第6話 涙の卒業式(脚本:長野 洋 監督:山口和彦)

「あなたそれでも父親なの?我が子が死ぬか生きるかの瀬戸際に、他人のために家を開けるなんて。ハッキリ言います。あなたにとっては、生徒はなによりも大切かもしれないけど、私にとっては、例え100人1000人の生徒よりも、たったひとりの我が子の方が大切なんです」それは母親にとって当然の叫びであり、その言葉は賢治の胸にぐさりと突き刺さった。賢治は東京駅で、実家に帰る節子とゆかりをホームからそっと見送った。
「奥さんは必ず君の元へ帰ってくる。君のことを誰よりも愛し、誰より理解している奥さんが、君を見捨てて立ち去るはずがない。だが子供たちは違う。今君に見放されたら、折角正しい道を歩み掛けた数多く子供たちが、また元に戻ってしまうかもしれんのだ。しっかりしろ。我々の試合はまだ始まったばかりじゃないか」山城の言葉を思い出した賢治であった。
期末試験の日、賢治らは校門に立った。内田はカンニング用の細工をして登校したが、見事賢治に見破られてしまった。
一方、水原ら不良グループは相変わらず賢治にくってかかった。
水原「毎日毎日、かかしみてぇに突っ立ってご苦労なこった。おまけに人の顔見りゃ、おはよう・おはようってまるでオウムじゃねぇか。教えてやろうか。そういうのをバカの一つ覚えって言うんだよ」
甘利「全くなんて奴らだ。滝沢先生あんなにバカにされてなんともおもわないんですか?」
賢治「私も人の子です。バカにされれば腹も立ちますよ。でもそんなとき、私は中学時代の恩師の言葉を思い出すようにしているんです。その先生は私にこう言いました。「人の心を思いやると言うこと、それが愛と言うもんや。相手を信じ、待ち、許してやること(藤山の言葉)」
甘利「信じ、待ち、許す」賢治「そうです。水原たちの目はまだ腐っていません。あの目が澄んでいる限り、私は彼らを、信じ、待ち、許し続けるつもりです」
水原らは英語の期末試験をボイコットし暴力事件を起こした。竹村教頭(佐原健二)は、首謀者は即刻退学にすべきだと。
だが賢治は「あんな連中だからこそ、何とかしてやりたいんです。彼らが出来の悪い連中だからです。彼らは我々が手を貸して上げなければ、これからの人生真っ暗なんです。このまま放り出して、我々は教師としての義務を果たしたと言えるんでしょうか?」
賢治の熱意に共鳴した教師たちは、水原らに再試験を受けるように説得するのであった。
その夜、賢治は水原の母良子(新橋耐子)に会った。
良子「あの子また何かやったんですかぁ?放っといたらもう。何をやってんだか、我が子ながら亮には自分で愛想が尽きちゃったのよねぇ。何かある度に警察に貰い下げに行ったり、学校にペコペコ頭下げに行ったり!私もう疲れちゃったの。大体ね、あんたら学校の先生がだらしないんだよ。だってそうじゃない?学校って言うのはさ、子供にいろんなことを教えるところなんでしょう。勉強だけじゃなく躾だってさ。それを何さ。亮をあんな風にして貰いたくて高い月謝払ってんじゃないんだよ!」
賢治「おかあさん。月謝さえ払って子供を学校に行かせれば、それで親の努めが果たせると思ってるんですか?お金だけで子供が教育できると思ってるんですか?」
「なによ偉そうに。あんたなんかに何が解るって言うのよ!あたしゃね、北海道の炭坑で亭主をね」
「落盤事故で亡くなられたのは知ってますよ。お母さんが亮君を育てるために、どんなに苦労されたかは解るつもりです。でもねおかあさん。子供は学校だけで、どうなるもんでもないんですよ。学校と親が協力して一人前の人間に育て上げるんです。親と教師が力を合わせることが必要なんです。亮君があれほど暴れ放題に暴れながら、それでも自分から学校を去ろうとしないのは、なぜだと思います?きっと寂しいんですよ。番長だなんだと言って、周りにいっぱい子分を引き連れてるのも、きっと人こ恋しいからなんですよ。学校へ行けばとにかく仲間が居るんです。つっかっていける教師が居る。だから彼は学校へ来るんです。きっとそうなんですよ。私は、このまま彼を学校から放り出したくないんです。一つぐらい楽しい思い出を残して、学校を卒業させてやりたいんです」
「先生!!お願いします!あの子の力になってやって下さい。あたしに出来ることなら何でもします。だから、だからどうかあの子を見捨てないでやって下さい。お願いします。お願いします。先生!」と泣き崩れて賢治に訴えた。この二人の会話を水原は、公園の片隅で一部始終聞いていた・・・・・。
賢治が良子と別れて帰る途中、内田の父玄治に捕まり内田の家に連られてきた。
玄治は、「川浜高校の教師たちが不良連中に再試験をするように、駆けずり回っていると非難した。そんなことをして何の得があるんだ。なぜ肩を持つんだ。あの連中に何か弱みでも握られてるのか」と。賢治は憤慨した。
そして内田に「内田、お前いま、自分の学校に誇りが持てるか?このまま卒業した後で、自分は川浜高校の出身者ですと、人に胸張って言えるか?言えないな。言えるわけがない。でもこんな学校に誰がしたんだ?もちろん、俺たち教師の努力が足りなかったことは認める。親にも責任がある」
玄治「何をバカな!ワシはな学校のために散々寄付金集めや何やら・・・」
賢治「金で人の心が買えますか?内田、最大の問題はお前たち生徒だ。お前たち生徒が本気でその気にならなければ、川浜高校は決して良くなりゃしないんだぞ」
勝「今更遅いや。確かに今まで散々迷惑掛けてきたことは悪かったと思ってるよ。けど、俺たちはもうすぐ卒業するんだ。今更何やったって間に合わねぇよ」
賢治「バカ野郎!(内田を殴る)お前そんな奴だったのか。自分さえ無事に卒業できたら、後はどうなっても構わないって言うのか。お前そんな情けない奴だったのか。お前には誇りってものがないのか。俺はかつてラグビーの日本代表選手だった。俺はそのことを今でも誇りに思っている。だがそれは、人より少しばかり上手かったからじゃない。自分が生まれ、育った日本という国を愛しているからこそ、その国の代表選手に選ばれたことを誇りとしたんだ。解るか、俺はお前たちに卒業後も、自分は川浜高校の出身者ですと、胸を張って歩いて貰いたいんだよ。水原たちにもそうなって貰いたいんだ。そういう誇りの持てる学校にしたいんだよ。解るな内田。
賢治は、内田の自宅を出て帰路に着くと今度は水原が待っていた。
水原「俺と勝負してくれよ。1対1の差しの勝負だ。あんたが勝ったら大人しく試験受けてやるよ。おっかねぇのかよ」
賢治「あぁ、怖いな下手するとお前を殴り殺すかもしれん」
「でけえ口利きやがって。殴り殺せるものか、どうかやってみようじゃねぇか!」決闘は河原で始まった。
水原は本気で賢治にかかっていった。賢治「苦しかったら考えて見ろ!お前のためにどれだけの人間が苦しんだか!」
ラグビーで鍛え上げた賢治の力にはかなわなかった。ダウンした水原を賢治は自宅に連れ帰った。
「なんだ、お前まだそんなに寒いのか?よし、じゃこれ飲めよ。飲めるんだろ」(ブランデーを湯飲み茶碗に注ぐ)
「先公がこんなことしてもいいのかよ」
「ばれたら(クビ)これかな?」
「変わった先公だぜ」
「気付け薬だよ。でも一杯だけだぞ。いいから飲めよ」
「コイツは効くぜ」
「生き返ったか?」
「ああ・・・。奥さんどうしたんだよ。出かけてるのか?」
「ああ、ちょっとな」
