輩、先輩のこと好きですっ。明日、デートしてくださいっ。これ、読んでくださいっ。もし良かったら、来てくださいっ。待ってますっ!」

 あ、ちょ、ちょっと待ってよ。あ、行っちゃった。そんな急に「好きです」とか言われてもなぁ。でも、可愛い子だったな。ちょうど、妹の愛理と同じくらいに見えたから、中学一年くらいかな。でも、あの制服は確か初等部のものだったような...。

 舞坂ひかり。オレは高校三年生の男だ。名前が名前なので、たまに勘違いされたりするが決して女の子ではない。で、いつも送り迎えを妹、愛理の自転車に頼っているわけだが、今日はそのお迎えが遅い。もう3,40分は待っている。そこにさっきの女の子というわけだ...。

「お兄ちゃぁん。」
「お、やっときたな。ったく、こんな寒い中、40分も待たせるってのはどういうことなんだよ。」
「あぁ〜、お兄ちゃんったら冷たぁい。『愛理、ちょうど良かった。オレも今きたところだ。』くらい言ってくれてもいいんじゃないのぉ〜?」
「バカなこと言うな。ホントに寒かったんだからな。」
「はいはい、ごめんなさい。以後気をつけます。」
「よろしい。」
「でさぁ、お兄ちゃん、その、手に持っている可愛い封筒は...なぁに?」
「っへ、こ、これか。ぁ、あぁ、ちょっと、ま、な。」
「ふふーん。イヴのお誘いかぁ。お兄ちゃんも隅に置けないね。さすがは可愛い愛理ちゃんのお兄さま。お誘いは手に余るほどあるってところね。」
「それ、嫌味か?」
「ま、まぁさかぁ。ほら、ホントに愛理は今日、のべ30人ほどのお誘いをことわらなくちゃいけなかったんだからぁ〜。」
「そんなにオレを苛めなくったっていいだろ...。」
「っもう、別にいいじゃないの。何を言おうと誘われたんでしょ?」
「まぁなぁ...。」
 事実誘われたことは誘われた。
 明日は12月24日。クリスマスイヴ。
 その、イヴのデートに誘われたわけだ。
「で、どんな子? 愛理より可愛いぃ?」
「愛理さぁ、ちょっと自意識過剰じゃないかぁ?」
「へへ、そーかな。ま、そんなことよりぃ。」
「ま、まぁ、可愛かったような気がする...。」
「気がするって?」
「い、いやぁ、『好きです』って言ったあと、すぐにこの手紙を渡して、逃げちゃったんだよ。それで、顔なんか見てないんだ...。」
「うんうん、わかるわかる。そうなのよねぇ。でも、お兄ちゃんだってわかってるじゃない。顔も見ないで『可愛かった』なんて。根っからの可愛い子か、よっぽどの演技派か、どっちかよ、その子。」
「演技派は余計だ。まぁ、そういう訳なんだ。それに、どうも、制服が初等部のものだったような気もしなくもないんだよ...。イヤ、ホント曖昧なんだけどね。」
「ん...、冬服は、パッと見ただけじゃ初等部も中等部も、高等部も見分けつかないもんね...。さすがに高等部ともなれば初等部の子とは全然違うだろうけど。まぁ、いいじゃない、もちろんOKするんでしょ?」
「ぁ、あぁ...。」
 曖昧な答え。なんでオレってこうなんだろ。思っていることが素直に現れちゃうんだよな。そう、オレは迷っている。別に、あの子に不満があるとかそんなんじゃない。おそらくは、ただ慣れていないだけだろう、こういうシチュエーションに。

 そのあと、愛理と何を話したんだろう。家に帰るまでの30分間、オレは愛理の自転車に揺られていたはずだ。まさか、30分も無言でいたわけがない。でも、何を話したか全く覚えていない...。

 オレの部屋。無味乾燥な、オレの部屋。壁は真っ白。窓が二つ、西側と北側に。そして、デスクやオーディオ、ブックラック、パソコンが整然とおいてある。はぁ、なんだかなぁ。今日はいつもに増して、この部屋が閑散としているように思える。カバンをおく。そして、無意識にさっきの手紙を取り出す。レターオープナーを手に取り、封筒を開ける。


 舞坂先輩へ

 いつも、見ていました。
 ずっと、好きでした。
 もし良かったら、明日、デートしてください。

 駅前で11:00に待っています。
 良かったら、来てください、お願いします。

 初等部六年 杉原舞雪


 緊張したんだろうな、これを書くのに。何度書き直したんだろう、オレなんかのために。お願いします、か。お願いされちゃったよ。仕方ない、明日、11時か。
 ダメか。「仕方ない」なんて言ってみて、少しは緊張が解けるかと思ったのに。どうしてだろう、こんなに緊張するのは。可愛い表現だと、胸がドキドキして止まらない、といったところか。誘われたのが初めてというわけでもない。その子に前から気があったわけでもない。なんでもない、はずなんだけど。

