1月7日、大阪花園ラグビー場。天候曇り。気温摂氏7度。北西の風、やや強し。
高校ラグビーの王者を決する、熱戦の火蓋は切って落とされた。
平山の好判断は、勢い込んだ城南の出鼻を挫いた格好となった。
川浜高校は、いきなり得意のスクラム戦に持ち込んだのだ。
その日、平山の両足は最悪の状態にあった。
左大腿部の古傷を、無意識のうちにかばうあまり、右膝の筋肉も痛めてしまったのだ。
麻酔の効果は約1時間であった。試合終了までなんとか持ってくれ。賢治は祈るような気持ちで、平山を見つめていた。
そしてそれは、平山自身の切望でもあった。
その前夜、いつもなら床に入るが否やたちまち眠りにつく選手たちも、さすがに高ぶる気持ちを抑えかね、
容易に眠ることが出来なかった。その中で平山は、ある悲壮な決意を固めていた。
寝付けない平山は「キヨ」清原「ん。足、痛むのか?」平山「いや、あのな明日・・・」
明日の決勝には、自分は出ない方がいい。その方がチームに迷惑をかけずに済む。
そう考えた平山だったが、さすがに口に出すのは辛かった。
この日のために、3年間、血と汗と涙を流し続けてきたのだ。その気持ちは敏感に清川に伝わった。
清原「誠」平山「ん?」清原「俺たち、明日のために今まで頑張ってきたんだよな」
それだけで十分であった。誠、お前が動けない分は、俺たちでフォローする。一緒に戦おう。
清川の心の叫びも、すぐに平山に伝わった。中学時代から、常にコンビを組んできた仲である。
二人の間にそれ以上の言葉はいらなかった。
平山「キヨ・・・」清原「誠・・・」
丁度その頃、賢治は秘かに宿舎を抜け出していた。
近くの神社へ足を向けた。そこには先に節子が来ていた。
賢治「節子」節子「あなた」賢治「お前・・・ゆかりはもう寝たのか?」節子「ええ」賢治「そうか」
賢治「人間って勝手なもんだよな。普段碌に信仰もしてない奴が、いざとなると神様、仏様って何にでも祈りたくなる」
節子「ふふ、それが普通の人間よ」賢治「そうだな」節子「明日、勝てる?」
賢治「勝ちたい。勝たしてやりたいよ」
節子「勝つわよきっと。私の感って、大事な時には良く当たるのよ。あなたと初めて出会った時もそうだったわ。
私その時、将来きっとこの人と結婚するんだって思ったの。当たったでしょ私の感」賢治「節子」
高校ラグビー史上に残る、名勝負と言われたこの試合は、予想通り一進一退の攻防を繰り返す大激戦となった。
最初にチャンスを掴んだのは、川浜高校である。
平山が出したサインは、ウィング栗原へのランディの指示であった。
栗原が抜け出したかに見えたが、城南・曽根のタックルに阻止された。
勝又「素晴らしいスピードですね。攻撃の形がキチッと出来ています。今のところは川浜のペースですね」と
テレビ放送の解説をした。
城南のエース・曽根の胸の中は、怒りと戸惑いで煮えたぎっていた。
なぜだ、今日の川浜は、好き勝手なことをやって来やがる。まるでプレッシャーなんかないみたいだ。
負けてたまるか。曽根は胸の中でそう叫んだ。負けるもんか。監督のためにも絶対に勝つんだ。
城南の監督江川は、暮れの30日に父親を病気で失っていた。
だが江川は、通夜にも葬儀にも出ることなく、チームの指揮をとり続けてきたのだ。
江川は記者団のインタビューに次のように答えていた。
「川浜さんとうちと、どっちのラグビーをするかで、決まるんじゃないですか。勝負がつくのは最後の5分間でしょう。
負けないと思います」
それは1年前、同じこの花園に於いて、完膚無きまでに川浜高校を叩きのめし、秋の国体に於いてもノーサイド寸前に、
同点に追いついた自身が言わせた言葉であった。
同じ様なことを賢治も記者団に答えていた。
「やっと、決着を付けるときが来ました。城南さんには、本当に貴重なことを教えて貰いました。
去年ここで徹底的に叩かれ、国体では、最後の5分で追いつかれました。
本当に、勝負は最後の最後まで判らないということを、イヤと言うほど教えられました。
今日こそ、その決着を付けるときです。勝ちたいと思います」