「先生よぉ、ラグビーって面白いのかよ」
「あぁ面白いな」
「何がそんなに面白いんだよ」
「そうだな。まずラグビーは団体競技の中でも一番人数が多いんだ。ひとチーム15人だからな。その15人が心を一つにして戦うところが面白いな。それから、ラグビーは格闘技だ。身体と身体をぶつけ合って相手を倒すには勇気がいる。臆病者にはラグビーは出来ないな。それからこのボールだよ。こいつはな、一度地面に落ちるとどっちに転んでいくか誰にもわからん。このボールを自分のものにするためには、諦めないで最後までこのボールを追っかける執着心が必要なんだよ。途中で諦めた奴のところには、決してこのボールは転がってこないな。もう風呂沸いてんだろ。狭いけど一緒に入るか。どうしたんだよ。恥ずかしがることないだろ」
「俺・・・ラグビーやっとけば良かったかな」
「水原・・・」
「先生、俺、俺よぉ・・・」
「水原、今からだって遅くないぞ。お前さえその気になればラグビーだって、何だってやれるチャンスはいっくらでもあるんだ。な、水原・・・。入るぞ」
「先生」
期末試験は無事に終了した。合格点に達しなかった者には、追試験が行われ3年生全員の卒業が決定した。
だが意外なところで落ちこぼれた生徒がいた。森田光男は当てずっぽうのヤマが見事にハズレて、英語と数学に致命的な落第点を取り、2学年にそのまま留年させられたのだ。
賢治「森田、確かにお前この1年間棒に振ったことになるが、そりゃ先生も同じだ。ラグビーだよ。俺はこの1年間ろくにラグビー部に手を出せなかった。しかし、4月から監督やるぞ!」大ウソであった。
前任者とのトラブルを起こしてまで監督になる気はなかった。だが、この瞬間賢治は決意したのだ。この子を救うために敢えて火の粉を被ろうと。
「どうだ、お前それでもまだ退学するつもりか。俺と一緒にラグビーやろう。やるな俺と一緒にやるな」そんな時キャプテンの尾本が新楽へやって来た。
尾本は森田に「悪かったよ。今まで散々いびってきたけど、俺たちはもう手を引く。後はお前たちに任せるよ。ラグビー部潰さないでくれよな」ただそれだけ言って店を出ていった。
そして、昭和54年3月13日。昭和53年度第26回川浜高等学校卒業式が無事執り行われた。
しかし、式終了後職員室に水原がやってきた。一悶着あるかと構えた教師もいたが、水原は持ってきた紙袋を、賢治の机の上に置き黙って出ていった。中身はブランデーだった。それは水原が精一杯の感謝を込めた贈り物であった。賢治は「あいつ」と一言こぼした。
賢治が自宅に着くと部屋に明かりが灯っていた。節子が帰ってきたのだ。二人はこれからも同じ道を歩くことを確認し合った。
荒波は去った。滝沢賢治の家庭をも巻き込んだ学園の嵐は、いまようやく遠くへ過ぎ去ったのだ。
賢治は山城に「私にラグビー部の監督をやらせて下さい。ラグビー部を私に下さい」
滝沢賢治の新たなる挑戦が、いま始まろうとしていた。

第7話 嵐の新学期(脚本:大原清秀 監督:合月 勇)

賢治が川浜高校に赴任して1年。入学式の日が来た。希望に目を輝かせている新入生たち。賢治の胸も春のように晴れやかだった。
校門では各クラブの新入生獲得へ勧誘が行われていた。むろんラグビー部も勧誘していたが、未だにひとりも入部者が居なかった。
賢治には0人とは言えず、5人入部したとウソをついた。賢治はうれしそうに職員室に向かっていた。職員室では甘利が頭を抱えていた。
”川浜一のワル”、大木大助(松村雄基)の担任になったというのだ。
大木は中学時代に凶悪な暴力事件を何度となく起こしていた。これで教護院を出たり入ったりしている札付きのワルなのだ。その大木が入学式にやってきた。新番長の沢がタイマン勝負でケンカを売ってきた。しかし、沢はあっという間に大木に潰されてしまった。
駆けつけた賢治にも勝負しようと凄んで見せたが「またにしよう。てめえと勝負する時間はこれから3年ある」と言って立ち去った。大木の処分は職員会議で検討された。
しかし、賢治は大木の退学処分を猛反対した。「私はさっきあいつの目を見ました。あれは平気で人を殺せる目です。と同時に何かに裏切られ続けられてきて、人を信じられなくなっている。とても寂しい不幸な目でした。大木が本当のワルだったら、入学試験を受けて高校に入ってくるでしょうか?」
教師らでは収拾が着かず、山城が「これはひとりの少年の将来を左右する問題です。せっかちに結論を急いではなりません」
大木の処分は日を改めて決定されことになった。
その夜、ラグビー部新入生歓迎会がささやかに催された(新楽にて)。
その席上で賢治は「ラグビーをやったからといって、立派な大学に入れるわけでもないし、出世や金儲けが出来るわけでもない。だが、掛け替えのないものが残った。それは友情だ。共にボールを追った仲間との、あるいは全力を尽くして戦った、相手の選手との生涯に渡って続く友情だ。友情だけは億の金を積んだところでデパートで売ってくれるだろうか?友情は初めっからあるもんじゃない。創るもんだ。育て上げるもんだ。共に苦労し喜びも悲しみも分かち合って、初めてお互いを労り合う心が生まれて来るんだ。俺はその素晴らしい夢を、ラグビーボールを通してお前たちと一緒に追って行きたい。これが監督としての俺の方針だ。みんなどんなに辛いことがあってもへこたれるな。一緒に手を取り合って頑張って行こう。な!」賢治の挨拶が終わり乾杯をすると、扉の外から覗いている少年がいた。
扉を開け賢治が訪ねると「ぼく、奥寺浩(高野浩和)って言います。先生、ラグビー部に入れて下さい」賢治は即座に返答できなかった。ラグビーは、スポーツの中でも最もハードなものの一つだからである。
翌日、賢治は新入部員たちの運動能力のテストを行い、その結果で判断を下すことにした。だが、奥寺浩の体力のなさは予想を超えていた。懸垂も腹筋運動も腕立て伏せも1回も出来ない。走力、敏捷性も小学校低学年程度。腕相撲も女生徒に負ける状態であった。
奥寺浩は「イソップ」と言われていた。イソップ物語に出てくる「アリとキリギリス」の痩せたキリギリスのようだからである。
しかし、イソップは川浜一のワル、大木大助と中学時代からの友達であった。
ある日、大助が学校をエスケープしブラブラしていた。大助は目の前で、信号が赤になって危険さらされたゆかりを咄嗟に献身の思いで助けた。
大助は新楽までゆかりを抱えて節子に手渡し、フラッと店を出ていった。
川浜一のワルと知らない節子は、「あんな親切な生徒さんばっかりだと主人も楽なんですけど」と呟いた。
夕子から大三郎が”関東一のワル”な生徒だと聞かされた。
大三郎「本当です。随分バカな真似もしました。ただ奥さん、こういう記事で警察や校長や評論家の話は読んだことがあっても、肝心の生徒の言い分が載っているのを一度でも見たことありますか?ねぇでしょう。だから人は、そういう生徒を狂犬みたいな奴だと思い込むんですよ。そうじゃねぇんだなぁ。ワルと言われる奴だって、悩みもあれば苦しみもあるんです。同じ人間なんです。だけど、大抵の先生は言い分を聞いちゃくれねぇ。ひょっとしたら、滝沢先生だってそうなり兼ねない」と節子は聞かされた。
ラグビー部員は賢治を先頭にランニングしていた。イソップの姿が見えないのに気づいた賢治は逆戻りした。そこには大助とイソップがいた。