 いつも通りの夕食の時間。いつも通りの夕食を食べられない。自分が信じられない。なんでだろう、のどを通らない。
「お兄ちゃん、どうしたの? ひょっとして、愛理が待たせちゃったから、風邪ひいちゃった? えっと、どれどれ。」
 おでこに妹の手を当てられるというのも嬉しいような、恥ずかしいような。
「ん〜、大丈夫だと思うけど、一応体温計持ってくるから、ちょっと待ってて。」
「あ、あぁ。」
 36.7度。問題なし、平熱だ。
「どれどれぇ〜、ん〜、熱はないみたいだけどぉ。でも、元気ないみたいだし...、今日は早く寝た方がいいよ。ね、お兄ちゃん。」
「あ、あぁ、そうするよ。ありがと、愛理。」
「お兄ちゃん、今日中に治すんだぞっ!」
 今日中に、か。気にしないようにしてみても、やっぱり気になってしまう。なんでだろう。杉原舞雪。ん...特に知り合いというわけでもないと思うんだけどな...。

 7時。いつもよりも早く目が覚めた。昨日早く寝たせいかな。

「おはよ、愛理。」
「あ、お兄ちゃんおはよっ! 今日の朝ご飯は豪華だよぉ。さぁ、食べて食べてっ。」
「ちょ、ちょっと待て。なんだよ、この量は。」
「へ? せっかくだから、たくさん作っちゃった。」
「せっかくだからってのは、どういうことだよぉ。」
「ま、そういうことなの。」
「そういうことってなぁ...、愛理、お前いつも料理作ってるんだから、分量の加減くらいわかってるだろ〜。」
「あったりまえでしょ。でも、気分には勝てなかったの、あはは。」
「まぁ、可愛い妹が作ってくれたんだ、喜んでいただきまぁす。」
「そーよ、どうぞ、召し上がれ〜。っというわけで、愛理は出かけるね〜、じゃ、あとよろしく、お兄ちゃんっ。」
「あぁ、わかったよ。」
 まだ8時。約束の時間まではまだまだ。そうだ、昨日さぼった分のメールチェックでもするか...。

 ふぅ、早すぎたか。そりゃそうだよな、まだ10時だぞ。約束の1時間前にくるなんて、バカじゃないのか、オレったら。ま、女の子を待たせるよりは全然マシだよな。とはいえ、何して時間つぶそうかなぁ...。
「ぁ、あのぉ...、ま、舞坂先輩...ですよね?」
「へ? っあ、あぁ、そうだよ。あ、舞雪ちゃんだね。」
「っはい。す、杉原舞雪です。」
「オレは舞坂ひかり。名前は知らなかったでしょ。女の子みたい名前なんだよね...。」
「...可愛い、名前ですね。」
「そう言われてもなぁ。それにしても、こうやって顔を見て話すの、初めてだよね。」
「っぁ、は、はい。」
 なんて可愛い子なんだろ、ホント。オレが一緒にいて良いのかと迷ってしまうくらい。
「ぁ、あのぉ...。」
「なに?」
「舞坂先輩、早かったですね...。ひょっとして、待たせちゃいましたか...?」
「まさかぁ、今きたばかり。イヤ、ちょっと時間間違っちゃってさ。目覚ましを1時間早くかけちゃったんだよ。ひょっとしたら遅刻かと思って、焦って時計を見たら、まだ10時。ホント、オレっておバカさんだよな。」
「そんなこと...ありません...。」
 緊張しちゃって、凄く可愛い。このまんま眺めているのも、それはそれで楽しいけど...、やっぱり、舞雪ちゃんだって緊張しているのは疲れるだろうし。そうだな。
「っひゃっ!」
「どうしたの? さ、どっか行こ。」
 あらら、手をつないで引っ張っていったら良いかと思ったけど、逆効果だったかな。ま、いいや。こんな所にいても仕方ないし。舞雪ちゃんだって、そのうち慣れるよね。
「ねぇ、どこか行きたいところある?」
「...ぇ...。」
「あそこのイルミネーションがみたいとか、どこそこで食事してみたいとか。」
「...先輩とでしたら...どこでも...。」
 ダメだ、可愛すぎる。可愛すぎて、こっちまで恥ずかしくなっちゃうよ。その上、なんか調子狂うな...。こんな可愛い子に慣れている訳ないんだから、当然といえば当然なんだけどさぁ。まぁ、ハッキリ言うと、女の子と二人きりになること自体、なれていないんだけどね。
「んじゃ、とりあえず電車に乗ろっか。はい、切符。」
「っ...はい。」
 さぁて、どこへ行こうかな...。無難なのはアミューズメントパーク系か。んでも、オレが苦手なんだよな...。そうだ、久々に水族館でも行ってみようかな。ちょうど、電車も乗り換えないですむし。照明の具合なんか、ロマンチックで綺麗だしね。
「こっちこっち。」
「っあ、はい。」

