「冷え込むと思ったら雪か…」
執務室からバルコニーに出ると、そこは一面の銀世界だった。
積もり具合から見て、もう降り始めてから数時間は経過しているようだった。それにすら気づかなかったらしい。周りが見えなくなっていると思い知らされる。
一人で居るのは気楽。
そう思っていたのに何時の間にかプラチナの傍にいることが、自分自身知らぬ間に安定剤のようになっていたようだ。
これほど精神的に衝撃を受けるとはさすがに予想していなかった。
――二度目なんて無いと思っていたんだが。
そう思い雪降る空を見上げる。一面に広がる羽のように舞い落ちる雪。
忘れかけていた涙を思い出すのはこれが二度目。
一度目はあいつからこの眼鏡を貰ったときだった。
でも今回は前回とは比較にならない。
そっと眼鏡を外し、裸眼で空を見上げる。
度の合わない眼鏡越しに覗く世界は、少々見えすぎた。今はそんな気分じゃない。
見上げた空はいつも以上に遠く映り、視界いっぱいが銀色に埋め尽くされる。
まるでプラチナの髪のような銀。
懐かしいものを呼び起こすには充分すぎるほどの色だった。
雪降る日
「難しいな」
「何がです?」
唐突に話を切り出され、ジェイドはプラチナに尋ねた。
「詰まらぬ会食の席でも笑顔を絶やさない、ということがだ」
「まあ、そうですね。露骨に眉間に皺を寄せられた顔をされていた日にはまとまる話もまとまらなくなりますからねえ」
「意識して笑うのは難しい」
プラチナはジェイドの顔を見ると考え込んだ。王である以上嫌でもこなさなければならない職務だ。彼はこの奈落の顔である。毎日毎日謁見するものはそれこそ数多く後を絶たない。体の調子が良くないのも手伝って、ますますスケジュールも煮詰まっていく。勿論負担にならない程度に軽減しているつもりだが、それでも今のプラチナには負担となるのであろう。
無理をして笑顔を作らなければならぬほどに。
「…嫌な見本が傍にあるというのにな…」
「酷いですねえ。俺の笑顔がお芝居とでも?」
「ああ、作り物にしてはかなり精巧だが、同じくらい胡散臭い」
「少なくてもプラチナ様の前では自然なはずですけど」
「……どうだかな」
「ふう、信用されてませんねえ」
日ごろの行いだ、と切り捨てるとプラチナは又眉間に皺を寄せる。
「じゃあ思い出し笑い…ではありませんけど、何か嬉しかったことや楽しかったことを思い出してみるとか」
「…それはかなり危なくないか?」
「やっぱりそう思います?」
これでは軽い空想癖でもあるようだと自嘲する。提案したが良案ではないだろう。
それでもプラチナは暫く考え込んだ後、一つの表情をジェイドに見せた。
「こんな感じか?」
「……」
話し掛けられて自分が暫く見惚れていたことに気づく。
「何を思い出したんです?」
ジェイドの問いに少しの間を置いた後。
「…別にいいだろう、そんなことは」
「気になりますね、俺以外の誰かのことですか?」
「それならちゃんと話す。もういいだろう」
頬を少し赤らめて、遠まわしに答えを出す。
その答えにジェイドは微笑んだ。
意識的ではない自然な、心からのそれ。
そのことに気づき、こんなにも簡単にできるようになっていたのかと苦笑する。少なくても奈落に落ちたときには考えられなかったことだ。考えようともしなかった。
更には参謀としてプラチナについてからも、笑い方や泣き方は必要ないものと切り捨てた。
感情表現など必要ない。それ以外に必要最低限の知識として身に付けるべきことはたくさんあった。
本当は笑い方も泣き方も知らないのは自分のほうではないだろうか。
心からの笑顔、涙。
どちらもプラチナが思い出させ、そして教えてくれた。教える身でありながら、プラチナから学ぶことは悔しくも多い。
それは結局最期まで言うことはなかったけれど。
「ああ、寒いと思ったら雪が降っているな…」
プラチナが立ち上がって閉じられていたカーテンを少し開く。
ひらひらと白い雪が舞っているのが見えた。
何処か遠くを見ているようなプラチナの青い瞳に時々焦燥感と寂寥感を覚える。
抱きしめれば簡単に折れて砕け散ってしまいそうな細い身体。
徐々に下降していく体力。
次の雪が降る日にも、自分の傍に彼は居るのだろうか。
「ったく、ジェイドの奴、どこにいんだよ!」
ばたばたとロードは一つ一つの部屋を乱暴に探していく。
この先にあるのはプラチナの執務室だ。
後探していないのはそこだけだ。おそらくそこに居るだろう。
本来なら可能性として真っ先に探す場所だ。
判ってはいるが今自分がそこに近付くのは辛い。いやでもそこは彼の温もりを感じる。
(あー、くそ、しょーがねーか!)