それぞれ、それぞれの思いを胸に戦っていた。グラウンドで。ベンチで。そしてスタンドでも。
大助「またあいつかよ」丸茂「あああいつには去年も散々痛い目に遭わされたからな」それは曽根のことである。
大助「チクショー。お前ら頼むぞー」その時、大助の肩を叩く奴が居た。大助は見上げると「あんた」と言った。
名村直であった。直は「飲みなよ」と言って携帯用のウイスキーボトルを手渡した。
大助は一気にあおるとむせて咳き込んだ。
直「なんだよ、ブランデーの味もわかんねぇのかよ。こいつはちょっとした年代もんなんだぜ。
どうだカーッと燃えてきただろう」大助「とっくに熱くなってらぁ」
玄治「いけー!そこだ、そこだ突っ込めー」勝「親爺今からそんな興奮してたら最後まで持たねぇぞ」
玄治「うるせぇな!治男が死にものぐるいでやってるのに、大人しく見てられるか!治男頑張れー!」
賢治「危ない!!」治男がタックルを仕掛けて失神してしまった。玄治「治男!」
レフリーの笛が鳴った。賢治とマネージャーが治男の元へ走っていった。賢治「内田大丈夫か」
明子はやかんに入った水を治男の顔にかけた。
内田治男は空を見ていた。
「なんだ今日は曇りのち晴れだと言っていたのに、雨か。それにしてもやけに降るなぁ」
治男はぼんやりとそんなことを考えていた。
賢治「内田、大丈夫か!」明子「内田君」清美「しっかりして」賢治「内田、聞こえるか。内田」
治男「先生、どうしてそんな遠くで呼んでるんですか。もっと近くに来て下さいよ。先生が来てくれたら、
俺すぐに立てるのに。いけねぇ、右の目が段々見えなくなってきた」
明子がコールドスプレーをかけた。治男は気がついた。
治男「そんなにかけたら、顔中しびれちゃうじゃないか」明子「ごめん」
賢治「やれるか」治男「やれます」清美「でもその目」治男「右が見えなくたって、左が見えらぁ」
かつてタックルを恐れるあまり、一度はラグビーを捨てようとした少年の、逞しく変貌した姿がそこにあった。
治男「だーっ。だーーーっ」玄治「止めろ!骨折ったらどうする」
治男「ヤダ!俺、もう一回ラグビーやるんだ。滝沢先生に、もう一度ラグビー部に入れて貰うんだ!」
治男「だーーーっ」勝「治男!俺が相手してやる!」
平山「よし!行くぞー」部員一同「おーっし」
勝「治男!」玄治「いいぞ治男。日本一」
夕子は大三郎の遺影に話しかけた。
「あんた、後援会長さんがきばってるでぇ。ウチもな、あんたの分まで頑張るよってんなぁ。頑張れよ川浜高校」
大助もイソップの写真を握りしめ「イソップ、見ろよ。みんな頑張ってるぞ」と・・・
明子「山崎先輩。見て下さい」ベンチの机に加代の写真を立てかけた。
実況「前半20分が過ぎました。試合開始以来、激しい攻防を繰り返す両校0対0のまま、熱戦が続いています」
勝又「相変わらず、川浜の方がボールを支配していますね」実況「あっ内田君頑張りますねぇ」
勝又「ええ、ここまで来ると、もう全員がどっかにケガしてますからね。いや、それにしても両校凄いファイトですね」
実況「ええ、そうですねぇ」
この放送は、加代の実家でも観戦していた。イソップの父もラジオを持参し、彼の墓前に聞かせていた。
父「ああ甘利先生」甘利「おとうさん」父「実は、浩にも聞かせてやりたいと思いまして」
甘利「そうですか。実は僕も」とラジオを取り出した。父「先生。ハハハ」
実況「あっ反則のようです。城南に手痛い反則が出ました。ここは当然川浜はゴールを狙います」
ボールがセットされた。玄治「行け行け行け。一発頼むぞ」
森田光男は、かつての川浜高校のエースキッカーであった。
彼はその右足で、勝利に結びつく幾つかの貴重なキックを決めてきた。
中でも、対相模一高戦に初勝利をもたらした逆転のゴールキックは、今でも彼の脳裏に、鮮烈な記憶として残っている。
その光男を育てたのは、いうまでもなく、かつてオールジャパンの名ゴールキッカーと言われた、滝沢賢治である。
賢治「ラグビーは、チームプレーで成り立ってることは言うまでもないが、たったひとつだけ、誰の手も借りずに、