 とりあえず電車に乗り込むオレと舞雪ちゃん。扉を閉じられると、なんだか緊張する。舞雪ちゃんのがうつったのかなぁ。それでも、何とか話すくらいはしなくっちゃ。日頃冷静さを鍛え上げたのは、ここでこそ役に立つってものじゃないか。
「ねぇ、これから二人で、どこへ行くと思う?」
 お、なかなか上出来。オレにしては素晴らしい話題を持ち出したな。
「っえ...。」
「多分、舞雪ちゃんが嫌いってことはないと思うんだ。」
「そ、そんな、私、先輩とだったらどこでも...。」
「ありがと。オレも、舞雪ちゃんが一緒なら、どこでも良かったんだけどね。」
「...舞雪、嬉しいです。昨日まで、こんなの夢でも叶わないと思ってました。」
「なぁんだ、一緒だね。オレも、まさか、可愛い子と二人でお出かけとは思わなかったよ。」
「そ、そんなぁ、可愛いだなんて...。」
「可愛いかどうかは、周りの人が決めることだよ。杉原舞雪は可愛いって、オレが決めたんだから可愛いの。」
「そんなこと言われたの、初めて...。」
「んで、どこへ行くと思う?」
「...そうですね...」
「じゃ、ヒント。この電車で50分くらいじゃないかな。」
「...水族館、ですか?」
「あったり、って、なんでわかったの? そんなに単純だったかなぁ〜。」
「いえ...、このへんは一通り調べましたから...。」
 じゃぁ、行きたいところもあったのかなぁ。あぁ、今更ながら強引に電車に乗せちゃったことを後悔する。最低なヤツだな...。舞雪ちゃんはオレなんかのために、いろいろと苦労してくれたのに...、オレは何もしなかった。昨日は昨日で、何もできずに早く寝ちゃったし。今日起きたあとも、舞雪ちゃんのために何もしなかった。ダメなヤツだな、オレって。
「ね、そう言えば、どこでオレのことを見たの? 初等部と高等部じゃ、校舎は離れてるよね...。」
「やっぱり、覚えていないんですね。」
「っえ?」
 ちょっと待て、バカ、オレってば。そうだよな、舞雪ちゃんとはどっかで遇っているんだ。ったく、なんでこんな重要なことを忘れてるかな...。あぁ、朝からメールに目を通している場合じゃなかっただろ。記憶に目を通しておけよな...。そうだよ、どっかで舞雪ちゃんに遇わなかったか、よく考えておくべきだったんだよ...。
「覚えてくれてない方が、嬉しいです。」
「ご、ごめんね...。ホントに、ごめん。」
 バカバカバカ。んなこと舞雪ちゃんに言わせるなよ。
「あの...ですね、この前、図書館でファイルを落としちゃったとき、です。初めて先輩のことを見たの。」
 そうか、図書館は初等部も高等部も共有している。なんで気づかなかったんだよ。ん...ファイルを拾ってあげた子か...。
「あぁ、先月、かな?」
「そうです。私、覚えていてくれないで、ホントに嬉しいんです。拾ってもらったとき『優しい人だな』って思ったんです、先輩のこと。だから、だからきっと、私だけじゃないんだろうな、って思ったんです。覚えてくれていないくらい、普通のことだったんですよね、先輩にとって。舞雪、そんな優しい先輩が...。」
「ありがと。でも、忘れるなんて最低だよ。ごめん。」
「気にしないでください、先輩...。」
「ありがとね。でもさ、あれだけ盛大にファイルを落とす人もそんなにいないよ。」
「あ、ひどいです、そういう言い方って。舞雪だって、そんな、毎日のように落としているわけじゃないんですからぁ。」
 やっと緊張が解けてきたのかな、舞雪ちゃん。それにしても、ちょっと怒った顔がまた可愛い。これだけ可愛い顔を見続けていると、明日には可愛いと思うものがなくなってたりして。それはそれで寂しいなぁ、なんてね。
「はは、ま、そりゃそうだね。ところで、あのときのファイルの中身...。」
「あっ、まさか、見たんですか。先輩ったら、女の子のプライベートをのぞくなんていけないんですよ。」
「い、いや、別に、そんな、のぞこうとか、思った訳じゃないんだけど...。」
「先輩も、慌てるんですね。」
「あ、からかったな。」
「へへ、お互い様です! で、あの中身はですね、学校の課題で使うための本のコピーだったんです。だから、なんだか文字が小さくて、難しそうなのばかりだったんです。」
「どんな課題だったの?」
「『身近な環境問題について』というのだったんですけど...、これが、とても大変なんですよぉ。そうだ、先輩、手伝ってくれませんかぁ。」
「そういうの、苦手なんだ...。何かを調べたりするのもダメだし、文章書いたりするのもダメ。だから、いっつも、そういう課題は凄く苦労するんだ...。」
「それじゃ、今度、舞雪が手伝いますから。だから、一緒にやってください、舞雪の課題。」
「ん〜、どうしようかなぁ〜。」
「あ、先輩ったら、健気な女の子のお願いをことわる気なんですねぇ?」
「ま、まさかぁ。」
「ひっかかったぁ。それじゃ、一緒にお願いします。」
「舞雪ちゃん、怖いなぁ。」
 若いというのは良いものだな。さっきまで緊張で固まりっぱなしだった舞雪ちゃんが、オレのことをからかうなんて。何事にも慣れるのが早いというか、なんというか。どうも、オレの年ともなると、そうはいかない。はぁ、18で早くも年かよ。なんか、こういうことを思う、オレの精神ってヤツは相当老朽化しているな...。情けない、情けない。
「優しい人は、約束なんか破りませんよね。」
「わかった、わかったってば。ちゃんと手伝ってあげるよ。」
「わぁ〜い、やったぁ!」

 天真爛漫な笑顔。ま、これを少しでも多く見られるんだから幸せだな。今も、ついつい見とれてしまう。射し込む日の加減で、まるで天使のように見える。

「あの...、先輩、降りますよ。」
「ん? あ、そうだな。」

 久しぶりだなぁ、水族館なんて。でも、いつ来ても良いもんだな、この雰囲気。暗い館内と水槽を照らす淡い照明。ぼぉーっと水の中の様子だけが浮かび上がるようなこの感じが、なんだか好きだ。
「あ、先輩、あそこに変なお魚がいますよ〜。」
「ホントだ、なんであんな形なんだろうねぇ。」
「あっちに凄く大きなお魚が泳いでいますね〜。」
「大きいなぁ。こんな魚をうちで飼えたらおもしろいだろうなぁ。」
「お魚さんが泳ぐのを見ていると、なんだか、優しい気持ちになりますよね...。」
 と、たまには息の休まる話題を入れてくれて助かった。が、結局、館内ずっと振り回されっぱなし。普段さほど運動しないのが響いたか、疲れる、疲れる。あぁ〜、舞雪ちゃん、お休みしようよぉ〜。