気持ちを奮い立たせて、ロードは思いドアを勢いよく開けた。
「おい、ジェイド! もう皆待って…」
言葉を飲んだ。
探すジェイドはバルコニーで空を見上げていた。
雪はジェイドを覆うように舞い落ちる。
もう長時間立っているのか、ジェイドのマントには雪が積もっていた。
白い、目の眩むような白い雪が。
こうしている間にも絶え間なく雪は降り注ぐ。
ジェイドの顔に当たる雪はその熱で瞬時に溶けていく。ゆっくりと頬を伝い雫が落ちる。
片眼鏡をつけていないのか、いつもより表情が良く見えた。
「ロード」
積もった雪を払いのけ、ジェイドが室内へと戻ってくる。
戻ってくるときに眼鏡は素早くかけなおしたらしく、見慣れた顔がそこにあった。
「あ? な、何?」
「私を呼びに来たんでしょう? プラチナ様の嫌がらせを受けてきますよ」
「嫌がらせ?」
「そんなところで突っ立っていると国葬に遅れますよ」
「っ! 俺はお前を呼びに来てだなあ! …ってもう居ねぇ…」
残された執務室でぼんやりとロードが呟く。
素早く執務室を後にしたのは、あまり顔を見られたくなかったのかもしれない。それは勿論お互い様だが。
自分も酷く落ち込んだ、見れたものじゃない顔をしていることだろう。
「こそこそと一人で泣いてるなんて、いかにも『らしい』ぜ、参謀殿」
本人は泣いていないと否定するかもしれない。
泣いていようが、泣いていなかろうが、そんなことはどうでもいい。
ただ、垣間見たジェイドの表情は確かに感情を見て取れた。
「そーこなくっちゃな。感情の見えない奴なんて気持ち悪くてしょうがねえや」
ふっ、と視線を外に移す。
「あーあ、今日は一段と冷え込むな。涙も凍りそうだ。…泣くなってことか、プラチナ?」
国葬が終わる頃すっかり雪はやみ、空はより一層と蒼かった。
アポクリオンリー合わせに出そうと思っていた本より。こんな暗く訳のわからない話を本に載せようとする辺りが勇者なんですが(汗)
えーとこの話自体はとある目標の元書いてみたものです。
ジェイドを泣かせたいという目標の名のもとに!!(ヒデェ)
でも泣き顔は想像しがたいのでこんな感じに。空を見ながら声を押し殺して泣いてくれたらいいなあ、とか(願望)
あいつから眼鏡とか泣きそうになった話とかは電撃若のジェイドの外伝を元にしています。
ジェイドがこの後プラチナの後を追うのか追わないのかは皆様のご想像にお任せです。私としては追って欲しいような欲しくないような半々な気持ち。
呼びに来たのがロードなのは思いっきりGFの影響です。ロードとジェイドのコンビは好きですねー。やっぱり。(でも最近一番のツボはジェイドとプラム(笑))
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