大助「おいイソップ。お前には無理だ。やめちゃえやめちゃえ」イソップ「でも滝沢先生が頑張れって」
大助「先行の言うことなんて真に受けてんじゃねぇよ。中学ん時だって体の弱いお前や、ワルの俺の心配を本気でしてくれた先行がひとりでもいたかよ。先行なんてのは全部敵だ!」
賢治「大木!それじゃ俺も敵か?俺は職員会議でお前をかばったが、そういうことを聞くとかばいきれなくなるな」
大助「誰がかばってくれって頼んだ」賢治「お前の態度は間違ってる。どう間違ってるか話してやるからこっちへ来い」
大助「ちょっと来い?あんた刑事かよ!役人かよ!」賢治を殴りかかろうとした大助を、イソップは必死に止めた。
賢治は家に帰ってから愚痴を言い出した。
「教師は敵か。俺たちの頃は、まず教師は偉いものと素直に尊敬したものだ」
節子「何も生徒に媚びを売れって言う訳じゃないけど、あなたは教師と言う鎧甲で、身を固め身を固めすぎてるような気がするの」
星は、部の練習の邪魔になるイソップをなじった。
賢治は「ラグビーにとって一番大切なものは思いやりだ。パスを例に取る。相手がどんなボールを欲しがってるか?それを思い合って、相手が一番取りやすいボールを投げてやる。これが良いパスだ」
星「だけどコイツひとりのために練習メニューが遅れっぱなしです。先生、俺ラグビー部に入ってガッカリしているんです。ゴールポストは無いし、その上こんなレベルの低い奴に調子を合わせてたら、チームは100年経ったって強くなれっこないです。ハッキリ言って、イソップには部を辞めて欲しいですね。イソップが辞めないんなら俺が辞めます」
賢治「星、お前本気で言ってんのか?」星「そうです。先生、決めて下さい」
賢治「俺は誰も辞めさせたくない。しかし、敢えてどちらかを選べと言うんだったら、素質の優秀なお前よりもイソップを選ぶ」
星「そうですか。お世話になりました」
イソップ「星君を連れ戻して下さい。僕が辞めます。僕がダメだからみんなに迷惑掛けちゃって・・・」
賢治「いいんだイソップ。俺は正直言ってお前が3日で辞めると思ってたんだ。しかしお前は、一日も練習を休まなかったし遅刻もしなかった。それにお前はみんなが嫌がる下準備や後片付けを黙々とやってた。運動能力はともかく、ラグビーを愛する気持ちは誰にも負けない。お前は、立派にラガーマンだよ」
それを見ていた大助は賢治に近づき「先生よ、後で一風呂浴びにい行かねぇか」
(銭湯で賢治が大助の背中を流す)大助「少し見直したぜ。イソップの面倒をトコトン見ようって先公は初めてだ」
「お前もほんとは素直なんだな」
「俺が素直?あんた俺をからかう気かよ」
「いや、俺は親や教師の言うことを何でもハイハイと聞くのが、必ず素直だとは思わん。本当の素直さとは良いことは良い、悪いことは悪いってハッキリ言えることじゃないかな」
「それが相手が教師だと、俺はいつも生意気だの、ひねくれてるだのって言われてよ」
「俺は絶対に言わんよ」(今度は大助が背中を流す)
「先生よ、ところで俺の処分問題どうなった?」
「あぁ、明日の職員会議で決まるよ」
「俺、先生たちに話ししてぇんだけどよ」
翌日の職員会議で大助はこう言った。
「確かに、沢に大怪我させたのは俺だからよぉ。俺はどんな処分でも受けるぜ。ただよ、今度の事件のことは親には言わねぇんでほしいんだ。お袋ちょっと心臓の具合悪くてよ。ショック受けるといけないから。約束してくれねぇか?」
部室では森田が張り切っていた。そこにツルハシを持って「滝沢いねぇか」と、元不良の卒業生内田勝が入ってきた。
森田たちは賢治を呼びに言った。内田は校庭で待っていた。
賢治「内田、お前何やってんだ」
内田「やぁ先生。この間先生の顔見たらし残したこと思いだしちまって、このゴールポスト、おもしろ半分に仲間けしかけてヘシ折ったの俺たちだからよ。建て直そうと思ってよ。尾本も来るはずだったんだけどよ。親父に相談したら、先生のこと毛嫌いしていた親父も乗ってくれてよ。俺が先生のおかげでマジになって、工務店の跡継ぎになるったのが、よっぽど嬉しかったんじゃないのかな」そこへ父玄治がやってきた。
勝に向かって「このバカ!ツルハシなんか使ってたら夜が明けちまうじゃないか」
賢治「内田さん。内田さんにご迷惑掛けるわけにいきません」
玄治「わしはな、元PTAの役員として面子があるしな。何か一つぐらい残しておかんと格好つかんよ。それに、これはだな、新監督へ就任した君へのはなむけだよ」
賢治「ありがとうございます」そう言って玄治の手を力強く握った。
玄治「痛て、痛て、痛て、あっ痛たー。いやーしかし、君の欠点は泣き虫と、握力が強よ過ぎることだよ。以後気をつけてくれたまえ」それは荒れ果て、ひん死のどん底にあった学園がいま甦りつつある羽ばたきであった。
翌日、竹村は大助の母親を呼び寄せた。そして大助との約束を破り、沢に大けがをさせたことを口走ってしまった。
これを聞いて母親はショックのあまり倒れてしまった。大助は約束を破った竹村に暴力を振るった。
賢治らは大助の退学を免除すべく、竹村に謝罪するよう説得に当たった。ここで大助は一つ条件を出してきた。
大助「そいつさえしてくれりゃあ、教頭に詫びを入れるし手も出さねぇよ。条件はイソップが鉄棒で懸垂を3回する。あんたの思いやりとやりゃがイソップにどれだけ成果があったか。お手並み拝見と行こうじゃねぇか」
イソップ「先生、僕やってみます。大木君を退学なんかにさせたくない。卒業まで一緒にいたいんです。先生やらせて下さい」懸垂3回と言っても、イソップにとっては、ほかの人間の100回にも200回にも相当するものであった。
イソップの懸垂が始まった。1回、2回、ひ弱な少年が友を退学から救うため、いま死ぬほどの苦しみに耐えていた。
賢治の胸は熱くなった。しかし、イソップは力尽きて落ちてしまった。賢治はイソップを褒め称えた。
それを見た大助は職員室に走っていった。竹村への復讐のためである。
大助「この野郎!!」竹村「な、何をするんだ」
「どうせ俺は川浜一のワルだよ!殺しもやればもっと明かすか!」
「やめろ。や、やめてくれ」ふと、大助の頭の中に賢治の言葉が甦った。
「大木、お前もほんとは素直なんだな」大助は持っていたナイフを床に落とした。
そして竹村に「先生、さっきは済まなかった。ちゃんと生徒扱いしてくれる限り、俺は二度と暴力は振るわねぇ。本当だ」
賢治「先生、彼は心から謝罪してます。どうか、退学の件は取り下げて頂けないでしょうか」
甘利「僕からもお願いします。教頭先生」竹村「解ったよ。もういい」
賢治「大木…」大助「負けたよ。ラグビーに負けたよ。思いやりか…。世間じゃやたらに言う言葉だが、ほんとにあるとはな」
賢治「大木・・・・・」
その日の午後、いよいよゴールポストの建て直しが行われた。ラグビー部員、教師、大三郎、節子らも手伝ってゴールポストは完成した。
玄治「先生、使い初めにゴールキックをお願いしますよ」森田「先生、どうせなら40メートルキックが良いよ」
賢治「40メートルキック?」
大三郎「そりゃいいすねぇ。40メーターキック決められるのは、日本にはそういないっすからねぇ。お願いしますよ先生」
賢治「よーし。随分蹴ってないけどやってみますか!」
賢治はあの秩父宮ラグビー場で、ペナルティゴールを蹴った時のように精神を集中した。