「あ、舞雪、すっかり時間を忘れてました。お昼ご飯、食べ損なっちゃいましたね。先輩、どうしますか。」
 いや、どうしますかといわれましても...。15時かぁ。まぁ、せっかくだし、食べておいた方が良いかな。オレとしては、食べたいと言うよりも休みたいんだけどね。このまま夜まで一緒にいたら、体がどうなることやら...。
「それじゃ、少し遅くなっちゃったけど、お昼ご飯を食べようか。」
「はいっ、そうと決まったら、早く行きましょ、先輩っ!」

 ふぅ、やっと座れるよ。あぁ、なんか、ホント老人だな、これじゃ。まぁ、舞雪ちゃんの笑顔を見ていると、なんだか疲れも気にならないけど。ホントに幸せだな、オレって。昨日、遅れてきた愛理にも感謝だな。愛理が早く迎えにきたら、舞雪ちゃんとこうしてデートをできなかったわけだし。
「先輩、ずいぶんと小食ですね...。」
「へ?」
 あ、そういうことか。イヤ、疲れていて食べられないってのが本音なんだけど。でもまずいな...、さすがに、デート中に女の子の方がたくさん食べてちゃ、気まずいもんなぁ。やっぱりバカだよ、オレ。さらに、ここで気の利いた台詞一つでないってのも、さらにバカだよな...。ん...。
「そういう訳じゃないんだよ。うん、夕食もあるからな...とかちょっと気にしちゃって。」
 バカだ、オレは。夕食を食べるのは、舞雪ちゃんも一緒だろうが。
「あ、そうそう、夜、楽しみにしていてくださいね。あっ、と驚きますよ!」
 ふぅ、うまいところで話題が変わってくれた。
「え? あっ、と驚くって...何?」
「それを言っちゃったら、驚けないですよ、先輩。」
「あ、それもそうだな。」
「ふふ、先輩ったら、可笑しいです。」
「そうかなぁ〜。」
「初めて見たとき、先輩に、まさかこんな一面があるなんて思いませんでした。なんか、こういう、うち解けやすい人だなんて。だから、舞雪、朝は緊張しちゃって...。」
「オレも、だよ。舞雪ちゃんみたいな子と一緒にいるなんてことないから、全然。」
 バカっ。まただよ...。なんか、一言しゃべるたびに、へまをしているぞ。舞雪ちゃんみたいな子の前で「他のタイプの女の子ならね」みたいなことを言うなんて、最低だ。ダメだな、オレって。こう思うと、オレなんかをわざわざ選んでくれた舞雪ちゃんに、感謝さえしたくなる。
「普通、変ですよね。私、まだ、11ですから...先輩とは、7つ離れているんですね。小学生が、7つ年上の人となんて...。」
「別に、変じゃない、と思うな。最初見たときに年齢でどうこう思う訳じゃないんだから。オレだって、舞雪ちゃんと顔を合わせたとき、そうだったよ。」
「っえ...。」
「可愛いな、って思ったよ。」
「っそ、それって、図書館で、ですか?」
「それに、今日の朝も。」
「...そんなこと言われましても...。」
「とにかく、ひたすら、可愛いなって思った。顔とか、仕草じゃなくて、舞雪ちゃんが可愛いなって。」
「...嬉しいです...。そんなこと言われるなんて、思っていませんでしたから...。」
 そういうところも可愛いよ、舞雪ちゃん。でも、また緊張させちゃ、可哀相か。オレは、チョットだけ、このまま舞雪ちゃんに見とれていたいけれども...。
「オレも嬉しいな。だから気にすることないよ、周りと違っても。舞雪ちゃんとオレが良ければ、それでいいんじゃないかな?」
「そ、そうですよね。私、全然いいです、はいっ!」
「良かった。ここで『先輩、ごめんなさい』とか言われちゃったら、オレ、泣いちゃったかも。」
「舞雪、そんなこと言いませんっ。...でもぉ、先輩の泣いているところ、ちょっと見たかったかもしれません。」
「そう簡単には見せないよ、感情の起伏は顔に表さないからね。ポーカーフェイスってヤツだな。」
「そんなこと言っても、舞雪ちゃんには何でもわかっちゃうんだからぁ!」
「...結構ホントっぽくて怖いな、それ。」
「あぁ〜、なんか、わかられちゃ困るようなことがあるんですかぁ?」
「い、いや、そんなこと、全然、ないけどさ...。」
「先輩、やっぱり隠し事はできそうもないですね。」
「そ、そうかぁ?」
「そうです、絶対そうです。だって、慌ててるの、すぐわかっちゃいましたから。でも、いいんです。私、先輩信じていますから。」
「あのさぁ、その、疑ったようなことを言うのやめてよぉ。」
「はぁ〜い。でも、ウソなんかついたら、舞雪、怒りますよ。」
「わかってるよ、約束する、ウソつかないって。」
「じゃぁ、指切り、しましょ。」
「あ、あぁ。絶対にウソなんかつかないからな。」
「舞雪も、です。」

