Calling my name



「凄かったです! 一之瀬さん!!」
まだ興奮が冷め切らないあんずを微笑ましそうに一之瀬は見ていた。
高揚している気分を表すかのようにあんずの歩幅も軽やかに早い。
その後をゆっくり、彼女の成長を待つかのようにゆっくりとついて行く。
「そこまで感動してもらえると俺も誘った甲斐があるかな」
今日はフィギュアスケートの全国大会にあんずとともに足を運んでいた。
あんずにとっては未知の領域である分野で誘いをかけた身としては心配であったが、こうして喜んでいる姿を見るとその心配も杞憂だったようだ。
「そうだ、あんずちゃん」
「はい」
「フィギュアスケートやってみる気ない?」
「え? 私が、ですか?」
前々から考えていた案を思い切ってあんずに打ち明ける。
思っても見なかった一之瀬の言葉だったのだろう。
あんずの表情は驚きに染まっている。
「そう。あんずちゃんなら3回転半ジャンプも夢じゃないって思えるんだ」
「3回転半ジャンプって…伊藤みどりさんしか公式競技で成功したことはないって言う大技ですよね」
「そう。君の運動神経なら出来ない技じゃないって思うんだ。3回転半どころか4回転だって可能かもしれないぞ。どうかな、フィギュアスケートをやって見るって言うのは?」
一之瀬の言葉を反芻するかのようにあんずの瞳が揺らめく。
「俺の知り合いでいいコーチがいるんだ。な、今度見てもらってみるって言うのは? やるかやらないかの判断はそれからでも遅くないだろ?」
「…そうですね。じゃお願いします」
きっぱりと、そしてはっきりとあんずは申し出た。
「なんだか一之瀬さんに何かをしてもらってばっかり…。私にも何か一之瀬さんのために出来ることありませんか?」
あんずのために何かをしてあげることは自分にとって幸せなのだ。
ましてや、こうして傍にいてくれることだけで何よりも変えがたい幸福。
いつまでも変わらずその瞳に自分を移していて欲しい。
自分の願いはそんなささやかで…けれど難しい確定しない未来。
「じゃ一つお願いしちゃおうかな」
「なんですか? 私に出来ることなら何でもやります」
「一之瀬さんっていう呼び方」
「? はい」
「他人行儀で悲しいな―って思ってたんだ。名前で呼んでくれると嬉しいなぁ」
「え…えっと…」
付き合い始めて一ヶ月。
未だ話すときには敬語であるし、呼び方も苗字どまりである。
自分としてももう少し新密度の高い話し方、呼び方をしたいと思っていたのだ。
しかし一度身についてしまった習慣というものはなかなか離れないのだろう。
年の差というものが、こんなところにしっかりと現れ出ているように感じる。しかし、こうしてきっかけを与えることで変わるかもしれない。
「…と…、知明さん」
おずおずと、自分を見上げて名前を呼びかける。
「うん、あんず」
耳元で囁くように言うと、あんずの頬が林檎のように紅潮する。

いや。
ただ単純に。
自分が名前を呼びたかっただけなのかもしれない。



一歩。
ゆっくりと歩き出す。
少しずつ。
けれど確実に。



二人の時間は刻み始めたばかりである。












ドリームです。
名前の呼び方が変わることにときめきを感じます。
でも一之瀬さんならあんずちゃんのままでもいいです。



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