ボールは綺麗な弧を描き40メートル先のゴールポストを越えた。部員たちは喜んでランパス練習を始めた。
生徒たちは成長する。教師もまた生徒との交わりによって成長する。賢治はその思いを深く心に刻み込んでいた。

第8話 愛すればこそ(脚本:大原清秀 監督:江崎実生)

賢治が監督に就任して半年が過ぎた。
賢治は新入生部員を含め、必死に基礎からの鍛錬を目指していたが…。その成果が充分上がらぬうちに秋が巡ってきた。
そして、県大会すなわち高校ラグビー選手権県予選が目の前に迫っている。賢治の追われる雑務を、ほかの先生たちが協力してくれた。みな県大会に期待しているのである。そんな中ある雨練習の日に、賢治が部室に行ってみると加代しか居なかった。
体育館も探したが居なかった。部員を捜していたイソップが戻ってきた。イソップ「みんな帰えちゃった見たいなんです」
ラグビー部員たちが賢治に無断で、しかも全員帰ってしまうことなどかつてなかった。それだけに賢治の不安は募っていた。
雨の中、賢治は必死で部員たちを捜した。玉川を捕まえて事情を聞くと
「森田がいけないんです。あいつ練習前に急に言い出したんです」
森田「俺、腹痛くてさ。悪いけど練習休ませてもらうよ」
森田の仮病に部員たちの士気は低下し、ひとりまたひとりと帰って行ったというのだ。
賢治「それでお前たちは、ほかの奴が楽をするのに、何で自分たちだけが苦しい練習しなきゃいけないか。損だって気になった。そういうことだな。それにしても一言ぐらい俺に。あと1週間で県大会だぞ!」
賢治は新楽で森田の帰りを待っていた。森田は映画を見て帰ってきた。
賢治「やっぱり仮病だったんだな。あんなに練習熱心だったのにどうしたんだ」
森田「俺だけ攻めないで下さいよ。そりゃ今日は俺がたまたま休んだのが、きっかけだったかもしれないけど。おとといは田村が練習休むし、きのうは高杉と丸茂が休むし。これじゃ俺だってやる気なくなりますよ」
「お前、人のせいにすんのか」
「だってチームの力は、県下じゃCクラスの下でしょう。練習試合は負け続けだし、どうせ県大会だって勝てっこねぇし。そう考えたら急にやんなって。みんなだって同じですよ」
「雨練習までしても始まらない。そう思ったんだな。しかしな森田。練習はまず、そう言う怠け心に勝つためにやるんだ」
「解ってますよ。明日は出ますよ練習」ふてくされて森田は2階へ上がっていった。
賢治は大三郎に「光男君どうしたんでしょうね」
大三郎「要は負け犬なんですよ。光男も仲間の連中も、落ちこぼれだったり家が貧乏だったりして、人に負けてばっかり来た子供たちでしょう。だから誇りもなければ自信もない。戦う前からどうせやったって俺は負けるんだ。尻尾巻いてるんですよ。そういう光男の性格も、先生のお陰で直ったと思ったんですがね」
部員らは熱の入らない練習をし、交代で休憩している者さえいた。練習後、賢治は部室で
「俺がいままでお前たちがミスをしたからと言って怒ったことがあるか。誰もミスをしようと思ってする奴は居ないからだ。しかしな、練習でどうすればミスが直せるか。お前らにはそれを工夫する気が全然ない!俺はそれが悲しんだ。だから怒ってんだ」
部員らは賢治の叱責にも応える様子は感じられなかった。
そして県大会の組み合わせ抽選日が来た。川浜高校の第一試合は、なんと相模一高であった。
相模第一高等学校。それは、全国大会準優勝3回という輝かしい実績を誇る、高校ラグビー界屈指の名門であった。
会場に来ていた相模一高ラグビー部監督、勝又(倉石功)が賢治に歩み寄り、「滝沢君よろしく頼むよ」と挨拶をした。
賢治は「勝又さん胸をお借りします」と握手をした。
その後、相模一高の強さを知らない杉本清美(諏佐理恵子)と西村明子(坂上亜樹)が、一高の不良連中に、川浜が負けたら指をくれてやると啖呵を切ったのだ。
二人はそばにいた大助に、「川浜の勝ちはまず望めない」と聞かされうなだれた
賢治は試合の前夜、相模一高と互角に渡り合える作戦はないかと必死に検討を重ねた。
だが、そんな奇跡のような戦法があるわけはなかった。
翌日(昭和54年10月28日)は晴天に恵まれた。賢治は試合前に円陣を組み、部員にこう言った。
「ただ一つ。気合い負けしないで徹底的にタックルしろ。いいか、タックルだぞ!」相模一高のキックオフで試合が始まった。
川浜高校は、いきなりトライを決められた。開始直後のトライをノーホイッスルトライと言う。これは大変珍しいケースである。
川浜の選手は一度もボールに触ることが出来なかった。賢治の胸に不安が渦巻いた。
だが、そのトライは川浜高校総崩れのきっかけであった。
スクラムトライ。フィールオフプレイなど、華麗な一糸乱れぬテクニックを屈して、相模一高の攻撃が続いた。
賢治は代われるものなら、自分が代わって出場したいとさえ思った。だが、やってやれることは何一つ無い。
ラグビーとはそういうスポーツだ。やり場のない屈辱と、腹立たしさが賢治の心に煮えたぎった。
ようやくハーフタイムが訪れた。
しかし、賢治のどんな叱咤激励も、あまりに一方的な試合に、ショックを受けた選手たちの虚ろな心には届かなかった。
そして後半。猛攻は更に加わり、グラウンドを無人の矢のように駆け回るのは、相模一高の選手ばかりであった。
賢治は苛立ちが募りダッグアウトから立ち去ろうとした。
加代が「先生。みんなどういう気持ちで戦ってるんでしょうね?悔しいでしょうね。情けないでしょうね」
賢治「そうだ。俺はお前たちに何をしてやったんだ。何一つしてやってない。このザマはお前たちのせいじゃない。俺のせいだ。俺が悪かったんだ」その時、ノーサイドの笛が鳴った。
109対0。それはかつて賢治が見たこともない大差の敗戦であった。
辛い戦いを戦った選手たち。賢治は心を込めて迎えてやりたいと思った。だが、誰ひとり怪我をしている者はなかった。
いや、ジャージーはほとんど汚れていず、汗一つかいていない者さえあった。賢治は思った。
「なんてことだ。この子たちは、試合の間中投げやりに過ごしたんだ」賢治は込み上げる気持ちを抑えきれず
「オイ!お前たち!!」と叫んだ。控え室で賢治は部員らを叱正した。
賢治「お前たち、俺がどうして怒ってるのかまだわからんのか!試合に負けたからじゃない。どうでもいいやっていう、お前たちの心が許せんからだ」
田村「いい加減にしてくんねぇかな」森田「はぁーあ」
賢治「まじめに聞け!お前らがやったことは裏切りだ。いいか、早朝練習に出るお前たちのために、毎朝早く起きてご飯を作ってくれたお母さんたち。汚れたジャージを毎日毎日洗ってくれた山崎君。仕事を休んでまで応援に駆けつけてくれた人々。そういう陰で支えてくれた大勢の人々の信頼を、お前たちは手ひどく踏みにじったんだ!俺はそのことをいってるんだ」
一方、勝った相模一高の勝又監督も部員らを叱正していた。
勝又「バカ者!前半67点取りながら、後半なぜ42点しか取れんのだ。お前たちは明らかに手を抜いた(部員を殴りつけた)。たとえ、勝ちが見えていても、手を抜くのは相手に対して無礼だ(殴る)。あれほど言っておいたのがわからんのか(殴る)。この痛みと一緒に何度も反省するんだ」試合に勝っても厳しいのである。
賢治は続けていた。
