「あーっ 頭痛ぇや」
ロードはよろよろと城の廊下を歩いていた。片手で頭を抑え歩いている姿からは、いつもの覇気がすっかり消えていた。
ここ数日というもの、ジェイド流の王妃教育を学んでいる。
売り言葉に買い言葉でジェイドから王妃としての教育を受ける羽目となってしまったことを、ロードは後悔し始めていた。
王妃になりたい、というよりはプラチナの傍にいたい。
その一心で頑張っているものの、次々と出される難問の数々に身体よりも頭のほうがパンクをしそうだった。
さらに言えば、あの参謀と顔をつき合わせていることでさえ不快であるのに、尚且つ、その相手から教えを請うというのはロードにとって屈辱的なことだった。
横柄な態度をしようものなら、容赦ない鉄槌が下される。
低脳、無能、馬鹿、その他思い出すのも腹立たしいほどの罵詈雑言を、ストレートに遠まわしに言われていると、体力というよりは精神力が大幅に削られる。
「あいつぜって―サドだな」
「サド?」
「うわっ! なんだよ、アレクじゃねぇか」
突然ドアから顔を覗かせたアレクにロードは驚きの声をあげた。
金色の髪が太陽の光に照らされ、キラキラと輝いている。
「サドって何?」
「あ、いーのいーの。お子様は知らなくて」
「なんだよー! 教えてくれたっていいじゃんか!」
「後でサフィルスにでも聞けって」
適当にサフィルスの名をあげ、追い払おうとしたロードであるがアレクはそう簡単には引かなかった。
どうやら暇らしい。
いつも傍にいるサフィルスの姿も見えない。
(そういや、軍法会議があるとか何とか言ってたな)
ジェイドが珍しく重い腰をあげていた。
そのために今日の教育と言う名の陰湿な苛めがなくなったのだ。
「なんかロード、ちょっと痩せたんじゃない?」
「げっ! マジでか〜? 胃潰瘍にでもなってたら慰謝料ふんだくってやるぜ」
「胃潰瘍〜? ロードなら鉄の胃袋してるから平気だよ!」
「…こんな美少女捕まえて何を言ってるのぉ〜? どう見てもか弱いお・ん・な・の・こでしょ〜?」
「ち、ちょっと痛いって! ロードっ!」
ぐいっとアレクの頬を軽くつねる。
日ごろの鬱憤がたまりにたまっているのだ。
にっこり笑って許せるサフィルスのようにロードの懐は広くない。
「お前、なんかめちゃくちゃ機嫌悪くない?」
「ああ、悪いぜ〜。そのせいで肌だって荒れてんだろ。この乙女の美肌がよ」
「そんなにジェイドって厳しいの?」
「あいつは悪魔だな」
さもなければ悪鬼。
素直じゃないのはお互い様だがあんな天邪鬼は見たことがない。
「でもプラチナが言ってた。ロードにしては良く頑張ってるって」
「そうか?」
プラチナに誉められた、と言うことだけで嬉しくなってくる。
我ながら単純であるとは思うけれど。
「ロードはさ、何で王妃になりたいの?」
いきなり確信をついた質問だった。
赤の瞳がまっすぐに自分を見つめている。
天然なのか、それとも狙っているのか。
どちらにしてもたいした魂だ、と感心する。
「ま、一番の理由はあいつと同じような目線で物事が見られるっつ―点かな」
あいつには言うなよ、と前置きをして、ロードはゆっくりと口を開いた。
なんとなくアレクになら話していいと思ったのだ。
「プラチナは石を飲まなかった。いつかは来るべきときが来る、っつーかさ…。ま、そのとき、あいつの代わりにこの奈落を見守るとしたって、俺の立場からだとどーもちゃんと見えねぇっつーか…今までの生き方があれだからな。でも王妃だったら違うだろ? あいつに近い地位に居るし、やりたいことだって、受け継ぐポジションとしてはばっちりじゃん」
「ロードって意外に考えてるんだね…」
「意外にって何だよ…」
「でもさ、ロードの視点から見えることもいっぱいあるんじゃない?」