一人でやらなきゃならないプレイがある。ゴールキックだ。
お前がキックする時、後ろにいる14人は、誰もお前を助けてやることは出来ん。ただ息を詰め、祈りを込めて、
お前を見守ってるだけだ。チームメイトも含めて、敵も味方も、その場にいる全員が、お前を注目してるんだ。
そのプレッシャーの中で、たった一人で距離を測り、風を計算してボールを蹴る。それがゴールキッカーの宿命なんだ」
光男「先生、先生はそんな時どうしたんですか?どうやってプレッシャーをはね除けたんですか?」
賢治「無心になろうと思った」光男「無心?」
賢治「そうだ。あのイングランド戦の時がそうだった。あの時、俺は背中にのし掛かってくる重圧に、
とても耐えられないと思った。だが、やらなきゃならん。だから、俺は何も考えまいとした」光男「何も考えない?」
賢治「そうだ。余計なことは何も考えるな。お前はただ、目の前にあるボールを見つめ、蹴ればいいんだ。
そう自分に言い聞かせて蹴ったんだ」
ボールは綺麗な円弧を描きポールを越えた。川浜スタンドは歓喜の渦中になっていた。
光男「しかし、いい度胸してるぜ」圭子「えっ?」
光男「赤津だよ。俺なんかゴールキックするたびにいつも冷や汗かいてたのによ」圭子「同じなんじゃない」光男「同じ?」
圭子「あなただっていつも平気そうな顔してたじゃない」光男「そうかな」
矢木「ナイスキック」赤津「サンキュー。俺しょんべんちびるかと思ったぜ俺」平山「よし来るぞ」部員一同「おっーし」
川浜高校の教師たちも職員室のテレビ前で興奮していた。岩佐校長が入ってきた。
竹村教頭「校長!」江藤「あの花園へ行かれなかったんですか?」
岩佐「行こうと思ったけど止めた。去年私行ったら負けた」野田「校長、3対0ですよ」岩佐「どっちが3だ」
江藤「ウチの川浜ですよ」竹村「城南もなかなかしぶといですが、今んとこウチの方が優勢ですよ」
岩佐「残りはどのぐらいある?」野田「そろそろ前半も終わるんじゃないでしょうか」
ハーフタイム。レフリーの笛が鳴った。
賢治「いいぞ、ケガはないか」明子「内田君傷見せて」治男「おお悪りい」清美「あぁまぁまた腫れたみたい」
治男「そんなに酷でぇ面か」明子「大丈夫、大丈夫。かえっていい男になったわよ」治男「言ってくれるぜこいつ」
賢治「いいか。フォワードの・・・・・」平山「わかってます!」
監督に喋らせるな。平山はそう考えていた。ハーフタイムに、監督からあれこれ多くの指示が出るようじゃ、試合は負けだ。
賢治「バックスはここ一発の時には・・・・・」部員一同「わかってます!!」賢治「よーし!」
江川「お前たちが負けるわけないだろうが。何のため今日まで練習してきたんだ。全てこの一戦のためだろうが。
川浜のフォワードなんかに負けるんじゃない。やれる、絶対に勝てるんだ」城南部員一同「ハイ!」
直「じゃぁな」大助「もう帰んのか?」直「おお、これから仕事よ。まぁその内一杯やろうぜ」と階段を下りていった。
圭子「兄さん」直「おお」圭子「いつから来てたの?」直「ちょっと時間が空いたんでな」圭子「もう行っちゃうの?」
直「光男と上手くやれよ」そう言い残してスタンドを後にした。
勝又「前半は川浜高校のペースですね。それというのも、川浜のディフェンスが素晴らしいので、城南工大高の攻撃の
ポイントが少しずつズレを起こしてるんですね。しかし城南もこのまま引き下がることはないでしょう。
勝負はまだまだどっちのものとも言えませんね」
後半に入って、城南の攻撃にエンジンが掛かった。
勝又「あぁ、オーブストラクションですね。タックルに来ようとした城南の選手の走路を、川浜が妨害したとみられたんでしょう」
実況「ええ。城南は・・・あっ、やっぱりペナルティゴールを狙いますね」
夕子「入れたら承知せえへんどー。いってもうたろかお前は」
城南キッカーの蹴ったボールは得点となった。
山城「いやー振り出しか」
実況「3対3。試合は全くの振り出しの戻りました」勝又「予想通りの展開になってきましたね。面白くなりました」
