The happy reverberation


あれから数ヵ月後。

待ち望んでいた涼の退院の日。
不自由な身体で寮に戻るといった涼を説き伏せ、しばらくの間は自宅療養も兼ねて家で生活することになった。
両親は退院の手続きがあるからと病院に残り、二人は一足早く自宅に戻ることになったのだ。


「あっ、ちょっと待って!」
家に入ろうとした涼を慌てて里緒が呼び止め、追い越す。
家の中に入ると、そこには涼の帰宅をおすわりをして待っているジョリーの姿があった。
「ぱふぱふっ」
「ジョリーお留守番、お疲れ様」
そのままジョリーの傍に駆け寄り撫でると、里緒はくるりと向き直った。
「涼兄、…お帰りなさい」
「ただいま、里緒」
両親が旅行へ行っているときに、こうして涼が里緒を迎え入れてくれた。
嬉しくて嬉しくて。
そう、またこの家に涼が戻ってきたことを喜んでいた。
そして今度の言葉は今までと少し違う。
本当に帰ってきたのだ、涼は。
里緒の元に。
涼もそんな里緒の意図に気づいたのか、柔らかな笑みを浮かべ応えた。
そしてお互い顔を見合わせ笑いあう。
些細な日常の挨拶でさえ、大好きな人ともにならばこんなにも嬉しく、愛しく、幸せであるのだ。


「っと…とりあえず涼兄は部屋で休んでて」
先導を取って里緒が階段を上る。
その後をゆっくりと涼がついていく。
「もう怪我人じゃないんだけどな」
「医者の不養生って言葉もあるくらいだし。油断は禁物だよ。せめて今日一日だけは、ね」
里緒に切り返されて、涼は苦笑する。
「それではお姫様の言うとおりにいたしますか」
「そうしてくださると助かりますわ…って、もう〜。涼兄ってば」
くすくすと笑いあう。
刹那。
「里緒っ、危ない!」
「え…っ、きゃあっ」
自分の悲鳴より早く涼の声が背後からかかった。
里緒が気づいたときには足が床を離れ重心が後方へと下がる。
そしてスローモーションを見ているかのように身体が宙に投げ出されていた。
話に夢中で階段を踏み外してしまっていたのだ。

訪れる痛みを覚悟して里緒はぎゅっと目を瞑る。
時機に伝わるだろう重く鈍い痛みを覚悟しながら。




えっ…痛く…ない?


ひやりと冷たいフローリングの感触はない。
反対に背中から伝わる感覚はなぜか柔らかく温かい。
一向に感じない痛みに恐る恐る瞳を開ける。


気が付くとしっかりと涼の腕の中に抱きしめられていた。
見上げると涼の真剣な表情が入った。
「大丈夫か?」
「涼兄こそ…病み上がりなのに…ごめんなさい、痛かった?」
打ち付けてしまったのではないかと、向き直り傷の上に手を当てる。
「里緒を受け止められないような軟な身体じゃないよ。それに完治したから退院したんだ」
ふっと軽い口調でそう言った後。
不意にその腕に力がこもった。
「里緒が無事でよかった…」
「涼兄…」
宝物を扱うように丁重に扱われて。
本来なら緊張でどうにかなってしまいそうなシチュエーションなのに、何処か心が穏やかだった。
「夢みたい…」
「夢?」
「だって…あの時抱きしめてもらえるのはこれで最後だって思ってたから…」
また、こうして涼兄の腕の中に居るなんて信じられない。
それが率直な感想だ。
同じ家の中で抱きしめられたあのとき。
その先にまさかこんな幸福な未来が待っているなんて思ったも居なかった。
儚い夢の延長線上にいるような感覚が未だ里緒を包み込んでいるかのようだ。
告白まで受けたと言うのに未だ現実感がつかめない。
これこそが夢の中の出来事のような気がして。
こんなにも幸せでいいのだろうか。
「お前が確かめたいのならこうしているよ。お前が望むまで、いくらでも」
「涼兄…」
そっと里緒も腕を回す。
「ずっとお前のそばに居るよ」
囁くように、しかし力強く耳元で言われ、里緒はゆっくりと瞳を閉じた。
「うん…ずっとずっと一緒にいてね」


暖かな体温。
規則正しい鼓動。
肌で感じる呼吸。


あの時とは違う。
別れの予感ではない。

あるのは。

間違いなく二人の中に生み出された幸せの余韻。



妄想スペシャル。
妄想というより、欲望で煩悩。


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