「俺は他人を顧みない優等生よりも、お前らの方が好きだ。しかし、今日のお前ら最低だ。それはラグビーをなめているからだ。生きるってことをバカにしている。いま自分がやっていることを、ひたむきにやらないで、この短い人生でいったい何が出来ると思ってんだ。よく考えて見ろ!相手も同じ高校生なんだ。同じ歳、同じ背丈、頭の中だって、そう変わらんだろ!それが何で109対0なんて差がつくんだ。お前らゼロか!ゼロな人間なのか!いつ何をやるのもいい加減にして、一生ゼロのまんま終わるのか!それでいいのか!お前らそれでも男か!悔しくないのか!玉川!脇田!森田!」
森田「悔しいです。今までは負けるのが当たり前だと思ってたけど、にやついて誤魔化したけど、いまは悔しいです!チキショー」
賢治「悔しいのは誰でもそう思う。でも思うだけじゃダメだ。お前たちそれでどうしたいんだ。どうしたいんだ!」
森田「勝ちたいです!」田村「相模一高に勝ちたいです!」
賢治「ちょっと待て。相模一高はたったいま109点も取られた相手だぞ!」玉川「敵を取りたいんです!」
賢治「しかしな、一高に勝つためには、並大抵の努力じゃ勝てないんだぞ!血ヘドを吐いて死ぬほどの練習をしなきゃならん!」
森田「はい。やります!」
賢治「誰も助けてくれるわけじゃない。どんなに苦しくても言い訳はきかないんだぞ!お前たちそれでも勝ちたいか!」
玉川「勝ちたいです!勝ちたいよー!」部員一同、勝つ決意をする。
これほどの熱情が、ひとりひとりに秘められていようとは。賢治の胸に感動が突き上げた。
賢治「よーし。よく言った。俺が必ず勝たせてやる!そのために俺は、これからお前たちを殴る!いいか、殴られた痛みなど3日で消える。だがな、今日の悔しさだけは絶対に忘れるなよ!森田、がんばれよ!よし、歯を食いしばれ!」森田が殴られすっ飛んだ。
夕子「光男!」大三郎「見ろ、先生の涙に濡れたげんこつを」賢治は部員ひとりひとりに言い聞かせながら殴っていった。
それは賢治にとって、生徒との絆をより深めたいという願いから発した行為であった。これは暴力ではない。
もし、暴力だと呼ぶ者があれば、出るところへ出てもよい。賢治はそう思っていた。生徒たちは目覚めた。
賢治が何一つ強制したわけではないのに、翌日から目の色を変えて猛練習を始めたのである。
その光景を退部した星が見ていた。賢治は歩み寄り「お前ラグビー部に戻りたいんだろ。一つだけ約束してくれれば、俺はいつでもお前を受け入れる。それは技術が下手だかといって、一生懸命にやっている仲間を決してバカにしないってことだ。どうだ」
星「わかりました」賢治「おーいみんな集まってくれ。みんな、今日からまた星が部に戻るぞ。よろしくな」
星「すいませんでした。イソップ、この間悪かった」イソップ「いいんだよ星君」和やかな雰囲気が部員を包んでした。
その頃、清美と明子が相模一高との試合に負けた落とし前をつけさせるため捕まっていた。
そこへ大助が現れ、変わりに来年の県大会で相模一高に負けたら、自分の片腕をくれてやると言い出し、とりあえずその場のケリをついた。
賢治は圭子から寄せられた手紙に、光男のことで相談したいと言われ会合の帰りに訪ねた。
賢治「森田のことなら心配いらないよ。前にも増して練習に励んでいる。森田はこう言ってたよ。(先生、おれさぁ毎朝圭子に会ってるんだぜ。圭子はいつでもそばにいて来れるって気がするんだ。だから頑張るんだ。だけどこの間の試合、圭子が来なくて良かったよ。もっとましな姿を圭子には見せたいよ)君も辛いだろうが、しばらくの間森田を遠くから見守ってやってくれないか」そう言って森田のジャージのボタンを圭子に渡す賢治であった。
清美と明子が、大介が相模一高との賭をしたと賢治に助けを求めに来た。いくら賢治でも来年相模一高に勝てるわけがない。
いきなり109対0をひっくり返せる訳がないのだ。賢治は思案した。賢治は大介に
「いっそお前がラグビーやらないか。前から目には留めてたんだが、お前は瞬発力も体力もある。ラグビーにはもってこいだ」
大助「先生、人間と着物には柄ってもんがある。俺にはケンカしか能がねぇよ」
賢治「ラグビーもボールを取り合うケンカだ。但し、ルールのあるケンカだ。なぁ大木。今のチームには闘争心が欠けてる。お前のようなファイトマンが必要なんだ。お前も腕を切られたくなかったら、来年お前のその手で一高をぶったおしてみろ。どうだ大木」
こうして大助は今日からラグビー部の一員になった。

第9話 愛ってなんだ(脚本:長野洋 監督:岡本弘)

新生川浜高校ラグビー部の一戦は、かつて滝沢賢治が見たことも聞いたことも無い大敗北となって終わった。
それは元日本代表選手の誇りを、根底から覆す大惨敗であった。
打倒!相模一高。気の遠くなるような目標に向かって猛練習が開始された。部員たちはあの悔しさ(109対0)をバネにして。
ようやく賢治も確かな手応えを感じ取れるようになっていた。1年では無理かもしれんが、2年、3年後には必ず強豪相模一高と対当に戦えるチームを作り上げることができる。そんな気がし始めていた矢先に、川浜市の教育長に山城と共に呼び出された。
教育長「先だっての相模一高との試合だがね。滝沢君。君はあの後で選手たちを殴ったそうだね」
山城「えーまぁ」賢治「事実です」山城「滝沢君」
賢治「私はあの日、確かに試合の後で選手たちを殴りました。それを暴力と呼ぶのなら否定はしません。しごきと言われても反論しません。しかし、私は選手たちを殴ったことを後悔してません。殴るしか方法がなかったんです。子供たちひとりひとりと心を通わせるためには、殴る以外の方法は思いつかなかったんです。その方法が正しかったのか、間違ってたのか、それは私には解りません。しかし、あの日私は。教育長、私は例えあなたが見ていたとしても、いや仮に文部大臣が見ていたとしても、私は彼らを殴ったと思います。私は、教育者としてはまだ駆け出しのひよっこです。ぶつかってくしかないんです。全身全霊で彼らにぶつかって行くしかないんです。それが、私に出来る唯一のスキンシップの方法だったんです」話を終え、賢治と山城は山城の行きつけの飲み屋に行った。
山城「良かったんだよあれで。私はあの日、君が子供たちを殴りつけるのを、この目でしっかりと見ていた。だが止めようとは思わなかった。なぜだか解るかね?君はあの日、子供たちを殴りながら、自分自身をも殴っていた。殴られた子供も痛かったろうが、殴った君の手も痛かったはずだ。そうだ君はあの日、彼らと痛みを分かち合った。元日本代表選手としての名誉も誇りもかなぐり捨てて、子供たちとドン底から這い上がろうとした。違うかね?やりたまえ。人の口に戸は立てられん。気にすることなく思った通りやってみたまえ。骨はこの山城が必ず拾ってやる」賢治「はい」
数日後、賢治の処分川浜市教育委員会から送られてきた。
賢治が書類に目を通し終えると山城は
「気にすることはない。教育長は君の気持ちを十分理解していたはずだ。ただあの人にはあの人の立場がある。学校教育法の建て前から行けば、こういう決定を下さざるを得なかったんだろう」
「しかし、こういう処分が出た以上、私のコーチの方法は否定されたことになるんでしょう」
「大丈夫だよ。本当の教育と言うものは、もっと血の通ったものだ。そんなにしょげることはない。君はいままで通り自分の信念を貫けばそれでいいんだよ」
だが賢治の心にかすかな迷いが残った。自分のやり方は、やはり間違っていたのだろうか?