 せっかく休めると思った昼食の時間も、結局舞雪ちゃんに振り回されちゃったな。なんか、舞雪ちゃんがお姉さまみたいな。それはそれでチョットだけ嬉しいような気もするけど、怖いような気もするなぁ。

「ちょ、ちょっと待ってよぉ〜。」
「ダメです。ほぉら、先輩、こっちこっち。」
 午後、昼食のあとは、お買い物に。当然、日が日だけに街はクリスマス商戦で盛り上がっている。例年ならば、オレはクリスマス商戦の勢いに乗ってバイトをしているわけだ。ちょうど年末年始は、短期バイトの募集もたくさんあるしね。それが今年は、まるっきり逆の立場。盛大に買い物をしている、正確には、買い物のお手伝いをしている。こんなことになるとは思わなかったなぁ。って、あぁ、ちょっと、舞雪ちゃん、オレ、荷物持つのとかダメなんだけど。もう、ただでさえ倒れそうなんだからぁ。

「ふぅ、いろんなもの買っちゃいました。」
「はぁ、これ、なんなの? なぁんか、妙に重いのとかあるんだけど...。」
「あ、先輩、一緒に買ってたのに、なんで覚えていないんですかぁ?」
「ぁ、そ、それは...、ねぇ...。」
「なぁんて、それは、舞雪が一人で選んだヤツだから、わからないのが当たり前です。」
「...なんか、オレ、舞雪ちゃんにからかわれっぱなしじゃないか、今日...。」
「そ・れ・は ...、先輩がおバカさんだからいけないんですっ!」
「あぁ〜、そんなこと言わなくてもいいだろぉ。」
「へへ、まぁ、気にしないでください。ところで...。」
「ん、何?」
「今何時ですか?」
 なにぃ、19時だとぉ。はぁ、疲れるわけだよ...。
「今、7時だよ。7時5分。」
「ちょうど、晩ご飯の時間ですね。」
「あ、あぁ。」
「それじゃ、行きましょ!」
「ど、どこへ?」
「大丈夫です。ついてきてください!」
「だ、大丈夫って...何が...ま、まぁ、ついていくよ...。」

 と、たくさんの荷物とともに電車に揺られついてきてみると、我が家のある街へと着いた。歩くこと数分。おいおい、なんだよ、この邸宅的な構えの建物は。こんな所にこんなお洒落なお店があったのかぁ、知らなかったなぁ。こんなレストラン...って、おい、オレはそんな金ないぞ。しまったなぁ、この前、余計なもん買わなきゃ良かったよなぁ。だいたい、デートがあるとわかっていれば、財布を空っぽにしてまでPCサーバーを組み上げたりしないって...。まぁ、今更後悔しても遅いか...。
「さ、先輩、遠慮しないでください。」
「ぇ?」
「今日は、両親ともお出かけ。だぁ〜れも、いないんです。」
「...って、これ、舞雪ちゃんの家?」
「はい、そうですけど、どうかしました、先輩?」
 い、いや、どうかしたも何も、凄い家だな...。んな、あっさり「どうぞ」と言われましても...。...舞雪ちゃんって、お嬢様? あぁ、なんか、オレ、凄く悪いことをしてないか? 日々間違った道を歩いているようなオレが、お嬢様と一緒にいて良いのか...? まぁ、それはそれで良しとするか。ん...それにしても凄い家だなぁ。オレには、凄い、としか言えないくらいに凄い。
「え〜っと、カギ開けますから、ちょっと待ってください。それっ、と。はい、どうぞ。遠慮しないであがってください、先輩っ。」
「そ、それじゃ、お邪魔します...。」
「あ、部屋の方は暗いですね。明かりをつけなくちゃ...。ごめんなさい、今日、誰もいないんで。」

 誰もいない、ねぇ。なんか、ますますまずいような気がする。オレがあがって良かったのか? 絶対まずいような気がするぞ、絶対。

「...せんぱぁ〜い、こっちですぅ〜、こっちぃ〜。」
「あ、あぁ。わかったぁ。」
 って、どこだ? 広いなぁ、この家。ん...声がするのはあっちかぁ。

 っへ!?

「驚きました、先輩。舞雪ちゃんのエプロン姿。なっかなか様になってますよね?」
「...ぁ、あぁ...。」
 はぁ...、なんか、呆気にとられたと言うか、なんと言うか...。ここまで可愛いと、さすがにアレだ。なんて言うか、アレなんだよ、あぁ。もう、ぼーっと見とれているしかないという感じか...。
「そ、そんなに見つめないでくださいよぉ。は、恥ずかしいです...。」
「あ、ごめん...。いや、ね、その...。」
「...嬉しいです。」
「よく似合うよ。」
「でも、先輩。舞雪は別にエプロン姿を見せたくて呼んだ訳じゃありませんからね。ちゃぁんとお夕飯も作りますっ。」
「うん、楽しみに待ってるね。」
「楽しみにしててくださいよぉ。」

