EverLove
「ちょっとそこに座ってくれます?」 促された先はベッドの上だった。 その上に座った方が手当てをしやすいのだろうか? 疑問を持ちながらも、大人しくジェイドの言われたとおりにする。 ぎしっ、とベッドが重みに音を立てた。 柔らかい感触がそのまま全身に伝わった。 ジェイドは傷だらけになったプラチナの手を取る。 「全く…身を呈して部下を庇うなんて…。貴方は本当に馬鹿ですね」 あれからも変わらず天使は奈落から堕ちてくる。王の地位に就いてからも、自らその地に赴いて、昔と変わらない討伐を続ける。 以前と違うのは、王という地位だろう。自分の後ろには、数千、数万と言う重い命がかかっている。 「あのままでは確実に危なかったろう…」 「部下は貴方の身を守るためにいるんですよ。貴方が怪我をしたら本末転倒なんです」 プラチナの言葉に、ジェイドは息をつくと、怪我をした指先をじっくりと診断し始めた。何処か、苛立ちと…優しさをはらんだ視線をプラチナは静かに見つめていた。 前にカロールが不満げに呟いていたことが脳裏をよぎる。 ジェイドはプラチナに過保護だと。 当時は理解することができなかったが、今なら少し…わかる気がする。 自分の立場とジェイドとの関係。 王子から王となった今もジェイドはプラチナの参謀である。 今も昔も変わらない。 いや、ジェイドの自分に対する表現の仕方は多少変化しただろうか。 プラチナがぼんやりと想いを邂逅していると、深紅の雫に濡れた指先がそっと温かいものに包まれた。 「おい…!」 不意に訪れたその感覚にプラチナは驚愕の声をあげる。 プラチナの声は聞かず、ジェイドは指先を舐め続ける。 淫靡で絶美とさえ思う光景。 思わず息を呑む。 急に目の前にいる人物が自分の知らない何かに見える。突如、そんな感覚に囚われそうになり、プラチナは頭を振った。 「消毒ですよ。回復魔法より効くと思いますけど」 綺麗に指先を舐め取ると、ジェイドは笑みを浮かべる。 「お前は…」 「っと、ここにも傷がありますね」 視界が暗くなり、ジェイドの体が包んだかと思うと、耳に再び暖かい感触が触れる。 気が付いたときにはベッドに押し倒されていた。 最初からこういう展開を望んで…いや、謀っていたらしい。 羞恥に顔を紅くするプラチナをいとおしむように、ジェイドは微笑んだ。 他の者に向ける怜悧な笑顔ではなく、プラチナだけに真実浮かべるそれである。 「…っ」 「どうしたんですか、プラチナ様?」 意地悪く舌先で執拗に攻める。 明らかにそこに意図があるように。 「そ…んなところに傷なんてない…だろう…っ!」 「少しは反省してくださらないと。今回みたいなことが続いては困りますから」 押しやろうとするプラチナの両手をいとも簡単に片手で掴む。 押しやろうとするプラチナの両手をいとも簡単に右手で人くくりする。 主導権はすでにジェイドに有った。 そのまま唇が首筋へと移る。 柔らかな白い肌に紅い華を散らしていく。 「経験だけは勝てないと、そうプラチナ様は仰いましたよね。これもその経験ってやつの一部ですよ。体験してみてはどうです?」 「んっ…」 甘い声が漏れた。 自分自身その声で驚いて、ジェイドの真摯な視線から顔を背けた。 「どうして我慢をなさるんです? 平気ですよ、ここには俺しかいませんから」 女のように扱われて鳴く。 しかし決して女ではない。自分は。 「傷の手当てはもういい! これなら色町に行って女を相手にさせればいいだろう…っ」 「俺はプラチナ様を性欲処理の道具とは思っていませんからねえ」 さらり、と言われた言葉にプラチナは目を見開いた。 「それが目的で行っていたのか?」 「他に何の目的があるんですか。情婦を抱くことにそれ以外の利用価値があるとでも? それとも、通う女がいるとでも勘違いなさってくださっていたんですか?」 それは心外、とジェイドは付け加えた。 「愛だの恋だの、そんな形のないものはよくわからないですね。形あるものしかわからない。プラチナ様、俺は自分の手や体で手に入れたものしか信用できないんですよ」 「……」 「言葉だけならいくらでも嘘をつくことができる。確約がない。例えばこの上ベッドでいくら紡いだとしても、所詮睦言としか聞こえないと思いますよ。その中に真実が含まれているかなんて怪しいものです。男は愛情がなくてもいくらでも抱ける」 「経験があるような口ぶりだな…」 愛の言葉でも囁いたことがあるのだろうか? ジェイドが? この男から聞ける愛の囁きなど、今わの際まで聞けないのではないだろうか。 「それでも、言葉にしなければわからないこともあるだろう」 「わざわざ言わなければわかりませんか?」 何時もそうだ。肝心な部分をジェイドは言わない。 遠まわしに謎掛けのような言葉を残し、その真意を探るのは何時も自分。 「…お前は…」 自分の知識はほぼジェイドから教わり、形成されたと言っても過言ではない。 不器用なのだ、おそらくとても。 言葉にする術を知らない。 それはきっと自分以上に。 「俺とこうするのも、性欲処理の為だけか」 「男を抱けるほど飢えてはいませんね、はっきり言って」 どうだか、という冷たい視線でプラチナはジェイドを見上げた。 「信じられませんか?」 苦笑を伴ってジェイドが言った。 「行動が伴わないからな、お前の場合は」 一呼吸を置いて、プラチナは言葉を紡ぐ。 「俺は…好意がない相手とはしない」 ジェイドの性分から考えて、この先甘い言葉など聞ける事はないのだろう。ならば、自分が代わりにはっきり言わなければきっと伝わらない。 思いを伝える術は言葉だけではないだろう。 それでも、今は言葉にしたい。 伝えたい。 「…お前もするな」 「何を、ですか」 「こういうことを、だ。俺以外とは許さん。お前は俺の傍にいると言った。約束を違える事は許さない。俺の傍から離れるな」 はっきりとジェイドの瞳を捉え、力強く言う。 迷いのない口調で。できる限り。 「お前は俺のものだ」 こんな言い方しか自分にはわからない。 彼は形あるものしか信じられないといった。なら、今二人の間で確実に有るもの。 王と参謀の関係は絶対。 「プラチナ様。俺は平等ですか?」 「…なんだ、いきなり」 「サフィルスが言ってたんですよ。俺はいつでも平等。男にも女にも等しく平等だと。だから天使だと思うってね」 「兄上の参謀は確かに平等ではないな」 「そうですね」 サフィルスの過保護振りを思い出して思わずジェイドは笑った。 あいつこそ天使の中の天使だと思うのに。 その天使が自分のことを天使らしいと言う。 「等しく冷たく、等しく優しいんだそうです。どう思います?」 「…平等だと扱っている相手にお前はこういうことをするのか」 「しないでしょうね。そういうことですよ」 特別な存在。 それはそういうことなのだろうか。 そう、自惚れていいのだろうか。 「俺の居場所はここ奈落じゃない、そう思っていたんですよ。…でも、そうですね。プラチナ様の傍がきっと俺の居場所なんでしょうね」 それは決して愛の囁きではないけれど。 確かに伝わる言葉もある。 甘い言葉よりもっともっと心に突き刺さる言葉。 「…続き、してもいいですか」 「……ああ」 どちらからともなく。 ゆっくりと唇が重なった。 |