尾本も消防署でテレビ観戦していた。
署員「尾本、お前休暇取って見に行けば良かったのに」
尾本「いや、今の俺のポジションは川浜市のフルバックだからな」署員「フルバック?」
尾本「ああ。消防署は市民の最後の砦だ。フルバックが川浜の町放りだして、花園なんか行ったら失格だもんな」
実況「城南タッチ。ボールはラインを割りました。ラインアウトからスローイン。城南バックスに廻します。川浜タックル」
テレビ観戦している人たちは、その前で釘付けになっていた。
勝又「ほんとの素晴らしい試合ですよ。両校の監督さん、よくぞここまで選手を鍛え上げられたと思います。敬服します」
実況「そうですねぇ。いやぁ全国三千数百校の中から、勝ち残ってきたチームですからね」
栗原の突進を城南選手たちは次々とタックルで応戦した。そして栗原はそれに倒された。レフリーの笛が鳴った。
賢治「脱臼だ!」と同時に賢治とマネージャーは走り出していた。
賢治「栗原」栗原「先生」賢治「動くな。この子たちが肩入れますから」レフリー「はい」
栗原昭は、この試合を最後にジャージを脱ぐ決意を固めていた。
もともとエンジニアを目指していた栗原は、ラグビーをやるのは高校の3年間だけと決めていた。
「栗原昭です。よろしくお願いします」
賢治「栗原君。君入試の成績一番だったらしいな。君のような部員は初めてだ。どうしてラグビーやろうと思ったんだ」
栗原「親は反対しましたけど、俺これから3年も、机にかじりつくだけで過ごしたくないんです」
賢治「そうか。ラグビーをやったから、成績が落ちたって言われないように、しっかり頑張れよ」栗原「はい」
以来3年間、栗原はラグビーをやりつつ、学業成績も常にトップの座を守り続けてきた。
そんな彼も相次ぐ体の故障から、一時はラグビーを断念しようと思ったこともある。
明子「辞める?冗談じゃないわよ。そんなの契約違反じゃない」栗原「契約違反?」
明子「そうよ。ラグビーやりながら首席で卒業するのがあんたの義務でしょう」
清美「栗原君。体のことだったら、私たち一生懸命面倒見るからさ、頑張ってラグビー続けてよ!」栗原「杉本・・・」
清美「だって、あんたにラグビー辞められちゃったら"やっぱり勉強とスポーツは両立できないんだ"って
みんなに言われちゃうもん」
明子「そうよ。あんた、あたいたちボンクラの希望の星なんだよ」栗原「西村・・・。わかったもう辞めるなんて言わないよ」
明子「ほんと!よかった」
賢治「風向きが変わったな」とアドバルーンを見てつぶやいた。
選手たちの中にも、いち早く風向きの変化に気づいた者がいた。
平山「追い風だ。ハイパンで行くぞ。30番!」
その風向きを気にしている男がもう一人いた。グラウンドキーパー主任の蝦名賢三である。
蝦名「邪魔やな」職員「はぁ?」蝦名「アドバルーンのことや」
蝦名はさしてラグビーのわかる男ではない。しかし長年の経験から、風向きによっては上空に揺れるアドバルーンが、
パントキックの障害となることを知っていた。
蝦名「まぁ、よそさんの土地で上げてるもんやさかい、文句言うたかて、聞いてくれんやろうけどな」
その朝彼は、今日にも生まれそうな初孫のため、名前を考えるように頼まれていた。
蝦名「あかん。こんなん考えんのもうあとや」と紙を破り捨て、試合に目を向けた。
実況「試合はロスタイムを入れても、あと5分少々かと思われます。城南のキックはノータッチ。川浜のカウンターアタック
です。ボールは栗原から竹下へ、城南タックル。激しいモールです。川浜に出るか城南に出るか。川浜押しています」
突然、平山の両足に激痛が襲った。
賢治「いかん。麻酔が切れた」
勝又「城南の突っ込みが良くなりました。キャプテン曽根君なかなかやりますね」
実況「激しいラックです。川浜でますか」勝又「反則のようですね」
実況「川浜にオフサイドの反則。城南追加点か。絶好のチャンスです」
江川「もらった」だが、曽根のキックはポールに当たって跳ね返った。
賢治「時間は?」明子「5分ないと思います」