その迷いが焦りとなり、焦りが苛立ちを生んだ。賢治は部員に文句ばかり言い、遂には暴言を吐いた。
「お前らみたいなガラクタ、いくら鍛えても無駄だ!」
大助「ガラクタで悪かったな!あー解ったよ。どうせ俺たちガラクタだよ!辞めだ!ラグビーなんてもう辞めだ」
森田「何が信は力なりだ。先生俺たちのことなんかまるで信じちゃいないんだ」
賢治はその場から、怒りに任せてただ闇雲に走った。そしてその怒りは、誰よりも生徒たちへの思いやりに欠けていた自分自身へと向けられていた。いつの間にか神社の境内まで走ってきた。そこには圭子が森田を待っていた。
圭子「こんなところで何考えてたんですか?どうしたんですかほんとに」
賢治「君、確かバレー部に入ってたな。監督に叱られたことあるか?」
「しょっちゅう叱られてます。でもあたしが下手だから仕方がないんです」
「それで納得できるのか?」
「そりゃたまには頭に来ることだってありますよ。だけど監督さんは練習が終わると、人が変わったみたいに私たちを労ってくれるんです」
「俺はダメな男だよ。あいつらがどんなに必死なって頑張ってるかも考えないで、結果ばかり見て怒鳴ってたんだ。あいつらの心を信じることも、待つことも、許すことも、何一つしようとしなかったんだ」そこへ森田がやって来た。森田は圭子の腕をつかみ強引に連れて行ってしまった。
夕食が進まない賢治を見て、節子は外で酒を飲むよう薦めた。特別カンパとして一万円を受け取った賢治は町中へ出ていった。
偶然大三郎と出くわした。光男のことで話があるというのだ。二人はスナックへ行き話していたが、そこへ内田親子が飛び込んできた。
玄治は賢治を捕まえ「わしはね、大いにあんたに文句を言いたいんだよ。仮にもあんたは全日本の選手になったことのある男だよ。そのあなたに指導を受けたチームがだよ、どうしてあんな無様な負け方をするんだ?恥ずかしいと思わないのか?」
「恥ずかしいです」玄治「そうだろう」
「死ぬほど恥ずかしいです。おっしゃる通り私はかつてオールジャパンのメンバーだった男です。その私が指導するんだから、子供たちには何でも教えてやれる、何でもしてやれるってそう思い込んでました。とんでもない思い違いでした。あの日、初めのうち私の心の中は、怒りで煮えくり返ってました。このバカタレ共が。俺の言うこと聞かないからこんなザマになるんだって、そう心の中でののしり続けてたんです。そのうち私は選手のひとりに代わって、グラウンドに飛び出して行きたい気分になりました。もし、私があのグラウンドに出てたら、ひとりで20点や30点は取れたと思います。そうすれば、ほかの選手たちだって奮起して対当に戦えたかもしれない。いや、ひょっとしたら勝てたかもしれないんです」
「何を寝とぼけた言うんだね。高校生の試合に君が出られるわけがないじゃないか」
「その通りです。あの試合の間中、うちの選手たちがボロボロにやられ続けている間中、私はただ黙って見てるしかなかった。何一つしてやれなかった。何一つ助けてやることが出来なかったんです!ラグビーとはそういうスポーツです。一旦試合が始まってしまえば、選手たちを呼びつけて注意をすることはおろか、サインを出して動かすことさえ出来ないんです。あの試合で私に出来たことは、ただ心の中で選手たちに謝り続けることだけでした。すまん。許してくれって。そう心の中でつぶやき続けるしかなかったんです。あのとき以来私は、オールジャパンの名誉も誇りも捨てようと思いました。109対0でボロ負けに負けたチームの監督として、選手たちと一から出直そう。そしていつかきっと子供たちに、勝つ喜びを教えてやろう。そう決心したんです。でもダメです」
「ダメ?それじゃ、今の砂利共じゃとても見込みが無いというのかね?」
「違います。ダメなのは私です。私は勝つために、彼らに技術だけを教え込もうとしてました。一番大切な心を教えることを忘れていた。いえ、私自身が、ラグビーの基本精神をどこかに置き忘れていたんです。ミスをしたと言っては叱り、出来ないと行ってはただ闇雲に怒鳴りまくり、そんな人間に人を教える資格なんかありません。監督になる資格なんか無いんです。私が監督では、川浜高校は決して勝てません」
大三郎「はっははは・・・。安心したんですよ。先生も俺たちと大して変わんねぇ人間だなぁってわかって。先生、あんた神様になろうとしてるんじゃねぇんですか?そう、何もかも悟り澄ました神様にね。冗談じゃねぇ。そんなこと出来るわけねぇんだ。良いじゃないですか。怒鳴りたいときに怒鳴って、ぶっ飛ばしたいときにぶっ飛ばせば。ただ、自分が間違ったと解ったら、素直に謝りゃいいんですよ。あのボロ負けに負けした試合の後で、あんたが生徒たちぶっ飛ばしたときあの子たち反抗しましたか?逆に先生についてきたじゃねぇですか。あいつらは、あんたの涙の中に、あんたの心を見たんだ。辞めることなんかねぇっすよ。あん時の気持ちさえ忘れなかったら、子供たちは又きっとついてきますよ」
賢治はこの励ましの言葉を聞いて、部員宅へ1件1件謝りに行った。しかし、大助と森田は反抗しラグビー部には戻らないと言った。
そしてその翌朝、やはり誰も早朝練習には来なかった。部室を覗いてみると、イソップがひとりでボール磨きをしていた。
如何に弱体のチームとは言え、絶対にレギュラーにはなれない部員であった。
そのことを誰よりもよく承知していながら、それでもラグビーを愛して止まない少年だった。
賢治はイソップを誘い、グラウンドで二人だけで思いっきりランパスをするのであった。
その頃森田は、姉にグチャグチャ言っていた。同席していた圭子に
「いいなじゃないの。辞めたきゃ辞めれば。光男さんはいいわね。こうやって心配してくれる人が居て。私なんか誰もいやしない。私は少しくらい叱られたからって、バレーボール辞める気はないわよ。一度地獄を見た人間ですもの。それに比べたら練習なんか。それが何よ!ちょっと何かあるとすぐすねちゃって。甘ったれ!あんたも一度地獄を覗いてみたらいいんだわ。もう絶交よ」そう言って店を出ていった。
グラウンドにはラグビー部員が、ひとり、又ひとりと集まってきた。遅れて森田も参加した。みなラグビーが好きなのだ。
しかし、大助は来なかった。町でケンカをし川浜警察署に連行された。賢治が身元引受人となり大介は解放された。
賢治は大助に母親が倒れたと言い、すでに、母親は恵仁会病院に搬送されていた。
病院では賢治に言われて、節子が看病に当たっていた。賢治らは廊下で節子に出くわすと、大助が
「お袋の具合どうですか?」節子「面会謝絶よ」大助「そんなに悪いんですか?」
節子「うそよ」大助「うそ!」
節子「お医者様は大事をとって、1日入院だけでも入院した方がいいとおっしゃってるけど、ご本人は今すぐにでも帰りたい様子よ」
大助「悪い冗談やめてくれよ」節子「何が冗談なの」
「だってあんた今、面会謝絶だって」
「そうよ。あなたみたいな親不孝な子は、会わせるわけには行かないわ。大木君。お母さんがどうして倒れたか解ってるの?あなたがケンカして、警察に連れて行かれたって聞いたからよ。どうしてケンカなんかしたの?」
「それは・・・。つい、ものの弾みで」
「バカ!ものの弾みでケンカして、それが原因で、もしもお母さんに万が一のことがあったらどうするの?いい、二度とつまらないケンカなんかするんじゃないわよ。わかった?」
「はい。わかりました」大助は母親に会いに行った。
職員会議では大助の処分問題について検討されていた。賢治は真っ向から反対した。
会議中に清美と明子がケンカの原因を話に来た。原因は、この間の試合で川浜高校が悲惨な負け方をし、町全体の恥だと冷やかしたのが発端だった。
結果、大助の処分は「ラグビー部預かり」となった。
