恋の火花



暖かい春の日差しが渡り廊下を照らしている。
その穏やかな天気とは裏腹に周防篤の心は暗かった。



誰しも新生活・新天地に胸を躍らせるこの季節。
晴蘭高校も新たなる生徒たちを迎えるべく入学式が執り行われた。
しかし、今年の入学式は例年と少し趣が異なる。芸能人の河村元気が入学するからである。
昨年在籍していた望月草も学校の名誉を挙げた人物ではあるが、世間一般的な知名度では河村元気も同等、それ以上である。
学校にとって宣伝効果も兼ねる為恥じぬ入学式を、との理由で最上学年までも入学式に借り出されることとなった。
そして周防はしぶしぶ参加した式典で信じられない言葉を耳にすることとなった。
新入生代表の挨拶で当の河村元気はとんでもない発言をしたのだ。

『3年の望月あんずは僕の恋人です。文句があるならいつでも受けてたちますよ』

その言葉に一番驚いたのは当事者の望月あんずでも、河村元気のファンでも無く…同じ学年に在籍している周防篤だったかもしれない。



「おいおい、なんだよ、あの発言は」
式典を終え、一旦教室に戻る道すがら。
苛立ちを抑えぬまま低い声でぶつける。
「うーん、僕が推理するに恋人宣言ってことではないのかい?」
周防の心境と反比例するようにのんびりした口調で綾瀬が答える。
「恋人宣言だぁ!?」
「何ゆーてんの、推理するも何もそのまんまゆーてたやないの!」
けらけらと、またもや周防とは対照的な明るい口調で諒子が笑い飛ばす。
「やっぱりかっこええなぁ、元気君〜。あんな風に宣言されたらめちゃ愛されてるって思うやないのー」
「ちょっとちょっと諒子ちゃん」
まるで自分ごとのように喜ぶ諒子を後ろで赤くしながらあんずが制止する。
あんず、周防、諒子、綾瀬の4人は3年のクラス換えで奇跡的にも同じクラスとなったのである。
「…望月。…河村元気と付き合ってるのか?」
「うん」
恥じらいながらもきっぱりと答えたあんずに軽いめまいを覚える。
知らなかった。
目の前の少女がすでに誰かのものだと言うことに。
否、聞こうともしなかった。勿論聞きたくも無かったことではあるが。
「あんずが最近綺麗になったのは元気君のお陰やないの?」
つんつんと肘でつつくようにして諒子がからかう。
真っ赤な顔で何かをいっているあんずが視界に入るが、さっぱりと会話が耳に入ってこない。
拒絶反応だろうか。
生粋の性格が影響してか気持ちを口に出せないまま、唯一の交流場所であった麗英もなくなった。
その後学校で顔を合わせるものの、夏休み以上の親密はないまま今に至っている。
暫くは友達関係を気づいていてもいいだろうと自分を慰めたものの、まさかこんな事態になっているとは想像もしていなかった。
そういえば麗英で二人は会っていたことがあった。
急速に中が進展したのは自分だけではないということか。
そう考えると胸に鋭い痛みが走る。
あの麗英が思い出の場所となっているのは自分だけではないのだ。
草がいなくなるということであんずが落胆するのではないかと思っていたが、あまりその様子が見受けられなかったのはこういうことなのだろう。草は学校で会えずとも家で顔を合わすことは容易である。が、元気の場合はそうもいかない。
校内であったとしても人気者の元気とあんずが顔を合わすことは普通に考えれば難しいだろう。学年も違ってはなおさらだ。
だが、今日の発言をしたことで学校でも理由をつけて堂々と会うことができる。
河村元気という男は意外に頭が切れるらしい。
「気にいらねぇ…」
「元気君!」
ぽつりと呟いた言葉は、ぱっと花が咲いたように明るい声にかき消された。
前を見ると当の人物があんずへ手を振っている。
その仕草はファインダー越しに見るように整然としたものだ。
自然に目線がきつくなる。
いつも以上に鋭い眼差しを自分は送っていることだろう。
が、相手はその視線を笑顔で受け流す。
何もかもが気に入らなかった。あの柔らかい体を抱きしめるのは自分であったらといつも考えていた。
それを誰かに奪われるなんて想像をしていなかった。
その現実に打ちのめされ、そして嫉妬の感情が蝕む。
「おい、あんな風に公言してお前のファンが望月に何かしたらどうする気なんだよ」
気がつくと元気に向かってつんけんな態度で言葉をぶつけていた。徐々に語気も強くなる。
「大丈夫ですよ。今ならあんずを守れるって言う自信がありますから。それにあんずは可愛いから、ああやってけん制しておかないと悪い虫が寄ってきますし」
そんな周防の態度にも動じることなく元気が答える。麗英で会ったときとは違う丁寧な口調だ。同じ高校に入学した以上周防と元気は先輩後輩の関係となる。必然的に敬語にならざるを得ないのだろうが、これもまた癪に障る。何より気に障るのは…。
「悪い虫…?」
びくんっとその言葉に反応する。
「周防先輩はあんずのいい友達だって聞いてます」
ちらりとあんずの意見を促すように元気があんずを見やる。
その視線に答えるようにあんずが口を開いた。
「うん」
「あんずもこういっていますし。これからもあんずのことよろしくお願いします」
ファンが見たら卒倒しそうな笑みを称え、にっこりと元気は礼をとる。
友達として。
そう語尾に言葉がつくかようである。まるで伴侶を頼むかのような口ぶりにより一層苛立ちがこみ上げる。
絶対目の前にいる男は自分の気持ちに気がついているのだ。その上での台詞。
これもけん制だろうか。

望月草去りて河村元気来たり。
主席望月草の卒業の後。
やっとこれで邪魔するものはいなくなったと胸を撫で下ろした周防の前にとんでもない伏兵が現れたのである。
周防篤の恋は前途多難である。ではあるがー…、そんな簡単に諦められるならとっくに気持ちに片をつけている。

「そうだな、任されてやるよ。俺が望月を守ってやる」
周防の挑戦的な言葉にすぅっと元気の目が冷ややかなものになっていく。


「あたしは元気君に一票やな」
「そうかい? 多少分が悪いけど僕は友達として周防君に投じることにしよう」
「えっ、ええ?」
諒子と綾瀬の会話についていけないあんずが一人困ったように声をあげる。


恋の火花は熾烈に散り始めたばかりである。













諒子ちゃんの関西弁は8割方間違っていると思いますが、あまり気にしないで下さると嬉しいです…(汗)
周防VS元気のバトルの今後はいかに…って続きあるんでしょうか(笑)。とりあえずこのシーンの元気君視点は書いてみたいと思っているんですが。三角関係は大好きなので(昼ドラ好き)バトルってほしいです(笑)
あと今回は元気君に敬語で喋らせてしまったんですが、タメ口のほうが良かったのかなぁと悩んでいます…今更なんですが(汗)。二人で会話を交わしている場面って見つからなかったんですが…(微妙にずれてたりして)。高校に入ったら先輩後輩なので一応こんな感じで。



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