「きれい…」
何処か寂寥感を覚える夕陽を見上げてあたしは呟いた。
噴水から湧き出る水が夕陽を受け、黄金色に輝いている。
何回見ても、この景色は心に響く。癒される。
あたしは仕事が終わると、習慣のように必ずこの噴水前に来ていた。
四角い太陽が周りの風景をオレンジ色に染めていく。
宿場町として再スタートを切ったカジカの町は、この時間から活気に溢れてくる。
「エステラ!」
「チャド」
噴水の端に腰をかけたところで声がかかる。
見るとそこにはアカデミーの講師の服を着たチャドの姿があった。夕陽の光でキラキラと髪が反射している。
「仕事はもう終わったの?」
「ええ、チャドも?」
「うん、ここの生徒たちは皆呑みこみが早いから授業もし易いよ」
嬉しそうに微笑むとチャドはあたしの隣にそっと腰をおろした。
亡命。
言葉では言うのは簡単だけど、手続きやそれに伴う生活への制約・障害や弊害はあたしの想像を超えているものがある。
チャドはそんな素振りは全然見せないけれど。
ブラドールで培った知識を平和のために活用したいと言うチャドはアカデミーの講師として弁を振るってる。
勿論、そこに至るまでには心身的に苦痛があったと思う。
何しろアカデミーには同じ顔をしたチャドという生徒が通って居たんだから…。
チャドは今までの自分の事情を余すことなく伝えて、ミラーノイドのチャドの生きた証を残してくれた。
多分そのせいでオリジナルのチャドは辛い思いもたくさんしている。そんなことは億尾にも出さず、優しい笑顔を浮かべているけれど。
それでも、それでも彼は確かにこの町で生きたチャドの存在を消そうとはしなかった。
あたしの大好きだったチャドの存在は、今なおしっかりと残っている。
そして…。
あたしの心の中にも、大きな比重でミラーノイドのチャドの存在が大きく残っている。
「隣、座ってもいい?」
初めて会って事情を話してくれた後、彼はあたしにそう尋ねた。
あたしはこの広場から見る夕日が大好きだった。
仕事の終わりに必ず立ち寄る習慣をチャドも把握したのか、どちらからとも無く夕方ここで会っている。
約束をしているわけではないけれど、
ただ、なんとなくここで会うのが習慣になっていた。
他愛もない話をして、しばらく一緒の時間を過ごす。
そんな日々がもうずっと続いている。
「この広場から見る夕日は本当に最高だね」
チャドの言葉にどきりと胸が高鳴る。
彼も言っていたその台詞。
思い出す。
何かかもが一緒で。さり気無い仕草や動作、口調…何もかもが彼と同じ。
違うのはあたしが恋したチャドではないということだけ。
あたしの恋したあの人は、天に召されてしまったと言うことだけ――。
「エステラ」
不意に名前を呼ばれてあたしは慌てて顔を上げる。
いけないいけない。
話の途中でぼうっとしてしまったみたい。
「何?」
なるべく心配させないように、努めて冷静に返す。
チャドは深呼吸をして、それからゆっくりと言葉を紡いだ。
「うん…。今度の休日に海に行かない?」
「海に?」
山岳地帯に生まれ育ったあたしはまだ海というのは文献や本でしか聞いたことや見たことが無い。
広く一面に水をたたえているなんて想像もつかない。
この噴水とは比べ物にならない広大さと美しさを備えているんだろうか。
「そう、海に。この噴水より何倍も広くて、青い海が陽を受けてすごく綺麗だと思うんだ。南部のシオカリ岬から見る風景が一番綺麗だって聞いたことがある」
「きれいな景色なんだろうね」
「うん、凄く素敵な思い出になると思う」
思い出。
その言葉に心が締め付けられるような感覚を覚える。
判ってる。彼の最後の願いは痛いほど届いてる。
でも、心の何処かでそれを認めたくない自分がいる。
確かに恋したあの人と同じ姿をした人は確かに目の前に居て、あたしの傍に居て。
どうすればいいのかわからない。
姿は一緒でも、彼はあたしの恋したあの人じゃないんだから…。
「あ…もしかして忙しかった…かな?」
そんなチャドの優しい気遣いにあたしは微笑んで首を振る。
あたしよりもチャドのほうが忙しいのに。
落ち込んでるあたしを慰めてようと、元気付けようとしてくれてるんだ…。
まただ…。またあたしは誰にも相談しないで内に込めてしまって。
一人で抱え込んでしまうあたしの心を解きほぐそうとしてくれてるのが痛いほど伝ってくる。
「ううん、海、すごく見たい!」
満面の笑顔で答える。
チャドの気遣いが凄く嬉しかった。
「良かった」
心底安心して、と言うように肩の力を抜いて、チャドがあたしに向き直る。
透き通るような瞳がしっかりとあたしの瞳を捉える。
「やっと笑ってくれた」
「え?」
想像してなかったチャドの言葉に思わずあたしは聞きなおした。
「君の笑顔を見たかったんだ」
「…そ、そんなに暗い顔してた…?」
あたしの言葉には答えず、チャドは静かに笑うだけだった。
多分、あたしが想像している以上に落ち込んでいたんだろう。
悟られないように、必死に仮面を作って。
そして無意識のうちに自分で壊してしまうことに気づかないほどに。
ヒーラーであるあたしがこんな状態じゃ周りに迷惑をかけてしまう。
ヒーラーは人の数倍精神力を使う。
あたしが情緒不安定だったら、きっと知らず知らずの内に迷惑をかけてしまうことになるかもしれない。
「笑って? エステラの笑顔には周りを元気にさせる力があると思うんだ。それに…」
一呼吸をおいて。
「それに、きっと彼も君の笑顔が好きだったって、そう思うから」
――あたしの幸せはチャドの幸せ。
スチュとの勝負の後にチャドが言っていた言葉。
あたしの笑顔はチャドも望んでいるんだろう、多分、きっと。
いつのまにか涙が零れ落ちるあたしの頬にそっと手が伸ばされた。
温かい手があたしの頬を伝う涙をぬぐう。
温かくも冷たくもない無機質な体温だった彼とは違う、血の通った手。
「うん…うん」
あたしはその手を取り、その温もりを感じた。
「…陽も沈んだね。暗くならないうちに帰ろう」
そっとチャドが立ち上がり、あたしへと手を差し伸べた。
あたしはそっとその白くて細い手を取る。
彼とは違う…温かな手を。
か、書きたいところが…は、入らなかったので…続きます…。
かなりオリジな展開・色が強くてすみません〜(泣)。偽者色も強くてごめんなさい…。
あ、謝らなければならないところ多々…そして続いたり…。がふっ。
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