大助「ラグビー部預かり?なんだそりゃ」賢治「つまり、お前の今後の行動如何によって、ラグビー部の運命が左右されるってことだ。お前が下手なことすれば、俺の責任は勿論、ラグビー部の部活にも影響があるってことになるんだ」
「汚ねぇぞ。第一、俺はきのうラグビー部を辞めると言っておいたはずだぜ」
「俺は認めてない」
「冗談じゃねぇ。俺は人に縛られんのが何よりも嫌いなんだよ。あんたが認めようが、認めまいが俺はラグビーなんて二度とやる気はなねぇんだよ」
「大助」
「気安く呼ぶんじゃねぇよ。そりゃぁ、お袋のことは感謝してるが、それとこれとは別だ!」
「大助!」
「うるせぇな!ラグビー部がどうなろうと俺の知ったことかよ!」これを聞いていたイソップが
「弱虫!大助の弱虫! 」
「なんだと!」
「だってそうじゃないか。練習がきついからって逃げ出すのは弱虫じゃないか!」
「バカ。そんなんじゃねぇや。俺はラグビーが性に合わねぇと・・・」
「どこが性に合わないんだ!相手を思うようにぶん殴れないからか!わかってるぞ。大助がラグビー嫌いなのは、なかなか上手くならないからだ。いつまで経っても、お山の大将になれないからだ。だからお前はラグビーから逃げ出そうとしてるんだ」
「てめぇ!(イソップの胸ぐらをつかむ)」
「殴りたきゃ殴れよ。さあ」
「お前みたいな奴、殴ってもしょうがねぇや」
「どうしてしょうがないんだよ!俺がもやしっ子だからか!痩せたキリギリスじゃおかしくて殴れないって言うのか!」
「くどいぞイソップ!!」
「バカヤロー!お前なんかに、お前なんかに俺の気持ちが解ってたまるか!そりゃスポーツが出来ないのは知っている。どんなに頑張ったって、レギュラーになれっこ無いってのは解ってんだ」
大介「イソップ・・・・・」
「だけど俺はラグビーが好きだ。自分を捨ててチームのために尽くすラグビーという、スポーツが大好きなんだ。レギュラーになれなくてもいい。3年間ボール磨きで終わってもいい。でも俺はラグビーをやりたい。みんなとお前と一緒にグラウンドをんだ!それをちょっとやっただけで、ラグビーはもう性に合わないんだなんて。バカヤロー!お前とはもう絶交だ。顔も見たくないよ」こう言い残すとイソップは駆けて行ってしまった。
大助「イソップーー!」
賢治「このままで良いのか?お前、今までずっとツッパって生きてきた。でも、そのツッパリのために今一番大切な友達を失おうとしてるんだぞ。中学校時代から、お前はずっとイソップをかばい続けてきた。それはなぜだ。弱い奴助けて良い格好したかったからか?ただそれだけなのか!」
「違う!俺は、俺は・・・。なんて言っていいかわかんねぇけど、とにかく俺は奴が好きだら」
「そうだ!お前はイソップが好きだ。だがそれはなぜだ!?」
「わかんねぇよ。そんなこと」
「言ってやろうか。それはイソップが本当の友達だからだ!」
「本当の友達?」
「あぁ。これまで川浜一の”ワル”と恐れられたお前に、尻尾を振って擦り寄ってきた人間はたくさんいただろう。だが、本当に心を開いて付き合ってくれた友達はイソップだけだった。違うか?お前も、そんなイソップにだけは誰にも見せない素顔を見せてきた。そうだろう。あいつがさっき、あんなに怒った本当の理由はなんだと思う?それはお前に託した夢が破れたからだ!」
「夢・・・・?」
「そうだ。あいつは自分がレギュラーになれないことは、よーく知っている。だからその夢をお前に託したんだ。わかるか!?ボールを持って走るお前はイソップ自身なんだ。お前の挙げるトライはイソップのトライだ。お前の決めるゴールキックはイソップのキックなんだ。そんな他人の夢のために、汗水たらしたくないって言うんだったら、俺はもう何も言わん。昔のワルに戻って、みんなを悲しませればいいんだ」
「先生!俺、脈あるのかよ?ほんとに俺みたいな奴が選手になれんのかよ」
「大介、言っただろう。今の川浜のラグビーに必要なのは、お前のようなファイトのある奴だって。忘れるな」
「先生・・・」
大助がラグビー部に戻ってきた。みな猛練習に明け暮れた。木枯らしが賢治の頬を刺した。
だが、賢治は今その寒風が春のそよ風のように、心地よく感じられていた。しかし、練習中にイソップが倒れた・・・・・・。

第10話 燃える太陽(脚本:長野洋 監督:山口和彦)

強豪相模一高に屈辱的大敗を喫した川浜高校ラグビー部は、再起を目指し連日猛練習に明け暮れていた。そして半月後には賢治の恩師である、東都体育大学糸井監督の好意により、同校ラグビー部第4軍と対戦することになっていた。その矢先イソップとあだ名される、奥寺浩が倒れた。イソップは救急車で川浜市立総合病院の集中治療室に搬送された。このことは学校中でも大騒ぎになっていた。賢治はこの間、教育委員会から厳重注意を受けたばかりである。どこで聞きつけたか新聞記者がやって来た。川浜市中央4-6、東亜日報川浜支局社会部、記者・木村康信である。イソップが、シゴキによって入院したのではないかと疑いを掛けているのだ。賢治は木村に「確かに部員のひとりが倒れたのは事実です。私が日頃から部員たちに体力の限界まで、時には限界を超えるほどの練習をさせているってことも事実です。それをシゴキと呼ぶか呼ばないかはあなたの判断一つですが、私は自分のやり方がいわゆるシゴキだとは思いません。木村「なぜ?どうしてそう言えるんですか?」賢治「私はラグビーが好きです。同じように子供たちもラグビーが好きです。好きな者同士が強くなるためにお互いに努力する。それがシゴキでしょうか?」木村「じゃぁ聞きますがね。今日倒れた部員に、もし万一のことがあっても、あんた何の責任も感じないんですか?え?好きなことをやったんだからって、平気でいられるんですか?大介「てめぇ、まだつべこべと」賢治「大介。やめろ!やめろ!」木村「へへ、呆れたもんだ。教師も教師なら生徒も生徒だ。差詰め美しきかばい合いってことかな。いや、よくぞここまで飼い慣らされたって言うべきかな」賢治は木村の胸ぐらを掴み「何だと!飼い慣らした?今の言葉撤回しろっ!!おい!!」騒ぎを聞きつけ駆けつけた山城が「滝沢君!やめなさい!やめなさい!」と必死に引き留める。賢治は木村に向かって「生徒たちは犬や猫じゃないんだ!飼い慣らされたとは何だ!この子たちの目見ろ!これが飼い慣らされた人間の目か!」
賢治が帰宅すると玄治が待っていた。開口一番「ブンヤさんと一戦交えたそうだね。しかし、バカなことをしたもんだね。マスコミを相手にケンカをするなんて。無茶にもほどがある。いや理由はどうであり、マスコミに逆らっちゃいかんよ。泣く子とマスコミには巻かれろだ。まぁ、今までの行きがかりもあるし、そっちの方はワシが手を打って、何とか丸く収めるようにはするがね」賢治「いや、余計なことはなさらないで下さい。あの新聞記者が何を書こうと、私は見に疚しいことは何もありませんから」玄治「あんたも若いねぇ。いや、あんたの気持ちはよーく解るよ。ワシはあんたの情熱に惚れたからこそ、こうやって頼まれもしないのにだ、しゃしゃり出てきた訳なんだよ。それにしても、そうケンカ早くちゃいかんよ。結局はあなた自身、損することになるんだよ。いくらね自分に疚しいことがないと言っても、記事になれば読んだ世間の人は、みんなあんたが悪いと思う。そうなりゃだよ、川浜高校のラグビーを強くしようとする、あんたの行動にもブレーキがかかることになる。いいのかねそうなっても」賢治にお茶を運んできた節子は玄治に「あのう、よろしくお願いします」と。賢治に「内田さんのおっしゃる通りよ。そりゃあなたとしては納得出来ないかもしれないけど、今問題をこじらせたら、結局あなたの夢が潰れることになるのよ。あなたの夢は、子供たちにラグビーの素晴らしさを教えることでしょう」玄治「そう奥さんの言う通りだ。ならぬ堪忍するが堪忍。時には、じーっと耐えるのも勇気のうちだよ。まぁワシに任せなさい。それじゃ。あっそうだ。今度遠征があるんだろ。旅費の足しにでも。(封筒を渡す)いやいや遠慮しないでほんの気持ち、気持ちだよ。今度は1点ぐらい取ってくれよ」そう言って帰っていった。