「あぁん? 俺の視点から見たら、そーだな。この花瓶は結構高値で売れるな〜とか、お前の着てる服はいい質だな〜とかそういうことばっかだぜ?」
「あはは、ロードらしい!」
「だろー! って誉めてんのか、貶してんのか?」
ロードのねめつけるような視線をえへへと笑ってかわす。
「でもロードなら大丈夫だよ、きっと」
「…ありがとよ」
柔らかなアレクの言葉に、自然とロードも言葉を発していた。
「ロードさん」
部屋で仮眠を取った後。
気持ちよく部屋を出たところで、怒気をとてつもなく孕んだ声に呼び止められた。
見るとそこには、まさに鬼の形相をしたサフィルスが壁にもたれこちらを睨んでいる。
瀕死の重傷を負ったサフィルスではあったが、アレクの手厚い看病の元、今はほとんど全快してジェイド同様執務の補佐をしている。
「な、何だよ、怖い顔して…」
「アレク様に何を言ったんですか!?」
「何…ナニって…」
何か目くじらを立てるようなことを言っただろうかと思考を巡らせる。
「サ…サドとかですよ」
小声で躊躇うように口に出す。
「あ、なんだよ、それか〜。なんだよ、そのとおーりだろ? でも案外ああいう奴は精神的マゾかもなぁ。実はお前のほうがサドだったりしてな?」
「そ、そんなことはどうだっていいんです!! いいですか! アレク様の前でそういう下世話な言葉を言わないでくださいね!」
「…お前なぁ〜。世の中奇麗事ばっかり見せてたら駄目だろ」
甘いを通り越して溺愛の類に入るこの参謀。
この教育者に教わるのもそれはそれで嫌だ。
勿論ジェイドはもっとお断りしたいが。
「そんな知識は必要ありません!!」
激昂した声が城の廊下に響く。
(何もそんなに怒んなくたっていいのによ)
サフィルスの過保護ぶりにロードは辟易する。
こんな下らないことで怒りの矛先を向けられたくはない。
ただでさえ疲れているのだ。
そのとき、ロードの視界に周囲をきょろきょろと見回しているアレクの姿が目に入った。
誰かを探しているように見える。
誰か、と言うのは大よそ予想がつく。
サフィルスだ。
おそらく質問の回答につまり、サフィルスは途中で逃げ出してきたのだろう。
そしてそのまま文句を言うためにロードを待ち伏せていた、と言ったところだろうか。
「おい、アレク」
案の定、ぎょっと目を見開くサフィルスをよそに、視界の端に入ったアレクをロードが呼ぶ。
ロードの掛け声に反応し、アレクは駆けつけてくる。
「ロードに…サフィ! ここにいたんだ。探したんだぞ」
「アレク様…っ」
しまった、と言うようにサフィルスがたじろぐ。
すでに体制が逃げ腰だ。
そんなサフィルスの様子を見、ロードはにやりと笑った。
「アレク〜。サドじゃねーけど、もうひとつ違う単語教えてやるよ」
「うん、なになに?」
「サフィルスみたいな奴をショタコンって言うんだぜ?」
「ショタコン? サフィってショタコンなの? ってショタコンって何? サフィ?」
「え…っ」
激しく狼狽しているサフィルスを横目に、ロードは楽しそうに通り過ぎる。
軽く手を振り上げて。
「あ、ちょっとロードさん!?」
悲鳴にも似た声でサフィルスがロードを呼ぶ。
その声にくるりと振り返る。
「しっかり教えてあげてね、だって有能な参謀ですものっ☆ わからない言葉なんてないわよねっ!」
最後通告のようにサフィルスに言うと、ロードはにっこりと微笑んだ。
王妃への道はまだ険しく長い。
と言うわけで続きです。
今回はジェイドは登場せず(笑)。ちょっとサフィvsロードですか…。軍配は後者と言うことで…そのうちサフィはジェイドとタッグを組んできたりして。
うわ、大変!(笑)
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