 トン、トン、トン...。お世辞にも鮮やかとは言えない包丁さばき。見ていて危なっかしいくらいに。でも、なんか、オレのためにガンバってるんだな、ってことが良くわかる。可愛いな...。っと、いけないいけない、また見とれてぼーっとしちゃったよ。そうだな、なんか手伝おうか。
「ひゃっ!」
「ど、どうしたの?」
「指、切っちゃいました。」
「大丈夫?」
「はい、これくらいなら...。」
「ほら、ちゃんと手を洗って。はい、絆創膏。切り傷なら貼っておいた方が良いよ。」
「ご、ごめんなさい...。」
「なんで?」
「だって、お夕飯...。」
「気にしない、気にしない。でも、大丈夫、手?」
「はい、これくらい...。」
「ほら、手、かして。絆創膏貼ってあげるから。」
「っあ...。」
 やっぱり、オレなんかのために、相当料理の練習したんだな。手、傷だらけだ。可愛くて綺麗な手を、オレなんかのために...。
「...っと、これで良し!」
 こんなとき、なんて言えばよいのだろう。今までガンバったんだね、とか言うべきなのかな。それとも、知っていても言わないであげるべきか。
「...練習、たくさんしてくれたんだね。」
「...はい。ばれちゃいましたね、にわか仕込みだってこと。情けないな、舞雪ってば。」
「ありがと。」
「っ...。」
「ありがと、舞雪ちゃん。」
「はい、先輩...。」
 なんか、会話になってない。うまい会話にできない。
「そ、そうだ、手伝うよ、オレも。」
「そんな、私、大丈夫ですから。」
「ダメだよ、そんな手で。ね、手伝うって。」
「...でも...。」
「...手伝いたいんだ、ね。」
「...はい。」
「じゃぁ、何すればいいかな、オレは。」
「それじゃぁ、その人参、切ってください。」
「はぁい、わかりました。」
「指、切らないようにしてくださいね。」
「そうだね、気をつけないとね。」
「そうですよ、気をつけてくださいね。」
 ってさぁ、オレ、料理できたっけ? いっつも愛理に任せきりだったような...。ま、何とかなる。舞雪ちゃんだってガンバっているんだ、オレだってガンバらなくちゃね。

「はぁ、あとは煮込むだけですね。」
「ふぅ、そうだね。」
 ...。舞雪ちゃんもオレも、かなり疲れた。お互い、慣れないことをしたせいだろう。二人そろって、椅子に座り、ぼーっとしている。

「あの...、先輩。」
「なぁに?」
「先輩も、料理、得意じゃないんですね...?」
「やっぱりわかっちゃうか。普段、妹に任せきりだから。」
「妹さん、いるんですか。」
「あぁ、舞雪ちゃんより、一つ年上。」
「へぇ...、羨ましいです。」
「え、何が?」
「妹さん。私、一人っ子ですから兄弟とか、姉妹とか、羨ましいんです。」
「舞雪ちゃんだったら、どっちが欲しい?」
「そうですね...、お兄ちゃんかな。」
「ふ〜ん。なんで?」
「だって、なんか、困ったとき、何でも助けてくれそうじゃないですか。」
「ぶーっ。はずれ。お兄ちゃんなんて、そんなもんじゃないよ。オレ、妹を助けてあげたことなんてないから。それとも、オレだけなのかなぁ。普通、お兄ちゃんってもっと優しいものなのかもしれないね。ひどいお兄ちゃんかもな...。」
「ホントです。ひどいですよ、先輩...。でも...、助けられているかどうかは、妹さんが決めることです。やっぱり舞雪、お兄ちゃんが欲しいです。」
「オレがなってあげようか?」
「っへ...。」
「舞雪ちゃんのお兄ちゃんに。」
「...イヤです...。」
「っえ?」
「...先輩には...私の...大切な人になって欲しい...から......。」
 オレも舞雪ちゃんのこと...。あれ、声にならない。いつもそうだ、オレってば。肝心なところで、何もできない、ダメなヤツ。バカ、バカバカバカ。
「っあ、もう火を止めなくっちゃ。」
 舞雪ちゃん、オレ、本当は、舞雪ちゃんのこと...。でも...。きっと、きっと、伝えるから...。待っててくれ...。わがままなお願いかもしれないけれど...。

「ごちそうさまでした。おいしかったよ、舞雪ちゃん。」
「そ、そんな。味付け、ちょっと失敗しちゃったのに...。」
「細かいことは気にしない。料理がおいしいかどうか、それは味付けだけで決まるもんじゃなし。」
「えっ?」
「舞雪ちゃんが作ってくれたんだから、おいしいに決まってるよ。」
「またぁ、先輩ったらそういうこと言って、からかうんですから。」
「え〜、これ、結構本気だったのに。恥ずかしい思いして言って、損したなぁ。」
「ふふ、ありがとうございます、先輩。」
 はぁ、お腹がいっぱいになると、どうも眠くなる。ん...今、何時だ。21時、イヤ、もう22時近いのか。22時か...。