実況「んー、どうやら国体の時と同じ、両校優勝ということになりますかね」
勝又「いや、ロスタイムで得点を挙げるのが、こういう好試合にはよくありますからね」
レフリー「ノックオン。川浜ボール」
清美「先生、平山君の足大丈夫でしょうか?」
平山はもう使えない。だが敵が一番恐れているのは平山なのだ。
賢治は祈った。頼む、平山。相手に気取られるな。最後まで元気良く走ってくれ。
実況「試合はロスタイムに入ってます。この後恐らく、1プレーか2プレーでノーザイドでしょう。
レフリーがまた時計を見てます」
賢治「時間は!」明子「もうほとんどありません」
フォワード陣全てが、一つの考えに纏まっていた。生きた玉以外絶対に出すな。
平山を助けるためには、自由に細工できる、生きた玉を渡してやることだ。
相手ボールになった瞬間から、曽根は平山の足から蹴り出されるハイパント攻撃を予測し、深めの守備位置を取っていた。
この瞬間、無言の会話が二人の間に飛んだ。
清川「誠、お前を飛ばすぞ」平山「頼む」
予測を狂わされた城南ディフェンスの出足が、一瞬遅れた。
ボールは栗原の手に渡り、栗原はゴール目指して猛突進した。
江川「止めろ!止めろ!」
走れ栗原。賢治は胸の中で大声で叫んでいた。
走れ栗原!空駆ける天馬のように。
江川「出たのか」
レフリー「トライ」
川浜高校ラグビー部員、スタンドの応援団は身を震わせて喜びを表現した。
この一瞬からしばらくの出来事を、滝沢賢治は何一つ記憶していない。
栗原が、何度も手を回して叫んでいたのも、赤津が、ゴールキックを外したのも、賢治の目には何一つ入らなかった。
そして10秒後に・・・・・。
ピッピーッ。「ノーサイド」とレフリーがコールした。
平山「やったー!」清川「大丈夫か誠」平山「大丈夫だ」清川「勝ったー!」平山「キヨ」平山「誠」
選手それぞれが喜びを分かち合う。
玄治「やったー!」夕子「やったー!やったー!やったで川浜」光男と圭子、大助と丸茂は抱き合って喜んだ。
ゆかり「お兄ちゃん最高」
マーク「賢治、賢治!」
賢治「マーク・・・勝ったんだな。勝ったんだなマーク!」
マーク「勝ったんだよ!賢治!You are winner!」
賢治「勝ったぞーーーーーー!!」
この時賢治は、15人のタックルを一人で受け止めた。
賢治は取材陣に答えた。
賢治「もうこんな嬉しいことはありません。勝てる。そう信じてても不安でした。
でもこいつらが、こんな素晴らしい試合やってくれて、信は力なりです!」
夕子「先生、先生。泣いたらあかんやなこら。泣いたらあかん」
賢治「泣かして下さい。思いっきり泣かして下さい!勝ったぞ!」賢治の顔は涙でグチャグチャになっている。
夕子「あんた、あんた川浜勝ったで。優勝やで」
光男「勝ったー!」
山城「奥さん、奥さん。顔を上げて、よくご主人を見て上げなさい。日本一のご主人ですぞ。奥さん」
節子「はい」
部員らの手によって賢治の胴上げが始まった。
実況「優勝旗が授与されます。一人一人の胸にメダルがかけられています」
加代の父「加代、川浜が勝ったぞ」母「加代、先生勝ったわよ」
イソップの父「先生!」甘利「やりましたよ!」父「やった!やった!浩」甘利「イソップ!」
実況「内田君、清川君、竹下君の目にも、涙が溢れています」
竹村「校長!おめでとうございます」岩佐「やった」とハンカチを取り出した。他の先生らも歓喜極まりない。
江藤「バンザーイ、バンザーイ」
勝又「川浜高校ラグビー部、遂にやりましたね。監督の滝沢さん、感無量でしょう。おめでとう、おめでとう」
決戦の終わったグラウンドに賢治は一人で立っていた。スタンドには節子とゆかりだけが残っていた。
節子は賢治に向かって大きくうなずくと、賢治も大きくうなずいた。二人は遠くから見つめ合っていた。
戦いは終わった。川浜高校の優勝は、節子を初めとする関係者全ての人によって、成し遂げられたのである。
滝沢賢治は勝利者となった。
だが、賢治は知っていた。今日という日が終わった瞬間から、また新たなる戦いが、ここから始まるのだと。