翌日の東亜日報には賢治の記事は出ていなかった。賢治はほっとした。玄治が何か手を打ってくれたのだろうか?出かけるときに、節子から玄治の寄付と私の分と言って1万円札が手渡された。賢治は礼を言い、気になるイソップの様子を見に病院へ向かった。病院の入口には、東亜日報の木村が待ち構えていた。木村「新聞見ましたか?安心したかね?断っておくけどね、俺は誰に強制されたわけでもないし、誰に丸め込まれたわけでもない。自分の判断で記事を書くことをやめたんだ」賢治「なぜですか?あなたは私を暴力教師として叩くつもりだったんでしょう?」木村「ん。あのイソップとか言う少年にあって気が変わったんだ。あの少年はこう言った。僕はラグビーが好きです。滝沢先生が好きです。だから死んでも辞めませんってね。あんた思ったより言い先生なんだね。きのう言ったこと撤回するよ。悪かった」賢治「いいえ、私の方こそ失礼しました」木村「東都体育大学と練習試合やるんだって?いやこいつはね。別にそのお詫びの印ってわけでもないんだけど、何かの足しにしてよ」そう言って賢治に5千円札を差し出した。賢治「木村さん」木村「俺も川浜育ちの人間だから強くなって欲しいんだ」賢治「ありがとうございます。本当にありがとうございます」賢治は木村と別れイソップの病室へ向かった。思ったより元気そうなイソップの顔を見て安心する賢治であった。
その昼休み職員室では、ラグビー部遠征の募金が集められていた。ラグビー部員らも出来る範囲内で遠征費を出し合った。母親が入院して家計が大変な大介も3,000円出した。大介は今後の昼食を抜いて金を作った。賢治は加代に玄治らの善意の封筒を渡した。加代から丸茂が風邪で休むと聞き、賢治は帰りに丸茂の自宅に立ち寄った。丸茂の父から、ラグビー部を辞めさせたいとの申し出があり、真相を聞くため丸茂自身に問いかけた。「丸茂、お前本当にラグビー辞めたいのか?本当にお前の意志なのか?・・・・・・どうなんだ!はっきりしろ!」父親「何も大きな声出すこと無いでしょ。そんなに怒鳴られたんじゃ、こいつだって言いたいことも言えなくなっちゃう」賢治「お父さん、息子さんはもう高校生ですよ。自分の意思表示ぐらいハッキリ出来なくてどうするんですか」母親「この子はそういう子なんですよ。ですから私たちがさっきから代わってそう言ってるじゃないですか」賢治「いつまで代わってやれるって言うんですか?お母さん、一生丸茂君の面倒見てやれるんですか?いいですかお母さん。お父さんも聞いて下さい。まだ若僧の私がこんなこと言うの生意気かもしれませんが、親が子供に何でもしてやれると思うのは、これは大きな間違いなんです。教師だって同じことです。我々が子供たちにしてやれるのは、彼らが自分の選んだ道にぶつかって行くための、ヤル気を育ててやると言うことです。勇気と言い替えてもいいです。何かをやるには勇気がいります。でも、その勇気はどんな大金持ちでも子供たちに買い与えることはできません。勇気はどこにも売ってないんですよ。私はラグビーを通じて、素晴らしいものにいくつも出逢いました。友情、信頼、そして勇気です。私はこの素晴らしい巡り会いを、ひとりでも多くの子供たちに味合わせてやりたいんです。だから、私は教師になりラグビー部の監督をやってるんです。丸茂!お前がどうしてもラグビーを辞めたいってんだったら、俺はもう無理に止めようとは思わん。だがな、あくまでもお前自身の意志で決めて欲しいんだ。いいな」
翌日、丸茂は職員室の滝沢を訪ね「もう一度ラグビーやらせて下さい」と言ってきた。また、イソップも退院することができた。そしていよいよ遠征の日を迎えた。バスの中は浮き浮き気分で盛り上がっていた。やがてバスは相模一高の前を通りかかった。が、その気分は突如一変した。その年相模一高は、全国大会の準決勝で惜しくも敗退したばかりであった。負けてすぐに練習する相模一高に、部員らは驚きを隠せなかった。バスは東都体育大学に到着した。少し早いが昼食となった。しかし、大介はバスから降りようとせず最後部シートに腰を下ろした。賢治は「降りないのか?」大介「うん。俺はちょっと」賢治「弁当ならあるぞ。女房がな、試合に出るのはお前の方だからって、俺よりデカイにぎりめし作りやがった。ほら」大介「先生」賢治「遠慮しないで食えよ。その方が女房も喜ぶ。ほら」賢治は弁当を大介に渡した。デカイにぎりめしが3個入っていた。大介はそれを美味そうに頬ばった。
そして、ついに東都体育大学ラグビー部4軍との試合が始まった。圭子が応援に来ていた。賢治の計らいであった。その日の試合のことを、圭子に秘かに知らせてあったのだ。試合はいくら4軍とは言え、大学チームを相手に勝負の帰趨(きすう)は初めから明らかだった。だが、高校チームも健闘した。前半を終わって19対0。大健闘である。後半に入り、さすがに力の差が現れ始めた。ノーサイド直前、川浜高校にペナルティゴールのチャンスが巡ってきた。キッカーは森田である。森田の蹴ったボールはゴールポストを抜けた。川浜高校の初の得点である。試合は終わった。52対3である。賢治は帰りのバスの中で選手たちを褒め称えた。だが目標は相模一高を倒し、全国大会に出場することである。花園ラグビー場の土を踏むことであると檄を飛ばした。
数日後、奥寺浩の両親が学校を訪れた。イソップの精密検査の結果が出た。父(北村総一郎)「浩は脳腫瘍なんです。私共も初めはとても信じられませんでした。しかし、事実なんです」賢治「それでイソップ。いや浩君はどうなるんですか?」父「医者はいずれ時期を見て、手術すると言ってますが」賢治「手術すれば良くなるんですか?良くなるんですね」父「ま、希望的観測でも五分五分だと。だが医者が言うには、それまでは普通の生活をさせても構わないってことで、まっ家内とも相談した結果、学校にもこのまま行かせようってことで、お願いに上がった次第で」山城「ラグビーをやらせて欲しいと、おっしゃってる」賢治「ラグビー?無茶ですよそんな。ラグビーなんかやらせたらいつまた」父「いや、構いません。医者は五分五分と言いますが、まぁ口振りからして九分通り絶望と思います。でなかったら脳腫瘍の患者に普通に生活しろなんてことは、言うはずありませんからね。そう思いませんか?実は私が結果を聞いたのは、おとといのことだったんですよ。それから今日まで私共は、考えに考え、話に話し抜いた末、この結論に達したんです。せめてあの子の体が自由に動く間は、好きなことを思う存分やらせてやろうって。ご迷惑と思いますが、浩にラグビーをやらせて下さい。思う存分ラグビーを。ね。お願いします」
賢治は練習のためグラウンドに向かった。イソップ「先生。ちょっとこれ見てくれますか?
賢治「これ?」加代「ジャージにつけるマークですって」賢治「お前がデザインしたのか?」イソップ「はい。僕んち海の近くでしょ。それで毎朝海から昇る太陽を見ているうちに思いついたんです。僕らもこの太陽のように、真っ赤に燃えて昇って行きたいと思って」賢治「ライジングサンか」イソップ「ダメですか?」賢治「イソップ」大介「俺は悪くねぇと思うけどなぁ」加代「良いわよ。絶対よね」森田「先生。これで決めようぜ」賢治「よし!イソップ。お前のデザイン貰ったぞ」部員らは張り切って練習に望んだ。賢治もイソップと一緒に練習に参加した。これが最後のランパスになるかもしれない。いや、決して最後にしてはいけないのだ。賢治は、この少年のラグビーにかける情熱が、恐るべき病魔をも克服すること祈りつつ走り続けていた。

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