「これ、舞雪ちゃんの部屋?」
「はい、そうですよ。」
 な、なんだ、このだだっ広い部屋は。もちろん、舞雪ちゃんの整理や掃除が、部屋を綺麗で広いものに見せているというのもあるが...。それにしても広いだろ。
「掃除...したんですけど...一応...。」
「い、いや、そうじゃなくって。広いなぁ、と思って。それに、こんなに広いのに、ちゃんと片付けをしているってのが凄いなぁ。」
「普段はもっと散らかってますけど...。」
「それでも、綺麗だと思うよ、おそらく...。」
「あの...、先輩どういう部屋を使っているんですか?」
「い、いやぁ...。」
 まさか、床の半分は本が積み上げられているとか、マザーボードやらビデオカードやらが散乱していて足の踏み場もない、なんて言えないだろ。その上、掃除機なんて滅多にかけないからね...。机の上は上で、嵐が過ぎ去ったあとのような散乱状態だしな...。
「ははぁ〜ん、その様子ですと、相当汚いんですね。でも、大丈夫です。私がちゃんと片づけてあげますから。」
「っえ、そ、それはそれで困るんだよな...。」
「あぁ〜、私に見られて困るものがあるんですかぁ?」
「い、いやぁ、そのねぇ...。」
 ホントに、見られて困るものはないが...。あの部屋に誰か人を入れたら、確実に怪我するよな...。ハンダ付けされた部分なんか踏んだら、痛いからねぇ。
「先輩、気にしなくて大丈夫です。これでも舞雪、心は広いんですからぁ。」
「だ、だからね、別に、見られて困るようなものはないんだよ...。」
「じゃぁ、なんなんですかぁ?」
 ふぅ、こりゃ、説明、楽じゃなさそうだな。「私とマザーボード、どっちをとるの?」とか、わけわからないことを言いださないでよ...舞雪ちゃん...。

「だいたい、先輩。舞雪に隠し事なんてできません、ってさっきも言ったじゃないですかぁ。」
「なんにも隠してないってば、ホント。」
「ウソです。それじゃ、舞雪が先輩のウソを一つ当ててあげましょうか。」
「どうぞ、オレにはウソなんかないから大丈夫だよ。」
「ふぅん、先輩、今日はいっぱい話しかけて、いっぱい笑いかけてくれますけど...。昨日は緊張して眠れなかったんじゃありません?」
 じょ、冗談だろ。どこからそういう情報が漏れるわけ...。それとも、やっぱり無理しているってことがわかるのかな...。オレだって、緊張している、それを無理して見せないだけだって。
「んま、まさか。そんなことないってば。」
「冗談で言ったんですけど、先輩、結構当たってました?」
「...ま、まぁ...な...。」
「...一緒、ですね...。」

 やっとの事で誤解も解いて、一息つく。ふと時計が目にはいる。23時30分。あらら、ずいぶんと話し込んじゃったな。

「先輩、ちょっと、ベランダに出てみません?」
「あぁ、いいけど?」
「今日、はれているみたいですから。」

「...綺麗だね。」
「...はい。」
「......。」
「......。」

 沈黙。もう朝の二人じゃない。特に苦にはならない。

「...先輩...。」
「...なぁに?」
「......っ...。」
 えっ? なんで?
「...舞雪ちゃん、泣いてるの...?」
「...先輩...。」
 っ! どうしたの、急に。オレ、なんかしたか...。え、なんで...。
「...舞雪...。」
「どうしたの?」
「...先輩に...言わなくちゃならないことが...あるんです。」
「なぁに?」
 精一杯の笑顔を作るオレ。舞雪ちゃん、泣かないで。
「...実は...舞雪、明日、日本にいないんです...。」
「...それで...。」
「...そうなんです。ホントは、今日、両親と一緒にロンドンへ発つはずだったんですけど...。無理言って、舞雪だけ、明日にしてもらったんです...。」
 気づかなかった、そんなこと。気づかなかったのが当然だといえば、当然かもしれない。でも、そんな気にはなれない。ごめん、気づいてあげられなくて。

「っ!...。」
「それ以上、何も言わないで良いよ...。」
「......。」

 どれくらいそうしていただろう、冷たい夜風に吹かれて。

「ねぇ。」
「...なんですか...。」
「いつ戻って、くるの?」
「......。」
「そっか。」

 ベランダから見える景色は、星空と、家の灯り。ほのかな街灯。誰もいない道。冷たい空気と混じり合い、物寂しい世界を作り出している。かすかな歌声が聞こえる。この街の教会の聖歌隊だろうか。

「明日、いつ、発つの?」
「...6時。」
「...6時、か。」

 この星空の下にいるのは、舞雪ちゃんと二人だけ。そんな錯覚をも覚える静寂。

「風邪、引くといけないから、中に入ろうか。」
「......。」
 舞雪ちゃんの寝顔。オレの腕の中で、腫らした瞼を閉じ、可愛い寝顔をつくっている。今日一日中走り回って、疲れたのかな。部屋に入り、ベッドに寝かせてあげる。ふぅ、オレも、さすがに眠いな...。

 っ! いつの間に寝てたんだ。朝方の冷え込みに起こされる。窓とカーテンこそ閉めてあるものの、蛍光灯はつけっぱなし。オレはベッドに寄りかかっている。そうだ、舞雪ちゃんは...。
 可愛い寝顔がそこにあった。時計を見ると、3時とある。もう、眠れそうにないな。最後くらい、そうだな。舞雪ちゃんに布団を掛けてやり、階下へと降りる。

 こんなことなら、愛理に教えてもらうんだったなぁ。なんでオレってば、包丁一つうまく使えないんだろ。仕方ない、使わなくても済みそうなものにするか。フロアの暖房を入れて、朝食の準備をする。オレにできるのなんて、目玉焼きとトーストを作って、紅茶を入れるくらいだけどね。時計は4時30分を告げる。ここから空港までは1時間弱。そろそろ起こさないと間に合わない。起こさなければ間に合わない...。って、なぁにバカなことを言っているんだよ、舞坂。...。体が動こうとしない。わかっている、起こさなきゃならないことくらい。バカ、余計なことを考えるな...、それ、階段を上れ。冷え切った頬を伝う一滴の、涙。なんでだよ、起こさなきゃいけないんだから。

「舞雪ちゃんっ! 舞雪ちゃん、朝だよぉ〜。」
 笑顔になっているのかな、オレ。笑顔のつもりなんだけどな。
「...おはよう...ママ...。」
「ふふ、ママになるのも悪くはなさそうだな、毎朝こうしていられるんだから。」
「っえ!?」
「おはよ、舞雪ちゃん。」
「っあ、は、はい、おはようございます、先輩っ!」
「さぁ、今、4時35分だよ。25分で支度をして、5時にはお出かけだ。」
「は、はい。」
「それと、朝食は一応作っておいたから、すぐに下にきて。まぁ、作ったと言っても、トースターに入れただけだけどさ。」

「あ、ありがとうございます。」
「いえいえ、どういたしまして。まぁ、お礼を言うならトースターとフライパンにでもいった方がいいんじゃないかな? 昨日の通り、オレは料理できないんだよ、ごめんね。」
「いいんです、朝、いつもこんな感じのメニューですから。」
「ところで、ここを何時に出るつもり?」
「......。」
「そうだな、5時14分に電車がある。それに間に合うようにするには、5時きっかりか、少し前には出なくっちゃね。」
「...先輩。」
「なぁに?」
 言いたいことはわかる。言わないでくれると嬉しい。オレも、泣きそうだから...。
「行かなきゃ、ダメですか?」
 行かないで、いいよ。でもね...。
「当然だろ、飛行機は待ってくれないからね...。」
「...そうですね...。」

「ふぅ、ちゃんと間に合ったね、舞雪ちゃんの乗る便に。」
「...はい。」
「あと30分か...。」
「...先輩...。」
「なぁに?」
「...先輩のこと、好きです。先輩が、たとえ...。」
「オレもだよ。舞雪ちゃんのことが好きだよ。」
「...でも...。」
 今ここで別れても、好きという気持ちは変わらない。きっと。絶対に。だから、精一杯の笑顔で答えるんだ。
「そうだ、また、イヴの夜、逢おうよ。あのベランダで。」
「...えっ?」
「オレ、待ってるよ、来年。再来年も、その次も。逢えるその日までね。」
「...はいっ!」
 そう、元気な舞雪ちゃんが一番。
「きっといつか、また星空を見ようね。」
「先輩、約束ですよぉ。絶対ですからね。」
「もちろん。」
「ぜぇ〜ったい、ですからねっ。」
「舞雪ちゃんも、絶対に戻ってきてね。」
「はい、必ず。」
「そうだ、必ず戻ってくるように魔法をかけちゃおう。」
「...どんな?」
「こんなのだよ。」

「...!」
 待ってるからね、約束だよ...。

「絶対に、戻ってくるね?」
「...せ、先輩に...魔法かけられちゃいましたから...。」
「じゃぁ、またね。」
「...はいっ。」

 はぁ、行っちゃったか。...行っちゃったのか...。...バカ、家で涙なんか流してたら、愛理になんて思われるか。お兄ちゃんだろ、お前、心配なんかかけるなよ。今頃、どうしているのかな...。

「あれ、お兄ちゃん、早いね。ん? あ、そうそう、昨日、帰ってこなかったでしょ〜。愛理はちゃんと知っているんですからね。ダメよ、無断外泊なんかしちゃ。」
「それはどうだか。帰ってないのはお前の方じゃないの?」
「残念ながら、今日は、いいえ、今日もその手に乗るわけにはいきません。愛理、昨日も帰ってきたんだから。」
「...ったく、余計なときに帰ってきやがって...。」
「あのねぇ、愛理が帰ってこなかったこと、一度だってないじゃない。」
「そ、そうだっけかぁ。」
「そうです。さぁて、朝ご飯を作らなくっちゃ。」
 エプロンをする愛理。包丁さばきも手慣れたもの。手慣れたもの、か...。

「ふふ、お兄ちゃん、涙を流してどうしたの? タマネギでも切ったのぉ?」
「へっ? な、何、涙だと、えっ...。」
「やっぱりそうか、夜なべまでしてふられにいくとは...。でも、大丈夫。愛理がちゃんとついていてあげるからね。」
「な、何を言うか。俺がふられるなんて訳ないだろうが。」
「どーだか。」
「んな訳ないの。」
「ふふ、可愛いお兄ちゃん...。」
「あのなぁ...。」
 こいつ、俺をなんだと思っているんだよ。...お兄ちゃんか...。
「なぁ、愛理。」
「なぁに、慰めて欲しいの、ひかりちゃん?」
「だから、違うって。」
「じゃぁ、なにかなぁ、ひかりちゃぁん?」
「...料理、教えてくれないか?」
「へっ?」
「料理を教えてほしいんだよ。」
「...どうしたの?」
「愛理、お前なぁ、そんなにオレが料理をしたがるのが可笑しいのか?」
「い、いやぁ、そうじゃなくって。最近は、料理ができないからって男の人をふっちゃう子がいるなんて...、ん〜、こりゃ、驚き。」
「なぁんで、すぐそこに結びつける。まぁ、とにかく、教えてくれよ。」
「いいよ、来年までに間に合うようにしてあげるっ!」
「はいはい。それじゃぁお願いします、愛理先生。」

あとがき に続く。

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